【福島県田村市】リアル「WOOD JOB!」関東からの移住で叶える夢。幸せな子ども時代の続きをこの場所で

福島県田村市は、阿武隈高地に位置する山あいのまち。渓流や鍾乳洞などの自然に恵まれた緑豊かな高原都市だ。東日本大震災発生時には一部の地域で避難指示が出されたが、2014年に解除され、現在では9割以上の住民が帰還している。

古瀬希啓(ふるせ・たかひろ)さんは、2021年に埼玉県から田村市に移住し、田村森林組合で働き始めた。都会からの移住で生活は大きく変わったが、毎日が充実していて幸せだという。それどころか、「田村市は自分のすべて」とまで言い切る。田村市の何が彼にそこまで言わせるのか。なぜ彼は移住を決意し、その後の生活は具体的にどんなものなのか。古瀬さんに、田村市への思いを聞いた。

「いつか田村市で生活したかった」子どもの頃の幸福な思い出

移住前、古瀬さんは埼玉県さいたま市に住み、横浜市の児童厚生施設「児童野外活動センター こどもの杜」で動物の飼育員をしていた。主に保育園児や地元の親子連れが遊びに来る施設で、散策したり広場で遊んだりできる他、ポニーやウサギ、モルモット、ブタ、ヤギ、ヒツジなどの動物と触れ合える場所だったという。


飼育員時代の古瀬さん(古瀬希啓さん提供)

ところが、コロナ禍に入って来場者が激減したことで、動物たちを管理し続けることが難しくなり、近所の動物園に引き取ってもらうことに。飼育員として入社していた古瀬さんはこうして職を失ってしまう。

「どうしようかなと考えた時、おばあちゃんの家がある福島の田村市に行きたいな、と思ったんです」

古瀬さんにとって田村市は、子どもの頃から何度も遊びにきた祖父母の家のある田舎だった。夏休みや年末には必ず長期宿泊し、親戚一同集まって遊んだのだという。

「ばあちゃんちが大好きだったんです。いつも、福島に行く少し前からウキウキが止まらなくて。庭でやったバーベキューは今でも鮮明に覚えているし、夜にみんなでやった花火も最高でした。他にも、山の中でカブトムシを取ったり、池で魚釣りをしたり、とにかく楽しい思い出ばかりで、自分にとっての第2の故郷だと感じていたんです。叔父や叔母が田村市で畑と田んぼをやっていたので、いずれは田村市に引っ越して手伝いたい気持ちがありました」


親族とバーベキューでの一コマ。ランニング姿の少年が古瀬さん(古瀬希啓さん提供)

いつかは田村市に住みたい、漠然とそう思ってはいたが、生活基盤は首都圏にある。なかなか行動には移せないままでいた。しかし、ある日のちょっとした偶然がきっかけで、古瀬さんの人生は動き出す。

「山手線に乗っていた時、ふと電車内の広告を見ると、『森林の仕事セミナー』と書いてあったんです。『わあ、めっちゃいいなあ』と思って。その場で申し込みをして、後日、東京国際フォーラムで行われていたセミナーに行きました」

 

WOOD JOB!~田村なあなあ日常~

古瀬さんが「森林の仕事セミナー」に惹かれたのには前触れがある。実は彼は、林業研修プログラムのパンフレットを目にしたことがきっかけで林業の世界に足を踏み入れる少年の青春を描いた映画『WOOD JOB! (ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』(’14)のファンだったのだ。

「劇場で映画を見た時も衝撃で、DVDも買うほど好きだったんです。勇気(染谷将太)と与喜(伊藤英明)のやり取りが大好きで、山の仕事マジで最高だなと思っていて。だから山手線でその広告を見た時、ウッジョブじゃん!と思って即、決めました」

そうしてセミナーに行き、各都道府県のブースを回っている中で福島県のブースを見つけ、田村市にも森林組合があることを知る。

「感動しましたね。運命だと思いました。もうこれは就職するしかないと思って、すぐに連絡先を聞いて見学に行って、試験と面接を受けました」

20214月に田村森林組合に入社すると、経営課に配属され、現在は測量や伐倒のための事前調査、伐倒後の施工管理などを担当している。内勤が多いため、チェーンソーを使って木を切る仕事はまだそれほど経験していないが、林業がどのように成り立っているのか、その全体像を学んでいるところだ。

森林組合で働き始めてから、林業とは危険と隣り合わせの仕事なのだと実感しているという。たとえ熟練者でも、ちょっとした気の緩みはもちろん、切り口の入れ方ひとつで木の下敷きになってしまうことがあるし、枝の切り方を間違えるだけでも、その枝が跳ねて怪我をすることがある。

それでも、林業の面白さ、格好良さに魅了されている。「木を倒す瞬間って、見たことありますか?」と聞く古瀬さんに、ナマで見たことはないと答えると、興奮した面持ちでこう説明する。

「あの瞬間は本当に血が騒ぐんです。直径30センチの木を倒すだけでも、倒した瞬間、ものすごい衝撃が伝わってきて。先輩たちが作業しているその動き、作法を見ているだけでも面白い。一歩間違えたら死に至るかもしれない中、全員が集中していて、ほんとすごいなと毎回思います」

「それから、林業祭というものがあって」と、林業について語る古瀬さんは止まらない。

「年に1回、林業に携わる人が全国から郡山に集まってチェーンソーの技術を競い合う大会があるんです。それがめちゃめちゃ面白いんです。チェーンソー捌きの早さはもちろん、音の迫力がすごい。来場者には耳栓が配られるんですけど、僕はその音も味わいたかったので、耳栓なしで体感しました。圧巻でした」

今度は自分が、みんなにとっての「帰れる場所」を

仕事は楽しく、生活面でもさらに充実感を味わっている。その気になれば毎週末でもキャンプを楽しむことができるし、叔父や叔母の米作りや野菜作りを手伝うのも楽しい。何よりも、山に囲まれた中で暮らすことが気持ち良い。都会に住んでいた頃の趣味も形を変えて継続中だ。

「音楽が大好きで昔からロックフェスにしょっちゅう通っていたんですが、こっちに来てからは、東北最大の野外フェスである『ARABAKI ROCK FEST.』や、郡山で行われる『風とロック』など、以前は行きづらかった地方の大型フェスに行きやすくなりました。行けるイベントはむしろ増えているんです」

また、自然に囲まれた土地でありながら、街の機能がじゅうぶんあることも田村市の特徴だ。

「田村市の中でも船引町のあたりは『街』なんです。大型スーパーがあり、大型書店があり、フィットネスジムがあり、ファストフード店やカフェがあります。生活にはまったく困らないんです。自然と街の両方がありますね」

いずれは祖母の家に住み、かつての古瀬さんにとってそうだったように、親族にとっての「帰る場所」を作りたい。そんな思いを抱くと同時に、このまちの素晴らしさを全国に届けたいという。たとえば、叔父や叔母が作っている米や野菜などの農作物。一度口に入れると、多くの人がそのおいしさに驚く。古瀬さんの感触では、お米の味の違いに驚く友人が多いという。

そんなふうに、福島県には、田村市には、素晴らしいものがたくさんある。そういったものをもっと外に届けたい。そんな気持ちが古瀬さんの中に芽生えてきた。

「自分はよそから来た人間だけれど、田村市には強い思い入れがあります。小さい頃から特別な場所で、ずっと田村市のファンでした。今は、このまちが自分のすべてです。何らかの形で、田村市の、福島県の復興につながることができれば」

住んでいるまちと自分の存在が、分かちがたく結びついている。これほど幸福な移住の例はないだろう。

「子どもの頃に田村市で過ごした時間はかけがえのないもので、今もその続きを生きているような心地です。田村市は自分にとって最高の場所ですね」

文/山田宗太朗 写真/鈴木宇宙

古瀬希啓(ふるせ・たかひろ)さんプロフィール:

1993年、埼玉県さいたま市出身。高校卒業後、東京動物専門学校を卒業。横浜市で7年間動物飼育員として働く。現在、田村森林組合職員として従事。座右の銘は「気合いと根性」。


◎田村市の紹介

「田舎すぎず、都会すぎない豊かな暮らし」
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・自然を生かした農林業を基幹産業しながらも、ドローン等これからを担う新たな産業も活発
・郡山市から車で約30分とアクセスも良く、都市圏に比べ、家賃も比較的低め
・子育て世帯に関わる支援制度が充実

◎田村市の移住相談窓口​

・田村市・東京リクルートセンター
Email:contact@tamura-ijyu.jp
TEL :03-5447-7748
10:00〜20:00 年中無休(※年末年始は除く)
相談対応は事前予約制となりますので、予めメール又はお電話にてご連絡いただきますようお願いします。

・田村サポートセンター
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