上下水道という、私たちの生活に欠かせないインフラ施設。老朽化の更新需要により、料金値上げに踏み切る自治体も出てきました。そんな中で、民間企業との連携や、市民の協力を経てインフラ問題の解決につながる取組が生まれています。生活に近いからこそ、住民も含めた様々なステークホルダーとの合意形成が必要なこの領域で、いかにイノベーションを起こしたのでしょうか。豊田市の岡田俊樹さん、備前市の同前嘉浩さんから、「全員Win」な官民連携の秘訣を伺いました。
GUEST
同前嘉浩
備前市役所 日本遺産・観光部 巡回企画課
技術士(上下水道部門)
総務省地方公共団体DXアドバイザー
2002年に旧備前市、日生町で運営する水道事業団に建設会社から転職、2005年の市町村合併で備前市へ統合され市の職員となる。2023年10月より現職。2017年配属の下水道課で事業費約20億円を削減し、国土交通大臣賞(循環のみち下水道賞)、「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2020」、リクナビNEXT「GOOD ACTIONアワード」受賞。
岡田俊樹
豊田市役所 上下水道局 上下水企画課 主幹
総務省公営企業経営アドバイザー
1990年豊田市役所に入庁。2023年4月より現職。業務改善のため、多くのシステム開発、最新技術(衛星画像、AI活用)を通じて、業務の効率化を図ってきた。AI劣化予測診断ツールによる効率的な管理更新や衛星画像のAI解析による漏水調査を実施し「令和4年度優良地方公営企業総務大臣表彰」、「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2023」受賞。
まちの未来のために今、決断する
脇 上水道は100%に近い普及率で、下水道も全国的に整備が終わりつつある上下水道インフラの領域です。そんな中で、全国的にもユニークな形で、未来のインフラづくりをしているお二人の取組に驚きました。まずは、それぞれどんなことに取り組まれているのか教えてください。
岡田 一言でいうと「水道管の健康診断」になります。具体的には、衛星技術を活用して、上水道の漏水エリアを特定する事業を行いました。最初は、イスラエルで開発された「火星に水があるかどうかを探査する技術」を水道管の漏水エリアの特定に応用した技術を導入しました。その後、更に的中精度を上げるため、日本のベンチャー企業と実証実験を行いました。漏水調査は、職員が道路を歩きながら漏水探知機を使って、地面から漏水の音があるかどうかを探していました。しかし、豊田市は水道管の延長が約3600㎞あって、毎日調査しても2年かかります。さらに、専門的な技術が必要とされる仕事のため、技術の伝承に関しても課題がありました。これから人口が減ると同じ様に職員の数も減ってきますが、水道のように当たり前にあるものは、10年後も同じ状態を求められます。未来の社会インフラを担保するために、今の段階でなにか手を打つ必要がありました。
脇 漏水調査に人手がかかっていた中で、企業の持つテクノロジーを取り入れて効率化しつつ、さらに漏水エリアを特定できるようにしたのですね。
岡田 そうです。大まかには2つのAI技術を導入しました。一つは先程も申し上げた「衛星画像をAIを用いて高精度に解析し、漏水可能性区域を判定すること」。二つ目は「AIを用いて水道管の劣化予測診断を行い、水道管の入替の優先順位を付けたこと」です。二つ目の取組の面白い点は、これまで職員の勘・暗黙知に頼っていたような部分を、AIで解決できるようにしたことです。
よくある話ですが、いくらAIを駆使して漏水の危険性がある水道管を特定しても、職員はなかなか信じてくれないんです。20年30年の水道の経験を持つ人が「ここは早めに入替えたほうがいい」と言って、AIで導き出された順番より優先度を上げてしまう場合があります。だったら、その知見を先に取り入れようと。職員が指定する危険な場所もデータとして学習させて、それも踏まえたうえでAIに順番をつけさせました。そのために、過去に破損などが発生したときに復旧までどれくらい時間や人手がかかったか、という暗黙知を定量化しました。
脇 どのようにして実現していったのか、後ほど深く聞かせてもらいたいと思います。同前さんは、下水道の整備で、20億円のコスト削減を実現したと伺いました。
同前 どうしたら下水道の整備費を下げられるかを考えて、色々なことに取り組んでいたら、結果として20億円の事業費が削減されていたという状態です。下水道の事業費を下げる必要を感じたきっかけは、地域の方からのご指摘でした。下水道整備のために地域の方へ説明に行ったら、「この地域に下水道なんかいらないのに、整備する必要があるのか」と言われてしまったんです。
脇 整備することは地域の人にも喜ばれそうな気もしますが、そうではなかったんですね。
同前 下水道が整備されると、その地域の人には約30万円ほど「受益者負担金」というものを払っていただく必要がありました。さらに、下水道と繋ぐためのトイレの改修工事は、100万円ほどかかるものです。貯金がない人は、下水道を使うための工事もできないのに負担金30万円を市に払う必要がありました。一方で、下水道を整備しない地域では、市が補助金を出して合併浄化槽を整備してもらっていました。合併浄化槽が整備されている家の排水は下水道と同等の環境で、下水道は不要という方も多い。その状況で、突然下水道を作ると言われても納得できないですよね。しかも、6年間で28億円をかけて下水道を整備しても、将来収益が8億円未満の大赤字の事業でした。求められていない下水道を大赤字で整備して、市民の方を苦しめるくらいなら事業を廃止したほうがいいとすら思いました。とはいえ、その選択肢はありませんでした。だったら事業費を削減するしかないなと決心しました。
関係者全員のWin-Winを実現する
脇 下水道事業費の削減は、どのように実現したのですか。
同前 下水道管を、浅い場所に設置できるようにしました。下水道事業費が高額になっている主な理由は、下水道管を深く埋設するからなんです。下水道は、管に傾斜をつけて、自然流下という形で水を流します。その下水道管を道路の中に埋設していく中で、道路の中に農業用水や道路の雨水を流す管や水路などがあり、それらの下へ潜らせて行くたびに下水道管がどんどん深くなっていきます。深いところに設置するには特殊な技術が必要で、高額な費用がかかっていました。そこで、農業排水や雨水排水管を移設して、下水道管を浅い場所に設置できるようにしました。そのためには、地域全体の排水路の高さや、米を作る田んぼの高さなどを確認して、排水管を移設しても問題ないということを、関係する住民の方に承諾してもらう必要がありました。
脇 承諾をもらっていくのはなかなか大変そうですね。
同前 僕は運がよくて、話をするとみなさん理解してくれたんですよね。最初に地域の代表の方に、整備の話と一緒に、下水道事業が大赤字で大変なので、なんとかしたいという思いを伝えました。このままでは誰も幸せにならない。だから、なんとかして事業費を削減しながら進めていきたいと話しました。また、承諾してもらって整備が進んだあとは、削減できた事業費の一部を、その地域に還元しました。例えば、道路を広げる工事をしたり、古い水路を新しく蓋付きにしたり。すると「下水道事業費が削減できたら、地域がもっと良くなる」と思っていただけるようになり、次第に地域の方から「ここに下水道管を通したら、もっと安く工事ができるのではないか?」と提案もいただけるようになりました。そうなると、下水道を整備することにも理解いただけて、工事も進めやすくなりました。その積み重ねを3年間繰り返していった結果、振り返ると20億円の削減になっていました。
脇 住民の人にとっても、行政にとっても、Win-Winの取組だったのですね。
同前「全員のWinになる=みんながよくなる」ということは、徹底的に考えていたかもしれません。事業費削減と聞くと、事業者の方からは反対されそうに聞こえますが、この取組は、工事業者の方にとってもいい話だったんですよね。というのも、深いところに水道管を設置するのは事業者の方も大変で。浅い場所に設置できるようになったことで、三分の一程度の工期で整備が進むようになりました。工事費用が下がっても、効率的に工事が進み、利益率が向上したのです。
また、事業費が削減されたことで、これまでサービスでやってもらっていたような仕事にも、きちんとお金をお支払いできるようになりました。そして当然、僕自身にとってもWinはありました。これまでの工事と比べて、発注方法が格段に楽になりました。また、下水道の整備がどんどん進むので、僕の上司にとってもいい話でした。最初は自分の担当地域でだけの取組でしたが、結果として下水道整備を進めている全地域で取り組むことになりました。
岡田 関係者すべての人がWin-Winになるように、という考え方は、私も共感します。もっといえば、みんなが幸せになるために、関係者がどんな課題を抱えているのか、そしてどうすればその課題を解決できるのか、と考えることも大事だと思います。例えば、漏水リスク評価の実証実験では、テクノロジーを持つ日本企業を探していました。逆にテクノロジーのある企業は、リアルな現場のデータを得られるフィールドを探していました。また、自治体と組むことで、国の補助金を活用できる可能性もあり、一つ事例ができれば横展開しやすくなる。まさにWIN-WINな関係だったと思います。
上下水道インフラのイノベーション
●水道管・AIを使った水道管の健康診断
漏水エリア特定診断
漏水リスク評価
豊田市上下水道局、ベンチャー企業、漏水調査会社の3社にて漏水エリアを特定する実証実験を実施。。複数の衛星から漏水に影響を及ぼす環境要因のデータ群と、材質、使用年数、漏水履歴など水道事業体が保有する水道橋管路のデータを組み合わせてAIde解析し、約100m四方の漏水エリアとして高精度に5段階で判定を行う。(特許取得済)
●前例をすべて疑う。発想の転換による下水道改革
逆転の発想(障害物を動かす)
配管の埋設位置を深くするのではなく、交渉によって支障物の位置を移動。これにより下水道管の埋没が浅くなり、安価な施工が可能となる。
露出配管の活用
露出配管で川や水路を縦横断させる。埋没型のポンプや水深構法の採用を回避することで、事業費削減につなげる。
脇 岡田さんの場合は、新しいテクノロジー、それも国外の会社と連携するのは、職場の中の理解を得るのも大変だったのではないかと思います。関係者を仲間にしていくうえで、実践していることや心がけていることはありますか。
幸せ=困りごとを解決すること
岡田 私は以前から、技術職の困りごとをシステム化して解決するということをやっていたので、漏水に関する困りごとをシステム化する、という点に関しては、いつもと同じ様にみんなの役に立つことをできればと思っていました。例えば、劣化予測診断の取組についていえば、AIの活用などテクノロジー自体の難解さもあり、私から職場内の関係者に説明しても理解してもらえないと思ったので、局内研修会を開催して、企業から幹部職員等へ直接説明してもらいました。
脇〝研修会〟にしてしまうことで、正確に情報が伝わるようにしたのですね。
岡田 その通りです。また、パートナー企業を探すうえでは、相手の課題を見つけるという話とも近いですが「お金をかけない」ということを強く意識しています。事業メリットがあれば、取組自体にお金が発生しなくても一緒にやれますし、その方が本気の取組ができると考えています。
また、お金をかけた取組だと、他の自治体から「豊田市はお金があるから実現できた」と言われることもあるので、お金ではなく知恵を出すことにこだわり抜きました。とはいえ、その見極めは難しくて。漏水リスク評価の実証実験の取組でも、最終的なパートナー企業を決めるまでに1年半くらい費やしています。
正直に話すことで信頼が生まれる
脇 同前さんはいかがでしょうか。
同前 僕は、50年後にみんなが笑っていられる状態を一緒に考えたいと伝えていました。このままの状態を続けて、今の事業が将来の負担になるのではなく、地域や社会が持続するために何が必要なのかと。
脇「未来のことを考えましょう」と言われても、多くの人は今の生活が大事だったり、そこまで未来のことを想像できないような気もしますが、同前さんは住民の方にしっかり理解いただいていますよね。何が重要なのでしょうか。
岡田 同前さんは、普通だったら「こうなっちゃったので、下水道使用料が上がりました」と結果論で伝えるところを、事前に相談にいかれていることがすごいと思いました。「このままでは下水道使用料を上げざるを得ないので、今改善しましょう」という人は、あまり見たことがないですね。
同前 思っていることを、正直にぶちまけていますね。今回の取組でも、下水道を整備する地域の人には全員と会って、全員と話しました。300人くらいです。正直という意味では、市役所職員としてではなく、「同前嘉浩」個人として話している感じはあったかもしれないです。「このままいくと下水道使用料を今後何倍にも値上げしないといけないくらいの大赤字事業です。だからといって、みなさんに負担金を頂く仕組みは僕も納得いかなくて、おかしい制度だと思っているから、せめて事業費の削減でなんとかしたいと思っている」と、包み隠さずに話していました。
岡田 自分たちがやっている事業が大赤字なんて、普通は言えませんよね。負の情報を正直に届けて、住民の方にきちんと説明したことから信頼が得られたように思います。
脇 そうですね。同前さんが正直に全て打ち明けていることで、住民の方からも信頼してもらえたのかもしれませんね。
あらためて、貴重なお話をありがとうございました。関係者の課題やみんなが幸せになることを捉えることの大切さや、行政と企業だけでなく住民の方と一緒に〝官民〟連携することの意義など、お二人の話からたくさんの気づきをいただきました。岡田さん、同前さん、ありがとうございました。
Coordinator
脇 雅昭
よんなな会/オンライン市役所発起人
宮崎県出身。2008年総務省入省。神奈川県庁に出向し、官民連携等の取組を進めてきた。プライベートでは、全国の公務員がナレッジや想いを共有する「よんなな会」「オンライン市役所」を立ち上げ、地方創生のためのコミュニティ基盤づくりを進めている。
編集 文・島田龍男 撮影・荒井勇紀
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