すべては「個」の 幸せから始まる

静岡県裾野市[何にもしない合宿]

「何にもしない合宿」—奇想天外な名前の企画が始まったのが、二〇一二年。
開催のたびに百人を超す子どもと大人が集まり、
地元に根づくことを自ら選ぶ子たちが生まれている。
「選ばれる地域」となるための「愛着」を育むヒントを、仕掛け人に聞いた。

街として選ばれるための
「第三の人間関係」

昨今、物も場所もサービスも、目先の利益を追う「とにかく今使われることが重要」だった時代から「継続して関係を続けること」がより一層求められるようになっている。コミュニケーションが生まれる空間設計を特徴としたカフェや店舗、サブスクリプション型のサービスの流行など、その流れはリアル、デジタルを問わない。「コミュニティ」がキーワードとして使われるようになって久しいが、そこには人が集まることによって「継続して賑わいが生まれる」ことを願う運営側の思いがある。

どこの地域にとっても、その土地で生まれ育った子どもたちに、再び「帰ってくる場所」として選ばれることは切実な望みだろう。しかし、システムとして「コミュニティが生まれやすい」設計を行ったからといって、それが実際にうまく醸成されるとは限らない。コミュニティは、個々人による思いの集合体の結果として生まれるものだからだ。

静岡県裾野市で地域活動を展開する小田圭介さんは、街が選ばれるために必要な要素をこう話す。

「街としてもどってきてもらうためには、強烈な何かプラスアルファがないといけない。ひとつは実家がある、両親がいるということ。次に友だちがいる(ということ)。この二つに加えて、『あの気持ちのいい人間関係のなかで暮らし続けたい、子育てをしたい』っていう……親と友達以外の『第三の人間関係』があること。あの人の近くで暮らしたい、あの人と一緒に暮らしたいっていうのが大事」

小田さんは、この第三の人間関係を育むことを念頭に、地域への愛着形成に繋がる試みを数々企画してきた。その代表格であり原点となっているのが、「何にもしない合宿」だ。有志団体「裾野市東地区おやじの会」にて社会教育を目指したイベントを年数回行っていたが、「家庭教育・学校教育も日常の関係からの信頼関係が土台にあるのに、イベントだけで社会教育ってできているのだろうか」と疑問を持つ。

「ある時、『教育の前に日常の関係が必要だ』とふいに思いついて。日常の関係ってどうやって築いたらいいかなと考えたときに、とにかく子どもと接触する頻度を増やしていこうと思ったんです」。そこから考えたのが、「毎月お泊り会をやる」案。ただ、毎月やるたびにきっちり企画や準備が必要だと、大人が疲弊して続かなくなってしまう。だから「何にもしない合宿」。会場は裾野市立東小学校。案が生まれた翌月には、さっそく第一回が開催され、以来毎月多い時には一四〇人ほど集めるイベントとして定着してきた(新型コロナウイルスの影響を受けて現在は休止中)。

誰もがヒーローになれる、
「個」で認識し合う関係

合宿では、「○○ちゃんのママ、○○くんのパパ」といった呼び名は存在しない。小田さんであれば、「小田ちゃん」や「小田っち」。そうやって、個人として呼ばれて、つながっていく。小学生が対象だけれど、中学生や高校生も来る。ただし、お世話役やボランティアではない。遊びにくるのが「ルール」だ。管理をする側、される側という垣根は、ここではご法度。

「高校生が合宿にくると小学生にちやほやされる。名前を呼ばれる。この経験は大きい。ここにくれば誰かが誰かのヒーローになれる。僕は子どもたちにとってヒーローになれるし、子どもたちもうちの長男のヒーローになれる。大人もそうだけど、これを高校生が経験するとハマっていく」

現在中学生の金華音さんは、小学校三年生から参加し続けている。合宿の魅力を尋ねると、「約束しなくてもその時間にそこに行けば知っている人がいて、自分がなにか(やろうと)言ったら『よし、じゃあとりあえずやってみよう!』と参加してくれる仲間が絶対いる、っていう安心感」と答えた。

個として認識されあい、繋がり合う関係性。「親と友達以外の第三の人間関係」が、まさにこの合宿では生まれているのだ。大人から見ると「うちの子」みたいな子が、子どもから見ると「お兄ちゃんお姉ちゃんみたいな人」が地域にたくさんいる状態。「結果、そのつながりがいろんな子どもたちを救う可能性がある」と小田さんは話す。小田さん自身、ルーマニア人の奥様と結婚しハーフのお子さんを持つ立場上、入学前にはいじめへの不安もあった。が、それも合宿が解消してくれた。

「小学校にあがるタイミングですでに遊んだことがある子が校内にたくさんいる。学校の中に守ってくれるお兄ちゃんお姉ちゃんみたいな存在がたくさんいるから、全然心配ない」

すべては個人の「Well-being」のために

小田さんの活動の芯にあるのは、「気持ちの良い人間関係」である。無理強いをさせることはなく、「言い出しっぺ実行委員方式」というやり方を採っている。「やりたい人」が全部やる、逆に「やりたくない人」は邪魔しない。

「PTA、子供会、自治体の役員決めとか、揉める要素がいっぱいある。あれって地域壊しだと思っていて……できない理由まで公にさせて、やらない人を許さず、逃げるのを許さず、無理やりひとり一役当てはめる。その瞬間に人間関係ってこわれるんですよ。すごく不幸。あれさえなければもっと気持ちよく地域に関わる人が増えるって、ずっと思っていました」

彼にとって、なによりもまずあるのは、自分の、そして家族の幸せ。合宿の原点となった活動も、当時幼稚園児だった息子を連れて小学校に遊びに行き、そこで知り合った小学生たちとサッカーをしたいためにグラウンドを借りることを始めた……というところだった。自分の幸せを考えて始めた行動が、なにもなかった場所にコミュニティを生み出したのだ。

「今も大きく変わってはいないですけどね。結果、自分を犠牲にするということは絶対やらないし、家族を犠牲にしてという発想もないし、そこが核。自分が幸せであるために家族がWell-beingな状態でなければならない。家族のWell-beingを考えると地域のWell-beingを考えるのは当然だと思っていて。その発想です。結局自分の幸せというところから、みんなで幸せになろうよ、という」

より自由な地域づくりへ
コミットするための決断

今、小田さんの活動はさらに幅を拡張しつづけている。市内の静岡県立裾野高校では、前任の校長から声をかけられ、四年前から高校生と地域をつなぐというミッションに関わっている。その流れのなかでコロナ以降に始まった活動が、「声のチカラプロジェクト」だ。外出ができずに自宅にこもりきりになってしまった裾野市内に住む一人暮らし高齢者に、高校生が電話をかけ、会話を交わす。「地域の課題に触れるのは今だ」と思った小田さんが、別の活動で関わりのあった当時の生徒会長・山形千尋さんに持ちかけ、山形さんを中心に校内有志団体「Ring」が立ち上がった。

地域との信頼関係を、子どもから大人まであらゆる階層と築いている小田さん。しかし実は、地域活動においてトラブルの種となってきた大きな要素があった。小田さんの職業である、市議会議員。この肩書が、地域で活動を進めるなかで大いに障壁となったという。自由に使える時間とお金(報酬)は議員だからこそもらえたもの。だからこそ地域づくりに没頭できたという一方で、活動において「もしかして選挙目的?」という目を向けられ、なかなか地域の協力を得られないことは少なくなかった。進めたいプロジェクトにとって足かせとなっていることを考慮し、小田さんは二年後に議員をやめると宣言。この延長線上に、自分と地域の幸せはない、と踏み切った。

「求められる場所で仕事をしたいというのは今すごく思っていることだけど、陰口叩かれずに地域づくりをやりたいんですよ。何をやっても百人から好かれることはない、でもその多くは『選挙に出る人だから』なんです。でも今やっていることって地域の未来にもつながっているし、堂々とやれるポジションに行きたい」

裾野を選んでくれる子どもたちの未来に向けて

取材中、小田さんと歩くと子どもたちから「お、小田っちじゃん!」なんて声がかかる。声をかけられた「地域みんなのお兄さん」は、彼らのフルネームや家族構成、いつごろ合宿や活動に関わったかまで把握している。

「地域で一緒に育ってきた『うちの子』みたいな存在の子が有権者になって、だれかに『あいつ合宿、選挙目的でやってんだよ』と言われたときに、その子にちらっとでも僕のことそういう目で見てほしくないなって……それは恐怖でしかない、一緒に付き合ってきたはずの子にそんなこと一瞬でも思われたくない」

今回話を聞いた学生二人に将来どこに住みたいかと聞くと、ふたりとも「裾野」と即答した。

「別にこれからの時代、東京に住まなくてもだいたいのものは手に入るし、それだったら自分が住んでて一番楽というか、楽しい場所にいたほうがいいのかなと。そしたらやっぱ、裾野かなって……。場所関係なくできる仕事がいいなと思ってます。個人でできる仕事をやってみたい」(金さん)

「県内で英語科の教員をしたいと思ってます。教員になったら地域と生徒を関わらせるような授業や用事を積極的につくるようなポジションの先生になりたい」(山形さん)

Well-beingな地域を求めて、年代問わずひとり一人と関わり続けてきた小田さんの素顔は、どこまでも子どもが好きなお兄さんだ。「会って話せば(選挙目的じゃないと)わかる」と、話を聞いた学生ふたりは言った。自分の価値観で、自ら所属するコミュニティや信頼する人を選んでいく。そんな人材が、裾野市では今日も生まれている。迷いなく答えてくれた姿がまぶしかった。

 

編集・文…吉澤志保 写真…ミネシンゴ(アタシ社)

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