音楽に能登復興への思いをこめて届ける
移住者シンガーソングライター 堀江小綾さん

能登半島地震からの復興を後押しするため、2024年2月、石川県内外のミュージシャン仲間と共にチャリティアルバム『HASERU』をリリースしたシンガーソングライターの堀江小綾さん。このアルバムに込めた思いや被災地の人々のリアルな状況、必要な支援、これからの石川移住などについて、県の移住推進担当者も交え、お話を伺いました。

堀江小綾さん

1980年、京都府生まれ。音楽とアートに溢れる芸術家の親の元に生まれ、3歳からライブハウスに出入りし、気づけば音楽で表現するように。東京でボーカルコーチとして活躍した後、歌い手としての活動も再開。コロナ禍をきっかけに2020年、ギタリストの夫の出身地である石川県に家族で移住し、プロアマ問わず全国のシンガーたちの声と心をサポートしつつ、国内外に音楽を発信している。


能登半島地震から約2ヶ月、現地は今

2024年1月1日16時10分、石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6、最大震度7の大地震が日本を揺るがしました。能登に住む人々や古き良き時代の生活文化が守られてきた能登の趣きある町並みが大きな被害を受けたあの日から約2ヶ月。特に被害が甚大だった輪島市、珠洲市、能登町、穴水町、志賀町、七尾市の6市町を中心に道路や水道、仮設住宅等のインフラの復旧が全力で進められてはいるものの、地域が安らかな日常を取り戻すには、まだまだ時間が必要な状況です。


輪島塗などの伝統工芸の従事者や観光・農林水産業等の自営業者の多くが家や事業拠点を失っており、文化や地域資源の消失も危惧される

仕方なく地元を離れ、金沢市以南もしくは県外のホテルや旅館、親戚宅などで避難生活を送っている方もいますが、「能登に戻りたい、戻る」と、思いが強い方が多いです。集落ごとに伝承されてきた祭りの文化にも窺えるように、能登の人々は地域に深い愛着を持っているのでしょう。


能登地方では各所で今も断水が続き、自衛隊の給水車が水を供給している(2024年3月時点)

 

忘れたくない何かが守られていた愛着の湧くまち、能登

「能登が好きな人なら、愛着が湧く気持ちが分かると思います。私も移住の理由の一つになったくらい能登が好き。結果的には義父の縁があったかほく市に移住しましたが、能登にはほぼ毎月ドライブに出かけていました」と堀江さん。


能登島が好きで、震災前はよく家族で日帰り旅行を楽しんでいた

「能登に入ると時間が突然ゆっくりになるんです。湾状の海はいつも静かで、野生のイルカもやって来る。100年ほど前から続く老舗のお醤油屋さんや、昔ながらの小さな商店、可愛らしいカフェもあり、人々の自給自足的な無駄のない暮らしがある。私にとって能登は、煮詰まったら癒されに行く大切な場所でした」


輪島市にある白米千枚田の夕景。地震により無数の亀裂や落石など大きなダメージを受けた

 

音楽の力を届けたい。想いを集めたチャリティアルバム

堀江さんは地震当日、二人の娘さんと一緒に震源地から離れた県内のショッピングセンターにいて、大きく揺れはしたものの無事でした。かほく市の自宅にも目立つ被害はなかったそうです。

地震から時を置かず1月2日、同じかほく市内に住む造形アーティスト・饅頭VERY MUCHさんが、すぐさま支援活動を開始しました。

「彼女は12月31日まで2022年・2023年に起きた珠洲地震の支援活動をしていて、ようやく活動が終わったところだったんです。でも、すごく行動力があるから、能登にいる仲間から直接状況と必要な物資を聞いて、一刻も早く支援が届けられるように動き出した。私は買った物を彼女に託すぐらいしかできなくて、音楽家としてこういう時に何もできないことに無力さを感じていました」

そんな時、堀江さんの元に届いた大阪のミュージシャン、広沢タダシさんからの打診。

“復興はきっと長期戦になるから、音楽で何か力になることをしないか?”


能登半島地震チャリティアルバム『HASERU』3000円(税込)は、堀江さんや広沢タダシさんはじめ、参加アーティストのライブやオンラインショップで販売中。CDの売上は全額、能登地震の被災地支援に充てられる。東京や大阪でのチャリティコンサートも企画中

「ミュージシャン仲間をたくさん巻き込んで、1曲だけじゃなくアルバムにしよう。配信ではなくCDを買ってもらい、その収益を全額能登復興に寄付しようということになりました。寄付先は、能登の仲間と直接やり取りをしていて支援の届く先が確実に見える、饅頭VERY MUCHさんがリーダーを務める団体「能登半島地震勝手に応援 のっととととの、トットプロジェクト」に決め、約10日間集中して各ミュージシャンがそれぞれに歌やギターをレコーディングし、データをオンラインでやり取りして完成させたのが『HASERU』です」

 

能登に心を寄せ、現地でのライブ活動も開始

アルバム『HASERU』に込めた思いを堀江さんに伺いました。

「私は被災者のひとりではありましたが、このアルバムの制作に参加したアーティストのほとんどは県外の方ですし、買ってくださる方も同様だと思います。離れた場所にいても、被災地の人に“想いを馳せる”ことが、今私たちにできる支援です。私自身がいろいろな方々からいただいたメッセージに励まされたように、多くの人が音楽を聴くたびに能登に心を寄せることは、目には見えないけれど、必ず何かの力になると思います」

『HASERU』の売り上げは3月5日時点で106万2000円に達し、復興活動資金として寄付されます。


堀江さんが初めて被災後の能登を訪れた時

発災から約1ヶ月、アルバムリリースの翌日の2月5日、堀江さんは支援団体の仲間と共に、能登へ歌を届けに行きました。

「現地から“そろそろ歌がほしい”と聞いて、車に物資と一緒に私も積まれてガタガタ道を(笑)。トイレが使えないかもしれないからオムツをはいて」

自分のお店が地震で潰れてしまったにも関わらず、被災地からの情報発信源として地域に必要な物を伝え続ける「DOYACOFFEE」のオーナーさん。行き渡らない炊き出しを、現地のレストランを借りて避難所に直接届ける仲間。三陸や熊本から「助けてもらったお返しがしたい」と駆けつける人々。今自分ができることを精一杯持ち寄って支え合う復旧復興の動きの中、堀江さんは今こそ音楽で元気を届けたいと、「DOYACOFFEE」や現地の古いブティックの一角でライブを行いました。


「DOYACOFFEE」でライブを開催


歌で感情をケアするワークショップも

「命が助かって身の周りが少し落ち着いたら、子どもも大人もお年寄りも、次にほしくなるのは癒しや娯楽。ライブでは年配の方がよく知っている懐かしい歌謡曲などもたくさん歌いました。被災された方の中にもいろいろなタイプの人がいて、『もうあかん』とネガティブになるもいれば、『それでもやるしかないよね!』ってポジティブに踏ん張る人もいる。心中のしんどさは計り知れないけれど、歌や音楽が少しでも前を向く力になれば」


能登高校の特設教室にて子どもたちとワークショップ。石川県内は避難先も含め学校は再開されている

観客からは、「ありがとう。ここまで頑張ってきて良かったと思えた」「明日からまた頑張れそう」などの声も聞かれたそうです。堀江さんは今後も折を見ながら能登でのライブ活動を続けていく他、金沢や他の地域でも、地震によるトラウマや不安を、歌や音楽を奏でることで緩和するようなワークショップを行っていく予定です。


かほく市の「喫茶hibini」にてチャリティライブを開催。輪島からバイオリン弾きの男の子とご家族を招待してセッション。金沢市内の高校の軽音部の生徒たちを自宅に招き、存分にギターを弾かせてあげることも


音楽体験を通じて生きる力を呼び起こす

「うちの娘たちも地震の時は震えていたけど、能登に関わらず、口では『大丈夫』と言っていても、眠れない日々が続いている子どもたちやお母さんたちがたくさんいます。地震以外でも辛いことや悲しいことはたくさんあるし、今の社会や学校の中で『私、辛いんです』と弱音を吐くのは難しい。私は音楽を本格的に始めた20年前から、誰もが思い切り自己表現できるようにすることを自分のミッションに活動をしています。音楽体験を通じて少しでもみんなが自分らしく生きられたら、生きるのも捨てたもんじゃないって思えたらうれしい」と堀江さん。

アルバム『HASERU』の1曲目には、堀江さん自身が歌うベッド・ミドラーの「The Rose」が収録されています。

“思い出して、冬の厳しい雪の下に横たわっている種のことを。

太陽の愛によって春にはバラを咲かせるでしょう”

命のつながりを感じさせてくれる堀江さんの力強く温かい歌声に包まれながら、能登復興に向け心を馳せ、見守り続けていく。音楽を通じて私たちにもできる支援がありそうです。

1月7日、大阪での『HASERU』のレコーディング風景

 

ボランティアの力が必要。移住受け入れも継続

最後に、石川県企画振興部地域振興課 移住推進担当者に、今後の被災地支援の方法や石川県への移住に関してお話を伺いました。

「支援の方法としては、まずは災害ボランティアとして活動いただけるとありがたいです。インフラの復旧や気象条件の緩和が進み、より活動しやすい環境が整ってきており、被災家庭へのニーズ調査も加速し、ボランティアを必要とする場面が増えてくると想定されます。一人でも多くの方にご協力いただけますと幸いです。その他にも、県では災害義援金を受け付けています。

また、このような状況にも関わらず、出身者をはじめとした石川県にゆかりがある方々から、石川県への移住のお問い合わせが想像以上にあります。堀江さんもそうですが、移住者のみなさんはバイタリティのある方が多く、能登でも移住者の方々が地域を力強く支えてくださっており、本県への移住が能登の復興の後押しになると期待されます。移住先としてご案内できる地域は限られますが、県では引き続き仕事や住まい探しなど移住のサポートをさせていただきます」

また、金沢や加賀エリアなどへの観光も、石川県の経済の発展や関係人口への寄与にもつながります。北陸新幹線も延伸するこの春、石川県を旅してみることも復興への一助となるでしょう。

▼堀江さんの活動やコンサートなどの情報はこちら
https://www.instagram.com/sayahorie_/

▼能登半島地震チャリティアルバム『HASERU』購入はこちら
TMR STORE https://geo146764.owndshop.com/items/82954684

▼災害ボランティア情報はこちら
https://prefvc-ishikawa.jimdofree.com/

▼災害義援金情報はこちら
https://www.pref.ishikawa.lg.jp/suitou/gienkinr0601.html

▼移住の相談窓口「いしかわ就職・定住総合サポートセンター(ILAC)」
https://ishikawa-note.jp/supportcenter/

取材・文:森田マイコ


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