尾瀬や武尊山・日光白根山・至仏山を擁し、美しい高原と湿原、極上のパウダースノーが魅力の片品村。冬はスキー場、夏は農業や自然ガイドなど季節で働き方を変えながら暮らす人も多い。純粋な自然が多く残るこの地で「さんさん森のようちえん」を運営する松浦さん夫妻にお話を伺った。
松浦 友さん
東京都→片品村(2002年移住)
松浦華恵さん
神奈川県→片品村(2005年移住)
華恵さんは、神奈川県横浜市で7年間、幼稚園教諭として勤めたのち、片品村の保育園で11年間の経験を重ねた。友さんは関東の大学を卒業後、みなかみ町でスキー場のインストラクターに。その後、片品村に移り自然ガイドを兼業。やがて華恵さんと結婚し、2017年から二人で「さんさん森のようちえん」の活動を開始。
午前9時、森が教室に。
未来の芽が、
今日もすくすく育っている。
片品村の豊かな自然をフィールドに、子どもたちと日々活動しています。私たちの森のようちえんは園舎がありません。毎日違う場所へ出かけ、そこで子どもたち自身が話し合い、どのように時間を過ごすかを決めています。子どもの主体性を尊重できるところが、森のようちえんの大きな特長です。自然の中で自分で考えて判断し、困ったら誰かに助けを求め、誰かが困っていれば手を差し伸べる。それが日常的に行われます。トップダウンではなく、「自分で考える」ことが、生きる力の土台になると考えています。

「OZE-HOSHISORA GLAMPING & CAMP Resort(旧・片品ほたか牧場キャンプ場)」は、松浦さん夫妻が四季を通じて子どもたちを連れて行くイチ押しのフィールド。
――片品村への移住のきっかけと、「さんさん森のようちえん」の始まりは?
華恵さん|横浜の幼稚園で勤務していた頃、みなかみ町にあるスキースクールの託児所で働く機会があり、そこで夫と出会いました。結婚をして彼が暮らしていた片品村で生活を始めることになり、仕事を探していたところ公立保育園で臨時保育士の募集を見つけて、そこで11年間働かせていただきました。
その在職中、担当していたクラスの保護者の方から「森のようちえんを始めたいけれど自分には資格がなく、華恵先生がぴったりだと思うのでお願いできませんか?」と声をかけていただいたんです。とても魅力的な一方で、勇気の要る新しい挑戦だったため、まずは2015年頃から約2年間、保育園勤務と並行して取り組むことにしました。土日に子どもたちを募り、森で遊ぶイベントという形でスタートさせました。

「さんさん森のようちえん」の経営は、華恵さんに声を掛けた元保護者の方が理事長を務めている。その信頼関係の下で、松浦さん夫妻は現場の運営を一手に任されている。
華恵さん|活動を続けるうちに、単発のイベントではなく、毎日森で過ごすことで、子どもたちの継続的な成長につながっていくことに気づき始めたんです。そこで2017年に思い切って保育園を辞め、森のようちえん一本でやっていくことにしました。
理事長は「華恵先生の好きにやってもらっていいよ」とおっしゃってくれましたが、特に安全管理の面では私一人では心配がありました。そこで、自然に関する知識や経験が豊富な夫と協力すれば、より安全で充実した活動ができると考え、二人で運営していくことにしたんです。

「さんさん森のようちえん」の提携フィールドは多岐にわたる。松浦さん夫妻は、一つひとつのフィールドと信頼関係を築きながら、時間をかけて開拓してきた。
――活動するフィールドは、毎日どのように選んでいるのですか?
友さん|私たちの森のようちえんでは、最低限の提供ではなく「最大限の提供」を大切にしています。片品村の豊富な自然の中で、常に「今日はどこが最高か?」を考えながらフィールドを決めているんです。秋なら紅葉が最も美しい場所へ、冬なら最高の雪に出会える場所へ。そう考えて動いていると、自然と提携フィールドも広がっていきました。ほぼ毎日違う場所に出向くので、毎日遠足に行っている感覚ですね。


友さん|森のようちえんはレジャーではなく、あくまで「幼児教育」の場。ですから、教育活動にとって必要な環境、たとえば水場やトイレの有無なども重視して選んでいます。時には町へ探検に出かけることもありますよ。公園や神社、中之条ビエンナーレにも今年は3回行きました。

中之条ビエンナーレを見学。地域の伝統行事や文化に触れて学ぶ日も。
華恵さん|私が11年間お世話になった片品村の保育園で出会った方々が、今の私たちを支えてくださっています。例えば畑や餅つきの体験など二人では限界があることは、保育園時代に担当していたクラスの保護者や地域のおばあちゃんたちが力を貸してくれています。芋掘りを手伝ってくれたり、餅つき用の餅米をふかしてくれたり、つき手が足りない時は村の駐在さんを呼んできてくれたり。地域のみなさんが子どもたちのために力を寄せてくださることで、私たちの日々の活動が成り立っています。

餅つき体験の様子。「さんさん森のようちえん」には、沼田市や川場村、昭和村など広範囲から子どもが通ってくる。中には移住者のお子さんも。
――片品村での暮らしについて教えていただけますか?
友さん|13年前に購入した元ペンションに住んでいます。冬場はスキー場のスノーボードスクールで非常勤インストラクターとして働いているのですが、その期間は我が家をスキー場のスタッフ寮として使ってもらっているんです。食堂をリビングにしていて、暖房や電気を節約するために私たちもスタッフもそこで一緒に過ごす時間が多いです。


華恵さん|横浜にいた時は想像もしていなかった暮らしですが、私自身もみなかみ町ではスキースクールが借り上げている寮に住んでいたので、今の環境に違和感はないんです。
片品村で暮らすようになって、自分自身が人として成長できたように思います。都会の新興住宅地とは違い、ここで生まれ育ち、ここで子育てをしている人たちが大勢いて、「地に足をつけて生きる」とはどういうことなのかを教えられた気がします。
冬を迎えるための薪割りや毎日の雪かき、季節の旬のものを食べることの大切さなど、「生きる」とはこういうことなんだと、片品村に来てから身をもって実感しています。
友さん|私たちが住む花咲という地区はペンションが多く、昔から外から来る人を受け入れてきた地域です。ですから、いわば“取扱説明書”のようなものがすでに共有されていて、私たちも割とスムーズになじむことができました。片品村自体、観光が基幹産業なので閉塞感はないんですよ。
ただ、冬は豪雪地帯ならではの大変さもあります。雪かきは重機でないと追いつかないほどなので、重機を動かしてくれる人を紹介し合うなど、住民同士が助け合いながら暮らしています。
華恵さん|毎年冬が来るたびに、雪のない所に住みたいと思うのですが(笑)、春が来ると、あの長い冬を越えたからこそ感じられる喜びがあります。片品村の春は本当に美しいんですよ。もし雪のない所に住んでいたら、この感動は得られなかったでしょう。それがあるから一年、また一年と住み続けてしまうのだと思います。

群馬県の天然記念物、推定樹齢300年以上の片品村針山の天王桜。
――今後の展望について教えてください。
華恵さん|森のようちえんが、この場所に「あり続けること」ですね。卒園した子どもたちは小学校、中学校、高校へと進んでいきますが、迷った時は必ず戻っておいでと言える場所であり続けるために、継続していくことが必須だと思っています。保護者の方にいつもお伝えしているんです。「さんさん森のようちえんは永久保証です」って。
友さん|世界中の子どもたちに、私たちの森のようちえんに来てもらいたいと思っているんです。社会に出た時に、「あなたのやりたいことは何ですか?」と問われても答えられない人が多いと聞きます。森のようちえんで「自分で考える力」を身につけて育った子が大人になる時、きっと社会を大きく変えていくのではないか。そんな期待を込めながら、私たちは今、真剣に教育に取り組んでいるつもりです。

子どもの「やってみたい」を、そばであたたかく見守る松浦さん。生きものとの出会いも、大切な学びのひとつ。
――移住を検討している方へのアドバイスをお願いします。
友さん|人生の中で何を優先するべきか。お金なのか、時間なのか、あるいは日々の内容なのか。もしお金を最優先するのであれば、都会での暮らしが向いているかもしれません。でも、移住を考え始めているということは、お金以外に大切にしたいものがきっとあるのだと思います。その“お金以外の大事なもの”は、ここ片品村でなら、きっと大部分が満たされるのではないかと思います。
華恵さん|自然をこよなく愛している人には、片品村はまさに理想的な環境だと思います。仕事も実はたくさんあるんですよ。農家さんもスキー場も、喉から手が出るほど働き手を求めています。最初の一歩を踏み出せば、出会える人たちは本当にあたたかく、素晴らしい方ばかりだと思うので、まずは遊びに来てみてください。

「片品村は今の暮らしに少しでも疑問を感じている人にとって、きっと幸せになれる場所」と口を揃える松浦さん夫妻。
編集後記
自然そのものを学びの場とする「さんさん森のようちえん」。子どもたちは、その日その時に出会う自然に向き合いながら、主体的に生きる力をたくましく育んでいるようです。雄大な自然の中でのびのびと子どもを育てたい方や、自然の中で働きたい方にとって、片品村はぴったりの移住先です。移住者を温かく迎え入れる風土があり、観光や農業など、季節に寄り添った働き方も選ぶことができます。ここでしか味わえない春の喜びや、自然とともに暮らす豊かさを、ぜひ片品村で感じてみてください。
ぐんまトリビア
コンビニもスーパーも
片品村は自然豊かな地域だが観光地としての側面もあるため、生活インフラは意外と充実している。コンビニやスーパーもあり、日用品や食料品の購入に困ることはほとんどないと松浦さん。
廃校キャンプで体験
NPO法人 武尊根BASEは、片品村の旧・武尊根小学校の校舎を活用してキャンプや農泊、多世代交流などの体験を提供している。親子でイベントに参加し片品村を体感しよう。