移住者と産地の生産者がつくりだす地域経済

【TURNS39 新・地方の経済入門】RENEW(福井県鯖江市)

RENEW 福井県鯖江市

産地のデザイン × 通年型の産業観光 × 移住者/雇用の増加

福井県鯖江市河和田を中心に開催される年に1度の国内最大規模の産業観光イベント「RENEW」。産地のPRにとどまらず、持続可能な産地づくりを目的とし移住者増加や雇用拡大と地域経済圏をつくりだしている。

文・編集:田中佑典 写真:ミネシンゴ
※本記事は、本誌(vol.39 2020年2月号)に掲載したものです


産地にはデザインが必要と確信

福井県鯖江市河和田地区では、毎年関西圏の芸術やデザインを学ぶ大学生が夏休み期間中に共同生活をし、地域課題を地域住民と共に解決していくプロジェクト『河和田アートキャンプ』が行われている。

大阪・吹田出身の新山直広さんも学生の頃このプロジェクトに参加したことがきっかけでこの地域にやって来た。卒業後このプロジェクトの主催者であり自身の教授が河和田に事務所を設立。彼はその会社に就職することとなり、二〇〇九年に移住。

約1500年の産地の歴史がある河和田。落ち着いた街並みには、工房や職人の家屋の伝統的民家が今も残っている。/写真:Tsutomu Ogino(TOMART:photoWorks)

「大学では建築を専攻していましたが、日本の人口もこれから減っていく中で建築家としてバンバン建物をつくるイメージを描けなかったんです。むしろアートキャンプを通じて地域の人のあたたかさに感心したり、山崎亮さんの『コミュニティーデザイン』という言葉も知ったりと、だんだんと興味を持つデザインの領域が変わっていきました」

 

産地が思考停止しないために 何をすべきか

「就職一年目。地域の壮年会に入り、仕事では漆器の産業調査を担当し職人や問屋の方と話をする機会が増えました。多くの職人さんがネガティブなことを口にしている一方で、”バブルの時に儲けすぎて思考停止しちゃっているだけ。もう一度考える力を取り戻さないといけない”と、一部の職人さんの言葉にすごく共感しました。

RENEW開催時の鯖江駅。シンプルでインパクトのある赤いドットのデザインで会期中街が一体化する。/写真:Tsutomu Ogino(TOMART:photoWorks)

しかしそうやって必死になっている職人さんの商品が百貨店などで販売していない、そして売れていないのが現状でした。そこで確信したのが、彼らの技術だけではなく、見せ方やブランディング、つまりデザインの必要性。そしてこの産地をデザインできっと変えてみせる!と、その頃から河和田が自分ごとになっていきました」

 

そこから独学でデザインを学ぶ新山さん。デザインの重要性は確信したものの、職人たちは“デザイン”をどうも毛嫌いしているそうだ。実際これまでもこのまちの職人はデザイナーとの接点はあったようだった。しかし残念なことにデザインによって本来の目的である商品が売れるというところまで至らなかったそうだ。

工場の中やものづくりの現場を見学するお客さん。RENEW以前はあり得なかった光景だ。/写真:Tsutomu Ogino(TOMART:photoWorks)

そのことを知った彼は商品のデザインだけではなく、その商品を流通させ売るところまでを考えなければいけないと感じ取る。そして彼は流通を学ぶため、一旦は河和田を離れ東京に就職しようと考えるが、なんと市役所からお呼びがかかり、臨時嘱託職員として市役所内のデザイナーとして働くことに。

「市役所では鯖江メガネのPRなど地域内ブランディングの仕事を三年間担当しました。当時市長が“行政は最大のサービス業で、そもそもデザインという要素が入ってこないのはおかしい”と背中を押してくださったことは今でも覚えています」

TSUGIの事務所近くにオープンした、ものづくりプラットフォーム「PARK」。元眼鏡工場をリノベーション。/写真:Tsutomu Ogino(TOMART:photoWorks)

 

持続可能な地域づくり

産地は「つくる」だけではなく、「売る」ところまで考え、創造的で持続可能な地域づくりが重要だと彼は言う。

「駒本蒔絵工房」では、漆工芸技法の一つである蒔絵のアクセサリー作りワークショップを開催。伝統工芸職人と交流しながら、ものづくりができる貴重な体験。/写真:Tsutomu Ogino(TOMART:photoWorks)

「これまで商品を外へ行商していましたが、究極は自分たちの産地の魅力やポテンシャルを顕在化させ、来て買ってもらうのが一番です。そこで『産業観光』という考えに至りました。これまで閉ざされた工房で職人さんとつながり、作り手の想いや背景を知り、商品を購入できるイベントとして、二〇〇五年に『RENEW』を開催。実行委員長の谷口さんを中心に民間主導で手作りしたイベントでした。一年目は22社に参加いただき、入場者数は延べ1,200人。普段ガラガラの駐車場の満車風景に感動しました」

RENEWの総合案内所の「うるしの里会館」。ここを中心に7つの産地が1つにつながる。/写真:Tsutomu Ogino(TOMART:photoWorks)

3年目の2017年には中川政七商店による「大日本市博覧会」とタッグを組み開催。過去最高の延べ4万2千人の来場者を記録し、その名は全国区へ。昨年の4回目からは、全国のローカルプレイヤーを呼び込み、各地域経済圏での活動を紹介、販売する博覧会『まち/ひと/しごと -Localism Expo Fukui-』を開催。規模だけではなく、着実に河和田の魅力を引き出し、持続可能な地域経済圏を作り出した。

今年で2年目を迎える『まち/ひと/しごと -Localism Expo Fukui-』。「伝統工芸や食、教育、福祉、防災」といった幅広いジャンルで地域を盛り上げる全国の団体を招き開催。/写真:Tsutomu Ogino(TOMART:photoWorks)

 

仲間たちが振り返る『RENEW』の存在。

谷口眼鏡
日替わりヒーローがどんどん出てくるまちづくりへ

RENEW実行委員長の谷口眼鏡の二代目・谷口康彦さん。もともと彼主催の勉強会『河和田とびら』で新山さんと知り合い意気投合。『RENEW』が生まれた。

「まさかこの手作りイベントがここまで全国区になるとは思ってもみなかった。5年目を終え、当時から人気のブランドや工場だけではなく、毎年次々と新たなヒーローがRENEWで生まれている。RENEWきっかけでこのまちの輪が広がって嬉しい。

また、我々の考えや価値観に賛同してくれる行政の人たちも増えていて、今後はもっと民間と行政がうまく結びついてこのまちのためにコトを起こしていきたいと思っています」

谷口眼鏡の社員15名のうち、6名が移住者。

「縁があって河和田に移住し、メガネを生業にしてくれている社員にとってもここを選んでよかったと思えるまちと会社にしたい」

有限会社 谷口眼鏡
福井県鯖江市西袋町228
0778-65-0811

 

ataW (アタウ)
外からの視点が地域の魅力を見える化する

1701年から続く老舗漆器メーカーの十二代目で店主の関坂達弘さん。オランダでデザインを学び、東京のデザイン事務所で働いていた彼が河和田に戻ってきたのは5年前。ちょうどその頃TSUGIのメンバーなど移住者が増え、少しずつまちが変わりつつあった。

「良い意味で自分が生まれ育った河和田ではなくなると感じました。TSUGIやRENEWのおかげで、見えづらかったこのまちの魅力が内でも外でも見える化されました」

ちょうど河和田の玄関口に位置するショップ。元は先代名でもある『与十郎』というお店を彼がリノベーションし現店舗をオープン。RENEWがきっかけで生まれた企画「ataWlone」は、県外のデザイナーやアーティストと、漆器や和紙といった産地の技術を組み合わせて製作した作品やプロダクトを発表し、毎年話題となっている。

ataW (アタウ)
福井県越前市赤坂町3-22-1
0778-43-0009
定休日/水・木

 

Hacoa(ハコア)
自分の強みを活かし、常識にとらわれない一歩を踏み出す

2001年誕生の木工ブランド。1962年創業の『山口工芸』が母体。漆器の木地づくりをそのまま木製商品としてオリジナルブランド化。Hacoaはデザイン、制作、販売を一貫して行い、現在は『KITTE丸の内店』など全国に14店舗を展開。RENEWでも毎年人気のエース工房である。

「RENEWでは、毎年普段できないことに挑戦しています。工房の敷地内に木組みのテントを建て、ワークショップや飲食ブースを開いたり、工房見学ツアーをしたりと新しい可能性にもチャレンジできます。 RENEWをきっかけに移住してHacoaに就職したスタッフもいます」

2019年6月には「モノづくりから、感動づくりへ」をコンセプトに『Hacoa VILLAGE TOKYO』をオープン。さらに木型を活用したチョコレートブランド『DRYADES』で新業態にも踏み出す。

Hacoa(ハコア)
福井店/福井県鯖江市西袋町503
0778-65-3112
年中無休(年末年始のみ休業)

 

“じゃない人”たちが地域で起業、地域の厚みに

2012年新山さんが市役所で働き始めた頃から徐々にまちに移住者が増え始め、アートキャンプに参加した後輩たちもメガネや木工の職人になっていった。彼自身もこれまでの壮年会のつながりだけではなく、徐々に同世代の仲間が増え始めた。

「職人って一人前になるのに十年。十年かけて職人になっても果たしてこのまちに産業は残っているのかと漠然とした不安がありました。じゃあその刻を指くわえて待っているよりは、自分たちでやれることをやろうと動き始めました。『10年後の担い手になること』をテーマに2013年 TSUGI を結成しました」

創業100年を超える「錦古里漆器店」のショールームをリノベして作られたTSUGIの拠点。現在は『TOURISTORE』としてリニューアルオープン。

当初はサークル団体であったがデザインの案件やオリジナルブランドの運営も始まり2015年に起業へ。

TSUGIのメンバーは全員県外からの移住者である。メンバーの一人、プロジェクトマネージャーの森一貴さん。RENEWの事務局長でもある彼は2015年に移住をし、半年間家賃無料でゆるく住んでみる『ゆるい移住』という言葉を掲げ、河和田にユニークな移住者を増やす活動をしている。

越前漆器の老舗「漆琳堂」と人気自転車ブランド「 TOKYOBIKE」のコラボで作られた漆塗り自転車で産地を巡ることができるTOURISTOREのレンタサイクル。

「森くんの動きはここ河和田も“じゃない人”をいっぱい作ってくれていると思います。このまちの主語って本来はものづくりしている人や職人。でもそうじゃない人が住民になることでこのまちの厚みにもなるし、武器も増えます」

現在TSUGIが携わる95%が福井の仕事だそうだ。彼ら“じゃない人”たちの視点でこれまで埋もれていた地域の課題や仕事も掘りおこし、地域経済をさらに盛り上げている。

 

通年型の産業観光へ。

TSUGIの仕事は4つのキーワードを軸としている。この中で4つ目が“醸す”。

コンセプトは「産業観光を通して、産地の熱量を上げる」。RENEWをきっかけに地域にできた新しいお店はもうすぐ15店舗。そしてこの産地を面で見せ、もっと日常的、通年型の産業観光としてこの河和田に来てものづくりの旅を楽しんで欲しいと、事務所をさらにリニューアルし、複合施設『TOURISTORE』をオープン。福井の産地ツーリズムの発着地として施設内にはショップ・漆器工房・観光案内所・レンタサイクルが入っている。

 TSUGIのオリジナルブランドの商品はもちろん、彼らの目利きでセレクトされた福井のプロダクトが揃う『SAVA!STORE』。

 

ポスト・RENEWのあるべき地域の姿

5年目の開催を終えたRENEW。今後の開催に対しての考えに変化があるようだ。

「これ以上規模を大きくする必要はないと思っています。今でも自分たちでお金を出し合ってやっているイベントのため、準備にも11ヶ月という時間がかかり、関わるスタッフそれぞれの本業にも支障をきたしています。今年は台風の影響もあり2日間だけの開催でしたが、全体売り上げは昨年の4日間と同じく1800万円でした。来場者数とかではなく、売上の比率が上がっています。数や規模感だけを追い求めるのではなく、むしろ来てくれるお客さんの“質”を上げていきたいです」

『産地の合説』の開催

TSUGIが今後河和田の持続可能な地域づくりとして大事にしている1つのキーワードが『雇用』だ。これまで河和田にはものづくりに携わる若者が100名以上移住をし、RENEWがきっかけで産地に就業する若者がこれまで7名いるそうだ。

そして今年12月に地元企業8社を集めた就職説明会『産地の合説』を初開催する。ものづくりを志す大学3年生を中心とした若者を募り、実際河和田に住みながら、見学ツアーやワークショップを通じて地元企業とマッチングをする3日間のプログラムである。

「この産地で働きたいと思っている若者は増えています。しかし地元企業の求人はハローワークに掲載され、彼らが地元のハローワークを見ているはずがなく、マッチングできるものもマッチングできないのが現状。今後はそのプラットフォームや窓口として河和田の新たな雇用、新たな職人を増やしていきたいです。」

移住者増加と地元側の理解、そして産業観光イベントとしてのRENEWをきっかけに独自の地域経済圏として成長する河和田。そして次は雇用増加へ。

「思考停止をしないまちであってほしいです。もともとこの地は農業に適さない場所だったからこそ工芸や産業が発展しました。危機感を自分ごとにできるまち。都会と違って何かを手に入れたければ自分で考えて行動しないといけない。その課題自体を福井、そして河和田の売りにするべきだと思います。ないなら作り出せばいいんです」

 

\最後に、TSUGIの皆さんをご紹介(右から)/

高橋 要 ショップ店長
山形出身。新潟の木沢集落で1年間生活しながら地域づくりを学ぶ。2015年に地域おこし協力隊として福井へ移住。

室谷 かおり グラフィックデザイナー
東京出身。webメディア「しゃかいか!」に在籍時にRENEW取材。福井のローカルスーパーが好き。

寺田 千夏/アートディレクター
大阪出身。学生時に河和田アートキャンプに参加し、TSUGI設立時に新山氏に誘われ加入。福井に移住して5年目。

新山直弘/代表
大阪出身。同じく大阪出身の奥さんの悠さんも彼との結婚を機に移住。悠さんはオリジナルブランド「Sur」のデザイナーと、経理を担当。

室井 泉海/グラフィックデザイナー
群馬出身。永平寺観光で度々訪れていた福井県へデザインの勉強のため移住。福井で別会社に就職後2019年TSUGIの加入。

谷垣 奈穂/ショップスタッフ
奈良出身。2018年「ゆるい移住」への参加をきっかけに河和田へ移住。河和田は安らぎのある島みたいだと気に入っている。

森 一貴/プロジェクトマネージャー
山形出身。2015年河和田へ移住。RENEW事務局長。「ゆるい移住」や「生き方見本市HOKURIKU」などを手がける。

information

福井のものづくりとデザインを体感できる小さな複合施設『TOURISTORE』
福井県鯖江市河和田町19-8
0778-25-0388
12:00~18:00(土日は11:00~18:00)
定休日:火・水
https://touristore.jp/

                   

人気記事

新着記事