会津の三縁起といわれる、縁起物の民芸品を製造している「山田民芸工房」。家族代々引き継がれ、賢治さんで現在5代目となる。
昔ながらの伝統的な製法、張り子を用いて起き上がり小法師を作っているのは、いまや山田民芸工房のみ。製法の簡略化による大量生産、後継者問題、売り上げの低迷など、民芸業界にとって課題はたくさんあるが、今年は特にコロナ渦の影響が大きい。
福島・会津若松市の、伝統民芸の昔と今を伺った。
毎年正月にお供えをする、会津三縁起
会津若松駅よりバスで約10分。木造の風情ある一軒家が、今回取材をした「山田民芸工房」のお店兼工房です。
メインで製造している起き上がり小法師は会津で最も古い民芸品と云われており、約400年前、正月に売り出したのが始まりと伝えられてきました。
大きく重いものも、倒したらちゃんと起き上がる
七転八起=「転んでも転んでも起上る」という意味をもち、いつも元気で働けるようにと健康を願う縁起物。また、家族の人数よりひとつ多く買い、一家繁盛を願うものでもあるのだとか。
子どもがほしい夫婦が起き上がり小法師を買って赤ちゃんを授かったというエピソードもあり、近年、妊活中の人や夫婦が買いに来ることも増えたといいます。
山田民芸工房では、起き上がり小法師以外にも風車と初音(はつね)を製造。いずれも正月に使われる縁起物で、これら3つを合わせて「会津三縁起」といいます。
地元の人は毎年1月10日から行われる初市に行き、三縁起を買うのが風習。会津に古くから伝わる、縁起物の風習なのです。
左 風車/右 初音
手間がかかる製法はどんどん無くなっていった
会津の民芸品のルーツは、会津藩主だった蒲生氏郷が下級藩士に内職で作らせたのが始まり。農家や酒屋の手が空く寒い冬は、民芸品を作って暮らしていたんだそう。
しかし、時代が移るにつれてだんだんと民芸品を作る人が減少。
張り子でひとつひとつ手作業で作る起き上がり小法師も、今は型に流し込んで量産されているものがほとんどで、昔ながらの張り子製法を守って作っているのは福島県内で山田民芸工房だけなのです。
近年では買い求める人も少なくなり、売り上げも減少。新しい人の雇用も難しく、後継者問題、販路のことなど、製造する職人さんたちだけでは手が回らなくなってきているのです。
小さな起き上がり小法師も、9つもの工程を経て作られている
今も昔ながらの張り子で作っているという、起き上がり小法師の製作工程を見せてもらいました。
木型を作り、和紙を張って……おもりを作ってはめて、胡粉と塗料を塗り重ねていく。こうしてやっとできあがった約3センチほどの大きさの起き上がり小法師。
なんと売値が120円〜。
少し安過ぎませんか、と言いたくなるお値段ですが、これでも20円値上げをしたそう。卸し先のことなども考えると、そう簡単に価格改定はできないといいます。
人手不足に加え、主力の販路が断たれる事態
「起き上がり小法師と風車で手一杯で、初音は今作れていないんです。それぞれ手間がかかるので量産できないし、とにかく人手が足りません」とお母さん。
お母さんがこの日作っていた風車。各店、いろいろな装飾をしたものも生まれていますが、山田民芸工房は風車も昔ながらの製法です。
強度のいい餅のりを使って紙を貼り、黒豆の留め具を使う。「まめまめしく、くるくると働けますように」という意味が込められているんだそうです。
ちなみに会津の多くの民芸品は、毎年1月10日からおこなわれる初市に向けて製造。大きく売り上げを作れる機会です。
「1〜10月は起き上がり小法師を作り、11月と12月は風車を作るのが大体1年のスケジュールです。起き上がり小法師は年間で2万個ほど作りますが、ほとんどが初市での売り上げなんですよ。なので1年間、年始の初市に向けて作り溜めておくんです」
しかし、2021年はコロナの影響で会津最大規模の初市である「十日市」の中止が決定。売り上げに大きく関わるイベントの中止に、民芸品の製造元は大きく揺ぎ、戸惑っているといいます。
「年初めの縁起物だから、地元の人や常連さんはお店に買いに来てくれると思うのですが、やっぱり十日市がないのは困りますね……。こうした状況も考えると、手は足りないけれど人を雇うのも怖いです」
十日市だけでなく、今年は出店系のイベントや観光面の売り上げも大打撃。
観光客や修学旅行生を対象におこなっている起き上がり小法師作りの体験も、今年は予約が少ない状況だといいます。
店舗での体験スペース
今年はどの地域・業種も未曾有の事態に振り回された一年だった思いますが、地方の民芸品も同様。地域に根付いた民芸品とはいえ、その売り上げの多くは観光業が支えている現状です。
今後文化と事業を存続させていくために、試行錯誤は続きます。
もっと知ってもらって、興味を持ってほしい
買ってもらうためにも、作り手を増やすためにも、まずは民芸品自体を知ってもらわないといけません。
「もっと製造過程を知ってもらいたいなと思うんです。会津で『ものづくりフェア』というイベントがあって、そのイベントではいろんな民芸や工芸の作ってる姿をその場で見てもらうことができるんですが、そのような機会が増えるといいなと思います。直接会えば、どんな意味があるどんな物かがちゃんと伝えられますし」
しかしイベントができない今、動画やSNSで知ってもらう必要があるのかもとお話しされていました。
まずは知ってもらうこと。認知度が広まれば、おのずと「私も作ってみたい」と思う人が出てくるかもしれません。
起き上がり小法師を大事そうに愛でるお父さん
最後に、民芸品を作ることは楽しいですか? と伺ってみました。
「うーん、もう何十年も毎日やってるからなあ」と苦笑いしながらも、「神様に供えるものだからね。特に今年は、転んでも起き上がっていこうという気持ちで作っている」とお父さん。
「誰かを励ます仕事、神様の仕事だと思っています。買ってくれた人がまた良い一年を過ごせますようにと思いながら作っているけれど、自分も起き上がり小法師を作りながら勇気をもらっている。とてもやりがいを感じています」とお母さんもお話ししてくれました。
---取材を終えて
小さい頃から見ていた親の仕事を、時が経って自分が携わるようになり、また次の世代に繋いでいく。
作るものや毎日に大きな変化はなくても、時代や生活が変わったことに合わせて対応していかなければ、自分たちも食べていけず、文化自体が衰退してしまう可能性もあります。
でも、こうした答えのない問いや壁はきっと、昔の人たちも乗り越えてきたもの。大事にしてきたことはそのままに、少しずつ工夫やチャレンジを加えながら、新しい時代に対応してきたのだと思います。
これは民芸だけじゃなく、社会、事業、家族、個人。すべてに言えることなのかもしれません。