一度は離れたみどり市に、今度は“人を呼ぶ側”として戻ってきた伊藤友樹さん・英里さん夫妻。森の恵みを生かした精油づくりやさまざまなイベントを通じて、地域のありふれた日常を“わざわざ訪れたくなる体験”に変え、多くの人々へ届けている。移住者であり、地域の担い手でもある二人の感性が、みどり市東町に少しずつ新しい人の流れを生み出している。

伊藤友樹さん 「緑之枝」代表。群馬県榛東村出身。学習塾、パチンコ・スロットの運営企業に勤めた後、2021年12月に林業振興を担う地域おこし協力隊としてみどり市へ移住。3年間の任期中に「緑之枝」を立ち上げ、自伐型林業家として独立。妻の英里さんとともに市産材を活用したエッセンシャルオイルブランド「森の香。foreal(もりのか。ふぉれある)」を展開するほか、地域資源を生かした各種体験ツアーの企画・運営にも取り組んでいる。
伊藤英里さん 神奈川県川崎市出身。「緑之枝」「森の香。foreal」のSNS運用やホームページ制作、デザイン、写真撮影などを担当。伐採・剪定・草刈りなどの業務をサポートする傍ら、地域資源を生かした体験ツアーなどのイベントを企画・開催。耕作放棄地を開墾した野菜づくりや放し飼い養鶏など、自然豊かなみどり市東町の魅力を、さまざまな形で発信している。
林業家を目指して、みどり市に“再移住”
伊藤さん夫妻が、みどり市に住まいを持つのは二度目のことだ。一度目は11年前、友樹さんの前職での転勤をきっかけに、3年間この地で暮らした。その後、大阪への赴任を経て、2021年に林業振興を担う地域おこし協力隊として再びみどり市に“帰って”きた。
「最初に住んでいたのは、今よりも市街地に近い笠懸地区でした。今住んでいる東町は同じみどり市でも山間部になりますが、少し移動するだけで見える景色が変わるのが面白かったり、観光で人気の『わたらせ渓谷鐵道』が近くを走っていたりと、毎日旅行気分を味わえるところが気に入っています」と東町の魅力を語る。

今年で結婚15年目を迎える友樹さんと英里さん。長年の転勤生活の末、みどり市に移り住んだ。
かつては会社員として忙しい日々を送っていた友樹さん。なぜ「林業」というまったく異なる道を選んだのだろうか。
「前職では年に一度、一週間ほどの長期休暇を取ることができて、その時間を使って田舎を旅行することが多かったんです。長野県を訪れた際、たまたま林業従事者の方たちの仕事を見る機会があり、その姿をかっこいいと思ったことが林業を志した原点ですね。その後、勤めていた会社が買収されるのをきっかけに転職を決意し、林業の道を目指して働き口を探す中で、みどり市で協力隊を募集していることを知りました」(友樹さん)

憧れの林業家の夢を叶え、理想の暮らしを手に入れた友樹さん。現在は林業や協力隊を志す人たちのイベントに登壇する機会も多い。
他の地域でも林業に関われる場所を探したが、「前に住んでいたみどり市の環境が心地よかったことが、最終的な決め手になった」と友樹さんは振り返る。一方で、林業はまったくの未経験。そのため、協力隊の3年間は自らの林業への適性を見極めながら、任期後を見据えた準備を着実に進めてきた。
「1年目は先輩方にくっついて伐採技術を学んだり、余った木材を蒸留して活用するアップサイクルの実験も始めました。2年目の春にテスト販売をして、起業を決断。その年にみどり市の官民一体の特産品開発プロジェクトに参加して、プロの方たちに教わりながらロゴづくりやマーケティングを学びました。そして3年目の年初に起業。林業に従事しながら、主にイベント出店を通じて販売活動を行いました」(友樹さん)
一方、英里さんは「大阪にいた頃は仕事のことで悩む夫の背中をよく見ていたので、転職するのは大賛成でした」と言う。以前住んでいた時のヨガ仲間との関係も続いていたため、みどり市に戻ることに不安はなかったそうだが、この再移住で人生のパラダイムシフトが大きかったのは、友樹さんよりも英里さんの方かもしれない。
「以前は2年に一度くらいの頻度で転勤のある生活だったので、働くといっても行く先々でパート勤め程度だったんです。でも、こちらに来て夫婦で一緒に働くようになったら、重い物を持ったり、会社のホームページ作りを任されたり、値札のPOPのデザインを考えたり、本当に一日やることが多くて。東町に来たら『自然の中でスローライフ!』みたいな暮らしを想像していたんですけど、現実はまったくスローな暮らしじゃありませんね(笑)」(英里さん)
そう言う英里さんに、友樹さんは「いっぱい苦労させちゃってるよね」と頭が上がらない。

「緑之枝」の副代表を務める英里さん。二度目のみどり市移住で生活は一変した。
東町の魅力を知ってもらうためのこだわり
「緑之枝」では、林業関連のまちづくり事業とエッセンシャルオイルの製造・販売事業を展開。そのほか、友樹さんはフリーランスの林業家として週に2日、先輩が所有する山に入る。友樹さん曰く”三つのわらじ”が現在の生業だ。


まちづくり事業では、東町の自然を生かしたさまざまなイベントを企画。「精油作り体験ツアー」「オリジナルロウリュウォーター製作体験」「アロマバーム作りワークショップ」などを週に一度のペースで開催している。
「まだヒットしたと胸を張れるような企画はありませんが、昨年の夏に行った梅の実の収穫体験ツアーは、狙っていた通りの反響を得られました。近所に40本くらいの木がある梅林を預かっていて、私たちはそのうち一部の実を商品の香り付けに使っているだけなんです。余ってしまう実で収穫体験ができそうだと思ったのがこの企画の始まりでした。収穫も皆さん楽しそうで、梅シロップなどを作って喜んで持ち帰っていただけたのが嬉しかったです」(友樹さん)



東町とはどういう場所なのか、この梅林が代々どのように受け継がれてきたのか、なぜ自分たちがこの梅林を預かっているのかなど、「どのイベントでも土地や素材の背景にあるストーリーを伝えることを大切にしている」と語る友樹さん。そのほかにも、企画の一つひとつに二人のいろいろな思いが詰まっている。
「参加者には、五感をフル活用して全部自分の力でやってみたいという方が多いんです。だから、その思いにどこまで応えられるかをとても大切にしています。例えば『精油作り体験ツアー』も、エッセンシャルオイルができるまでのすべてのプロセスをお見せした上で、なるべくご自身の手を動かして体験してもらう流れにしています。この冬から始める『焚き火体験』も、やっぱり火を起こすところから楽しみたいですよね。着火方法をいくつか選べるようにしたり、薪を自由に使えるようにしたりと、自分なりのやり方を見つけてもらえる工夫をしました。視覚や触覚で違いを感じてもらいたいと考えています」(友樹さん)




また、イベントでは「余白」の時間を大切にしているとも。
「東町は、みどり市の中で一番広い地区なのに人口は市全体の3%くらいしかいなくて、空間的にも人口密度としても空白が大きい場所なんです。ただ、僕はその中で感じる余白のある暮らしがすごくいいなと思っていて。参加者の方にもぜひ同じ感覚を味わってほしいから、意図的に“何もしない時間”を設けています。遠くから来られた方は、外のベンチで線路を眺めながらのんびり過ごしたり、普段見かけない草木や昆虫などに興味を示したり、夏の時期は冷たい湧き水に触れてみたり。みなさん、日常にはない部分にフォーカスを当ててゆっくり過ごされていますね」(友樹さん)


東町の地域活性化のために「これからも走り続ける」
友樹さんのことを「ゼロからものを考えるのが上手な人」と話す英里さん。一方で友樹さんは英里さんのことを「信頼して任せておけば、だいたい何でも形にしてくれる人」だと言う。
「私が最初からやろうとすると、トライアンドエラーで壁にたくさんぶつかってしまうけれど、夫がゼロから考えたものを形にするのは、確かに私の方が得意かも」と英里さんは笑う。それぞれの得意と互いへの信頼がぴたりとかみ合った夫婦の姿にほっこりとさせられる。

多彩なツアーを通じて「地域外の人たちに東町にある良いものを自慢したい」と語るお二人の笑顔に触れるだけで元気をもらえる。
「60代でも若いといわれるくらい高齢化が著しい地域の中で、協力隊の頃から『何か新しいことをやっている人』という認識を多くの方に持ってもらい、さまざまな場面で支えられてここまで来ました。だから、これからも停滞できないという思いは強いです。地域の方から『また何かやってるぞ』って常に思ってもらえるように、まだまだ走り続けます」(友樹さん)
東町における自らの役割をそう捉えている友樹さん。英里さんと二人三脚で、人と東町をつなぐ取り組みは、これからも続いていく。
みどり市に興味を持つ方へのメッセージ
伊藤さん夫妻 東町は人口1,600人ほどの小さな地域ですから、行きつけのお店を作って1シーズンに一度顔を見せるだけでも、顔を覚えてもらえると思いますよ。例えば、僕たちのイベントに一度参加して、ふらっと近所のご飯屋さんへ寄ってみる。そんなふうに何度か足を運ぶうちに、道端で「あ、また来たんだね!」なんて声を掛け合える関係が生まれるのも、この町の面白さです。少しずつ東町が自分の「ホーム」になっていく心地よさを、ぜひ感じてほしいですね。
森の香。foreal
伊藤さん夫妻が立ち上げたエッセンシャルオイルブランド「森の香。foreal」。さまざまな理由で市場に流れない木材をアップサイクルして生み出される商品は、みどり市認証の名産品・工芸品「よりどりみどり」に選ばれているほか、ふるさと納税の返礼品にも登録されている。工房に隣接する直売所では、実際の生産工程を見学しながら商品の購入が可能。Made in みどり市のプロダクトとの出会いを楽しみながら、二人の笑顔に会いに訪れてみては。

群馬県みどり市東町花輪1102
営業日:インスタグラムにてご案内しています。
ホームページ:https://www.foreal.jp/
インスタグラム:@foreal.midori