世界遺産・富岡製糸場と絹産業遺産群の構成資産「田島弥平旧宅」がある伊勢崎市の島村地区。明治時代、清涼育(せいりょういく)という蚕の飼育法を開発し、全国の養蚕業の発展に貢献したこの地では、越屋根という特殊な屋根を持つ養蚕農家の建築群が今も見られる。
その島村地区で蕎麦処「高古 華竹庵(こうこ かちくあん)」を営む時平和子さんは、手打ち蕎麦と創作料理を通じて、地域を訪れる人々を温かく迎えている。

- 「高古 華竹庵」店主
東京都生まれ。東京のデザイン専門学校に務めながら、平成初め頃にインテリア関連の講師として群馬県との関わりが始まる。その後、平成5年に前橋市に移住。インテリアショップを経営する傍ら、市のまちづくり活動にも携わる。田島弥平旧宅が世界遺産に登録されてから3年後、伊勢崎市の島村地区に移り、蕎麦処「高古 華竹庵」を開業。雑貨等の買い付けで、ヨーロッパや中東を中心に海外滞在経験も豊富。
世界遺産観光の立ち寄り処を目指して
幕末から明治時代にかけて活躍した日本画家・金井研香が暮らした築100年を超える古民家。テーブルを囲みながら、和やかな雰囲気の中でそば打ちを楽しんでいる人たちの姿がある。その輪の中にいるのが、「高古 華竹庵」の主、時平和子さんだ。30年ほど前に東京から前橋に移住し、県の「富岡製糸場世界遺産伝道師」としても長年活動してきた時平さん。現在店を営むこの古民家との出会いも、その活動がつないだものだ。


「前橋のマンションから郊外の広いところに移ろうと手頃な古民家を探していた頃に、この家を勧められて。島村には伝道師の活動でよく来ていて、当時からこの地区を重伝建(重要伝統的建造物群保存地区)にしようという動きがあったので、ここが研香の家だったことも知っていました。ただ、10年以上空き家のまま放置されていたので、最初は大家さんからも『本当にあの家に住むの?』って訝しがられましたけどね。当時は近くの公園も整備されていなくて、公共のお化粧室もなかったので、ここなら世界遺産を見に来た方々の立ち寄り処にもできると思ったんです」
「島村地区に人が集まれる場所を作りたいと思ったんです」と時平さん。富岡製糸場世界遺産伝道師ゆえ、地域の伝統文化に関する知識も豊富だ。
蕎麦は子どもの頃からの大好物。若い頃は登山が趣味で、信州によく通ったそうだ。「帰り道の松本で必ず寄るお蕎麦屋さんがあって、そこで食べた十割蕎麦の味が今も忘れられない」と当時を振り返る。蕎麦好きが高じて二十代の初めに戸隠の蕎麦処に弟子入り。そこから研鑽を重ねた技術を、華竹庵を訪れる人たちに伝えている。

友人の協力もあってリノベーションできたという「高古 華竹庵」。インテリアの買い付けで通っていたトルコ関係の資料や雑貨など、中東の文化を感じさせる品々が多く並ぶ。
「一緒に手を動かすこと」でつながる地域との関係性
開業時から続く華竹庵の蕎麦打ち教室。本人曰く、「どこよりも敷居が低い蕎麦打ち教室」は口コミだけで評判が広がり、今年から開催回数を月1回から3回に増やしたという人気ぶりだ。最初の頃から継続的に通う常連もいれば、人づてに評判を聞き、大阪や北海道、伊豆大島などの遠方から訪れる人もいるという。かつて別の場所で蕎麦打ちを習ったことがあるという常連の一人は、「ここは話も分かりやすいし、分からないことがあっても聞きやすいから短期間で上達できる」と話し、時平さんが直接教えなくても、参加者同士で教え合い励まし合う優しい空気が流れている。
「一緒に蕎麦打ちをして手を動かしていると、不思議と距離のようなものを感じなくなるんです。ボランティアで老人ホームなどに蕎麦打ちに行く時も感じることだけど、短い時間で仲良くなるなら、やっぱり一緒に手を動かすのが一番ですね」
蕎麦打ち教室の後は、時平さんの手作り料理を味わうランチの時間だ。華竹庵は普段の営業も完全予約制。そこには、当日の朝に仕入れた新鮮な食材を提供し、フードロスをできるだけ出したくないという時平さんのこだわりがある。
「体への優しさを考えて食材選びには気を遣っています。なるべく農薬を使っていない食材や有機栽培のもの、地元で採れた農作物を選ぶようにしています。お店を利用してくださる地元の方々もいて、地域の皆さんに支えられていることを実感する毎日です」

打ちたて蕎麦とともに供されるのは、外国の家庭で習った現地の味のエッセンスが活きた創作料理の数々だ。この日並んだ大和芋も近くの農家で育てられたもの。

いつも支えてくださっている地域の方々に感謝。今があるのは皆さんのおかげ」と時平さん。
日本ならではの食文化を未来へ
基本的に“ワンオペ”のため、無理はしない。席が埋まれば、その日の食事の提供は終了。2回転、3回転という営業は行なっていない。その分、ふるさとに帰ってきたような落ち着いた空間の中で、さまざまな資料を見て地域のことについて学んだり、美術や文化を感じる本を読んだりしながら、ゆっくり過ごすこともできる。
「私も群馬の世界遺産の話ができますし、ここでお蕎麦を打って、お昼ご飯を食べて、地元の方たちと交流してから外に飛び出してもらうと、田島弥平旧宅も周囲の歴史あるお宅も、何も知らずに見に行くよりも違った感動があると思いますよ」

店舗奥の一室は「華竹庵文庫」と名付けたギャラリーになっている。

書や絵画など金井家所蔵の資料を鑑賞できる。
「お蕎麦って本来は日本人にとって一番身近なファーストフードだと思うんです。その日本ならではの食文化を未来につなげていきたい」と語る時平さん。「お店を開いてからの約半分はコロナ禍で、お店を続けていくことに精一杯だったので、そろそろ外での活動も少しずつ再開していきたいです。地域の催しや各地のマルシェに参加したり。そして、お店が10周年を迎えた時に何か記念のイベントができたらいいですね」と、最後に新たな目標を語ってくれた。
伊勢崎市に興味を持つ方へのメッセージ
時平さん 伊勢崎市の暮らしやすさは、過ごしやすい気候で自然災害も少なく、何より空気がいいところだと思います。都会に比べると物価も安く感じられます。特に私が暮らす島村地区は養蚕業の歴史的な家並みが残り、60件以上の歴史ある古民家が見られる特別な魅力がある場所です。華竹庵を観光の拠点のように使ってもらって、ゆっくりとこの地域の魅力を知ってもらえたら嬉しいです。
高古 華竹庵
世界遺産「田島弥平旧宅」のほど近くに佇む、手打ち蕎麦と創作料理の店。日本画家・金井研香の旧宅である由緒ある古民家の玄関間を活用し、2017年にオープン。店の奥には、研香の父・金井萬戸(ばんこ)の書斎「華竹庵」が当時のまま残されており、店主・時平さんがアジア各地で蒐集したコレクションや、歴史的・文化的に貴重な資料が並ぶギャラリーとして活用されている。蕎麦打ち体験や料理教室などのイベントも定期的に開催。食事の提供とどまらず、食文化や異文化の魅力を伝える場となっている。
群馬県伊勢崎市境島村2475-1
電話:0270-75-4957
※完全予約制(予約は3日前まで)
