キャベツの生産量日本一を誇る嬬恋村は、群馬県の最北西部に位置し、「北軽井沢」とも呼ばれる。2,000メートル級の山々に囲まれ、夏でも涼しい気候が続く。避暑地や別荘地としても人気が高く、森の暮らしに憧れて移住する人も多い。神奈川県・湘南から移り住み、貸別荘業を営む尾倉さん夫妻も、そのひと組である。
尾倉 剛さん・香織さん
神奈川県→嬬恋村(2021年移住)
剛さんは医薬品業界の企業に30年以上勤め、55歳で早期退職。香織さんと共に嬬恋村の別荘地へ移住し、現在は医療経営アドバイザーとして薬局の顧問業務を行いながら、貸別荘事業「アミーズヴィラ」を営む。「毎日がキャンプ」をモットーに森の暮らしを楽しむ日々。
午前6時。
朝日と共に動き出し、
夕日が沈めば仕事はおしまい。
いつの間にか、自然のリズムが私たちのリズムに。
ここは空気がいい。そして動物王国。鹿やリスもしょっちゅう見かけますし、野鳥もたくさん来ます。魅力は人のあたたかさ。森で会うと必ず挨拶してくれるし、スーパーで会うおばあちゃんと話し込むことも。
昔の友人たちとは離れていても、SNSで連絡が取れます。都会にいても毎日会っているわけじゃないし、こちらで新しい出会いもたくさんある。これまでの人生がなくなってしまうのではなく、その上に新たな人生が重なって、より豊かになっている気がします。

剛さんは黙々と薪割りをするのが大好きだとか。「森の静けさの中で薪を割っていると瞑想状態になります」
――湘南から嬬恋へ。海から森へ移住されたのですね。
剛さん|私の母は江の島の出なんです。曽祖父は江の島の漁師で、祖父はお饅頭屋と貝細工を営んでいました。母もそこで生まれ、私もずっと湘南で育ちました。
もともと私たち夫婦はアウトドアが大好きで、子どもが小さい頃から毎年のように戸隠へキャンプに出掛けていたんです。以前から、子どもが巣立ったら山の方へ移住しようと考えていたんです。
子どもたちももう独立しましたし、コロナ禍をきっかけに、「会社に毎日通勤しなくても仕事はできる」という価値観の変容もあって、思い切って湘南の家を売り、移住を決意しました。すると、一週間で家が売れてしまって、慌てて移住先を探すことになりました(笑)
――嬬恋村に決めたのは、どういう経緯だったのですか?
剛さん|戸隠がすごく好きだったので、最初はそちらで探しましたが、歴史のある集落は地域の結びつきが強く、私たちには少し敷居が高く感じました。
ログハウスに住みたかったので、北信地域などもいろいろ見て回りましたが、雪が何メートルも積もるような場所は、スタッドレスタイヤも履いたことのない私たちには無理だなと。
そんな時、友人が軽井沢に別荘を買ったと聞き、遊びに行きました。雪が少ないと聞いて、軽井沢の不動産屋さんを訪ねてみましたが、軽井沢の物件は私たちの予算にはまったく合わなくて…。不動産屋さんが、「北軽井沢ならありますよ」と教えてくれて、「それってどこですか?」と尋ねたら、嬬恋村のことでした。

尾倉さん夫妻が暮らすのは、先代オーナーがカナダから資材を取り寄せて建てた本格的なログハウス。日本ではあまり見られないほど丸太が極太。
――それで、このログハウスに出会ったんですね?
剛さん|はい。北軽井沢の物件を見に来た時に、このログハウスを紹介してもらいました。その際、当時のオーナーさんが「一度泊まってみては」と言ってくださって、実際に宿泊させてもらいました。この家は、オーナーさんにとって思い入れ深い場所だったそうで、「大事に住んでくれる人に譲りたい」とおっしゃっていました。他にも購入を申し込んでいる方がいたようですが、最終的に私たちに売ってくださることになったんです。



まさに「山小屋」の風情。南向きの窓からいっぱいに日光が差し込み、薪ストーブを焚けば冬も暖かく過ごせる。
香織さん|オーナーさんが引っ越すその日に、私たちが入居したんですよ。家財道具もほとんど残していってくださって、そのまま住める状態でした。
剛さん|湘南の家が思いのほか早く売れたので、二週間以内に片付けて引き渡すことになり、必死でしたよ。思い出の品を手放す寂しさを感じる暇もないほど、ものすごい勢いで準備を進めました(笑)。以前の家は4LDKで、こちらはワンルームにロフト付き。本当に必要なものだけを持って来ました。
ちなみに先代のオーナーは、四国に移住して海の暮らしを楽しんでいるそうですよ。


――環境が大きく変わりましたが、実際に嬬恋村に住んでみていかがですか?
香織さん|戸隠に通っていた時に、高速道路からいつも見える美しい山があったんです。当時は名前を知らなかったのですが、それが浅間山でした。私は裾野に広がる稜線がとても好きだったので、今そこに自分が住んでいることが本当にうれしくて。冬になると森の木々の葉が落ちるので、この家からも浅間山が見えるんですよ。

夏の浅間高原。澄んだ空気と木々の香りが心をほどく。
剛さん|私たちが入居したのは12月6日。浅間山はもう白く冠雪していましたね。こちらの雪は本当にサラサラのパウダースノーで、初めて見た時は感動しました。
実はその冬、私は少しノイローゼみたいになってしまったんです。見知らぬ土地で、別荘地に常住している人も少なく、ほとんど誰にも会わない。景色は白と灰色ばかりで、湘南とは比べものにならないほど寒くて寒くて。北欧の人がカラフルなインテリアにする理由が分かりましたよ。幸い、前のオーナーさんが「最初は大変だから」と多めに薪を残していってくれたので、その冬はなんとか乗り切れました。


剛さん|今では地元の業者さんと仲良くなって、家の前まで木材を届けてもらい、それを割って薪にしています。もう寒さにはすっかり慣れましたね。むしろ都市部に出ると暑くて(笑)。湘南に帰っても、1日も経たないうちに「嬬恋に戻ろう」となります。
森と一体になったこのログハウスで暮らしていると、「毎日がアウトドア、毎日がキャンプ、毎日がサバイバル」(笑)。もう他のところにキャンプに行かなくなりました。
――早期退職されての移住ですが、今、お仕事はどうされているのでしょうか?
剛さん|私は長年、医薬品を病院などに納める営業職に就いていました。医療経営アドバイザーの資格も持っており、今はその経験を生かして、いくつかの薬局の顧問を務めています。ここを拠点に、必要に応じてクライアントのもとへ出向くスタイルです。
その他、除雪作業などができるよう大型特殊免許も取得しました。食いっぱぐれは困るし、何もできない人間が村に加わって迷惑をかけたくないという気持ちもありました。
――貸別荘の事業も始められたそうですね。
剛さん|たまたま、この別荘地の中で貸別荘の物件が売りに出たんです。そこで、私が顧問を務めている薬局の社長と共同で経営する形をとり、のれんごと引き継いで一年前に事業を始めました。この貸別荘は愛犬と一緒に泊まれるのが特徴でとても人気があります。

森の中の貸別荘二棟を知り合いの経営者と共同所有し、運営業務を尾倉さん夫妻が担当。夏場の利用者がメイン。/アミーズヴィラ
香織さん|最初は大変でした。ベッドメイキングのやり方も知らなかったので、YouTubeで動画を見ながら勉強しました。今ではだいぶ手際よくできるようになりましたよ。お客さまは家族連れが多いですね。おじいちゃん・おばあちゃんと若夫婦にお孫さん、そしてワンちゃんという組み合わせもよくあります。ほとんどが常連さんで、毎年決まった時期にいらっしゃいます。中には私たちよりこの土地に詳しい方もいて、「この時期は蟻が出る」などと教えてもらうこともあります(笑)。

貸別荘の奥には小川が流れ、クレソンや葉ワサビが自生。広々とした庭は愛犬家たちに人気でリピーターが後を絶たない。
――移住前の暮らしと比べて、心境の変化はありますか?
剛さん|せかせかしなくなりましたね。焦っても仕方がないと思えるようになりました。それに、自営業になったことで、生活も仕事も自分たちのペースで進められるのがいいですね。都会にいた頃は若かったこともあって、夫婦喧嘩で言い合いになることもありましたが、ここに来てからはそういうこともなくなりました。今は、夫婦というより「相棒」。人生の相棒、ですね。

剛さんは地域の森のパトロールもボランティアで行っている。強風の後で木が倒れて道を塞ぐこともあり、見つけるとチェーンソーで分割して撤去する。
――嬬恋村での暮らしの今後の展望について教えてください。
剛さん|先日、隣の300坪ほどの土地を購入しまして。そこで、女性専用のソロキャンプ場をつくりたいと思っています。セキュリティ面を整え、シャワールームや水洗トイレなどの基本的な設備は備えつつも、自然の雰囲気を損なわないよう、できるだけ手を加えすぎないようにしたいと考えています。「何かあれば呼んでください、基本は呼ばれなければ関わりません」というスタンスで、安心と自由の両立を目指したいですね。夜には囲炉裏を囲みながら、満点の星空を眺めてくつろげるような場所にできたらと。これからは、こちらで知り合った人たちと一緒に、北軽井沢エリアを盛り上げていきたいです。
――もし尾倉さんと同世代の方が「移住してみようかな」と言ってきたら、どんなアドバイスを送りますか?
剛さん|その土地の一番厳しい時期に、一度足を運んでみることをおすすめします。季節や環境の違いを体感しながら、いろいろなところを見て、自分たちの暮らしのレベルに合うかどうかを確かめることが大切です。例えば、私たちがここに決めた理由の一つは、800メートル歩けばバス停があることでした。年を重ねて車に乗れなくなることも考え、生活インフラの現実的な条件を重視しました。そして、田舎で暮らすうえで大切なのは「自助」と「共助」です。自分でできることは自分で行い、困った時はお互いに助け合う精神が必要だと思いますね。
編集後記
50歳を過ぎてから、慣れ親しんだ海辺の生活を後にし、森の中での新たな挑戦を始めた尾倉さん夫妻。これまで経験のなかったことにも取り組み、貸別荘事業という新たなビジネスを立ち上げる姿は、年齢に関係なく新しいことに挑戦し続ける大切さを教えてくれます。移住によって夫婦関係がより深まり、「相棒」と呼び合うようになったというお話も印象的でした。
今までの人生の上に、もうひとつ新しい人生を重ねていくようだと語るお二人の笑顔には、“自分たちの時間”を取り戻した大人のゆとりがにじんでいました。
ぐんまトリビア
鬼押出しの絶景
天明3年の浅間山大噴火の溶岩が固まり風化した奇岩が一面に広がる、世界三大奇勝の一つ。地質学的価値も高く、日本ジオパークにも認定。剛さんもジオパークガイドを務める。
移住支援員の須賀さん
厳しい冬から始まった尾倉さん夫妻の移住生活に、嬬恋村移住集落支援員の須賀恵仁さんが時折訪問し、困りごとがないかと寄り添ってくれた。嬬恋村では、月に一度、支援員が移住者のもとを訪れ、相談に応じるなどの見守り活動を行っている。