日本一の流域面積を誇る利根川とともに歴史を歩んできた群馬県千代田町。人口およそ1万人のこの町に2023年、コーヒー焙煎所&カフェ「HIRAKU」が誕生した。店主の小林勇太さん・麻菜さん夫妻が提供しているのは、一杯のコーヒーだけではない。そこにあるのは、町内外の人々が交差するあたたかな時間と、この町の新たな魅力に出合うきっかけだ。「千代田町の玄関口のような場所になれたら」。そんな思いを胸に、夫妻は今日も一人ひとりのお客さまと丁寧に向き合っている。

小林勇太さん 群馬県東吾妻町出身。2014年、一杯のエスプレッソに強い衝撃を受け、コーヒーの道を志す。国内外で500を超えるコーヒー店を巡りながら知見を深めると同時に、焙煎士としての技術を研鑽。2023年、千代田町に「HIRAKU」をオープンした。現在は店舗運営を軸に、コーヒートラックでのイベント出店やオンライン販売など、多角的にコーヒーの魅力を発信している。
小林麻菜さん 群馬県千代田町出身。化粧品会社勤務やWEBライター、海外インターンを経て、2020年に勇太さんと出会ったことを機にコーヒーの奥深さに魅了される。「HIRAKU」の創業メンバーとして、企画・運営・ファイナンスを担当。
「おうちコーヒーをもっと楽しく」を、オンラインからリアルの場へ
2020年にSNSでコーヒーに関する情報発信を始めた小林さん夫妻は、翌2021年からコーヒー豆のオンライン販売をスタート。「おうちコーヒーをもっと楽しく」を合言葉に地道に続けてきた活動は、やがて全国から注文が寄せられるまでになった。しかし、勇太さんのコーヒーへの情熱はそれだけにとどまらなかった。同年、自らDIYしたコーヒートラックで各地のイベントに出店し、コーヒーを直接届ける活動へと歩みを進めていく。

コーヒートラック「HIRAKU号」で、日本各地のイベントやマルシェに出店。
一時は事故によりコーヒートラックを失うという困難に見舞われたが、クラウドファンディングを通じて活動を再開。そして2023年12月、利根川のほとりにコーヒー焙煎所&カフェ「HIRAKU」をオープン。オンラインショップやコーヒートラックでの販売を続けつつ、実店舗を構えたことで、より多くのお客さまと顔を合わせ、コーヒーを楽しむ時間を共有できるようになった。

ドリップコーヒーは浅煎りから深煎りまで好みに合わせて選べるほか、豆による個性の違いを楽しめる「飲み比べセット」も人気。
コーヒーを入口に、町の楽しみ方をナビゲート
「日々の“、”(中断・息継ぎ)となる一杯を届けたい」。そんな思いをコンセプトに掲げる「HIRAKU」。店舗をオープンして約2年。近所の常連からSNSなどで調べて足を運ぶ町外の人まで、幅広い客層に親しまれている。
「町外から来てリピートしてくださる方が5割くらいいます。コーヒートラックで何度かお見かけした方が、イベントをきっかけに店舗まで足を運んでくれることもあるんです」(麻菜さん)
「場所や世代に関係なく、コーヒーが好きな方や、ちょっと休憩したい方に楽しんでもらえるような発信を心がけています。お店に来てくれた方には、会話の流れの中で、周辺を2時間ほどかけて歩いて巡れるおすすめスポットを紹介することもあります。例えば、HIRAKUのほど近くにある赤岩山光恩寺でお参りをし、お寿司屋さんで昼食をとり、コーヒーを楽しんだあとに川崎製麺所でうどんを買って帰る。時間があれば、埼玉の熊谷と千代田町を結ぶ渡船に乗って利根川を往復したり、酒蔵で日本酒を選んだり。そんな町の楽しみ方を提案しています」(勇太さん)
コーヒーをきっかけに千代田町を訪れ、この町ならではの体験や人との出会いに触れてもらう。小林さん夫妻は、そんな時間をコーヒーとともに届けている。

コーヒーをきっかけに町を知り、興味を持ってもらえることにやりがいを感じていると話す小林さん夫妻。
また、オリジナル商品の開発にも注力。店舗やオンラインショップでの販売に加え、千代田町のふるさと納税返礼品として自家焙煎豆やドリップパックを出品している。千代田町産のビール麦を使用した「コーヒーエール」など、地域の特性を生かした商品開発にも意欲的だ。
さらに、寺院宿泊施設「Temple Stay Zenso」でのコーヒー体験をトータルプロデュースするなど、単なる販売の枠を超え、その活動は広がりを見せている。

勇太さんが千代田町でお気に入りの景色だという、利根川に沈む夕日をパッケージにデザインした「千代田ブレンド」。

エチオピアコーヒーと地元産のビール麦を使用したコーヒーエール。
かつての賑わいを、いま再び。千代田町に芽吹く新しい挑戦
千代田町はかつて、利根川を利用した物流の要衝として栄えた歴史を持つ。江戸からの大型船と桐生方面からの小型船が荷を積み替える拠点として、町内には飲食店や宿泊所などが立ち並んでいたという。しかし、自動車社会への移行とともに人の流れは変わり、往時の賑わいは次第に姿を消していった。
「商店街や映画館があったり、人とともにじっくり文化を醸成してきた町なんだと思います。70代の常連さんからそんな歴史を聞くたび、この町への愛着が深まりますね」(勇太さん)
こうした町の歴史を背景に、現在、新たな賑わいを生み出そうとしているのが赤岩山光恩寺だ。副住職が中心となって町に人を集めるためのイベントが開かれており、なかでも「カレーフェスタ」には町内外から約5,000人が集まる。小林さん夫妻もその思いに共感し、イベントへの出店を続けている。
地元住民から町外・県外の来訪者まで多様な人が交わるこの場は、夫妻にとって貴重な「情報の仕入れ先」でもある。
「町役場の人と近所の人とでは立場が違う分、見えている景色や意見も本当にさまざまです。そうした多方向の声が集まる場所だと思います。それぞれの『こうしたい』という思いを吐き出せる場になっていると感じます」(麻菜さん)

今後の二人の目標は、コーヒーエールやラテベースなどの商品ラインアップを広げるとともに、店舗の展開も視野に入れ、既存の事業一つひとつを着実に育てていくことだ。
また、行政側でも官民連携による新たな試みが始まっている。民間企業からの出向者が中心となり、町内での創業を支援する「コンテナハウス」の建設プロジェクトが進行中だ。このコンテナハウスは、災害時には防災拠点として機能し、平時は「チャレンジショップ」として開放される。安価な賃料で、自分のやりたいことを試したり、小さく起業に挑戦したりできる場として、新たな一歩を踏み出そうとする人を後押しする。
こうしたさまざまなムーブメントが生まれる中で、「HIRAKU」が大切にしているのは、日々の営みの中で育まれる小さなつながりだ。
「イベントのような爆発力のある関係人口づくりは、移住して日が浅い私たちには正直難しい。でも、小さなお店だからこそ、一人ひとりの顔が見える距離感で新しい出会いや交流を後押しすることはできると思っています。先日も、店に来たコロンビア人の友人と、たまたま居合わせた地元の製麺所の方が一生懸命に言葉を交わしていました。そんなささやかな交流の積み重ねが、結果として町のファンを増やすことにつながれば嬉しいですね」(勇太さん)
コーヒーという共通のワードをきっかけに、人と人をつなげる活動にも、今後さらに取り組んでいきたいと話す小林さん夫妻。コーヒーの淹れ方を教えたり、器によって変わる香りや味わいを体験してもらったりといったワークショップも、将来的に構想している。

漆喰や木材の温もりに包まれる店内は、小林さん夫妻が友人たちとともにDIYで作り上げたこだわりの空間。
千代田町に興味を持つ方へのメッセージ
小林さん夫妻 まずは、地元の食や製品を楽しんでみることが、千代田町と関わるいちばん身近な入り口だと思います。もし、そこからもう一歩踏み込んでみたくなったら、赤岩山光恩寺が主催するイベントに参加してみるのもいいですね。出店や手伝いといった形であれば、関わるハードルもぐっと下がります。私たちにできるのは、コーヒーを通じた日々の活動の魅力を磨き続け、「お店に行ってみたい」と千代田町に足を運んでもらえるきっかけをつくること。実際に来てくださった方には、おすすめの巡り方もご案内しますので、ぜひゆっくりと町を楽しんでもらえたら嬉しいです。
HIRAKU
利根川のほとりに佇む、小さな自家焙煎所を併設したカフェ。店主こだわりの香り高いコーヒーやラテをはじめ、豆の個性を楽しめる飲み比べセットや軽食メニューも提供している。店内はカウンター席とソファ席を備えた落ち着きのある空間で、誰でも気軽に利用できる雰囲気。無料Wi-Fiと電源を完備しているため、リモートワークや読書など、一人でゆっくりと過ごしたい方にも最適な環境が整っている。
群馬県邑楽郡千代田町赤岩213-5
営業時間:平日 11時〜19時(L.O.18時30分)/土・日・祝 10時〜18時
休業日:火曜日、臨時休業あり
ホームページ:https://hirakucoffee.com/
インスタグラム:@hiraku.coffee
※臨時休業などの最新情報はインスタグラムをご確認ください。
