昔ながらの佇まいを残す店舗が軒を連ねる桐生市本町六丁目商店街に、思わず足を止めたくなる風変わりな店がある。ガラス越しに見えるのは、本格的な工業用ミシンと天井まで高く積まれた色鮮やかなボードゲームの箱。ここはファッションデザイナーのアトリエでありながら、夜には大人や学生たちが集う遊び場へと姿を変える「ふふふ」という名のアトリエ兼カフェ。歴史とカルチャーが交差する織物の街に惚れ込み、東京から移住して6年余り。オーナーの和﨑拓人さんの目に映る、桐生の魅力とは。
和﨑拓人さん
東京都→桐生市(2019年移住)
大阪府出身。ファッションデザイナー。2019年に東京から桐生市へ移住。本町六丁目の商店街にある元ブティックを改装し、自身のブランドのアトリエ兼ボードゲームカフェ「ふふふ」をオープン。同じくファッションデザイナーである妻・門井里緒さんとお子さんとの3人暮らし。現在は、市内の大学生と連携した店舗紹介プロジェクト「funknown page」のリーダーとしても活動中。
午後5時。
ミシンの音が響くアトリエは
やがて本気で遊ぶ大人たちの熱気に包まれる。
「桐生なんて、何もないのになんで来たん?」
移住してすぐの頃、地元の人によくそう聞かれました。でも、外から来た僕には、この街が何もない場所だなんて思えませんでした。自転車で少し走れば、古い織物工場と、東京でもなかなか見ないような感度の高いセレクトショップが隣り合っている。一癖あるけれど面白い店主のみなさんが、自分たちのスタイルで店を営んでいる。それが面白くて、気づけば僕自身も、いつの間にかその輪の中に加わっていました。


――桐生市に移住されたきっかけは、やはり本業であるファッションや繊維への関心だったのでしょうか?
和﨑さん|そうですね。もともと繊維産地で暮らしてみたいという思いがあり、全国の産地を巡っていました。桐生にも工場見学などで何度か訪れたことがあったのですが、移住を決める大きなきっかけになったのは2019年、妻が知人から依頼を受けていた結婚式の衣装合わせで訪れたときのことです。自転車で街を回ってみたら、セレクトショップの「st company」や「Purveyors」のような、地方都市とは思えないほど感度の高いお店が点在していて。織物の街としての歴史的背景がありつつ、現代的な洗練されたカルチャーも共存している。そのバランスに惹かれ、直感的に「ここに住みたい」と思いました。

桐生市の本町通りにある「ふふふ」。アトリエでありながら、まちにひらかれた交流の場となっている。
――ファッション×ボードゲームという組み合わせがとても新鮮です。この発想はどこから生まれたのでしょうか?
和﨑さん|桐生に来て感じたのが、若者や高校生などが学校帰りに立ち寄ったり、文化的な刺激を受けられる場所が少ないことでした。ボードゲームは、スマホやSNSから離れて、目の前の相手と主体的に楽しむことができるツールです。自分がもしこの街の高校生だったら、「なんか変な店があるな」とつい入りたくなるような場所をつくりたかったんです。実際、春休みになると進学前の高校生がグループで来てくれたり、三世代で遊びに来てくれる家族もいて、世代を超えた交流が生まれています。

桐生をはじめ国産の繊維で仕立てたアパレルやオリジナルTシャツも並ぶ。
――プライベートでは2023年にお子さんが誕生されましたが、桐生での子育て環境はいかがですか?
和﨑さん|移住した当初は子育てのことは全く調べていなかったんです。でも、結果的にとても恵まれた環境だと感じています。保育園の園庭も広いですし、大きな市民広場もあります。子どもをのびのびと遊ばせられる場所には困りません。また、同世代の移住者やUターンの方も多く、子どもが同級生だったりして、大人になってから新しい友達が増える楽しさがあります。

ものづくりの街「桐生」で、家族とともに新しい日々を積み重ねている。
――桐生は移住支援が手厚いと聞きますが、行政の制度などは活用されましたか?
和﨑さん|実は移住を決めた後に、東京から移住すると支援金が出る制度があることを知ったんです。「え、来るだけで100万円ももらえるの?」と、正直ラッキーと思いました(笑)。もちろん、それを当てにして移住を決めたわけではありません。ただ、引っ越しや店舗の改装にはどうしてもお金がかかりますから、とても助かりました。また、店舗の改装には「空き店舗活用型新店舗開設・創業促進事業補助金」も活用しています。桐生は支援金が充実しているのも魅力ですが、それ以上に心強いのが「むすびすむ桐生」という移住相談窓口の存在です。あそこに行けば何とかなる、と思える安心感があるのは大きいですね。


――地域との関わり方で、意識されていることはありますか?
和﨑さん|地域に対して「お客さま」でいないことですね。地域の行事や、最初は少しハードルが高く感じられるような場所にも、あえて飛び込んでみるようにしています。そうすると、街の解像度が上がっていくんです。そうした関わりの中で見えてきた桐生の魅力を、次は若い世代へと手渡していきたいと考えていて、市内の100店舗を取材してカード化する「funknown page(ファンノウン・ページ)」というプロジェクトを、地元の大学生たちと一緒に進めています。学生たちが街のお店を取材することで、それまでただ通り過ぎていた景色が「知っている人がいる店」に変わる。そうやって、若い世代が街に愛着を持てるような種まきをしていきたいと思っています。

「funknown page」の活動風景。地域の学生が取材や情報発信に主体的に関わることで、若い世代と地域社会のあいだに新たなつながりが生まれる。
――最後に、桐生への移住に興味を持つ方へメッセージをお願いします。
和﨑さん|桐生は決してユートピアではありません。ちょっと不便だったり、人付き合いが濃かったり。でも、だからこそ面白いと僕は思います。足りないものがあるなら、自分たちで作ればいい。そんな風に、何かを形にしていく過程を面白がれる人にとって、桐生はとても魅力的な街です。誰かが何とかしてくれるのを待つのではなく、「自分はこの街で何をしたいのか」という主体性を持って飛び込めば、きっと桐生の懐の深さを実感できるはずですよ。
和﨑さんが活用した支援制度
和﨑さんは移住にあたり、東京23区から地方へ移住する人が新しい生活を始める際の経済的な負担を軽減するための補助金制度「移住支援金」を活用。一定の就業条件や生活要件を満たす移住者に対して、単身で移住する場合は60万円、2人以上の世帯で移住する場合には100万円が支給されます。桐生市では、18歳未満の子どもを帯同して移住する場合は、子ども1人につき100万円が加算され、最大で3人分まで加算対象となるため、子育て世帯にとっても大きな支援となっています。
また、一定期間利用されていなかった空き店舗や事業所、空き住宅などを改修し、新たに店舗や事業所を開設する人を支援する桐生市の「新店舗開設促進事業補助金」も活用しました。改修工事にかかる費用の2分の1が補助対象となり、補助の上限額は開業する場所によって異なります。中心市街地内で新店舗を開設する場合は最大100万円まで、中心市街地の区域外での開業の場合は最大50万円まで補助を受けることができます。さらに、条件を満たすことで補助金額が加算されるプラス支援も用意されており、例えば、市が指定する空き店舗情報登録制度に登録された物件を活用した場合は、10万円が上乗せされます。
※本記事に記載している制度内容は、2026年1月時点の情報をもとにまとめています。和﨑さんが実際に活用した当時の内容とは異なる場合があります。
※制度の名称・補助内容・要件は変更・終了している可能性があります。最新情報は群馬県移住ポータルサイトをご確認ください。
編集後記
自分たちがワクワクできる場所を自らの手で耕し、育ててきた和﨑さん。桐生には、そんなプレイヤーを歓迎する土壌があり、同時にチャレンジを後押しする行政のサポートも整っています。もし桐生に少しでも惹かれるものを感じたなら、まずは「ふふふ」の扉を開けてみてください。ミシンの音とボードゲームに興じる人たちの熱気——。この街のリアルな鼓動が聞こえてくるはずです。
ぐんまトリビア
スカジャンと桐生の意外な関係
横須賀の米軍基地周辺で人気を博した「スカジャン(横須賀ジャンパー)」。その刺繍の多くが、かつて桐生の職人が、和﨑さんのアトリエにもある横振りミシンを駆使して仕上げた手仕事だと言われている。現在も桐生には、伝統工芸士をはじめとする高い技術を持った刺繍職人が活躍している。
うなぎ屋と和菓子屋について
桐生の街にうなぎ屋や和菓子屋が多いのは、和﨑さん曰く、織物で栄えた時代の名残なのだとか。機屋の旦那衆が嗜んだ茶の湯とともに和菓子文化が花開き、商談や接待のご馳走としてうなぎが重宝されたことから、今も多くの名店が残っている。歴史に思いを馳せながらその味を堪能するのも、桐生散策の醍醐味だ。