群馬の玄関口として都心との行き来も容易でありながら、川や湖、森に恵まれた藤岡市。チョコレート職人であり音楽家のウォーマック夕美子さんが静かな湖畔に見つけた暮らしの場を訪ね、創作活動の変化や、地域コミュニティの中で育まれている新たな喜びについて伺った。
ウォーマック夕美子さん
東京都→藤岡市(2025年移住)
作曲家として数々のヒット歌謡曲を手がけ、結婚を機に渡米し、ショコラティエに転身。2018年に帰国し、東京・世田谷でチョコレート店を営んだ後、藤岡市へ。現在はチョコレートの製造販売と共に、アンビエント音楽のピアニストとして国内外で活躍中。
満月の午後11時。
目の前の湖に
月の光の道ができる。
つくる音楽の「間の取り方」が変わってきました。自然はあくせくしないんですよね。ちょうどいいタイミングで芽が出て、つぼみが開いて…。そういう中で私も影響されていると思います。自然音の上に重ねてピアノを弾くと、かっこよく弾こうとか、きれいなメロディーを入れようとか、意図的なものがいやらしく感じるんですよ。だからなるべく意図を減らして、自然に溶け込むように弾くようになりました。
チョコレートも、以前よりつくる量は減りましたが、その分、気持ちが入るからでしょうか。お客さまから「おいしくなった」と言われます。

高台にある家からは湖が間近に見渡せる。
――アメリカから日本へ戻られたきっかけは何だったのでしょう?
ウォーマックさん|2017年にカリフォルニアの山火事で自宅を失いました。仕事もすべて途絶えてしまい、とりあえず日本に帰って、温泉に浸かりながら先のことを考えようと。伊豆の友人が「使っていない別荘があるから」と貸してくれました。
当初は日本に住み続けるつもりはなかったんです。ところが、長野のワイナリーから、「アメリカで作っていたワイントリュフを日本でも作ってみないか?」というお話をいただきました。そのご縁がきっかけで日本で暮らすことになり、2019年に自由が丘でチョコレートショップをオープンしました。
――東京から藤岡市への移住を決めた理由は?
ウォーマックさん|異常気象が理由の一つです。東京では年々気温が上がっているように感じて、もう少し涼しい環境で暮らしたいと思うようになりました。アメリカでも緑に囲まれた環境で暮らしていたので、次第に自然の中で過ごす心地よさが恋しくなったんだと思います。
東京でお店を営んでいたので、日帰りできる範囲で物件を探し始め、伊豆や千葉、那須高原、軽井沢など、いろいろな地域を見て回りました。どの場所も魅力的でしたが、ピンと来なかったんです。
不動産って縁ですよね。この家を初めて見に来たときは、長く空き家だったこともあり、だいぶ荒れた状態でした。畳は抜け、壁も剥がれ、天井も染みだらけ。でも、なぜか自分がここに住む姿が自然と浮かんできたんです。何より、湖がすぐそばにあるというのが決め手でした。毎日この景色が見られたら、それだけで十分だと思いました。

空き家を借り受け、和室にモダンな家具を合わせ軽やかに暮らす。
調べてみると、群馬県は地質が岩盤で地震が少なく、台風の影響も受けにくい、全国的に見ても災害の少ない地域だということが分かりました。さらに、高崎駅から東京まで湘南新宿ラインで乗り換えせずに、2時間以内で行ける利便性も魅力でした。
その頃、コロナ禍を経てチョコレートの売上の多くがサブスクリプションによるものになっていたので、東京に常にいる必要がなくなっていたんです。だから、思い切って移住しようと決めました。

サブスクリプションでは、毎月異なる6種のフレーバーのチョコレートを届けている。夏には、ジュレを閉じ込めた“冷やして食べるチョコレート”も登場。和菓子のように季節を感じられる工夫をしている。「ハッとしてGood」など、往年の名曲のタイトルを冠したユニークなチョコレートも人気だ。
――湖のそばのこの家、とても素敵ですね。空き家だったそうですが、どのように暮らし始めたのですか?
ウォーマックさん|初めて暮らす土地なので、大家さんに相談して一年間は賃貸で様子を見ることにしました。春夏秋冬を過ごしてみないと分からないこともありますからね。
大家さんがとても親切な方で、「好きに直していいですよ」と言ってくださったので、地元の大工さんの手を借りて住みやすいように改装しました。大家さんも協力的で、キッチンやお風呂をきれいに整えてくださったんですよ。




長年空き家だったため傷みは激しかったが、家のあちこちに、つくり手の丁寧な仕事とこだわりが感じられた。
――日々の暮らしの中で、特にお気に入りの場所はありますか?
やっぱり家の目の前の湖が、いちばんのお気に入りです。以前、伊豆で海の近くにも住んでいましたが、海と湖ではエネルギーが全然違います。湖はとても静かで、今の私には、その穏やかさが心地よく感じられます。
夏の間によく訪れるのは、三波川。地域の人から教えていただいたのですが、山の湧き水から来ている川で、水がとても冷たくて気持ちいいんです。この辺の人はよく川遊びをするんですよ。私も東京から友人が来ると連れて行って、川床のように足を水に浸けながらお弁当を食べると最高です。どんなお店に行くよりも贅沢な時間かもしれません。

湖の近くには、庭石で有名な「三波石」の巨石群が見られる国指定の天然記念物「三波石峡」など美しい景観が多数。
――地域の人たちとの交流はありますか?
ウォーマックさん|こちらに来てからは、お味噌づくりや塩づくり、藍染めなど、地域の方々から昔ながらの技を教わっています。あちこちでワークショップが開催されているので、そうした場に参加しながら学んでいるんです。自然の中で受け継がれてきた営みには、理にかなった美しさがあって本当に素晴らしいんですよ。例えば、藍染めは本物の木綿でなければ色がうまく入らない。そうした自然素材の力や、そこに流れるエネルギーを教えてもらっています。
藤岡に移住してくる人には、健康志向の人やクリエイティブな感性を持つ人が多いんです。鬼石地区にはアーティスト・イン・レジデンスがあり、海外からアーティストが入れ替わり立ち替わりやって来ます。建築家の妹島和代さんが設計した素敵な多目的ホールもあって、移住者同士のあいだで「何か面白いことをやろう」と企画が少しずつ動き始めているところです。
――地域の方との出会いから、新しいつながりや表現も生まれているそうですね。
ウォーマックさん|この家を紹介してくれた市役所の方が、市内で「天竺」というAirbnbを営んでいる夫妻を紹介してくれました。二人はそこでいろいろなワークショップやイベントを開催していて、地域の人たちや移住者が集う場になっています。
お味噌づくりのワークショップに行った時、「発酵の菌を増やすために音楽を聴かせている」という方と出会いました。彼はディジュリドゥという楽器の音をお味噌に聴かせているそうで、そこから一緒に倍音だけを使った音楽をつくることになりました。アンビエント音楽を手掛ける東京の知人も加わって、ディジュリドゥとピアノとコンピューターを使った「ミュージック・フォー・ファーメンテーション(発酵のための音楽)」というユニットを結成したんです。あえてカセットテープでリリースして、お味噌とセットで販売しようという楽しい企画を進めているところです。
――藤岡での暮らしが中心になる中で、東京との関わりはどのように変わりましたか?
ウォーマックさん|今は月に2〜3回ほど東京に行っています。移住したばかりの頃は、東京に行くと、「あのお店でこれを買って、あそこに立ち寄って…」と欲張って予定を詰め込んでいましたが、最近は「早く群馬に帰って温泉に入りたい」と思うようになってきました(笑)。仕事やミーティングも、ほとんどオンラインで済みますし、群馬にいる時間がどんどん増えています。
東京から友人もちょくちょく泊まりに来ています。ここは静かでよく眠れるんですって。つい先日まで、海外の知り合いのお子さんがホームステイで1ヶ月ほど滞在していました。東京にいた頃よりも、人が家に集まる機会が増えたように思います。
――群馬に来て、音楽活動に変化はありましたか?
ウォーマックさん|不思議なことに、移住へ向けて動き出したあたりから音楽活動も忙しくなっていきました。20代の頃に制作したアンビエント音楽のアルバムが、イギリスのレーベルから問い合わせが来て再販され、若い世代の間で人気が広がったんです。
昨年はタイの大規模なミュージックフェスに招かれて演奏する機会もありました。今年も出演する予定で、来年は全米ツアーのお話もあります。人生の新たなフェーズが始まったという感じですね。

2025年にリリースした小久保隆さんとのコラボレーションアルバム「Gaiaphilia」には、自然音がふんだんに取り入れられている。

タイの音楽フェスティバルに招かれ、演奏を披露。
――藤岡で、今後やってみたいことはありますか?
ウォーマックさん|この地域の課題は、若い人たちが東京などに出て行ってしまって、お年寄りばかりになっていることです。小学校の生徒数もどんどん減っています。観光地のように賑やかになってほしいわけではありませんが、自然を大切にしてくれる人たちが、藤岡にもっと関心を持ってくれたらうれしいですね。
そのきっかけになるようなイベントを企画したいと考えていて、知り合いのフードクリエイターと一緒に、下久保ダムで「ダムレストラン」を開こうと話しています。この地域で採れる食材を使った地産地消のレストランや、音楽イベントができたらいいねと。アンビエント音楽は自然の中で聴くといっそう気持ちいいですし、東京からも人が来るような集いの場をつくりたいです。
――これから移住を考えている方に、どんなことを伝えたいですか?
ウォーマックさん|今はまさに移住のチャンスだと思います。空き家が多く、価格もとても手頃です。東京でお仕事をされている方も多いと思いますが、いきなり仕事を辞めて田舎に住むのはやはり勇気がいりますよね。まずは、賃貸で手頃な物件を借りて、週末だけ自然の中で過ごしてみる“週末移住”から始めてみるのがおすすめです。

「少しずつ土地に慣れながら、自分に合った暮らし方を見つけていくといいと思います」と、これから移住を考える人たちにあたたかなメッセージを贈ってくれた。
――年を重ねてから移住する場合、どんなことを大事にしたらいいと思いますか?
ウォーマックさん|年を重ねると2つのタイプに分かれると思います。便利な都会で暮らしたい人と、自然の中でゆったり過ごしたい人。どちらが正しいというのではなく、好みの問題ですが、人間はもともとオーガニックな存在ですから、健康を考えると、自然の風が心地よく吹く場所の方が、体にはやさしいと思います。鳥の声や虫の声が聞こえる環境では、空気中の“情報量”が全然違うんです。都会にいると、ネットなどの見えない情報が多すぎて、知らないうちに疲れてしまうように感じます。
この辺りの70代、80代の人たちは、みんな畑で元気に体を動かしていますよ。やはり太陽を浴びて、自然の中で育ったものをシンプルに食べる生活こそが、人間の健康の本質ではないでしょうか。
――移住やリフォームにあたって、行政のサポートなどは活用しましたか?
ウォーマックさん|はい、藤岡市から移住支援金をいただきました。私は単身世帯なので60万円の支援を受けましたが、2人以上の世帯であれば100万円の補助が出ます。いただいた補助金は家の修繕にも活用させていただきました。子育て世帯に限らず支援してもらえる制度があるのは、とてもありがたいことですね。
編集後記
自然と共に生きること。それこそが、創造の源なのかもしれません。湖畔での暮らしの中で、夕美子さんの音楽とチョコレートづくりは、いっそう深みを増しているようです。地域の人々とのつながりから生まれるコラボレーションも、まるで自然と共鳴するように広がっていました。
そんな彼女の生き方に触れると、移住とは“暮らす場所を変えること”ではなく、“生き方そのものを育て直すこと”なのだと気づかされます。
ぐんまトリビア
地元民が愛する温泉と発酵
夕美子さんも藤岡に帰ると寄りたくなる「白寿の湯」は、関東有数の温泉濃度を誇る名湯。発酵をテーマにした食事やおやつをいただけるカフェもあり、地元の人々が世代を超えて集う憩いの場となっている。
地域に開かれたアートの拠点
鬼石地区にある「鬼石のシロオニスタジオ」は、世界各国からアーティストが集まるアーティスト・イン・レジデンス。アーティストたちはここで暮らしながら作品を制作し、地元の人々と交流するイベントも数多く開かれている。