群馬県 移住者インタビュー
【VOL.5 渋川市|飯塚公知さん・歩さん】
故郷で再出発。
農業から食品開発、そして店舗開業へ

名湯・伊香保温泉をはじめ、数多くの温泉が点在する“出湯のまち”渋川。古くから交通の要所であり、首都圏へは車や電車で約90分。前橋市や高崎市への通勤も便利だ。故郷・渋川市にUターンし、農業から加工品製造を経て、2025年9月に念願の店舗「FLOOMY」をオープンした飯塚夫妻。その挑戦の軌跡をたどる。

お話を伺いました。

飯塚公知さん・歩さん

兵庫県→渋川市(2012年移住)

公知さんは転勤族として7年間に6回の転居を経験し、兄の早すぎる死をきっかけにUターン。現在は農園や加工品製造、そして自店の経営に力を注いでいる。歩さんは商品開発を担当。実家の離れを改装した家で、3人の娘さんと共に、両親ともほどよい距離感を保ちながら穏やかな日々を送っている。

午後1時。

新幹線の音と、田んぼの匂い。

ひと息つける場所が、ここにある。

都会の会社を辞めて故郷に戻ることに、なんとなく負い目がありました。新規就農で失敗もし、「誰にも見られたくない」と思っていた時期もあります。そんな時、父に半ば強引に誘われ消防団に入ることに。行ってみると、小中学校の頃からの友達のようにあたたかく迎え入れてもらえました。「なぜ戻ったの?」ではなく、「よく来たな!」と。

この店も、大工をしている中学時代の先輩に建ててもらいました。地元の人に長く愛される店にしていきたいと思っています。


自宅からもお店からもほど近いこの場所は、昔も今も変わらず公知さんのお気に入り。時間を見つけては、自転車でふらりと立ち寄ることも多い。

――Uターンのきっかけについて教えていただけますか?

公知さん|私が会社員として働いていた30歳の時、3人兄弟の一番上の兄が独立して起業しました。ところが、その後に病気が見つかり、半年後に亡くなってしまったんです。病床で兄がこぼした「自分は何を残せただろうか」という一言が、胸に深く刺さったのを覚えています。その瞬間から、自分は死ぬ時に何を思うだろうか…という問いが頭を離れず、「自分も何かを残したい、やりたいことをやろう」という気持ちが沸き起こりました。

それをきっかけに妻と話し合い、「どんな仕事をしたいか」よりも「どんな生き方をしたいのか」を改めて見つめ直しました。転職や他地域での就農など、いろいろな選択肢を検討した結果、渋川に戻って自分たちで何かを始めようと決意しました。

――公知さんがUターンを決めた時、不安はありませんでしたか?

歩さん|全くありませんでした。むしろ、私の方から「そろそろ腰を落ち着けたいから、別の生き方を考えよう」と話したんです。最後は私が「もう、いつまで悩んでいるの?」と背中を押しました。

夫は「会社を辞めたら貧乏になるかもしれない」と言っていましたが、私にとってお金がないことよりも、孤独な子育てや社会と関われないことの方が辛かった。家族みんなで落ち着いて暮らしながら、私自身も社会に必要とされる生き方をしたいと思っていたんです。

渋川に帰れば家も土地もあるし、農機具も揃っていたので、農家なら初期投資を抑えて始められるし、食べ物にも困らない。そんな思いもあり、夫の実家で農業を始めました。


自宅の敷地に隣接した畑で、さまざまなハーブや野菜を栽培。夏季は朝6時頃から畑に出て、9時半にはお店に出勤する。

――未経験から始めた農業、立ち上げ期はいかがでしたか?

公知さん|先輩に教わりながらチンゲンサイの試験栽培をしたら、とてもよくできたんです。「これはいける」と思って畑全面に広げたのですが、元々こんにゃく畑だった土地に銅害が残っていて、葉物栽培が無理だということが分かりました。チンゲンサイでやっていく計画が一気に崩れてしまい、1〜2ヶ月の収入がなくなってしまったんです。そんな時、妻が趣味で育てていたハーブが育っていたので、「とにかく売れるものを売ろう」と、ハーブを出荷することにしました。

歩さん|ハーブって、雑草みたいに強くて、荒地でもよく育つんです。直売所で売り始めたのですが、収入は月に1万円ほど。それなら加工して付加価値をつけようと考えました。群馬には果物もたくさんあるので、果物とハーブを組み合わせてジャムを作ることにしました。

当時は妊娠中で、最初は作ったジャムをブログに載せていただけでしたが、それが伊香保の旅館の方の目に留まり、「売ってほしい」と声をかけてくれたんです。出産後、生まれたばかりの子どもをおんぶして旅館にジャムを届けたのが、私たちの加工品づくりの始まりでした。


商品開発やブランディングは歩さんが担当。公知さんはコストや全体収支の計算を担当し、妻の世界観を尊重しているそう。

――そこから加工品づくりが本格化していったのですね?

公知さん|元々農業だけではなく、いずれは加工品を伸ばすべきだと考えてはいました。2016年頃までは農業が主で、加工品が従という位置付けでしたが、高崎の百貨店からテナント出店のお話をいただいたことで、主従が逆転しました。そこからは加工品が中心になり、2018年には高崎駅の駅ビルへと移転しましたが、2020年にコロナ禍が始まった時に「これは長引く」と直感し、思い切って店舗を畳み、卸し中心のスタイルに切り替えたんです。

その後、「事業再構築補助金」という制度があると教えてもらい、「やっぱり自分たちの店を持ちたい」という気持ちが再び湧き上がりました。ところが、補助金申請は2回連続で不採択。それでも諦めず、「自前でやっていこう」と腹を括って動き出したのが2023年頃です。銀行との調整など紆余曲折を経て、やっと今、念願の店舗をオープンすることができました。


ソフトクリームと地元のフルーツを使ったお菓子のお店「FLOOMY」。地元の人が気軽に立ち寄れる場所を目指している。

――お店のコンセプトや、大切にしていることを教えてください。

歩さん|このお店のコンセプトは「旬を楽しむ、みんなのおうち」です。季節の恵みを使って加工品をつくり、旬の味を楽しんでほしいという思いを込めています。インスタグラムを見て遠くから訪ねてくださるのも、もちろんうれしいのですが、いちばんは近所の人たちがいつも立ち寄るお店にしたい。地域の子どもが一人で歩いてこられるような、第二のおうちのような場所にしたいんです。


店舗は地域の人が親しみやすい雰囲気を重視して設計。

歩さん|ジャムにはハーブを使っているので、少し変わったことをしているように見えるかもしれませんが、奇をてらったことをしているわけではありません。地元で採れる果物に、それを引き立てるハーブを組み合わせているだけ。「この味がわが家の定番」として暮らしに根付き、親から子へ、そして次の世代へと受け継がれる。そんなふうに、地域の人たちに寄り添うお店でありたいと思っています。


看板商品は独自に開発した「フルーミー」。ソフトクリームとジャム、フルフルしたゼリーの食感の組み合わせがクセになる。ネーミングは長女のアイデアだそう。

――移住後の暮らしの中で、家族にはどんな変化がありましたか?

公知さん|サラリーマン時代は転勤が多く、山や川で遊ぶのが好きな大学時代の友人たちとも離れてしまい、プライベートが分断されたような感覚がありました。子どもの学費や家のローンを払うために働いているような虚しさを感じることもあり、帰宅もいつも遅く、子育てや家のことは妻に任せきり。会話も少なかったように思います。今は妻と一緒に農業や店をやっているので、仕事も家事も分担するようになりました。


移住を機に、共に働き、支え合う時間が増えたという飯塚さん夫妻。肩を並べて話す姿から、穏やかな暮らしぶりが伝わってくる。

公知さん|家族の仲も良いんじゃないかと思いますね。子どもたちは、味噌汁の出汁を取ったり、ご飯を炊いたりしてくれます。3人姉妹で、特に二女が妻に似てしっかり者なので一番手伝ってくれます。長女は「将来、お店を継ぎたい」と言ってくれていて、大学では食品関係の学部を目指しているようです。

――今後の展望について教えてください。

公知さん|会社として、さらに成長させていきたいですね。娘が「帰ってきたい」と思った時に、きちんと給料を払える会社にしておきたいんです。

そして、私たちが使っている果物や牛乳などの食材はほとんどが群馬県産なので、事業を大きくすることで地域の農家さんを買い支え、地元全体が元気になれるように頑張りたいと思っています。

歩さん|私たちはハーブを扱っているので、癒しや健康の分野にも事業を広げていけたらと思っています。例えば、リラクゼーションサロンを併設して、子どもがアイスを食べている間に、お母さんがマッサージや運動を楽しめる場所。私たち世代やその上の世代の方のニーズにも応えて、漢方やハーブを取り入れた“癒しのブティック”のような展開にも挑戦してみたいです。


今後はドーナツもラインナップに加え、小腹が空いた時に食べに来られるお店に。「添加物などは可能な限り使わず、安心して食べられる質の良いおやつを提供し続けたい」と歩さん。

――これから移住を考えている人に一言アドバイスをお願いします。

公知さん|高崎や前橋に比べると渋川は田舎ですが、その分、行政との距離が近く、「一緒に何かできそう」という期待を持てる場所です。地元の人たちも移住者をとても歓迎してくれて、「こっちのやり方に合わせて」といった堅苦しさはなく、どうすればうまくいくかを一緒に考えてくれるあたたかさがあります。自分で何かを始めたい人だけでなく、通勤にも便利なので、いろいろな働き方を選べるまちだと思いますよ。

 

編集後記

飯塚夫妻の移住の選択は、単なる仕事の転換ではなく、「これからをどう生きたいか」という根本的な問いから始まりました。地域に根差し、家族との時間を大切にしながら、地元の人々に愛される場所をつくりたい。その思いが、二人の事業の原点です。

故郷へのUターンによって実現した仕事と家庭のバランスが取れた生活、地域とのつながり、そして自分らしい生き方は、これからの人生を模索する多くの人に勇気を与えてくれます。

 

ぐんまトリビア

獅子舞保存会について

渋川市の甲波宿禰神社に伝わる「川島獅子舞」は250年余の歴史を持つ伝統芸能で、現在も地域のお祭りを盛り上げている。公知さんも獅子舞保存会のメンバー。


今日はどの温泉に行く?

渋川の魅力の一つが、車で約15分圏内に泉質の違う複数の温泉があること。今日は伊香保、次は小野上、根古屋城温泉など選べる贅沢が。温泉好きにはたまらない地域。

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