地域資源×高校生が生む化学反応
手づくりの教育で、地域に種を蒔く

山梨県富士吉田市 NPO法人かえる舎

NPO法人『かえる舎』では、
地域を題材とした探究学習を地元の高校生に提唱している。
自分たちの町には何があるのか? おもしろそうと思ったことは何か?
興味を掘り下げて行く度に、やってみたいことが増えていく。
ここはもう、つまらない町なんかじゃない。

 

自分たちの町には、本当に〝何もない〟?

山梨県富士吉田市を拠点に活動している
NPO法人『かえる舎』は、高校生と地域をつなぐ自称〝おせっかい団体〟。当時、まだ富士吉田市の地域おこし協力隊の隊員だった代表の斎藤和真さんが、同じく隊員だった赤松智志さんと共に立ち上げた。

「二人とも親が教員だったこともあって、以前から教育には興味があったんです。相談し合っていたわけではないけれど、なんとなくやりたいことを話したら、お互い同じようなことを考えているのが分かって」

発足の経緯について、そう斎藤さんが話してくれた。二人が目指したのは、詰め込み型の勉強教育ではなく、生徒たちの個性や得意分野を生かす種まき活動のようなもの。地域を題材にした探究学習を展開することで、「自分の町の魅力を考え直すきっかけになれば」という思いも込められている。

「地方で暮らす若い世代からよく聞かれるのが、『自分たちの町には何もない』という言葉。でも、決して何もないわけではないと思うんですよ。大切なのは、目の前にある環境を楽しめるかいうこと。『こんな楽しみ方もできるよ』ということを大人が提案できれば、みんなが抱えている『何もない』の呪縛を終わらせられるんじゃないかなって」(斎藤さん)

 

町に根付く文化や歴史を生徒たちにリスペクトしてもらえたら理想だが、かえる舎の実際の理念はもっと軽やかだ。

「地域を選んで生まれてくることはできないけれど、せっかく高校卒業までの十八年間を過ごすのなら、自分たちが暮らす町の楽しみ方を教えてあげたいなって。それがたとえ将来の役に立たないことでも、地域の大人たちとふれ合うことで、十八年間の彩りを少しでも増やせたらなって思っているんです」(斎藤さん)

現在、二人と共に『かえる舎』の活動を行っている渡辺紀子さんも、自身が高校生の時に斎藤さんらと出会い、影響を受けた当事者の一人だ。

「進路で悩んでいる時に、お二人と出会ったんですよ。活動を通じていろいろな町の人たちと会っていくなかで、『私自身もいろいろな人と関わることがしたい』という気持ちが芽生えていきました。高校卒業後は県外の大学に進学し、町づくりについて学んでいたのですが、気づいたらここに戻ってきちゃっていましたね(笑)」(渡辺さん)

渡辺さんも影響を受けたかえる舎の活動内容は、主に〝授業〟と〝部活〟の二つに分けられる。〝授業〟は、「総合的な探究の時間」「課題研究」といった高校の授業の時間を使って行うオフィシャルなもの。〝部活〟は富士五湖地域に在学・在住している高校生を対象にした有志の活動で、主に放課後の時間や休日などを使って行われている。

年間六〇時間を使って取り組む長期プロジェクト型のものもあれば、四時間の授業時間内で実施する〝キャリア教育〟まで内容はさまざまだが、本質的な活動は〝授業〟も〝部活〟も変わらない。この町には一体何があるのかをフィールドワークを通じて見つけ、その中からそれぞれが興味のあるものを深掘り、そしてアウトプットをする—。

 

 

「最初から地域に興味を持っている子なんて、いなくて当たり前。でも、たとえば友達の誕生日をどう祝おうか考えるように、誰かのために主体的に考えるようになることで、次にどんなアクションをしていこうか、見えてくるようになると思うんです」

さぞや活発で積極的な生徒たちが活動を楽しんでいるのかと思いきや、「そんなこともないんですよ」と斎藤さん。

「主体性と言っても、いろいろあって。『自分がやりたいことを頑張る』というのも主体性だけど、『頑張っている人を支えたい』というのも主体性だと思うんですよね。話を聞くのが得意な人もいれば、書くことが得意な人もいるように、輝き方って一つじゃない。みんなのいいところをそれぞれ組み合わせて、一つのアウトプットができればいいんじゃないかなと僕は思っています。学園祭のようなノリで、みんなそれぞれの役割を楽しみながら活動をしています」(斎藤さん)

有志者から成る〝部活〟=かえる組のメンバーは現在二二名。地域学習の授業がきっかけで『かえる舎』に興味を持った生徒たちと共に、日々、地域活動に取り組んでいる。

「とは言っても、こっちの活動も、すごく熱量が高い生徒たち参加しているわけでもなくて。『放課後、つまらないから』『学校の部活をサボりたいから』『友達に誘われたから何となく』とか、ゆるい理由で参加している人も多いんです。自分達的にも『楽しいことをやろうよ!』ぐらいのスタンスでやっているんで、むしろそれぐらいでちょうどいいと思っていますが(笑)」(斎藤さん)

さて、ここからは気になる活動内容の話。『かえる舎』ではさまざまな学校から依頼を受けて、それぞれのリクエストに合わせた〝授業〟を提案しているが、特に反響が大きかったものの一つに「ふるさと納税の返礼品」に関する取り組みが挙げられる。

「『ふるさと納税を通じて、富士吉田市に興味を持ってもらいたい』という市からの要請を受けて、市内の高校でとある授業を実施したんです」と赤松さん。赤松さんは空き家を再利用する別の事業にも取り組んでいる関係で、行政とのつながりが深いのだ。

 

 

大切なのは成果物ではなく、その過程

白羽の矢が立ったのは、定期的に『かえる舎』の〝授業〟を行っていた富士北稜高校。ここには、総合ビジネス系列の中に情報コース、会計コース、流通コース、観光コースの四つのコースがあり、それぞれの学習内容に合わせてふるさと納税の返礼品のPRと情報発信媒体を制作する案が持ち上がった。

「情報コースは、返礼品や生産者の魅力を伝えるための動画を制作。十七人の生徒が三人一組に分かれて、計五つの事業者の動画を制作しました。会計と流通コースは、二九名の生徒が三人一組になって、計一〇の事業者を取材。その内容をまとめたギフトカードを制作しました。生徒たちが自主的に課題やテーマを見つけて取り組む『課題研究』では、返礼品のパッケージデザインもしています」(赤松さん)

なかでも目玉となったのが、寄附者を対象に行う『ふるさと納税感謝ツアー』だ。このツアーはもともと市の職員が行っていたが、「これまでとは違った新たな視点でおもてなしをしたい」という意向から、観光コースの生徒に企画立案が任された。ただ返礼品を送るだけでは、富士吉田市がどんな町で、どんな人たちが作った物なのかが分からない。生徒たちは、一般的な観光スポットだけでなく、初めて訪れた方にも富士吉田市のファンになってもらえるような、隠れた魅力や高校生ならではの視点で巡るツアーを考案。当日の添乗員や案内人も務め、みんなで名産品を食べたり、おりもの工場や農家を訪ね歩き、五〇名ほどの参加者をもてなした。

「当日は大変満足してもらえたんですが、僕らの目的は成果ありきではありません。成果を追求することよりも、そこに行き着くまでの間に、『自分たちで何を考え、どう動いたのか』という〝過程〟をとても大切にしています。たとえば、〝部活〟の取り組みで甘酒づくりをしているのですが、活動の本来の目的は甘酒をつくることでも売ることでもない。地元で育ったお米ときれいな水で作られる甘酒というものを通して、この町のよさやストーリーを知ってもらいたいという思いが根底にあるんです」(斎藤さん)

活動を始めてから約五年。〝授業〟で出会った生徒の数は、合わせて一〇〇〇人を超える。最近では、高校のみならず、中学校や小学校からも〝授業〟の依頼がくるようになった。

「富士吉田市を飛び出した地域外の活動も行っていますが、基本的には現地の大学生に指示を出すなど、裏方に徹しています。だって、そこの土地のことはそこの人が一番分かっているはずでしょう? それに僕たちが参加をしたところで、ずっと一緒に活動できるわけではないし、生徒たちも心を開きにくいと思うんですよね」(斎藤さん)

斎藤さんが目指すのは、先生ではなく、ご機嫌な音楽を教えてくれるレコード屋や古着屋のお兄さん。教師とも親とも違う、〝近所の兄ちゃん〟のような立ち位置で、生徒たちに寄り添いたいと考えているそう。押しつけの教育ではなく、自分たちの目で見て、考え、行動に移す楽しさを伝えるかえる舎の活動。「何もない」と思っていた自分たちの町にも、「退屈だ」と思っていた毎日にも、たくさんの楽しみがあふれていることを彼らは知っている。

「『社会を変えたい』というのは最終的なゴール」と斎藤さんは話すが、高校を卒業後に、地域にいる同世代の人たちを集めて食事やスポーツを楽しむ活動を始めた人や、成人式の準備委員会を立ち上げた人など、自分たちなりに毎日を楽しむ活動を始める人も現れ始めた。『かえる舎』が蒔いた種は、今、各地で少しずつ芽吹き始めている。「人生楽しんだもん勝ち」の精神は、若い世代を、地方を、輝かせる。

 

文/松井 さおり 写真/和田 博

                   

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