『石川県白山市鶴来つるぎ 空き店舗ツアー』開催レポート
~リノベと起業の可能性を体感する一日~

2025年11月1日(土)、金沢のお隣・石川県白山市鶴来つるぎで「空き店舗ツアー」が開催されました。
当初の想定を超える申し込みがあり、急きょ定員を増やして二班に分けての実施に。町家やかつての商店が立ち並ぶ鶴来の町並みを舞台に、空き店舗をめぐりながら起業や移住、リノベーションの可能性を体感する一日となりました。
その活気あふれるツアーの様子をレポートします。

 

鶴来のご紹介

鶴来は、白山登山の禅定道として、また京都と江戸を行き交う商人で賑わった宿場町として歴史を刻んできた地域です。白山の伏流水が湧き出し、緑に囲まれたまちには、自然と街並みが穏やかに溶け合う風景が広がります。

金沢の中心部から車で30分足らず。電車でもアクセスが良く、昔ながらの酒蔵をはじめとする醸造のまちとしても知られています。近年は、カフェやスイーツ店の出店が相次ぎ、リノベーションと起業のまちとしても注目を集めています。

 

まち歩きがスタート

午前9時30分、『白山市鶴来支所』で顔合わせを済ませ、24名の参加者は二班に分かれてまち歩きを始めます。

 

石浦家茶室(空き店舗)

最初の訪問先は、鶴来駅から徒歩圏にある石浦家・茶室です。通りを一本入った先、民家風の玄関を上がると、凛とした佇まいの本格茶室が現れます。

オーナーの石浦茂樹さんは整体業のかたわら設備工事業も営み、母屋と連結するこの“離れ”の茶室の活用方法を模索中とのこと。水屋を備えた室内は手入れが行き届き、完成度の高さに参加者から思わずどよめきが起こりました。

さらに向かいの倉庫も案内され、「複数の店が入るシェア型にしたら面白い」「茶会と物販を組み合わせられそう」など、具体的なアイデアが次々に。一軒目から使い方の想像が湧く場所に出会い、ツアー全体への期待が一気に高まりました。

知守町店舗(空き店舗)

予定していた『Atsushi Ikeda』の訪問を午後に回し、石浦家から徒歩3分の住宅街にある元・焼肉店の空き店舗へ。

出入口は2か所。通りから左手の入口を入ると、奥へすっと伸びるカウンター。2階は住居スペースで、シャワールーム・トイレ付き。小ぶりでも動線・設備は十分で、少し手を入れればすぐ始められそうです。

ツアーに同行した、地元でまちづくりに関わる『建築昌英』の松村さん(写真左)も「少し手を入れれば、すぐ使える」と太鼓判。「住みながら始められる」「初期投資を抑えやすい」といった声が参加者から上がり、小さく始めて育てるイメージが具体化していきました。

音楽教室(空き店舗)

そのまま、まちの中心部へ移動し、鶴来本町の交差点(通称:スクランブル)から金劔宮 の男段方向へ進んだ道沿いの木造2階建ての物件へ。

この建物は、交差点角で化粧品店を営む『田上屋百貨店』さんの所有で、1階は1〜2年前までピアノ教室として使用。奥行きのある長屋風の間取りで、参加者はのぞき込むように内部動線を確認していきます。

立地は神社の境内を望むロケーション。関係者からは「鶴来の秋の風物詩『ほうらい祭り』のメインストリートです」との説明もあり、鶴来駅へのアクセスも良好。店を構えるには好条件という空気が共有されました。
一方で、築年数が経過しており屋根瓦などの修繕が必要。建物の来歴や水回りの状態、駐車場位置を確認する姿も見られました。

中日新聞事務所(空き店舗)

次は、道路を挟んだ向かい側へ移動します。
ここは、6〜7年前まで新聞社の事務所として使われていた、築46年・鉄骨造3階建ての店舗兼住居物件です。

通りに面した大きな窓からは緑の多い鶴来の風景が抜け、見通しの良さが何よりの魅力。1階は事務スペース、上階には和室・キッチン・トイレ・風呂がそろい、管理状態も良好で「すぐ使えそう」という声も。
部屋数が多く、多用途に展開できる間取りのため、店舗+住居やアトリエ+ショップなどのイメージが具体化。参加者はフロアを行き来しながら、使い方の可能性を熱心に探っていました。

カフェときどきバー お宿 たけだ(リノベ店舗)

続いては、鶴来で起業した先輩事業者を訪問。
鶴来に初めて来た人がまず頼るのが、『カフェときどきバー お宿 たけだ』店主 竹田和代さんです。旅行の添乗員として培った目配りと、だれよりも深い地元愛で、旅人にも地元の人にも“はじめの一歩”をくれる存在。店に行けば、このまちを楽しむコツを惜しみなく教えてくれます。

竹田さんは、93年続いた理容店を営む実家にUターンし、建物をカフェ、バー、民泊施設へとリノベーションして2020年にオープン。
「地元でいろいろ探した結果、結局実家を選びました。 もともと小間物屋から祖父、母へと続いた地域の憩いの場を受け継いでいることに、不思議な縁を感じます。最初は不安もありましたが、失敗してもまずやってみることを大切にしてきました」と話します。

いまでは観光客も地元の常連も集う、年齢も国籍も越えてつながる場所に。
鶴来の入口は、この店から。そんな言葉が自然と浮かぶ、温度のあるお店でした。

ひさご寿司(空き店舗)

再び空き店舗へ。次は、地元で親しまれてきた寿司店の跡物件です。

1961年に建てられた木造2階建ての一軒家。店舗部分には建具や照明、冷蔵庫、ネタ看板まで当時の面影が残存。カウンターは撤去されていますが、全体の保存状態は良好。参加者が奥をのぞき込むと、オーナーから「座敷に加えて洋室もあります」との説明があり、昼主体だが夜営業も可能とのこと。

同じ軒の下には住まいもあり、隣家の方も様子を見に顔を出してくれました。住居と一体の造りでありながら店舗部分だけを活用できる物件であること、そして地域との距離の近さが伝わるひと幕となりました。

間取りは店舗23帖、座敷8帖のゆとりがあり、木材を生かした内外装が印象的。水道・ガスは更新が必要ですが、厨房を使いながら整えていける基礎的な骨格が残っています。残された冷蔵庫や看板に、かつての空気がそのまま宿っていました。

タマルバー(空き店舗)

金劔宮・女段の鳥居のすぐそばにある元バー物件。大きなカウンターとモダンな内装、通りに開いた大きな窓が印象的です。

自動ドアやトイレ、手洗いも備わっていて、店内の状態はとても良好。窓から鳥居を望むロケーションも魅力で、昼は柔らかな光が入り、夜は参道の明かりが静かに映ります。このまま看板を掲げて、今日からでも開けそう。そんな言葉が自然とこぼれるような物件でした。

少し寄り道

昼食までの時間が余ったため、急きょスケジュールを組んで、『建築昌英』さんが手掛けたリノベーション物件を見学することに。

まず立ち寄ったのは、ソフトクリーム店『happiness』。
「つるぎショッピングスクエア レッツ」の目の前にあり、周辺は地元の買い物動線の中心。2階には『鶴来商工会』の事務所も入る、生活の気配が濃い一帯です。手づくりワッフルコーンと塩糀のミルクソフトが評判で、観光客と地元の人が言葉を交わす風景が日常の一コマになっています。

続いて徒歩すぐ、『建築昌英』の旧事務所(現在はエステサロン『private salon Dimples』が入居)へ。

町家スケールを生かした空間づくりを手がかりに、空き家を資源に変える発想や、鶴来で積み重ねられてきたプロジェクトの流れに触れました。

昼食タイム/Au.(アウ)ヤムヤム

昼食は、『Au.』と『ヤムヤム』の2店舗に分かれてそれぞれいただきました。参加者とまちの担い手が同じテーブルを囲み、自然と交流が深まる時間となりました。

『Au.』では、人気のカレーを提供いただきました。テーブルには『建築昌英』の松村さん、この班の先導役を務めた『鶴来商工会』の榊原さんも同席し、物件の感想や起業のアイデアが自然と交わされました。『ヤムヤム』でも、常連さんに愛されてきた味をきっかけに会話が弾み、こちらも和やかな盛り上がりとなっていました。

越原甘清堂(空き店舗)

午後の部は、鶴来の大通り沿いに立つ元・和菓子店の物件から。午前の青空が一転、雨脚が強まるなか、参加者は傘を手に外観のみを見学しました。盛業の末に移転したあとの建物で、落ち着いた和の趣が残り、「つるぎショッピングスクエア レッツ」から徒歩1分という立地も魅力。オーナー不在のため内覧は叶いませんでしたが、間口やファサードの雰囲気、周辺動線の良さを確かめるには十分な時間となりました。

洋菓子 Haku(リノベ店舗)

『越原甘清堂』の向かい、通りを渡ってすぐ。雨脚が強まった午後は、店内が手狭なため入替制での見学となりました。軒下で順番を待ちながら、白を基調に整えられた静かな空気と、ショーケースに並ぶ菓子の表情を確かめます。

『洋菓子Haku』は2021年オープンの人気店で、オーナーパティシエは徳田英晃さん(金沢市出身)です。店名は白山の白(Haku)に由来し、「色づけはお客さまが」という思いが込められています。リノベーション済みの空間を生かしつつ、鶴来や白山ゆかりの素材を丁寧に取り入れたお菓子づくりを続けています。

人気店での修業を経て鶴来に店を開いた徳田さんは、「自然のそばで、目の届く規模でお菓子を作り続けていきたい。いただいた素材や声に、お菓子で少しずつお返しできたら」と語ります。
その言葉どおり、鶴来や白山の素材と向き合いながら、この土地に根ざした洋菓子店として歩みを進めています。

雑貨とテイスティングカフェ なんか(リノベ店舗)

『洋菓子Haku』から徒歩約50メートル、大通りを一本入った場所にあります。今回は店主の環 佐朋さんがポップアップ出店のため不在で、お父さまがご案内くださいました。

店主の環さんは鶴来の出身。高校卒業後は県外で学び、東京で勤務したのちUターンして実家の店を継ぐ決断をしました。創業は昭和37年。長く“衣”の店として親しまれてきましたが、この場所はいったん店を閉じ、営業はショッピングセンター「コア」内の店舗に引き継がれます。
その後、元の建物をリノベーションし、2023年11月1日、雑貨とテイスティングカフェ『なんか』として、新しいかたちで再び扉を開きました。

空間は、木造の母屋に鉄骨増築を重ねた構成です。鉄骨梁を見せる意匠や当時の壁材の質感、さらに木部の表情や床レベルの段差など、増改築の痕跡を意図的に残したつくりが魅力です。参加者は、その歴史を抱えた造形の面白さと新しい用途の呼吸を確かめながら店内を巡りました。フレグランスをはじめセレクト雑貨に関心が集まり、お父さまへの質問が相次いでいました。
『なんか』の核にあるのは、“自分自身と向き合う” “健康で健全な美しさ” “新たな価値の発見・創造”。これからに寄り添う“なにか”と出会う店として、家族の歴史を受け継ぎながら、鶴来の日常に静かな光を灯していました。

和乃菓ひろの(空き店舗)

かつて和菓子店として親しまれてきたこの店舗は、現在は近隣への新装移転に伴い、空き店舗として残されています。一同は中に入り、間口や奥行き、光の入り方などを一つひとつ確認しました。
外からも内部が見通せるガラス張りのファサードは、商品が映える見せ方ができるのが特長。午後は西日のコントロールが鍵となり、以前はすだれで光をやわらげていたという工夫に、参加者もうなずきながら耳を傾けていました。

建物は住居兼店舗で、キッチン・トイレ・風呂を備え、室内の状態は良好です。駐車については、移転時にも大きな検討ポイントとなった場所とのこと。近隣での確保の可能性や、歩行者の動線の良さ、鶴来駅(徒歩約5分)からのアクセスと併せた運用設計が話題に上がりました。

Atsushi Ikeda(リノベ店舗)

ここで、午前に回れなかった『Atsushi Ikeda』へ。営業の合間に池田シェフが店先まで出てきてくださいました。金沢で支持を集めた洋菓子店が、2024年6月に焼き菓子とアイスクリームの専門店として鶴来へ移転。古い倉庫をリノベーションした店舗で、新しいファンの心をつかみながら、鶴来にまたひとつ「通いたくなる理由」を生み出しています。

池田シェフの話では、出店地は最初から鶴来に限定していたわけではないとのこと。ただ、この場所に立ったときの手応えや風景が後押しになったそうです。店先では、参加者が輪をつくるように耳を傾け、移転の経緯や鶴来での手応えを確かめる時間になりました。

空き店舗巡りを終えて、休憩

予定より少し早く見学を終えた一行は、雨上がりの街を歩いて『白山市鶴来支所』へ戻ります。ほどなく、もう一組も合流しました。なお、当初予定していた鶴来駅舎の見学は、都合により中止となりました。

 

つるぎトーク

まち巡りを終えた参加者は、鶴来支所でのレクチャーセッションへ。定住支援や空き家活用の事例紹介に加え、先輩移住者・起業家の体験談、補助金や融資制度の案内も行われました。

白山市企画振興部シティプロモーション推進課の梨井淑広さん

白山市の魅力と移住支援メニューを、移住後の生活イメージとセットで解説。住宅や仕事の情報にたどり着く導線、日常圏のサイズ感、相談窓口の使い方までを示し、「移り住んだあと」を具体化する視点を提供しました。

白山市産業部商工課の任田茂幸さん

起業者向け補助金の枠組みと対象経費、申請までの基本フローを整理。事前相談のポイント、見積・計画づくりの進め方、スケジュール管理の勘所に触れ、初めての申請でも道筋が描ける内容でした。

日本政策金融公庫金沢支店国民生活事業・事業統括の金丸幸義さん

創業融資の考え方を軸に、検討段階で整えておきたい事業計画・数値資料(売上・費用の前提、資金繰りの見通しなど)の作り方を共有。「数字で語る準備」の重要性を押さえつつ、相談着手のタイミングも示していていただきました。

先輩事業者の話/紺谷 晋 さん(『guesthouse FUJITA』 代表)

鶴来で商うことの価値を、宿業の実践と地域との関わり方から紹介しました。小さくはじめて育てる視点、まちの催しや人の流れとの接続、日々の運営で心がけていることまで、現場の温度が伝わるトークでした。

鶴来商工会・山内秀明さん

創業前後の伴走支援、専門家相談、物件・家主との接点づくりなど、地元ならではのサポート体制を案内。相談の入り口、書類整備のサポート範囲、他機関との連携方法までを具体に示し、「最初の一歩の踏み方」を描き出しました。

はくさん信用金庫』つるぎ営業部・つるぎ営業部長の平野智之さんが飛び入りで登壇。金融機関の立場からの創業支援と地域連携への姿勢を簡潔に補足しました。

さらに、ツアー同行の『美川商工会』の吉田善幸さん、『白山商工会』の辻秀樹さんからも、それぞれの担当エリアの魅力や起業の近況、空き店舗の概況が共有され、エリア横断の視点が加わりました。
終盤は短い質疑応答へ。居住地と事業地が異なる場合の商工会の相談先についての質問があり、窓口の考え方と相互連携の可能性が確認されました。

記念撮影

ホールで集合写真を一枚。笑顔のまま「ここから先の動き」をそれぞれに確認して、きょうのツアーは終了です。

 

ツアーを終えて

新しい可能性を秘めた物件と参加者、白山市、商工会、金融機関、そして先輩事業者たちが出会い、移住や起業へと続く道筋が一気に具体的に見えてきた一日でした。
参加者は、空き店舗そのものだけでなく、制度の使い方や資金計画の考え方も共有。駅から歩ける範囲のなかに、旧倉庫のリノベーションから家業のアップデートまで、多様な実例が点在していることも、鶴来というまちの魅力として感じていただけたのではないでしょうか。
次にこのまちを訪れるころには、今日めぐった候補地のいくつかに、新しい灯りがともっているかもしれません。そんな静かな期待を胸に、この日の空き店舗ツアーは幕を閉じました。

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