小さな村での自然体験活動をとおして
子どもの生きる力を育成。
長野県佐久地域の山村留学・親子留学

「山村留学」という言葉を聞いたことがあるだろうか。一度は耳にしたことがある人も多いかもしれないが、その内容は意外と知られていないように思う。

山村留学とは、小中学生が親元を離れ、1年単位で農山漁村で暮らしながらその地域の学校に通う教育制度だ。これと同じ趣旨で「親子留学」がある。山村留学との違いは親子で滞在する点だ。ともに、大自然の中でさまざまな体験活動をすることで、子どもたちの「生きる力」を育むことを目的としている。

山村留学の先駆けと言われる長野県は、これまで全国から多くの子どもたちを受け入れてきた。そして今年1月、「信州自然留学(山村留学)推進協議会」を立ち上げ、山村留学に関する情報発信や留学生受け入れの拡充を図っている。いったいどんな授業が行われ、子どもたちは何をどのように学んでいるのか? 山村留学・親子留学の現場を取材した。

南相木小学校の3つの特色ある教育

長野県南東部の南相木村は標高1,000メートルの山間にある人口およそ1,000人の村。総面積の8割が山林で、村の中心を南相木川が流れる。雪の少ない地域だが、取材前日は全国的な大寒波で村は銀世界に。

村が移住定住施策の一環として親子留学の取り組みを始めたのは2020年。小学校の全学年を対象に、現在は6世帯10名を受け入れている。東京から車で約2時間というアクセスの良さから首都圏に住む親子の応募が多いが、南は福岡、北は北海道まで、全国各地から問い合わせがあるという。

「四季折々の自然の中での体験活動を通して、お子さんに豊かな感性や創造力を身に付けてほしいとやってくる方が多いです」

そう話すのは、南相木村教育委員会で親子留学を担当する小平寛大さん。


小平さんは南相木村の出身。都会に憧れる同級生と同様に大学進学を機に東京に出たが、
卒業後、「自然の中でゆっくりと暮らしたい」と村に帰ってきた。

小平さんが南相木小学校を案内してくれた。木の温もりが感じられる校舎、広い廊下を通ると教室から児童たちの元気な声が聞こえてくる。

南相木小学校は地域とともに歩む学校を目指し、村の企業・村民との連携や国際交流を取り入れた3つの特色ある教育を展開している。

英語教育

村の英語教育は保育園から始まり、小学校では週に1〜2回行われている。オーストラリアの姉妹校と20年以上の交流があり、6年生になると研修で1週間のホームステイを体験。渡航費や滞在費は村が負担する。


向かい合って英語で声を掛け合う児童たち。

4年生の英語教育の授業をのぞかせてもらった。7人の児童に対して、先生は3人。ネイティブスピーカーの教師に、ALT(外国語指導助手)と他学年の担任がサポートに付く。和気あいあいとした雰囲気で学習に取り組んでいた。

自然体験教育

渓流での沢登りをはじめ、登山やキャンプなど四季を通した自然体験活動を実施。山に入って行う森林学習では、森に生息する動物の食べ物やふんを観察して自然の仕組みや生態系保全の大切さについて学ぶ。引率するのは、外部専門講師や村民のボランティアだ。

プログラミング教育

南相木村では学校教育で必修化される以前からプログラミング教育に取り組んでいる。保育園の年長から中学生までを対象に、タブレットを使ったプログラミング学習やコンピュータを使ってゲーム作りなどを実践。定期的に地元のIT企業から講師を招いて指導してもらっている。ユニークな授業の一例を小平さんが紹介してくれた。

「児童たちがチームになって地域の課題を見つけ、プログラミングを使って課題を解決するシステムを作ります。例を挙げると、鹿侵入防止柵の開閉システム。地域の人たちが車から降りて柵を開け閉めするのが大変という話を聞いて児童たちが考案したのは、車から降りずにクラクションの音に反応して開閉する仕組みです。まだ試作段階ですが、商品化を目指しています」

教科書だけでは実現できない実社会に結びついたさまざまな活動を繰り広げ、児童たちの学習意欲と創造性を育んでいる。

ここまでたくさんのお話を聞かせてくださった小平さんに、親子留学を検討している方へメッセージをいただいた。

「親子留学の見学を随時受け付けており、児童たちと触れ合うこともできます。村の子どもたちはとにかく人なつっこく、ほんのわずかな時間でも『また来てね!』『また来るよ!』と互いに名残惜しそうにしています。そんな子どもの表情を見て、親御さんも安心するようです。児童の半数はIターン者なので安心してお越しください。体験入学の際には、温かい自校給食をご用意させていただきます。そして、村を第二の故郷と思ってもらえるようにサポートさせていただきます」

◉南相木村 親子留学に関するお問い合わせ
南相木村 教育委員会

〒384-1211 長野県南佐久郡南相木村3525-1
TEL:0267-78-2433
E-mail:kyouiku@vill.minamiaiki.nagano.jp
HP:http://www.minamiaiki.jp/school.htm

北相木小学校の地域に根差した教育と新しい学び


北相木村のシンボル的な存在の御座山。

続いて訪れたのは、南相木村に隣接する北相木村。人口約800人の小さな村で、東側には標高2,112mの御座山がそびえ、西側には八ヶ岳を望む。山村留学を始めたのは1987年。小学3〜6年生を対象としており、これまでに270人の子どもたちを受け入れてきた。

ここでの生活は、北相木小学校に通いながら村が運営する北相木村山村留学センター(以下、センター)で他の児童たちと共同生活をおくり、月10日間は地域の受け入れ農家の元で過ごす。留学期間は原則1年間だが、卒業まで継続する児童も少なくない。

2015年からは1、2年生を対象に親子留学もスタート。現在、北相木小学校に通う山村留学生は19名、親子留学生は7名となっている。


児童たちが共同生活をおくる北相木村山村留学センター

センター長を務める山田隆一さんと北相木村教育委員会で親子留学を担当する日向梨緒さんに話を伺った。

山田さんは滋賀県出身。児童からは「山ちゃん」と呼ばれている。山村留学の仕事を志望して山村留学発祥の地、長野県八坂村(現・大町市)で働き始めて以来、各地でこの仕事を続けてきた。


センター長の山田さん。

「山村留学の受け入れを小学3年生以上に設定しているのは、自立心が芽生え、環境への適応力が高い年齢だからです」(山田さん)

センターでは共同生活を通して協調性を身に付けるために、あえて部屋を分けていない。男女別の大部屋で、約10人が布団を並べて寝ている。児童たちの性格も年齢もさまざま。けんかやトラブルも少なくないが、それも大事だと山田さんは言う。


児童たちが寝泊まりする大部屋。

「当センターの教育モットーは『自主自立』。親元から離れて、自然体験や農業体験、共同生活を体験することで社会性や生きる力を育てます。これからの人生で難問にぶち当たった時に乗り越えられる強さが身に付きます」(山田さん)

北相木小学校

北相木小学校では、自然との触れ合いはもちろん、村の伝統や生活文化を体得する郷土学習を取り入れ、児童たちの主体性・創造力を育む教育に力を入れている。

林業体験と農業体験

北相木村は山林が9割を占める林業が盛んな地域。村の産業を知る目的で、地元産材を使った木工制作やきのこ栽培などを体験する。

農業体験では、5年生になると全員でもち米を栽培する。田んぼの代かきから行うというから本格的だ。村にはこの地域に伝わる「家難祓かなんばれ」という伝統行事がある。3月3日の節句に、厄災や悩みごとなどを書いた短冊をひな人形と一緒に円形のわら蓋にのせて相木川に流すのが風習になっている。このわら蓋をもち米のわらで作り、その米でお汁粉を作って食べる。毎年、地域住民の協力で、全校児童が参加している。コロナ禍で開催が難しい状況でも皆で知恵を出し合いながら伝統をつないできた。


家難祓のひな人形とわら蓋。

「地元の農家さんや林家さんも、あたたかく受け入れてくれています。一緒に野菜を作ったり、行事に参加したりしながら、児童たちがたくましく生きてく力を村のみんなで育てています」(日向さん)

思考力を育てる授業

児童たちの思考力を育てる目的で、首都圏に拠点を置く学習塾のメソッドを取り入れた先進的な教育を行っている。木のブロックを積み上げたり、絵から物語を連想したり、勉強というよりも遊びの要素を取り入れた学習方法だ。

また、児童にとって心地良いテンポの学習方法を採用。例えば、詩を大きい声で朗読した後に、今度は黙々とドリル学習に取り組む。「発散と集中」を繰り返すユニークな教育メソッドだが、この教育方法に興味を持って、北相木村への山村留学を希望する親も多いという。

「初めはホームシックで泣いてしまう子もいました。ところが、その子はたった1週間で『もう帰りたくない!』と言い、今は活き活きと生活しています(笑)。留学は親子ともに勇気が必要ですが、子どもの将来への大きな投資です。ここでの密度の高い体験は一生忘れないでしょう」(山田さん)

◉北相木村 山村留学・親子留学に関するお問い合わせ
北相木村山村留学センター
〒384-1201 長野県南佐久郡北相木村2268-1
TEL:0267-77-2309
E-mail:aikisanson@ytg.janis.or.jp
HP:http://www.ytg.janis.or.jp/~aikisanson/

北相木村 教育委員会
〒384-1201 長野県南佐久郡北相木村2744
TEL:0267-77-2111
E-mail:kyouikuiinkai@vill.kitaaiki.nagano.jp
HP:http://www.vill.kitaaiki.nagano.jp/

子育て環境も支援も充実

最後に、山村留学・親子留学をする人が利用できる両村の支援制度を紹介したい。住居費や交通費、給食費の補助など子育て移住にうれしいサポートが充実。実際にどのようなものがあるのか見ていこう。

◉南相木村

村営住宅の家賃補助
中学生以下の子どもがいる世帯は村営住宅の家賃が月1万円(共益費別途)


和田地区にある村営住宅。

親子留学保護者交通費補助
親子留学している保護者に対し、同月2回まで来村時の交通費を補助。保護者が県外から来村の場合15,000円/回。保護者が県内から来村の場合10,000円/回

学校給食費支援制度
小中学生の給食費を全額補助

村営バス料金無料事業
高校生以下に村営バスの無料乗車券を交付

移住定住促進住宅
南相木小学校体験入学時に無料で宿泊できる移住定住促進住宅が用意されている


村役場の近くに建つ築150年の古民家を改装した移住定住促進住宅「たまる家」

 

◉北相木村

給食補助金
北相木小学校に通う児童の給食費を全額補助。

村営バス運賃助成
高校生以下の利用運賃全額を助成

親子山村留学父兄交通費補助金
親子山村留学で村に住所を有する者の父兄に月額15,000円(年間 180,000円が限度)を支給。

放課後児童預かり事業
家庭の事情により児童が帰宅しても家族が留守の場合、また、学校の長期休暇の時、村公民館や村民交流スポーツセンターグリーンドーム等を学習等に利用できる(登録制、無料)。

親子留学用の村営住宅
親子留学を利用する移住家族用の村営住宅を整備。学校見学の際に村営住宅の見学も可能。

 

長野県ホームページ~山村留学について~
https://www.pref.nagano.lg.jp/shinko/kensei/soshiki/soshiki/kencho/shinko/sansonryugaku.html

 

【取材後記】

自分も子どもの頃にこんな体験をしていたら、どんなに視野が広がっただろうとうらやましく思えてくる。都会ではなかなか叶わない少人数教育の強みを生かし、一人ひとりの児童に親身に指導している教員たちの姿も印象的だった。「かわいい子には旅をさせろ」。山村留学も親子留学も踏み出すには勇気が必要だが、子にとっても親にとっても大きな成長につながるだろう。

南相木村・北相木村ともに、学校見学を受け付けている。「子どもを自然のなかで育てたい、学ばせたい」と考えている方は、まずは一度、親子で村に足を運んでみてほしい。村に住む子どもたちや家族に直接話を聞いてみるのもいいだろう。1日体験すれば、きっと筆者のように、雄大な自然やそこでの暮らしに魅了されるはずだから。

取材・文/鈴木俊輔 撮影/宮崎純一

 

 

                   

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