谷川岳をはじめとする山々がそびえ、町の中央を利根川がゆるやかに流れる。福島県・新潟県との県境に位置するみなかみ町は、山からの雪解け水と、その清らかな水で耕し育てた野菜、そして町を囲む自然の恵みにより、人々の生活が営まれてきた。
2022年に東京から移住してきた森下さん。自身の会社のオフィスを東京に置きつつも、生活の拠点をみなかみ町に移し、自然と共にある暮らしを始めている。
森下悦道さん
東京都→みなかみ町(2022年移住)
和歌山県出身。2011年に東京で会社を設立し、全国を飛び回る生活。移住先を探すために各地を訪れる中で、みなかみ町に魅了される。谷川地区で8ヶ月ほど過ごしたのち、地元の知人に紹介してもらった小仁田地区の土地を購入し、現在の住まいを建てた。妻と3人の子ども、愛犬と共に暮らしている。趣味はスノーボード。
午前6時。
みなかみの冬の朝は、雪かきから。
生活のための作業が一日の始まりを告げる。
都会はなんでもあるけれど、暇。田舎は何もないけれど、忙しい。どちらの環境にも身を置いてみて、そう感じます。
みなかみは、草刈りや冬の雪かきなど、生活していくうえでやらなければならない作業があります。その作業にかかる時間を逆算して準備を進めるので、結構忙しいんですよね。でも、その作業で気がまぎれたりしますね。

冬の定番はスノーボード。スキー場で働く従業員も友達だという。みなかみ町の小・中学生は、町内のゲレンデのリフト券を割安で購入できる。
――東京を離れようと思ったきっかけは?
森下さん|要因はいくつかありますが、一番大きかったのは子どもの教育でした。移住前は東京都の三宿あたりに住んでいて、当時、上の子たちが小学3年生。周りの家庭では、「どこの私立を受験するか」といった話題が当たり前のように交わされていました。受験しか選択肢がないような空気の中で、「学力が高い学校に行けば正解」という価値観に疑問がありましたし、そうした雰囲気にプレッシャーを感じていましたね。
それに、子どもたちが自然に触れる機会がほとんどないことにも違和感を感じていました。これから何が起こるか分からない世の中で、強く生きていくためには、なんでもある都会から、自然の中で遊びも学びも自分たちで考えながら工夫して生きる力が大切だと思ったんです。妻とも「自然が近くにあることはマストだよね」と話していて、その思いが移住の決め手になりました。今では、夏は湯檜曽川で川遊び、冬はスキー場でスノーボード、そんな季節の楽しみが家族の定番になっています。

夏は車で約15分の湯檜曽川で川遊びを楽しむ。
――その中で、みなかみ町に移住を決めたのはなぜですか?
森下さん|私自身、お世話になっている先輩に誘われてスノーボードや登山で毎年遊びに来ていた地域だったので、みなかみの自然の素晴らしさはよく知っていたんです。
移住を考え始めた時には、「移住候補地に行く前に、必ずその土地の人を紹介してもらい、3ヶ月ほどかけて各地を訪れる」という自分なりのルールを決めていて、その最初の訪問先が、みなかみでした。地元の人しか行かないような居酒屋に連れて行ってもらったり、そこで常連さんと仲良くなったり、人とのつながりを通して、さらにこの地域の魅力を深く感じるようになりました。その後も、季節ごとに家族でみなかみに来て、春夏秋冬それぞれの表情を体験する中で、「ここで暮らしたい」という思いが固まりました。

森下さんの自宅から見える谷川岳。取材に訪れたのは10月下旬。そろそろ雪をかぶる季節。
――移住される際、町の支援制度を利用しましたか?
森下さん|移住支援金を利用しようと思っていましたが、「首都圏に5年以上住んでいること」という条件があり、私たちは対象外でした。というのも、一度大阪に家を移して、私だけ半単身赴任で東京にいたので。もし条件に当てはまっていれば、100万円に加えて、子ども一人あたり20万円が支給されるので、引っ越しの負担もかなり軽くなったと思います。
その代わり、今の家を建てる際に「空き家バンク活用補助金」を利用して土地を手に入れました。移住の初期は何かと出費がかさむので、こうした自治体の支援制度を上手に利用することで、移住のハードルを下げることができました。

吹き抜けの開放感が印象的な森下邸。

木の温もりに包まれたログハウスのような空間が広がる。

玄関はスノーボードも置ける広さを確保。

屋根裏の窓からは谷川岳を眺めることができる。

新居には広いデッキを設け、自然の風を感じながら家族で過ごす。庭ではBBQパーティを開き、近所の人や東京から訪れる友人家族と賑やかなひとときを楽しむことも。
――移住されて、子どもたちの様子や生活に変化はありましたか?
森下さん|子どもってすごいですよね。環境への適応力がとても高い。東京にいた時は、カエルの鳴き声さえ聞いたことがなかったはずなのに、今では自然がいっぱいの生活を楽しんでいます。
特別大きな変化というよりは、自然にこの環境に馴染んでいった感じです。特に上の子たちは双子なので、常に一緒にいられる安心感もあったのかもしれません。やっぱり、孤独が一番つらいですからね。
子どもたちが通っている学校は1クラス18人ほどで、移住してきた家庭も少なくありません。同じような環境の子どもたちも多いので、馴染みやすかったと思いますよ。
――仕事への影響はいかがですか?
森下さん|私の会社は土地調査や用地開発を行っていて、もともと地方への出張が多い仕事なんです。今もあちこちを飛び回っているので、仕事内容や忙しさは東京にいた頃と大差はありません。
ただ、この家を建てた頃はちょうど経営に関わる重要な会議や意思決定が続いていて、正直、少しパニック状態になるほど追い込まれていました。そんな時に、家の近くの川沿いで電話をしたり、散歩をしたりして、自然に助けられたんです。川のせせらぎや山の景色にふーっと気持ちが和らいで、「ああ、自然がそばにあるって本当にありがたいな」と感じました。
――東京のオフィスへは、どのくらいの頻度で通われていますか?
森下さん|東京のオフィスへ行くのは、週に1〜2日ほどですね。普段は各地への出張が多いですし、みなかみからリモートで仕事をする日もあるので、移動の負担はそれほど感じません。みなかみ町には、「新幹線通勤費補助金」という制度があり、月3万円の補助が出ます。そのおかげで、東京に行く際は、上越新幹線の上毛高原駅から気軽に移動できて、とても助かっています。

リモートワークや出張、出社を組み合わせ、柔軟な働き方を実践している。
――地域の方々とのつながりはできましたか?
森下さん|みなかみの人たちは、とてもオープンな方が多いですね。自分から心を開けば、相手も自然と打ち解けてくれる。そんな人柄の地域だと思います。移住者も多いので、私たちのような新しい住民にも慣れていて、安心して溶け込める雰囲気があります。もともと私自身が、人と関わるのが好きなタイプなので、今ではいろいろな場面で地元の方々と関係を築けています。

知り合いから頂いた里芋。地域の人たちから旬の食材をおすそ分けしてもらうことも多い。
――地域の行事や活動には、どのように参加していますか?
森下さん|地域の消防団の部長をしていたり、毎年5月の田植え前に山峯神社で奉納される神楽舞を舞ったりしています。私たちが住んでいる小仁田地区は、神楽や神輿といった伝統文化が残っているのがひとつの特徴です。おそらく、山岳信仰の名残が色濃く残っているからこそ、こうした文化が脈々と受け継がれているのだと思います。
また、毎年9月には神輿が町を練り歩く秋祭りも開催されます。とても活気があって楽しいので、ぜひ一度見に来てほしいですね。

2025年5月に舞った神楽舞の様子。今年は猿田彦を演じた。

毎年9月、2日間にわたって「水上温泉 おいで祭り」が開催される。
――地域との関わりは、新しい仕事にもつながっているそうですね。
森下さん|そうなんです、移住した理由の一つに、「まちづくりをしたい」という思いがありました。みなかみの強みを生かして何かできないかと考え、2024年に妻が起業して「the MINAKAMI」というウイスキーをつくったんです。みなかみの湧水を使っていて、その風味や香りを感じやすいように、アルコール度数を25%まで加水して下げています。製造は北海道で行っていますが、ホームページやECサイトの制作、写真撮影などのクリエイティブ面はすべて、みなかみの仲間たちと一緒に手掛けました。プライベートでも仕事でも、地域の方との関わりは多いですね。

「the MINAKAMI」のキービジュアル。みなかみ町と沼田市にまたがる「三峰山」の湧水をトワイスアップしてつくられている。
――「まちづくりをしたい」と話されていましたが、すでに動き始めている取り組みはありますか?
森下さん|このウイスキーを中心としたバーを、湯原地区の商店街に出店する予定です。みなかみの地域資源を生かして、ここから新しいつながりや活動を広げていけたらと思っています。その第一歩として、ウイスキーをきっかけに人が集まり、語り合える場をつくりたいと考えました。
実際に活動してみて感じるのは、まちづくりは時間がかかるということです。10年、20年という長いスパンで未来を見据えながら、子どもたちが大人になっても「みなかみに住みたい」と思えるような、かっこいい町を今からつくっていきたいですね。

東京などから友人家族が訪れる時は、子どもたちに“都会ではできない体験”を用意。写真は、竹を割って手づくりした流しそうめんレーンで、みんなで流しそうめんを楽しむ様子。
――移住を考えている人に、「まずはここからやってみるといいよ」ということがあれば教えてください。
森下さん|生活面で言うと、病院がどこにあるのかは調べておくといいと思います。特に家の近くに病院があると、日常の安心感が全然違いますね。そして、地域での暮らしを楽しむうえでいちばん大切なのは、地元の人と会うことだと思います。話をしてみると、その土地ならではの考え方や思いに触れることができて、とても面白いですよ。
私は地域のお祭りや神楽保存会、まちづくりの活動など多くの場面で関わりがありますが、その分たくさんの人と出会い、それぞれの個性や価値観に刺激をもらっています。
みなかみは山も川も圧倒的にきれいで、心が洗われる場所です。ぜひ一度訪れてみてほしいですね。
森下さんが活用した町の制度
家を建てる際、森下さんは「空き家バンク活用補助金」を利用して土地を取得。この制度は、町が登録した空き家の購入や改修にかかる費用の一部を補助するもので、移住者がスムーズに地域での暮らしを始められるようサポートするものです。
また、東京とみなかみを行き来する際には、「新幹線通勤費補助金」も利用。仕事を続けながら新しい暮らしを築く人にとって、ありがたい制度といえます。
※本記事に記載している制度内容は、森下さんが実際に活用された当時の情報をもとにまとめています。
※制度の名称・補助内容・要件は変更・終了している可能性があります。最新情報は群馬県移住ポータルサイトをご確認ください。
編集後記
「冬の谷川は最高ですよ」と笑顔で話す森下さん。その穏やかな表情から、自然とともにある暮らしを心から楽しんでいることが伝わってきます。地域の人とのつながりを大切にし、自分から関わりを広げていく姿勢に、みなかみでの暮らしの豊かさが凝縮されているように感じました。森下さんを見ていると、地域を知るとは“土地そのもの”を知ることではなく、そこに生きる“人”を知ることなのだと気づかされます。
ぐんまトリビア
小仁田地区の雪
森下さんの住む小仁田地区は、みなかみの中では比較的雪が少ない地域。森下さん曰く、山の尾根が外に広がっているからだそう。といっても、みなかみのなかでの話。雪への備えは欠かせない。
神楽舞と神輿について
合併前の旧みなかみ町で、今も神楽舞や神輿を続ける地区は少ないという。神楽舞は谷川地区と小仁田地区のみ。谷川地区の神楽は山岳信仰の名残を色濃く残す厳かなものに対し、小仁田地区は五穀豊穣を祈る少しポップなものだと教えてくれた。