豊かな自然に覆われた群馬県高崎市倉渕地域に昨年四月に誕生した『くらぶち英語村』。
ネイティブによる実践的な英語教育と大自然を生かしたアクティビティ、
思いやりや自立の心を育てることを求めてこの場所にやって来た、
元気いっぱいの子供たちに会いに行きました。
恵まれた自然と実践的な英語教育を求めて
山々に囲まれた群馬県・高崎市倉渕町
高崎市街から長野方面へ車で約一時間、上毛三山の一つである榛名山や広大な烏川に囲まれた、自然いっぱいの場所。そんな倉渕町で昨年四月に誕生したのが『くらぶち英語村』だ。ここでは小学校四年生から中学三年生までの二四名が「自立心」や「思いやりの心」、「生きる力」を目指すともに共同生活の中で実践的な英語力を磨いている。
留学生たちの指導を行うのは、日本で初めて山村留学の取り組みを始めた「公益財団法人 育てる会」。約五十年の実績を持つ〝山村留学のプロ〟といえる彼らが、子供たちの自立や自然体験活動を支えている。ともに指導に携わる外国人スタッフは、そのほとんどが日本の小中学校のALT(外国語指導助手)出身者。実際の教育現場で得た経験を生かして、子供たちの英語レベルに合わせた学習サポートを行なっている。
くらぶち英語村へやって来る子供たちの出身地は関東エリアが多く、現在暮らしている二四名のうち九名は東京から参加しているのだという。「英語をもっと勉強したいから」「自然の中で遊ぶのが好きだから」「ここ楽しそうだよっておばあちゃんに教えてもらって」など、留学に来た理由は人それぞれだが、驚いたのは子供たちがみんな自分の意思でこの場所を選んだということ。小学五年生の石川怜奈さんは「夏休みの一◯日間コースに参加した時に、これまでの人生の中で一番ってくらい本当に楽しかったんです。だから通年コースに参加したいと両親に相談したら、はじめは『ホームシックにならない?』『行きたい目的がちゃんとあるの?』とすごく心配されて。でも、どうしてもここで暮らしてみたかったから自分の気持ちをちゃんと話して、面接を受けさせてもらいました」と話す。同じ志を持って集まっているからか、英語村の子供たちはここでの活動にとても積極的で、学年の垣根を超えてみんな仲が良い。
朝の挨拶でつながる、
地域住民とのあたたかい関係性
留学に来た子供たちの生活拠点となるのは、木のぬくもりにあふれる二階建ての寮。開放感のある吹き抜けや薪ストーブのある談話コーナーが印象的な、明るく居心地の良い空間だ。高崎市の職員でくらぶち英語村を担当する深尾耕至さんは「八年前に廃校になった倉渕川浦小学校の校舎を再利用するという案もあったのですが、子供たちの暮らしやすさを第一に考え、新築で寮を作り上げました。林業が盛んだった倉渕地域の木を、資材の一部に使用しています」と話す。床に寝転がって遊んだり、階段に座っておしゃべりしたり。みんな伸び伸びと過ごしている。
倉渕地域では人口の減少に伴い八年前に小中学校の統廃合が行われたため、通学の距離が長くなり、地元の学生たちはバスを使って学校まで通っているという。英語村で暮らす子供たちも、小学生は片道四キロメートルを徒歩で、中学生は片道六キロメートルを自転車で通学している。さぞかし大変かと思いきや、「地元にいた頃は学校まで一◯分くらいだったのにここでは一時間も歩かなくてはいけないので、慣れるまでは少し辛かったです。でも、歩きながらみんなでおしゃべりできるし、通学路に大きなカブトムシやクワガタがいたりして、今はとても楽しんでいます」と子供たちはなんだか嬉しそうだ。
また、子供たちが毎朝元気に通学する姿を再び見られるようになったことを喜ぶ地元の声も多い。参加者が減ってしまいしばらく開催されていなかった正月の恒例行事「どんどん焼き」も英語村ができたことをきっかけに再開されるなど、子供が増えたことで地域が明るくなり、地域の活性化にも繋がっているのだ。小学六年生の齋藤優莉さんは「前に暮らしていた街と比べても、倉渕は地域の人たちが優しいと感じます。都会では近所の人と会ってもあまり挨拶しなかったけれど、ここでは毎朝みんなが『おはよう』って声をかけてくれて。『これ食べな』って畑の美味しい野菜を分けてくれることもあるんですよ」と教えてくれた。
日常会話から実践的な英語を取り入れる
「くらぶち英語村」と名付けられているものの、実際は日常生活にどのくらい英語を取り入れているのだろう? そう思い深尾さんに尋ねてみると、「寮内での会話は基本的に英語を使うよう心がけています」と言う。挨拶や食事中の会話はもちろん、畑仕事や自然体験の最中にも外国人スタッフと英語でコミュニケーションをとるそうだ。寮の中に貼ってある掲示物ももちろん英語。学校から帰って来た後には、希望する子供向けに読み書きのレッスンも行われる。また、ただ語学を学ぶだけでなく、年に数回は「アメリカデー」「カナダデー」など海外文化を体験するイベントを開催。普段の食事は地元の食材を取り入れたメニューが多いが、この日ばかりはハンバーガーやフィッシュアンドチップスなど、英語圏の食べものが食卓に並ぶ。イースターやハロウィン、クリスマスのパーティも子供たちに大人気なのだそう。
畑仕事はみんなの大切な趣味の一つ
英語教育はもちろん、都会ではなかなかできない自然体験に魅力を感じて英語村にやって来た子供たちも多い。そのため、畑で過ごす時間は彼らにとって大切な楽しみの一つだ。学校から寮へ帰ってくると、みんな一斉にダッシュで畑へと向かう。畑では一人ひとりが自分の一角を持っていて、ナスやトマト、スイカなど、それぞれの好きな野菜を一生懸命育てている。どんな種類の野菜を選ぶのかで、みんなの個性が伝わってくるのも面白い。「キュウリが大きくなったよ!」「トマトはもう少し赤くなるまで待とう」「シシトウができたけどどうやって食べたらいいかな?」と、みんな野菜を育てるのが楽しくて仕方ない様子だ。できあがった野菜は寮で調理して食べることもあれば、地元にいる両親へプレゼントする子もいるという。
畑以外にも、田植えや登山、キャンプなど倉渕の自然を存分に生かしたアクティビティが定期的に行われている。中学一年生の菅野幹大くんは「都内に住んでいた頃は山や川で遊べる機会がなかなかなかったので、ここでは毎週のようにそういった経験ができてとても嬉しいです。倉渕は空気がきれいで水や野菜が美味しいな、といつも感じます」と話してくれた。
また、英語村ではスマートフォンやPCを使用してはいけないというルールのため、自由時間の過ごし方はすべてアナログだ。新聞やボードゲーム、オルガンなど、寮の中にあるものを使ってみんなで自由に工夫して遊んでいる。離れて暮らす家族とのコミュニケーションも、電話やメールではなく手紙のやり取りが多い。学校から帰って来てすぐに自分のロッカーに届けられた手紙を見つけて「わあ、お母さんからだ!」と喜ぶ子供たちの姿が印象的だった。
自立心を育てるため、
毎日の家事も自分たちの手で
「英語教育」や「自然体験」とともにくらぶち英語村が掲げるミッションの一つが「自立心を育てること」だ。幼くして親元を離れ、これまでと違う環境で暮らす中で、不安や戸惑いはなかったのだろうか? 子供たちに話を聞いてみると、「たまに家族や地元の友達が恋しくなることもあるけれど、他の留学生と一日中一緒にいられるからさみしいと感じることはあまりないです」「例えばバスケットボールを上手くなりたいと思った時に、練習に付き合ってくれる上級生がすぐ身近にいるのはうれしいですね」などと、ここで出会った新しい友達との関係を大切にして、毎日にぎやかに生活しているようだ。
また、寮では洗濯や掃除など、料理以外のほとんどの家事を子供たちが自ら行う。「英語村に来てすぐの頃はテレビゲームのない生活が少し退屈でしたが、ここでは毎日自分で身の回りのことをやらなくてはいけないから、だんだんそんなことを考える暇もなくなりました。なければないで、別の楽しみ方ができるんだなって思います」と齋藤さんが話してくれた通り、宿題に英語学習、畑仕事や家事など、子供たちの毎日はとても忙しそうだ。そんな日々を過ごす中で、菅野くんは「ここへ来て自分でやるようになって、家事ってこんなに大変だったんだと初めて気づきました。今まで当たり前にように全部やってくれていた家族への感謝が深まります」と言う。離れた土地での生活にめげることなく、切磋琢磨しながら協力して共同生活する子供たちの姿は、倉渕の自然のように生き生きと輝いて見えた。
文・編集/大場 桃果 写真/兼下 昌典