伊勢崎市地域おこし協力隊の第1号隊員として、2023年から中心街のにぎわい創出に尽力してきた皆瀬勇太さん。若者の居場所として昨年から運営する「伊勢崎まちなかユーススペース」で、現在3年目を迎える協力隊員としての歩みと手ごたえについて話を伺った。
皆瀬勇太さん
東京都→伊勢崎市(2023年移住)
県西部の安中市出身。金沢大学に進学。同大学院を修了後、星野リゾートに就職し、栃木県内の施設に勤務。退職後、中小企業診断士の登録養成課程を受けるため、札幌市で半年間過ごした後、伊勢崎市地域おこし協力隊に着任。
午後4時半。
夕暮れの商店街に
放課後の学生の声がにぎわいを灯す。
地域おこし協力隊になってみて、まちおこしに関われているという自己実現を実感しています。自分のやりたかったことができているからこそ、ここまでがんばれているのは間違いないですね。「地域を盛り上げ、牽引できる存在になる」が私の人生目標。協力隊の活動も副業の仕事も「群馬県を盛り上げたい」という点で共通していますし、これからも地元の群馬を元気にしていきたいです。

伊勢崎市の地域おこし協力隊に着任し、地域活性化の思いを自己実現につなげた皆瀬さん。その笑顔には日々の充実が伺える。
――皆瀬さんは学生時代の頃から地域活性化に取り組んでいたそうですね。
皆瀬さん|幼い頃は心理学に興味があり、それが高校生の頃に社会学への興味に変わって、大学では地域創造学類という分野を専攻しました。大学2年の時にワーキングホリデーでオーストラリアに渡り、英語もままならなかった中で観光ガイドの仕事を経験しながら、「やればできる」という自信を身に付け復学。その勢いのまま学生団体を立ち上げ、石川県の魅力を発信するトランプを企画しました。
卒業後は民間の立場で地域創生を学びながら、国内旅行業務取扱管理者や中小企業診断士の資格を取得しました。
――そこからなぜ、伊勢崎市地域おこし協力隊の道を選んだのでしょう?
皆瀬さん|街の活性化に直接的に関われるところに魅力を感じました。協力隊でいるうちは、民間ほど経済的なリターンを求められない立場で、純粋に街が面白くなりそうなことにチャレンジできるのも大きかったですね。また、伊勢崎市の制度は自由度が高く、月120時間の活動時間外であれば副業が認められているところも、自分の希望に合っていました。
――現在、任期最終年の3年目を迎えていますが、ここまでどんな風に活動を進めてきましたか?
皆瀬さん|伊勢崎市初の協力隊員で、地域に協力隊自体の認識が薄かったので、まず1年目の前半は商店街の中を何度も回って、とにかく自分の顔と存在を知ってもらうことに時間を費やしました。後半からは駅前で謎解きイベントなど、地域を巻き込んだ実験的な取り組みをスタート。2年目以降は商店街と連携しながらさまざまな催しを行ってきました。
――特に印象深いイベントというと?
皆瀬さん|「ISESAKI和菓子ストリート」は、大きな手ごたえを感じているイベントのひとつです。2024年の秋に初めて開催して、だんだん規模を大きくしながら、この秋で3回目を迎えました。伊勢崎って和菓子屋さんが多くて、上皇陛下ゆかりの『絹衣』という銘菓があったり、お茶屋さんがあったり、伊勢崎銘仙の産地でもあったので、「和装を楽しみながら和菓子を食べ歩くイベントをやったら面白そう」という発想がスタートのきっかけでしたね。
たくさんの来場者で盛り上がっている「ISESAKI和菓子ストリート」。参加店の中には、閉店時間より前に商品が売り切れてしまう店舗も。
――それはレトロ好きな若い方にも刺さりそうなイベントですね。
皆瀬さん|前回は300人ほどの来場者があって、若い方も多かったですし、ご年配の方からも良い反響をいただきました。着物の着付け体験も用意しているのですが、SNSなどで情報を見て和装でいらっしゃる方も少なくありません。
意外だったのは地元からの反響で、「今まで気になっていながら、どこか敷居の高さを感じていたお店。このイベントで中を見ることができた」という声をいただきました。そこから新しい常連さんが生まれているのも、本当に嬉しい変化です。

「伊勢崎銘仙」の着物レンタルと着付けサービスを提供し、街歩きにちょっとした特別感をプラス。

伊勢崎神社を舞台に、着物姿でDJサウンドを楽しむイベント「神社 de Party Night」も企画。
――今回の取材場所でもある「伊勢崎まちなかユーススペース」も3年間の大きな実績だと思うのですが、こちらを始めたきっかけは?
皆瀬さん|伊勢崎市内には高等学校・中等教育学校が6校あり、合わせて約3千人の生徒が通っています。ただ、放課後に自習で使えるような場所が街の中には少なくて、「子どもたちに商店街の空きスペースを開放できたら、地域とのつながりが生まれるのでは?」と考えたのが始まりです。
地域の未来を担う子どもたちに地元への愛着を持ってもらい、いずれ進学などで伊勢崎を離れることになっても、戻ってこられる場所があると感じてもらえるスペースをつくりたいと思ったんです。




――「みんなで机に向かう自習室」のようなものを想像していたのですが、笑い声が聞こえたり、ボードゲームを楽しんでいたりと、だいぶにぎやかですね。
皆瀬さん|使い方は自由です。勉強する場所にしてもいいし、ギターの練習に使ってもらっても構いません。思い思いに過ごして、未来につながる場にしてもらえばと思っています。
地元の中学校を卒業して別々の高校に進んだ子たちが集まって、「最近どう?」なんて話をする場所にもなっています。
また、ボランティアで手伝ってくれる子たちもいて、その中から「地域を元気にするイベントをやりたい」という声も上がっています。

子どもたちの笑い声が絶えない伊勢崎まちなかユーススペース。中学校で使われなくなった机なども持ち込み、自由に活用できる空間に。
――高校生たちが自発的に?
皆瀬さん|そうなんです。実際に今年の夏は、この近くのくわまるプラザで「ちびっこなつまつり」というイベントを行いました。将来保育士を目指している子を中心に、大学生のNPOも巻き込みながら子どもたちで企画を立て、私は開催に必要なヒト・モノ・カネ・情報を支援するアドバイザー的な形で協力しました。同じように子どもたち主体の動きがいくつも出てきていて、想定以上にお手伝い作業が増えているのは嬉しい悲鳴といえますね(笑)。
魚釣り、射的、うちわ作りなど、お楽しみが詰め込まれた「ちびっこなつまつり」では、音楽を使った“フィーバータイム”など、皆瀬さんも驚きの演出があったそう。
――3年間の活動を百点満点で自己評価するとしたら何点を付けられそうですか?
皆瀬さん|自己実現という点では、80点くらい付けられるかなと思います。一方で、街にどのくらいの経済効果を起こせたかという点では20点もいかないというのが正直なところです。
責任感を持って取り組んできた反面、伝えたつもりのことがちゃんと伝わっていなかったり、商店街のお店へのケアが足りない部分があったりと、内部の連携でもう少しうまくできたんじゃないかという反省もあります。ただ、「ISESAKI和菓子ストリート」ではお店の方から「お客さんが増えた」という声をいただくなど、まちおこしの起爆剤になれたという手ごたえは感じています。
――卒隊後も街のにぎわいが続くような種は撒けたと?
皆瀬さん|そうですね。伊勢崎まちなかユーススペースについては、現状では私の活動資金の中から運営費をまかなっています。今後は商店街のみなさんと支援組織を立ち上げ、市の補助制度なども活用しながら、継続的に運営できる体制を整えていきたいと考えています。現在の場所では手狭になってきているので、2~3か所を同時に開設することも検討しています。
私は来年で卒隊を迎えますが、ここが単なる居場所に留まらず、若い人のアイデアから街を元気にするイベントが生まれ、いずれは街の次の時代を担うリーダーが生まれるような拠点に育つよう、任期後も応援していきたいです。

地域おこし協力隊として最終年を迎える中、「今は10年先の街への投資をするつもりで活動しています」と皆瀬さん。
編集後記
取材中、伊勢崎まちなかユーススペースにいた子どもたちに「みんなにとって皆瀬さんってどんな人?」と尋ねてみると、「癒してくれる存在」「親には言いづらいことも、皆瀬さんになら相談できる」と、両者の信頼関係を感じる答えが。何より、ここを拠点に子どもたち主体のまちおこしイベントが起こっていることに強い興味を持ちました。皆瀬さんの卒隊後も、彼の背中を見て育った“プチ皆瀬さん”が伊勢崎の中心街を盛り上げてくれることに期待です!
ぐんまトリビア
子育て支援拠点「くわまるプラザ」
伊勢崎まちなかユーススペースの子たちが「ちびっこなつまつり」を主催した「くわまるプラザ」は、子育て支援機能を併せ持つ伊勢崎市の保健センター。3階は遊具や絵本の揃ったプレイルーム、一時預かり対応の託児室、子育て相談や行政の各種申請を受け付けるおやこカウンターなど、主に乳幼児のいる親子向けのフロアとなっており、子育て世帯をサポートしている。
懐かしくて新しい「伊勢崎銘仙」
昔から繊維産業が盛んな群馬県。「ISESAKI和菓子ストリート」でコラボしている「伊勢崎銘仙」もそのひとつで、明治・大正のレトロなデザインが近年若い人に注目されている。群馬県最古とされる木造洋風医院建築を改装した「いせさき明治館」では、年間通じて伊勢崎銘仙の実物を見学することができる。


