群馬県西部に位置し、長野県軽井沢町と接する安中市。新幹線「安中榛名」駅や2ヶ所の高速道路インターチェンジも備え、交通アクセスは良好。それでいて、緑豊かな山々と田園風景に包まれる穏やかな暮らしが叶う。
京都から移住し、二人のお子さんを育てている岩井綾子さん・俊介さん夫妻は、安中の自然と人々のあたたかさに支えられながら、充実した日々を過ごしている。
岩井綾子さん・俊介さん
京都府→安中市(2023年移住)
綾子さんは京都市出身でラジオパーソナリティや司会として活躍。現在は子育てをしながら、地域で活動の場を広げている。俊介さんは高崎市出身。リモートワークを主体に東京へ通勤も。父が祖父母のために設計した安中市の家を受け継ぎ、畑仕事を新たな趣味に。
朝6時。
庭の鳥の声で目が覚める。
思わずつぶやく。「今日もいい朝だ」
毎朝、目覚まし時計じゃなく鳥の声で目が覚めるんです。季節によって鳴き声はいろいろ。家の周りに木がたくさんあるので、木々の間から朝日が差し込んですごくきれいなんですよ。その日常に幸せを感じます。
こちらに住んで1年、2年が経つと、地域の方が車ですれ違った時に先に気づいて手を振ってくれたり、おじいちゃんが耕運機で畑を耕しながら「おーい」って呼んでくれたり。それが、私には泣けちゃうぐらいうれしくて。




――安中市での暮らしを選んだきっかけは?
綾子さん|京都の前は東京で暮らしていたのですが、夫が「都会にいると心が殺伐としてくる。山に行きたい」とよく言っていたんですよ。私は京都市内の生まれなので、「都会は空が四角い」なんて言われても、どこもそんなに変わらないだろうと思っていたんです。でもこちらで暮らし始めてからは、「圧倒的な大きさの自然の中にいる」と感じています。家事の合間にふと窓から見える妙義山は本当にきれい。季節や天気によって色やコントラストも違いますし、空がとても広いんです。そんな景色を見ていると、心がすっと落ち着きます。

自宅の窓や玄関を開けるたび、妙義山がその日ごとの表情で迎えてくれる。
俊介さん|安中にはもともと祖父母が住んでいて、小さい頃は夏休みになるとよく遊びに来ていました。私たちが今暮らしているこの家は、建築士だった父が、年老いた祖父母のために設計したものです。祖父母が亡くなったのちに父が管理していましたが、父も他界し、私たちがここに住むことにしました。以前から「いつかは」と考えていたことではあったんです。

俊介さんのお父さまが設計した思い出の家を受け継いだ。吹き抜けのリビングは、明るく開放感抜群。
――安中市に移ってから、暮らしや働き方にどんな変化がありましたか?
綾子さん|私は子どもが生まれる前は、ラジオパーソナリティやイベント、ウェディングの司会の仕事をしていました。ただ、子育てをしながら続けるのは難しくて、今は自宅でパソコンを使ってできる仕事をしながら、地域での活動に力を入れています。
移住して間もない頃、公民館を借りて、地域の人たちと一緒に流しそうめんのイベントを開いたんです。近所のおじいちゃんが竹を切ってきてくれて、みんなで試行錯誤しながら竹を組み上げました。一人で子育てをしていると、どうしても孤独を感じてしまいますし、家族だけの時間が続くと飽きてしまうこともあります。でも、みんなで子どもを見守ると、気持ちがぐっと楽になるんです。さまざまな世代の人たちと時間を共有できて、楽しかったですね。

綾子さん自ら企画し、近所のお年寄りや子育て世代と楽しんだ「流しそうめん」イベント。
綾子さん|移住前の仕事は、ステージもキャストもイベント内容もすべて準備された状態で、私は台本を受け取ってマイクの前に立つことが多かったんです。でも、流しそうめんの時のように、一からみんなで企画を立てて形にしていくイベントに関わって、何かをつくることの大変さや楽しさを実感しました。これからは、自分で企画して、地域の人たちと一緒に楽しい時間を共有したり、いろいろな世代の方々をつなげる場をつくっていけたらと思っています。
――地域での活動をきっかけに、人とのつながりもどんどん広がっているようですね。
綾子さん|はい。今は多世代交流型子育て支援拠点「あんなかスマイルパーク」で、絵本の読み聞かせイベントも開いているんですよ。私も子どもを連れてよく遊びに行く施設で、保育士の方とも仲良くなり、「年2回くらいのペースで開催できたらいいね」と話しています。
親御さんから「絵本をどう選べばいいのか」「どんなふうに読んであげたらいいか分からない」という声をよく聞くので、私なりにアドバイスをしたり、おすすめの絵本を紹介したりしています。
綾子さんは多世代交流型子育て支援拠点「あんなかスマイルパーク」で絵本の読み聞かせイベントを開いている。
綾子さん|また、この地域では毎年、障がい者施設の方やそのご家族が参加する「まついだ夢伝」というマラソン大会が開かれていて、区長さんに声をかけていただき、今年も司会を担当しました。高齢の方が多く、「もう走れないよ」なんて冗談を言うおじいちゃんたちもいますが、まだまだとても元気。その姿にこちらが励まされることも多いです。
私は小さい頃に祖父母を亡くしたので、お年寄りの方と接する機会があまりなかったのですが、こちらに来て、近所のおじいちゃん・おばあちゃんたちのあたたかさを知りました。敬老会で、「もうすぐ旅行に行くんだ」と嬉しそうに話す姿や、お互いを思いやるやりとりを見ていると、胸の奥にじんわりとあたたかいものが広がります。

マラソンイベント「まついだ夢伝」は2025年で33回目の開催。綾子さんが司会として会場を盛り上げる。
――地域の人とのつながりは、どのように築いていったのですか?
綾子さん|私の場合は「あんなかスマイルパーク」に通うようになって、そこで出会うママたちや保育士の方と挨拶をしたり、世間話をしたりするうちに、自然と知り合いが増えていきました。そうして関係が深まっていくうちに、ある時から「○○ちゃんのママ」じゃなくて「綾子ちゃん」と名前で呼んでもらえるようになったんです。保育園だけでなく、児童館など子どもが遊べる施設がいろいろあるので、そうした場所をうまく活用するのが、無理なくつながりをつくるコツかなと思います。

安中での子育てや、地域の人との関わりの中で感じたあたたかさを笑顔で話してくれた綾子さん。
綾子さん|人とのつながりをつくるうえで、私が大切にしているのは「挨拶を続けること」です。最初は少し警戒されることもありますが(笑)、自分から元気に挨拶をしていると、だんだん相手の表情がやわらかくなっていくんです。一度仲良くなると、気持ちの距離は都会よりもとても近いと感じます。
やっぱり、人との関わりって大切だと思います。災害が起こるたびに「周りの人との関係性が大事」と言われますが、本当に安心できるのは、有事の時だけでなく、日頃から顔を合わせて言葉を交わすことだと思うんです。それは子どもにとっても同じで、家庭や学校、習い事だけでなく、地域の人と関わることで自然と社会性が育っていく。そしてきっと、大きくなるにつれて、その関わりがその子の力になっていくんじゃないかな。
――移住してから畑仕事にも挑戦されたそうですね。
俊介さん|田んぼは父が生きていた頃から、田植えや稲刈りの時期に手伝っていて、それを引き継いだ形です。畑はこちらに移住してから、荒れた土地を耕すところから始めました。近所に住んでいるアメリカ人の友達に耕運機を借りて。この夏はナスやピーマン、オクラ、ジャガイモ、それにツルムラサキや空芯菜など、たくさんつくりました。すっかりハマってしまいましたね。
東京で暮らしていた頃は、知らず知らずのうちに思考の大半を仕事に占領され、正直なところ、心に引っかかるものがありました。けれど今は、子育てや畑、地域との関わりが自分の生きがいになっています。

俊介さんは父の畑を耕し直し、いろいろな野菜を栽培中。東京から子どもを連れて友人が遊びに来ることも。
綾子さん|食べ切れない分はお裾分けしています。食卓に並ぶおかずの半分が夫の育てた野菜という時期もありました。食費が助かるのもうれしいですが、何より採れたての野菜を食べられるのが幸せですね。
――実際に移住してみて感じたことや、これから移住を考えている方に伝えたいことはありますか?
綾子さん|東京、京都、そして安中と暮らしを移してきましたが、子どもは本当に適応力が高くて、どこに行っても自分で楽しみを見つけてきます。だから、あまり心配しなくても大丈夫だと思います。移住を考えるなら、補助金などの制度は上手に活用した方がいいですね。そのためにも、事前に情報をしっかり調べておくことをお勧めします。旅行のついでに子どもの遊び場や施設をのぞいてみると、地域の雰囲気や地元のママたちの様子も分かって、きっと参考になりますよ。
俊介さん|子育て環境としては、こちらは自然が豊かで、地域の人も見守ってくださいます。考えているだけでは何も変わらないので、実際に現地に行って、空気を感じてみることが大事だと思います。行動してみることで、きっと見えてくるものがあるはずです。

上毛かるたを囲んで楽しそうに遊ぶ子どもたち。遊びを通して、自然と郷土愛が育まれている。
編集後記
子育て施設や保育園を通じてコミュニティの輪を広げるだけでなく、自らイベントを企画したり、司会として地域を盛り上げたりと、新しいフィールドで輝きを放つ綾子さん。一方の俊介さんは、畑仕事や子育て、地域との関わりに新たな生きがいを見出し、ワークライフバランスのとれた生活を送っています。
お二人の言葉や笑顔からは、安中での暮らしを心から楽しんでいる様子が伝わってきました。このまちが持つ穏やかさと人のあたたかさの中で、お二人らしい暮らしの形が少しずつ築かれているように感じられました。
ぐんまトリビア
碓氷峠鉄道文化むら
安中市松井田町と長野県軽井沢町の境界にある碓氷峠。新幹線開通後、この峠を通る鉄道は廃線に。旧碓氷線の歴史をアーカイブした「碓氷峠鉄道文化むら」は、子どもや写真愛好家にも人気だ。
まついだ夢伝の創始者は?
東京の障がい者施設の代表と、元マラソンランナーの増田明美さんが提唱し、1993年に始まったスポーツの祭典。障がいのあるなしに関わらずさまざまな競技で楽しく交流する。