「SHARE SUMMIT 2024」(主催:一般社団法人シェアリングエコノミー協会)が、2024年11月5日に開催されました。全国から集結した多様なプレイヤーが活動を発表する中、TURNS編集部では、シェアリングエコノミー協会九州支部が牽引する、地域課題をビジネスチャンスへと転換する革新的な取り組みに注目。
防災、人材育成、行政サービスDXという三つの重要領域で先進的な事例を創出している企業のリーダーたちが、九州における社会課題解決型ビジネスの可能性と展望を語ったセッション(メインエリア SESSION 2)をレポートします。
【登壇者プロフィール】
<モデレーター> ◯森戸 裕一 シェアリングエコノミー協会 九州支部長/シェアリングシティ推進協議会 共同代表/ナレッジネットワーク株式会社 代表取締役社長 シェアリングシティ推進協議会に加盟している全国187の自治体(2024年11月5日時点)のうち、半数弱を九州から集める実績を持つ。 |
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<スピーカー> ◯中西 洋彰ベル・ホールディングス株式会社 代表取締役社長福岡出身。 マイクロソフト、IBMで約17年のキャリアを積んだ後、現職。防災×DXを軸に社会課題解決型事業を展開。福岡と東京の二拠点生活中。 |
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◯入江 雄介 コクー株式会社 代表取締役CEO2019年の創業以来、女性のデジタル人材育成を通じた地域活性化に取り組む。 従業員743名中82%が女性という特徴的な組織を率いる。 |
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◯徳田 整治 株式会社オプティム ディレクター佐賀市を拠点に、自治体向けスーパーアプリの開発・展開を手がける。 |
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◯髙田 理世 一般社団法人シェアリングエコノミー協会 九州副支部長 ONE KYUSHU SUMMIT実行委員長 |
九州でシェアリングエコノミーを突破口に官民連携の地域課題解決に挑む
「九州は特に、自治体の首長さんがシェアリングエコノミーにものすごく熱心なんです」と、モデレーターの森戸氏が口火を切り、本セッションは、福岡県古賀市、北九州市、宮崎県宮崎市の市長たちによる、シェアリングエコノミーを基盤としたまちづくりへの意欲を語る熱いメッセージVTRから始まりました。
なぜここまで九州の自治体でシェアリングエコノミーへの賛同や実装化が進んでいるのか? その裏には、シェアリングエコノミー協会九州支部の、自治体への革新的な提案と働きかけがあります。
「“シェアリングエコノミー”という概念は、現在もまだまだ十分な浸透には至っていません。特に自治体内では、シェアリングエコノミーに関する担当部署が明確でないため、企画や観光、まちづくりなどの部署間で対応が曖昧になりがちです。これを受け、九州支部では企業立地・企業誘致担当者にアプローチし、地域課題解決型のプロジェクト誘致を提案しています」と森戸氏。
森戸氏は従来の「工業用地に企業を誘致する」という方法に加え、地域課題をビジネスへ変える企業を呼び込み、最終的にその企業が地域に根付く形を目指す「プロジェクト誘致」のモデルを提唱。このモデルに首長の賛同が得られ、九州内外で事例を積み上げようとしています。九州での成功事例を全国に展開し、他地域で得られた知見を九州に還元する双方向の学びを進めることで、シェアリングエコノミーのさらなる普及も目指します。首長だけでなく自治体職員の理解促進も鍵となるため、他地域の先行事例を参考にしてもらいながら導入を進めていきたいとのこと。
このような背景のもと、九州で実際に官民連携のシェアリングエコノミーによる地域課題解決事業を行っている3社が登壇。防災、地域の人材不足、行政サービスの煩雑さという、全国の多くの地域が同様に抱えているこれらの課題をどのようにビジネスに変えているのかについて、具体的な取り組みを発表しました。
「防災×DX」で平時と有事、公助と共助をつなぐmilabの取り組み
ベル・ホールディングス代表の中西氏は、自社の新規事業「milab(ミラボ)株式会社」を通じた「防災×DX」の取り組みを紹介しました。BELLグループは東京に本社を置き、企業の基幹システムの構築・運用を全国規模で行う、創業35年を迎える会社です。そのBELLグループが、もっと社会課題に直結する事業をしたいと、7年ほど前から温めてきた防災に関わる課題解決を、2024年1月に「milab株式会社」という形で事業会社化。中西氏は出身地である福岡を住まいとし、東京と福岡での二拠点生活を送りながらを推進しています。
同社の取り組みの一つが、DXによる防災備蓄と管理の最適化です。通常、自治体が準備している災害備蓄用の食料は5年〜10年で賞味期限が切れます。その前に廃棄されることなく、フードバンクや子ども食堂などに適切にシェアされるようにするための管理はもちろんのこと、高齢者や乳幼児、アレルギー疾患者、宗教上の制約のある人々などが、災害時の避難所で満足な備蓄食を摂れないという現状を「備蓄食に関する20%問題」として提起し、平時から自治体とともに備蓄食の内容をアップデートする取り組みを行っています。
また、経産省からサポートを受けながら「スーパー防災都市創造プロジェクト」も推進。この取り組みでは自治体の財政負担軽減のため、民間企業との連携で「みなし備蓄」を活用。例えば北海道のドラッグストア「サツドラ」と連携し、流通在庫を災害時の備蓄品として活用できる体制づくりを行なっています。公助・共助をシェアリングによって融合させたこのモデルは、和歌山や広島など多くの地域でも導入されているそうです。
さらにmilabでは、避難所のQOL向上の課題にも取り組んでいます。体育館に雑魚寝という避難所ではなく、ヨーロッパの事例なども取り入れながら避難生活の質向上を目指す中で、DMMグループとの連携により、「電気のある防災」に取り組んでいます。災害時に備え、体育館や公用車駐車場にEVステーションや蓄電池を配置する仕組みを構築。企業版ふるさと納税を活用して電力インフラを整備しています。
milabではこれらの活動を通じて、平時と有事、公助と共助をシームレスに結びつける持続可能な防災の実現を目指しています。自治体や民間企業との協力を深め、九州から全国へモデルケースを広げていく計画です。
「女性×DX」で地域の人材不足を解消するコクーの挑戦
コクー株式会社の入江氏は、地方創生に人材シェアとデジタルを融合させた新たな事業モデルについて語りました。
同氏は19歳で起業し、その後IT業界でエンジニアとして経験を積み、2019年にコクーを設立。「人材×デジタル」を事業の軸とし、特に女性の活躍推進を重要なテーマとして掲げています。現在、従業員743名のうち82%が女性という点が特徴的で、2030年までに全国30拠点を展開する計画だそうです。
入江氏が注力するのは「DX人材の地産地消モデル」。このモデルでは、スキルアップを望む地域の女性を自社の社員として雇用し、デジタルスキルを習得してもらった後、地元企業のDXをサポートする形で地域活性化を進めます。具体的には、ExcelやBIツールを活用する業務効率化支援(EXCEL女子・BI女子)、デジタルマーケティング支援(デジマ女子)、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入・運用支援(RPA女子)などの業務を行なっています。
コクーが独自に開発し、すでに8500社と302の自治体で活用されている完全無料のRPAツール「マクロマン」を導入した福岡県大川市との事例では、市職員のRPAの運用における課題の解決と同時に、地域での女性活躍促進と女性の流出を防ぎたいとの同市の強い課題感に対してこのモデルを適用。RPA女子による市役所業務のサポートを行なう一方で、大川市を支える製造業の事業者に対しても、ECで成功した企業を招いてDXの必要性を喚起するイベントを開催し、地元企業に向けたデジタル理解を促進。また、地元企業と女性デジタル人材とのマッチング・雇用創出を目的に市内在住の女性を対象にしたDX・ デジタルマーケティングの講座も提供しています。
このようにコクーでは、自治体職員のデジタルスキルアップが容易ではないという課題や、地域の人材不足の課題、地域での女性活躍という課題を、「女性×DX」の人材シェア事業によって一挙に解決しています。入江氏は、「こうした地域密着型の取り組みを全国の自治体に展開し、日本全体の労働需給ギャップを埋めることで、持続可能な社会を実現したい」とビジョンを語りました。
「自治体公式スーパーアプリ」で呼び込む官民連携と事業機会
株式会社オプティムは、佐賀市を拠点に設立されたテクノロジー企業で、 スピーカーの徳田氏を含む創業者3人の想いと佐賀の地元支援が原点となっています。代表の菅谷俊二氏が佐賀大学在学中に創業した同社は、当時何の後ろ盾もなかった若者たちのアイデアを信じ、大きな助力をしてくれた地元企業に支えられ、起業を果たしました。創業から24年を経て、上場を果たした今も佐賀に本店を構え続け、地元への恩返しを胸に活動を続けています。
同社は「守りのDX」と「攻めのDX」の両面でデジタル変革を推進しており、「守り」の事業としてはモバイルデバイス管理(MDM)分野で国内シェアNo.1を誇ります。一方「攻め」の事業では、農業や建設、医療分野での革新的なDX事業を展開。その中で、今回のセッションで話題となった取り組みは、佐賀市で導入されている自治体向けの「公式スーパーアプリ」です。
住民が利用する市役所の手続きや情報提供を一元化するこのアプリは、複雑で煩雑だった自治体のデジタル化を大幅に簡素化し、住民と職員の双方から高い評価を得ています。職員と住民への事前アンケート調査でも、双方から情報の分散と分かりにくさが指摘されており、それを解決する「一つの接点」としてのスーパーアプリがニーズに応えた形です。
佐賀市での実績を足掛かりとし、今年度は佐賀県武雄市をはじめ複数の自治体で同様の取り組みが進行中とのこと。今後は全国へ展開を拡大し、1700以上の自治体の公式プラットフォームとしての展開を目指しています。
アプリ開発にあたり、LINEなどすでに汎用化している既存インフラもある中で、同社のアプローチは、自治体がデジタルプラットフォームの中核を担うべきだという理念に基づいており、「市役所がシェアエコの事業者になる」という先進的な視点が注目に値します。あえて自治体独自のスーパーアプリを用いることで、そのプラットフォームに多様なプレイヤーを呼び込み、一緒に地域の課題を見つめ、次の官民連携や事業創出の足場にしていける可能性が生まれるのです。
自治体と連携し、地域の課題解決に多様な企業を引き入れて九州独自のビジネスをつくる
このように、九州でシェアリングエコノミーによる官民連携の地域課題解決事業が次々と生まれているその出発点には、九州支部が抱えていた次のような課題感があったと森戸氏は語りました。
「当初、協会のイベントが東京を中心に開催され、九州の参加者が物理的距離や交通費の壁に直面し、シェアリングエコノミーの取り組みから遠のいてしまっていたんです。これは九州独自のシェアリングによるビジネスの場をつくっていく必要があると感じました。自治体の方々に説明して回って、自治体の方々が官民連携で何かやりたい課題があるとすれば、そこを実際に東京の企業やシェアリングエコノミー協会の会員、九州の事業者に公開して協業を促すことを推進するのが、私ども協会支部の役割なんじゃないかと考えたんです」その地道な活動の結果、自治体との連携を基盤に、地元企業や全国のシェアリングエコノミー関連企業が参加する仕組みが形成され、九州から新しい価値創造が始まっているのです。これを受けて、副支部長の高田氏からは、九州各地で広がっているシェアリングエコノミーによる地域課題解決事業のホットな事例について紹介がありました。
「シェアリングエコノミー協会というと、所属しているのはプラットフォームの運営会社やシェアハウスなどを展開している会社を想像するかもしれませんが、現在九州支部には幅広い業種の企業が所属し、プロジェクトを展開しています。例えば先日、佐賀市で行われたバルーンフェスタでは、駐車場の運営企業が、所有する駐車場をシェアして車中泊を可能にするサービスを提供し、渋滞緩和と観光体験の質向上を実現しています。このように、シェアリングエコノミーで起業・スタートアップというよりは、既存事業を持つ企業が新たな事業としてシェアを活用した地域課題解決に取り組んでいるケースが多いと思います」
さらに九州支部ではオンラインコミュニティを通じて、企業間や自治体との連携を強化。シェアリングシティの推進に向け、関係人口創出やモビリティといった多様な分野で、官民連携や企業同士の連携が続々と誕生しているそうです。
九州から広がる、シェアリングエコノミーで自治体と企業が共に切り拓く未来
九州支部で活発化しているこのムーブメントは、地方から始まるシェアリングエコノミーの大きな可能性を示唆しています。各地で人材不足や経験値の不足からくる公共サービスの低下などの課題が懸念される中、さまざまな官民連携・企業との協業のスタイルが生まれているけれど、それをもっと柔軟にシェアしていくことで、より良い社会、より良い未来が見えてくる。九州発のモデルが全国に広がり、日本全体の地域活性化と新しい社会の実現に寄与する未来へ、大きな期待が膨らんだ本セッションでした。
文/角 舞子