仕事は変えず、ちょっと遠くへお引っ越し
無理なく始める移住のカタチ
【山梨県北杜市】

東京都内でマーケターとして勤務していた山本瑞人さんは、「今の仕事を続けながら、今より広い家に引っ越そう」と思い立った。たどりついた答えは、リモートワークできる環境を整えて、好きな地域に移住すること。山梨県北杜市で、妻子とともに充実した暮らしを送る山本さんに、話を聞いてみた。

 

移住×リモートワークで手に入れた ゆとりの子育て

日本百名山に数えられる甲斐駒ケ岳を背負う、山梨県北杜市白州町。清流・尾白川(おじらがわ)は名水として知られ、造り酒屋やウイスキーの蒸留所も点在している。

この山紫水明の地にある定住促進住宅の一室が、山本瑞人さんの「自宅兼職場」。ここを拠点に、フルリモートで正社員として働いている。傍らでは、妻・みちるさんも並んで自分の仕事をこなす

「移住した頃はまだリモートワークが一般的ではなかったので、役所の方に『本当に働いているんですか?』と疑われたこともありました(笑)。リモートなら、2人ともフルタイムで働けるし、お互いの仕事を理解しあえる。子育てにもゆとりが生まれました」

長男のケイくんが通う保育所は歩いて数分。朝の送りはみちるさん、迎えは瑞人さんの担当だ。都内に住んでいた頃は、みちるさんがケイくんを送り届けて満員電車で会社へ。時短勤務を終えて迎えに行き、慌ただしく夕食を準備していたそうだ。

「僕も、息子が起きる前に家を出て、寝る時間に帰ってくる毎日でした。いまは17時に息子と帰宅したら、家族の時間が始まる。ご飯とお風呂を済ませて、19時以降は自由時間。この暮らしには、けっこう満足しているんです」

 

迷わず選んだ引っ越し先は、夫婦思い出の地・山梨

山本さん夫婦が最初に山梨県北杜市を訪れたのは、新婚だった2016年の夏のことだ。

「僕は大阪育ちで『田舎』に触れたことがなくて、山や川で過ごす時間が憧れでした。大学のときからキャンプが好きで、妻にもずっと行こうと誘っていました」

あまり乗り気でなかったみちるさんを1年がかりで説得。たまたま見つけた北杜市内のキャンプ場を訪れることになった。

「私はキャンプに馴染みがなくて、最初は『なんでわざわざ外で寝るの?』とずっと拒否していました(笑)。でも行ってみたら案外楽しくて、『なんかいいじゃん』と素直に思いました」(みちるさん)

南アルプスの大自然のもとで過ごした、夏のひととき。夫婦の絆をより深めたこの経験が、のちの移住につながることになる。

2017年に生まれたケイくんが1歳を迎えるころ、都内で暮らしていた1DKの部屋が手狭になっていた。2人は新しい住まいを探し始めたが、物件選びは難航した。

「都内の2LDKは、時短勤務している妻の給与と同じくらいの家賃で…。『そもそも、なんで東京中心に家を探さなきゃいけないんだろう』と考えるようになりました」

リモートワークができる環境を手に入れれば、いまの仕事のまま、東京にこだわらずに好きな場所に住める。そのとき2人が真っ先に思い浮かべたのが、キャンプで行った山梨だった。

「北杜市は移住者が多いと聞いていたし、都内にも2時間以内でアクセスできます。山梨が僕らの『肌感』に合うかはわかりませんでしたが、引っ越しをしないことのほうがリスク。迷いはありませんでした」

 

「まずは1年」 と移住スタート 自然な流れで定住へ

2018年夏、SNSでつながった市内の移住者や不動産会社のもとを訪れて情報を収集。秋に就業者向け定住促進住宅の入居者募集が始まると知った。住居の購入ではなく、賃貸物件を探していた若い夫婦にとっては渡りに船。さっそく応募して当選し、2019年1月に入居が決定した。

会社の理解が得られ、瑞人さんはリモートワークでマーケターの仕事を継続。みちるさんは、全社的にリモートを推進している会社に転職し、人事担当として勤務することになった。

当初は「まずは1年住んでみよう」と考えていた2人だが、予想以上に快適な暮らしに、自然と定住していく流れになった。

「家賃は半額で、広さは倍になりました。固定費が下がって、可処分所得も増えました。この定住促進住宅は新築で若い世帯も多く、コミュニケーションが取りやすかったのも良かったですね」

最近はトレーニングジムでウェイトトレーニングに励むなど、心身ともに充実している山本さん夫婦。この2年で、勤め先や働く形態も、自分たちに合わせて変化させてきた。現在、瑞人さんは都内のコンサル会社に所属し、企業のマーケティング支援を担当。みちるさんは個人事業主として、企業の人事業務を担っている。

 

山梨への移住をもっと身近に 夫婦のプロジェクトが動き出す

2021年、2人は新しい事業をスタートさせる。

「移住を考えている人に中長期で滞在してもらえる、一棟貸しの宿をオープンさせます。ゆったりとした空間で、家族と山梨暮らしを体験しながら、移住相談もできる環境を整えたいと思っています」

「北杜市をよりよい地域にしたい」という気持ちが芽生えた2人。移住を望む人と地域をつなぎ、さらに多くの人々を呼び寄せたいと意気込む。移住のハードルになりがちな「仕事」にもアプローチしていくという。

「仕事さえなんとかなれば、移住はうまくいきやすい。僕たちのようなリモートワーカーを移住者として招き入れることは重要です。でも、地域に魅力的な仕事があれば、さらに地域に根付く人が増えるはずです」

小さくても魅力ある仕事を創出し、それを移住者たちに渡していくことで、地域の持続可能性を高めたいという山本さん夫婦。これからつくる宿も、いずれ移住者らに運営を任せるつもりだ。

 

最後に、移住を考える上で大切なことを、2人に教えてもらった。

「僕らは、まずTURNSのバックナンバーを全部買いました(笑)。 『終の棲家(ついのすみか)を決めること』と移住を重く考えずに、とにかくやってみてほしいです。例えば、子どもが小さい間だけ、待機児童がいない地域で子育てするという考え方があってもいい。ライフスタイルに合わせて、みんなが住む場所を選び取れる世の中になったらいいですね」

取材を終えて立ち去る私たちを、笑顔で手を振って見送ってくれた山本さん一家。山梨の空も、山も、風も、自然体の彼らを一層輝かせていた。

 

■プロフィール
山梨県北杜市 在住
山本瑞人(やまもと・みずと)さん

1988年大阪府生まれ。2011年に就職で上京の後、2016年に妻・みちるさんと結婚。長男が1歳になった2018年秋から移住を検討し、2019年に家族で山梨県北杜市に移住を果たした。

 

文・佐藤史親 写真・砺波周平

                   

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