島原半島の南東に位置する長崎県南島原市。南有馬町は、世界遺産「原城跡」などキリシタン文化が息づく歴史スポットや、有明海をのぞむ豊かな自然環境が魅力的な地域です。40年以上の大阪ライフを経て、ふるさとの南有馬町にUターンした安藤洋子さん。移住後にオープンした服と鞄の店「RITZ STUDIO」でお話を伺いました。
「スキルを活かして好きなことをしたい」
南島原での新しいチャレンジ
潮風が心地良い海沿いの道を通って、昔ながらの瓦屋根が連なる住宅街へ。路地に入ると、映画の舞台さながらの瀟洒なアメリカンハウスが目に飛び込んできた。そこは、安藤洋子さんが営む「RITZ STUDIO」。個性的な洋服やカバン、カラフルな生地が所狭しと並ぶショップ兼工房は、安藤さんの住まいとつながっていて、お店のお客さんから友人、移住者仲間まで、いつも訪れる人たちの笑顔で賑わっている。「このお店と家には、自分の好きなものを全て詰め込みました」と、にこやかに語る安藤さん。
デザイナーになる夢を抱いて、高校卒業後に大阪のデザイン専門学校へ。その後、アパレル業界で婦人服等のデザインに携わり、27歳でデザイン事務所を立ち上げて独立。子ども服専門店や量販店、大手通販会社のほか、アメリカのブランドとも契約し、デザイナーとして着実にキャリアを築いていった。慌ただしくも充実した日々の中、安藤さんはふと立ち止まり、これから先の人生に思いをめぐらせる。
「50歳を過ぎて人生の終盤にさしかかり、デザイン以外で何ができるのかなって。いろいろ考えたけれど答えが出ないので、まずはいくつか学校に通ってみました」
そこで選んだのが、カバン、パッチワークキルト、ステンドグラスの学校。「やるからには極めたい!」と、講師の資格を取得するほどに。長年培ってきたデザインの技術と知識に加えて新たなスキルを獲得した安藤さん。次のステップを考えるきっかけとなったのが、学校のオーナーとの会話だった。
「卒業後にどうしたいか聞かれたとき、自分のスキルを活かして好きなことをしたいと思いました。大阪も良いけれど、地元の南島原で新しいことにチャレンジするのも面白いかなって。それまでUターンなんて全然考えていなかったのに、言葉にしたら急に現実味が出てきて。本当に何がきっかけになるかわかりませんね」
60歳になる前に帰ったふるさとは、UターンだけどIターン感覚
60歳を機に南有馬町へ移り住んだ安藤さん。しかし、生まれ育ったふるさととはいえ、実際に暮らすのは40年以上ぶり。土地勘も乏しく、UターンだけどIターン感覚で、移住当初は都会との違いを感じたことも。
「やっぱり車。大阪だと車は必要なかったけれど、こちらでは買い物などに欠かせません。帰ってきてすぐ運転免許を取りました」
また、小さな町で気になる医療環境について聞いてみると、
「大きな病気や怪我をしない限り、内科、歯科、皮膚科、いろいろな病院があるから特に問題ないですよ。だって、ここでずっと生活している人がちゃんと元気に生きているんだから(笑)。ただ、気になるのはお医者さんの高齢化がだんだん進んでいることかな。これは先々の地域の課題かもしれません」と安藤さん。
住まいは、実家の土地を利用して新築した。
「アメリカンハウスを建てるのが夢で、大阪にいるときから南島原の工務店とやりとりしていました。でも、その工務店は日本家屋はお手のものだけど、アメリカンハウスを建てた経験はないから、私のイメージを伝えるために大阪まで打ち合わせに来ていただいていました」
着る人に合わせて服を仕立てるように、家づくりも住む人の感性や居心地の良さが求められる。安藤さんは理想の住まいをつくるべく、アパレルと同様にコンセプトやビジュアルなどをまとめたデザインマップを制作。明るい自然光とアンティークの調度品、豊かな色彩が織りなす開放的な空間は、安藤さんの人柄そのままに温もりと優しさに満ちている。
その居心地の良さに惹かれて、地域おこし協力隊の紹介で知り合った移住者も集まるように。おしゃべりを楽しんだり、パーティをしたり、みんなの憩いの場になっている。
「私が子どもの頃の話をしたりとかね。当時は、中学校の校庭の端っこがすぐ海で、ボールを蹴り落としたら男子が海に入って取りに行っていました(笑)」
安藤さんは移住者仲間の頼りになるお姉さん的な存在。時には、みんなでドライブがてら近くの温泉やサウナに行くことも。九州圏内や、北海道、千葉からも移住者が増えている南島原市。世代を問わず、移住者も地元の人も自然とつながり、仲良くなれるのも、オープンで温かい南島原の気質があるからかもしれない。
技術とアイデアでアップサイクル。
人の想いに寄り添うデザインワーク
安藤さんのお店では、布地や皮革など素材から選んでつくるオーダーメイドの服飾雑貨を製作・販売するほか、古着やカバン等のリメイクも手がけている。作品はInstagramでも紹介されているが、その中でも目を引いたのが、絽の着物をリメイクしたワンピース。
「お客さまから着物の背に入っていた紋を活かした前開きの礼服が欲しいというご相談があったんです。絽の生地は初めて扱うから思った以上に難しかったです」
完成した絽のワンピースは、「見たことがない服」と注目を集め、町の女性たちの間で話題に。
「地元のおばあちゃんがね、旦那さんの形見のジャケットを持ってきて、それをカバンに作り直したんですよ。形あるもの、大事に取っておきたいものは、どうにかしてあげたいなって」と、安藤さん。
ほかの人から見ればただの古着かもしれない。でも、その人にとっては思い出が詰まったかけがえのないもの。人の想いに寄り添い、デザインの技術とアイデアで新たな息を吹き込む。安藤さんのデザインワークからは、単なるリメイクの枠組みにはおさまらない、新しい価値を生み出すアップサイクルの精神が感じられた。
「お客さまの要望を丁寧に聞いて、私なりのデザインに仕上げていく。ずっと今までやってきたことで、相手がアパレル企業でもご近所の方でも同じです」
1着の服、1個のカバンに込められた人の想い。安藤さんの手仕事が、想いをつなぎ、長く愛し続けられる一品へと蘇らせてくれる。
人生の楽しさや豊かさ、夢を持つ素晴らしさを伝えたい
安藤さんのお店では、ソーイングに関することを楽しく学べるワークショップも実施している。
「洋服も、カバンも、パッチワークも、自分が作りたいものは何でもOKです。ペットの服も作れるし、裁縫の基礎や型紙も勉強できます。時々、何のお店?何の教室ですか?って聞かれます」と、楽しそうに教えてくれた。
最近では、南島原市B&G海洋センター主催の環境教育事業の一環としてワークショップを開催。小学校高学年を対象にした講座では、廃棄されてしまうヨットの帆を使ってサコッシュを制作した。ヨットの帆に付いているファスナー部分を活かして裁断した生地を縫い合わせていくが、使用するのはお店にある業務用ミシン。子どもが失敗しても、もう一度トライするように指導し、作業が遅くても完成度をあげていく。
「自分の手で作るというプロセスが大事で、失敗して初めて身に付くこともあります。失敗しても諦めない気持ちが大切です」
南島原の子どもたちにとって、プロのデザイナーとして活躍した経験をもつ安藤さんは格好のロールモデル。小中学校で技術や家庭科の授業が減っている今、子どもたちが、将来ものづくりの職業に目を向けるきっかけになればという思いもあるという。また、今後は、南島原市のふるさと納税の返礼品としてバッグを提供する企画など、地域と関わるさまざまな活動にも取り組んでいく予定だ。
移住して7年、安藤さんにこれからの夢を尋ねてみた。
「子どもの頃の夢はデザイナーになること。大人になってからの夢はアメリカンハウスを建てること。2つの夢を叶えることができました。もう若くはないのでがむしゃらにはできませんが、今後はふるさとの南島原のみなさん、地域の人、移住者さん、子どもたちに、人生の楽しさや豊かさを伝えていきたいです」
常に夢を持っていたいと語る安藤さん。南島原の豊かな自然の中、安藤さんが大好きな居心地のいい空間で、たくさんの人とふれあう時間もまた新しい夢につながるかもしれない。
取材・文:山田美穂 写真:内藤正美
南島原市ってどんなところ?
長崎県島原半島南部に位置し、北は雲仙普賢岳、南は有明海に面しています。人口は2024年1月時点で4万1,560人、面積約170km2。温暖な気候に恵まれている南島原市では、農業・水産業が盛んで、島原みかん、キノコ、アラカブ、エビ、アワビなどのほか、手延そうめんが名産品として知られています。また、日本最初の国立公園である「雲仙天草国立公園」や、「島原半島ユネスコ世界ジオパーク」、そして世界文化遺産である「原城跡」など、貴重な自然環境や歴史文化を有しており、多くの旅行者を魅了しています。
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南島原市 田舎暮らし情報
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