【くらしき移住通信 インタビュー Vol.1】
フルリモートで職を変えずに移住。倉敷で手に入れた便利で自分らしい暮らし方

移住とは、住む場所を変えるだけではない。

仕事や暮らしなどのライフスタイル、人とのつながり、考え方や価値観……新しい土地への移住は、多くの新しい出会いをも与えてくれる。

では、倉敷に移り住んできた人たちは、ここでどんな出会いや変化があったのだろうか。

第1回は、倉敷市中心部に住む井上大輔さん・佳奈さん夫妻にお話を伺った。

 

〜井上さんにQ&A〜

Q.「倉敷に来て、変わったことは?」

A.「暮らしが便利になりました!

 

【プロフィール】

井上 大輔さん・佳奈さん

2019年7月、東京からJターン。以前から東京での生活に違和感があり、佳奈さんの妊娠をきっかけに、縁のあった倉敷への移住を決めた。

夫の大輔さんは東京で勤めていたIT関連の会社で、フルリモートによる“職を変えない移住”を実現(現在は転職し、引き続きフルリモートで勤務中)。妻の佳奈さんは移住・出産を機に勤めていた雑貨店を退職。以前から続けていた倉敷帆布を使ったハンドメイド作家としての活動を本格化させている。


東京よりもずっと便利。倉敷だから叶う暮らしがある

「倉敷に来て、暮らしが便利になりました」

そう話してくれた夫の大輔さんは、倉敷市のすぐ隣、岡山市の出身。

大学卒業後に就職し5年間を倉敷で過ごしたが、当時から「便利で住みやすい街だな」と感じていた。市役所や駅、病院やショッピングセンターなど、生活に必要な機能も遊ぶ場所もギュッとコンパクトにまとまっていて、ほとんどの用事を倉敷で完結することができるからだ。

その後、仕事の都合で東京に移り住んだが、広い範囲にいろいろなものがありすぎることを逆に不便に感じ、さらに東京でずっと暮らし続けることへの違和感があったため、佳奈さんの妊娠を機に移住を決断。実家のある岡山市も検討したが、よりゆったりと暮らせる倉敷市を選んだ。実際、東京にいた頃よりも、自宅近くで日常の用事を済ませられる倉敷での生活の方がよほど便利だという。

大輔さん「それから僕は倉敷市周辺地域の雰囲気も大好きで、よく遊びに行くんですよ。ここは四国にも近いし、岡山に出れば東京にも九州にも新幹線が通っている。いろいろなところに出やすいアクセスの良さも、倉敷が便利だと感じる理由のひとつです」


都市機能と豊かな自然が共存する倉敷市。市の中心部に行けば大抵の用は事足りる

また、移住の最大の決め手であった子育てについても、倉敷の利便性を感じる場面は大きい。

大輔さん「僕の実家は岡山市、妻の実家も兵庫県で互いに以前よりも近くなったので、子どもの成長をこまめに見せられることがうれしいです。両親もすごく喜んでくれています」

佳奈さん「何かあったときに近くに頼れる人がいることは、育児の安心感にもつながっていますね。それに倉敷は病院や保育施設も生活圏内に十分揃っています。私は個人で倉敷帆布を使ったバッグの制作・販売を行なっているのですが、出産後はしばらくお休みをしていたんです。でも、通っている幼稚園で延長保育を利用し、長く子どもを預かってくれたこともあって、早く再開することができました」


実家が近くなり、両親に子どもの成長を間近で見せられている

不安も変化も乗り越えて手に入れた、自分らしく過ごせる場所

そんな倉敷での暮らしを楽しんでいる井上さんご夫婦だが、移住にあたっては、もちろん不安もあった。

大輔さん「僕にとっては勝手知ったる倉敷でも、妻にとっては縁もゆかりもない土地。妊娠中の移住は不安も大きかったと思います。身体のこともあって頻繁には来られないので、実際に倉敷に来たのは引っ越す4ヶ月前の1回だけ。事前の情報収集はインターネットで行い、現地では妻に倉敷で暮らすイメージを固めてもらうことを1番に考えて、スケジュールを組みました」

佳奈さん「結婚するときから『いつかは地元に戻るつもり』と言われていたので、ある程度の覚悟はしていたんですが、正直『え、もう?』という気持ちはありましたね。でも倉敷にはその前から何度か遊びに来たことはあったのでなんとなく街のイメージも掴めていましたし、まあいいかな、と。今では『倉敷最高!』って思ってますけど(笑)」

そして移住後も、さまざまな変化があった。

子どもが生まれ、生活の中心が変わった。コロナ禍に突入し、世の中が一変した。移住当初に勤務していた都内の会社を退職し、転職もした。そのなかでもっとも大きかったのは、自分の家を手に入れたこと。

大輔さん「最初に住んだのは賃貸で、倉敷に家を建てるつもりはまったくありませんでした。でも、いざ子どもが生まれると、手狭に感じてしまいまして。仕事もフルリモートだったので、子どもの泣き声を気にせず集中できる環境が欲しかったこともあり、すぐに『家を建てよう!』と。移住を決めたときもそうですが、思い立ったら即行動、みたいなところがあるんですよね(笑)」


大輔さんの書斎は自宅の半地下に。長時間の作業も苦にならないよう、随所に工夫を凝らしている

こうして、移住から1年半後の2020年12月には、JR倉敷駅のすぐ近くにマイホームを構えた。ショッピングセンターや大きな公園も徒歩圏内にあり、井上さんの望む「便利な暮らし」が叶う好立地。さらに、自宅には夫婦それぞれの仕事部屋やキッズスペースもあり、家族全員が自分のスタイルを大切にしながら暮らせる家となっている。

大輔さん「これも倉敷だからできたことというか。東京で満足のいく家が欲しくても、思いつきで買えるような値段じゃない。郊外に行けば選択肢は増えるとは思いますが、それなら倉敷のほうがずっと便利ですしね」

倉敷は、変化することを楽しませてくれる街

ちなみに、佳奈さんにはもうひとつ、倉敷に来て大きな変化があったそう。

佳奈さん「自分の作品がガラッと変わりました。以前から倉敷帆布を使ってはいましたが、こっちのお店には本当にたくさんの種類や色があって、端切れも安く手に入る。自分のなかでアイデアの幅が一気に広がって、私が本当にやりたいデザインはこれだったんだ、といつも新鮮な驚きを得られます」

最近では倉敷で行われるマルシェにも初出展し、ハンドメイド作家としての活動を本格化させつつある。

佳奈さん「東京ではいろんな人がいすぎて、逆に感性の合う人と出会うことが難しかったように思います。倉敷はモノづくりの街なので感性の近い仲間と出会える事が多くて人脈もどんどん広がっていくし、刺激をもらえる。クリエイターとしての自分が輝ける場所なんです」


佳奈さんの作る帆布バッグはカラフル&キュート。この色使いも倉敷にいるからこそ思いついたもの

最後に井上さんにとって倉敷はどういうところなのかを伺うと、「安心して変化するための基盤」と答えてくれた。コロナ禍、出産、子育て、住まい、働き方……倉敷への移住を決めてから多くの変化があったが、倉敷という街が生活のベースにあったおかげで、安心して変わっていくことができた。

「家も建てちゃいましたし、長く倉敷に根付いていくと思います」という井上さん一家。これから起こるであろうさまざまな変化も、この土地でなら乗り越えていける。そんな信頼関係が倉敷との間に出来上がりつつあるのを、感じられるインタビューとなった。

\くらしき移住TOPICS/

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倉敷市公式 移住・定住ポータルサイト「くらしきで暮らす」
https://iju-kurashiki-gurashi.jp/

 


\【くらしき移住通信】バックナンバー/

【VOL.2】

仕事も、人も、場所も、好きなものに囲まれて心地よく暮らす。倉敷で見つけた等身大の幸せ

【Vol.3】

何でもある、だから楽しい。倉敷で叶える、理想の仕事と子育て

 

【VOL.4】

自分の店を持つという夢が、倉敷と繋がった。コミュニティの場として地域に根ざしていく

                   

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