全国に約2万4000局ほどある郵便局。この中で、日本郵便が運営するのではなく、法人や個人が運営する「簡易郵便局」は4000ほどあります。そんな簡易郵便局を今年の4月から運営する「株式会社ことろど」の田鹿倫基さんに、地域活性化の取り組みについて聞きました。
GUEST 田鹿倫基
株式会社ことろど代表取締役 九州地域間連携推進機構株式会社代表取締役
ACにちなん事業協同組合代表
宮崎大学卒業後、2009年に株式会社リクルートに入社。2011年には上海に本社を置く広告会社、愛徳威広告(上海)有限公司(アドウェイズ中国法人)に勤め、北京支社の立ち上げにも携わった後、日南市に移住。2013年より宮崎県日南市の日南市マーケティング専門官として日南市に勤務。油津商店街の活性化に携わり、地域の人口動態に関心を寄せながら、市の活性に尽力する。2022年に退任。
簡易郵便局のしくみ
脇 宮崎県日南市星倉地区の簡易郵便局は、8年前に閉鎖されていましたが、今年の4月に田鹿さんの会社が委託を受けて再開することになったと聞いています。簡易郵便局の仕組みを初めて聞く方も多いと思うので、まずはどんな仕組みか教えていただけますか。
田鹿 簡易郵便局は、日本郵便から委託を受けて、郵便局の窓口業務のうち基本的な業務、たとえば郵便やゆうパックの引き受け、給与や年金の引き出し、為替、振替、保険※の受付などを行う場所です。窓口の業務になるので、郵便やゆうパックの配達業務はありません。委託業務ですので、日本郵便から委託手数料を頂きながら運営することができます。簡易郵便局の施設や設備は自分たちで用意する必要があります。私たちは地区の空き家を活用して、簡易郵便局を営業しています。受託するためには、個人や法人の純資産額の安定的な確保や、業務に従事できる人数の確保などいくつか条件はありますが、フランチャイズのような加盟金は不要で始めることができます。
脇 さらに、日南星倉簡易郵便局が入居している建物の2階は、宿泊施設兼レンタルスペースになっているのですよね。
田鹿 申請し、受託されれば簡易郵便局の事業の他にも法人として営むことができます。私の会社では、以前より宿泊施設を経営していたこともあり、2階は1日1組限定の貸し切り宿泊施設「Post House Tuzuri(ポストハウスツズリ)」を運営しています。リビング、ベッドルーム、シャワールーム、洗面台、トイレなどは完備しています。宿泊の予約がない日は、ゆっくり過ごしてもらうためのスペースとして貸し出しています。大きなモニターもあるので、地域の人が集まって、お茶を飲みながら子どもの運動会の映像の鑑賞会を開催したり、使い方は様々です。
脇 星倉地区の簡易郵便局も8年前に閉鎖されていましたが、どうしてこのタイミングで受託してみようと思ったのですか。
田鹿 一つは、単純に「簡易郵便局を運営できるって、面白そう」と感じたからです。簡易郵便局の仕組みを私は知らなかったのですが、ローカルベンチャーの取り組みを紹介するサミットで「地域企業が運営できる」と聞いて。直感的に、簡易郵便局を運営するのが面白そうだと思ったんです。また、私は2013年から9年間、日南市でマーケティング専門官兼ローカルベンチャーコーディネーターとして働いていたので、地域のお困りごとは、色々聞かせてもらっていました。その中で、星倉地区で簡易郵便局が閉鎖になって困っているという声も聞いていたのですよね。星倉地区は住宅地で、金融機関や郵便局はありません。隣の地区にある最寄りの郵便局まで、歩いて30分ほどかかります。そうなってくると、支給された年金を口座から引き出すためにわざわざタクシーで隣町に行く人もいるような状況です。地域の人が困っているのであれば、やってみたいと思ったんです。それに、簡易郵便局の窓口があれば、地域の人が自然と訪れてくれる場所になります。地域の人に信頼してもらったり、もっと深く関わることにも繋がるのではと思いました。
脇 地域に暮らす人とって、簡易郵便局は生活インフラとして必要不可欠なんですね。一方で、経営を続ける難しさもあるのではないでしょうか。
田鹿 簡易郵便局としては、日本郵便から月に約30万円ほどの固定の委託手数料が支払われることに加えて、ゆうパックの引き受け、定額貯金の預け入れなどの取扱件数に応じた委託手数料も支払われます。ただ、家賃や人件費を考えると、それだけでは経営は安定しません。そこで2階を宿泊施設にしているんです。
脇 星倉地区は観光地ではなく住宅地ということですが、それでも宿泊需要があったのでしょうか。
田鹿 観光とは少し違うのですが、「帰省したときに宿泊したいニーズ」があるんです。私たちは日南市で、ポストハウスツズリの他に、2箇所の宿泊施設を運営しています。そこに泊まる方のニーズを見ていると、帰省時に実家ではなく近くにあるホテルなどに泊まりたいと考えている方がいるのを知りました。であれば、逆に観光地でない住宅地でも宿泊事業が成り立つだろうと考えました。帰省需要は一部の期間に集中しているため、宿泊施設としては繁忙期と閑散期がありますが、簡易郵便局事業での通年の事業運営に加えて、繁忙期にしっかりとサービスを提供できれば、年間での経営は安定すると考えています。また、簡易郵便局事業と宿泊事業をどちらも行うことは、労働力確保の観点でも利点があります。1階の窓口の業務の合間で掃除や予約管理など、宿泊施設の仕事に従事していただいています。普段窓口は一人が対応しており、バックアップできる要員も含めて3名で運営しています。個人で簡易郵便局を運営する場合は急用などが起きても窓口業務から外れづらいことも多いですが、法人で運営すればみんなでサポートしあえます。
脇 実際に運営を始めてからはどんな反響がありますか。
田鹿 やっぱり、家の近くでお金を引き出せるのが便利だと言ってもらえますね。また、他の地域での簡易郵便局の運営に関する相談もいただきます。例えば飲料を扱っている地域企業の方から、簡易郵便局を運営しながら、その会社の飲料を店舗で提供することなどできないかという話もありました。地域で事業を運営している会社と簡易郵便局の相性はいいのではないかと感じています。郵便や貯金で用事があるときはもちろん、そうでないときにも気軽に立ち寄ってもらって、地域のみなさんの居場所になればいいと思っています。
新たな人流をつくる。貸切宿泊施設
「Post House Tuzuri」
簡易郵便局が入居している建物の2階スペースを生かしてつくられた宿泊施設「Post House Tuzuri」。1日1組限定のワンフロアの貸切プライベートルームは、カップルやファミリー、グループでの滞在向けで、帰省時における実家以外の宿泊先という新たなニーズを掘り起こしている。
住所:宮崎県日南市星倉3-9-8 駐車場:施設前に2台 最大宿泊4〜5人
ACCESS JR飫肥駅から車で2分または徒歩16分/JR日南駅から車で6分/宮崎空港から車で35分
https://nichinan-tuzuri.com/
行政から見た「こんな企業がいたらいい」を体現
脇 田鹿さんの取り組みは、地域で困っている具体的な人の顔を浮かべながら生まれているように感じます。簡易郵便局を始める以前は、地域とどのように関わってきたのでしょうか。
田鹿 2013年に日南市で勤め始めてから、私のミッションは「市外からの外貨獲得」と「市内雇用の拡大」、そして「持続可能な人口動態への移行」を目指すことでした。日南市は、全国的な地方都市と同様に、若者の流出や高齢化による人口減少の課題に直面しており、これに対応するために様々なプロジェクトを推進してきました。その中でも特に注力したのが、油津商店街の活性化と地域の産業振興でした。油津商店街はかつて、全国的に見られる「シャッター商店街」のひとつでした。しかし、2013年から始まった再生プロジェクトにより、商店街は劇的な変貌を遂げました。商店街再生のキーパーソンである木藤亮太さんとともに、商店街の空き店舗に新しいテナントを誘致し、多世代交流拠点「油津Yotten」や「油津コンテナガーデン」などを設置。これらの取り組みによって、商店街は再び活気を取り戻し、2016年には「はばたく商店街30選」にも選ばれ「日南の奇跡」と言われるなど、全国的に注目していただきました。油津商店街の再生は単に「過去の賑わい」を取り戻すことを目指したものではなく、今の時代に即した新しい価値を創造することを目的としていました。商店街のシンボルであるJR油津駅が「カープ油津駅」として再生されたこともその一環です。広島カープのキャンプ地として知られる日南市では、地域住民とカープファンが協力し、駅舎をカープのチームカラーである赤に染め上げ、駅を地域の新たなランドマークにしました。地域住民と一緒に取り組んだことで、地域に根ざす新しい価値が生まれたと考えています。
その他にも、日南市と外の企業が協業するプロジェクトを一緒に行ってきました。例えば、漁協女性部とIT企業が協力して地元の新鮮な海産物を全国に届けることを目的にした「うみっこかあちゃん」プロジェクトを発足したり、特産品「飫肥杉」を使用した小物を海外ギフトショーに出展するときに、クラウドファンディングを活用したり、人気ウェブサービス「ボケて」とのコラボして「日南市でbokete!!」という連携をしたりと、様々に取り組んできました。9年間行政にいたからこそ、退任した今は「こういう民間企業がもっといたらいいのに」という目線の会社を運営していこうと考えています。
脇 民間と行政、どちらの目線も持っていることが、田鹿さんの強みですよね。一方で、企業の立場で地域に関わるようになって、行政に対して「もっとこうしてほしい」と思うようなことはありますか。
田鹿 特にないですね。行政に求められるのは、ルールをしっかりと運用することだと思っています。もちろん、申請など手続きが早いのはありがたいですけど。悪い意味ではなく、何かを期待するということはありません。
企業が抱える人材課題、どう向き合う?
脇 社名の「ことろど」はどんな思いを込めているのですか。
田鹿 「コネクト・ザ・ローカル・ドッツ」を略してことろどにしました。地域資源をつなぎ合わせることで、新しい価値を生んでいこうとの思いで名付けました。
脇 具体的にはどういった地域事業から展開を始めたのでしょうか。
田鹿 はじめは宿泊施設の運営から始めました。観光エリアの飫肥にある、高校の部活の寮で使われていた建物をリノベーションした物件です。昔は使われていた寮が、今はほとんど使われていないので手放したいということで。その物件を買って、宿泊施設にしました。その後、地域企業の採用支援の事業も行うようになります。もともと、日南市マーケティング専門官の頃から、企業の採用に関する悩みはいつも聞いていました。人が採れないと困っている。一方で、やれていることといえば、ハローワークに掲載する程度。たまに応募があったとしても返信するのが遅くなって機会を逃してしまうこともあると聞いていました。そこで、日南市の仕事に特化した求人サイト「日南しごと図鑑」を始めました。日南市で募集している求人情報を写真やストーリーと共に掲載したり、複業や実際に日南市で働いている人の情報も発信しています。
脇 人が足りていなくて困っているという声は全国で聞くので、私も取り組んでいこうと考えている課題です。日南しごと図鑑は、どういう方が利用されているのでしょうか。
田鹿 6割程度が地域外の方で、いわゆるUターンの方です。地元に戻りたい、地域で働きたいという方が、ハローワークの求人票を見ただけではなかなか動かないのですが、日南しごと図鑑を見てもらえると、少し動いていただける方もいます。今の時代は、昔と人口動態が違います。昔のような三角形の人口動態では、仕事の供給、市場の成長よりも人が多い状態、つまり人が余っている状態でした。今のような逆三角形の人口動態では、人手不足で、人の共有ができるまで仕事を止めているような状態です。市場原理として、会社の生産性を高めて、より良い環境でより高い給与を支払える会社に人が集まり、そうではない会社は淘汰されていくでしょう。人材市場でしっかりと採用活動を進めるとともに、M&Aなど企業の再編も見据えながら持続可能な会社づくりが必要になると考えています。
地域の中で人材シェアリング
田鹿 各企業で人材を採用するだけなく、地域として人材を確保、シェアリングするための団体として「ACにちなん事業協同組合」も運営しています。これは総務省の「特定地域づくり事業協同組合制度」を活用していて、地域人口の急減に直面している地域で、一定の条件を満たす事業協同組合が労働者派遣の事業を行う際に、労働者派遣事業の許可ではなく届出で実施できるようにする制度です。つまり、ACにちなん事業協同組合として人を雇用して、季節ごとに人手が足りない地域企業に派遣することができます。繁忙期と閑散期があるような企業にとっては、必要な時期に人材を確保できますし、働く人は地域の色々な企業と関わることができます。ACにちなん事業協同組合では9名ほど雇用しており、さらに3名は派遣で色々な会社に関わる中で、それぞれの企業に就職しました。
脇 複数の地域企業に関わって地域や企業を知り、その上で採用に繋がるのは価値ある事例ですね。
田鹿 その他にも、また別の法人ではそもそもの移住を促進するための「九州移住ドラフト会議」というイベントを運営しています。従来の移住は、希望者が自ら情報を集め、地域を選ぶのが一般的でしたが、それでは移住へのハードルが高いままです。このイベントでは、地域が移住希望者を指名する形をとっています。プロ野球のドラフト会議のように、地域側が「こんな人に来てほしい」と訴え、移住希望者も「自分はこんな風に地域に貢献できる」とアピールします。
最終的に、地域が移住希望者を指名して独占交渉権を得ることで、移住希望者に「自分が本当に求められている」と実感してもらえるんです。この形式なら、移住への不安やハードルを大きく下げることができますし、地域としても本当に必要な人材を呼び込むことができます。
地域で働きたい人を受け入れられる社会に貢献したい
脇 地域や、地域に関わりたいという人のため、これまで様々なことに取り組んでいますが、何がモチベーションになっているのでしょうか。
田鹿 ひとつは、ローカルに「そんな未来は創造できなかったよね」というものを提示していきたいと考えています。地域だと、できない、難しいと思われていることも多いですが、やり方や考え方を工夫したら実現できることもあります。できないという先入観を覆せるようなことをしていきたいですね。また近々、福岡県豊前市で新しい宿泊施設を始めるのですが、そこは豊前が大好きで、地域でなにかしたいと思っている人を中心として運営していきます。東京一極集中が続く今の時代でも、こういった人、つまり、東京じゃない場所で暮らすことが自分に合っていると感じる人は日本中に一定数います。その受け皿になるような仕事や仕組みを作っていきたいと。もちろん個人に貢献したい気持ちもありますが、地域で働きたいと思っている人を地域として受け入れていけるような、そういった社会に貢献していきたいです。
脇 地域で働きたい人の受け皿をたくさん準備する。その一つとして、簡易郵便局プラスアルファで運営するという選択肢もあるのかもしれませんね。田鹿さん、貴重なお話をありがとうございました。
Coordinator
脇 雅昭
よんなな会/オンライン市役所発起人
宮崎県出身。2008年総務省入省。神奈川県庁に出向し、官民連携等の取組を進めてきた。プライベートでは、全国の公務員がナレッジや想いを共有する「よんなな会」「オンライン市役所」を立ち上げ、地方創生のためのコミュニティ基盤づくりを進めている。
編集 文・島田龍男 撮影・荒井勇紀
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