都市部からの移住先として人気が高い長野県。
「長野県」と言っても、山深く広い面積を持つ県だけあって、中信、南信、北信、東信とエリアによって個性はまったく異なります。今回はそのなかでも、新幹線で約70分と最も東京に近く、降雪・降雨量の少ないという点で移住しやすいとされる、東信・佐久地域(11市町村)のうち、立科町、佐久市、小諸市、御代田町の4市町を2日間かけて巡りました。
今回のツアー参加者は、フリーランスで仕事をする国際カップル、就学前のお子さんを持つご家族、すでに他府県に移住経験のある方、早期リタイアも含め移住検討中のご夫婦でした。世代も移住に求めるものも異なる顔ぶれですが、4市町の特徴が色濃く出たツアーでは、それぞれ移住で何を優先するかのヒントを得たようでした。
今回のレポートでは、各市町ごとにご紹介していきます。
高原リゾートか子育てしやすい里エリア。どちらも魅力の立科町
まず初日に訪れたのは立科町。地図で見ると、南北に26キロあり、砂時計のように真ん中がくびれた町域が特徴的です。北側の里エリアには学校など町の機能が集約されており、美味しいリンゴの産地として知られています。一方、南側は北八ヶ岳の麓となり、白樺湖や女神湖、スキー場などがある高原リゾートエリアとなっています。それぞれ東京へのアクセスも、北側は北陸新幹線と上信越道、南側は中央本線と中央道と異なります。
▲里エリアの住宅街を散策。高いビルもなく、のんびりとした雰囲気。
今回は子育て世代に暮らしやすさを体感してもらうという目的もあり、北側の里エリアを訪問。ここには行政機能を始め、教育施設は保育園と小中高が各1校、スーパーマーケットなど商業施設もコンパクトにまとまっています。
このエリアには町公社による分譲地、「野方宮地ヶ丘団地」と呼ばれるところがあります。移住ステップのひとつに住宅問題がありますが、都会と違って、整地された分譲地を見つけることがなかなか難しく、空き家バンクなど中古物件を探す場合も希望どおりにいかないことも多いので、こういった取り組みはポイントが高い!
バスでの移動中には車窓から学校を見学し、教育が充実していることをPR。給食は自校給食(センターではなく校内施設で調理)で、特産の蓼科牛が出される日もあることや、高校では郷土愛が強い長野県内でも唯一「蓼科学」という地域の専門家を招いた開放講座が開かれていることなどが紹介されました。
昼食に訪れた「ふるさと交流館 芦田宿」では、移住後の就労のひとつとして、テレワーク環境が提供されており、そちらも見学。おためし移住体験住宅&テレワークを通じて、暮らしをイメージできるような環境を町では提供しています。懇親会では、先輩移住者を交え、長野大学の学生によるプレゼンテーションや、ざっくばらんに意見交換や質問を行いました。
▲おためし移住体験住宅を訪問。自転車もあり、里エリアをじっくり回るのにおすすめ。
先輩移住者に「この町に暮らしてよかったことは?」と質問すると、「虹が180度のアーチを描いてかかっていたのをみたとき、ささいなことだけれど本当にいい環境に暮らしているんだなと思いました」との答え。移住に関しての条件などは他地域と比較できますが、この実感はまさに住んでみないと感じられないものです。
▲町の魅力を紹介するプレゼンテーション
ドクターヘリが空を飛ぶ!地域医療を支えるかなめの佐久市
1日目の午後は佐久市へ。北陸新幹線佐久平駅がある、この地域での中核となる都市です。「このツアーでは移住のいい点だけではなく、悪い点もお伝えします。それでも佐久がいいというかたに来てもらえれば」と自身も移住者である市職員がバスガイドを務めました。
佐久市は平成の大合併を経て4市町村が合併したこともあり、ひとつの市とは言っても、旧市町村の色合いが残り、エリアによって利便性や町の雰囲気が異なるとのこと。道中、中部横断自動車道の開通に併せて造られた道の駅「ヘルシーテラス佐久南」に立ち寄りながら、東京へのアクセスのよさについてなど説明を受けました。
特に移住希望者を驚かせていたのは、人口約10万人のうち、約2割の人が医療従事者という点。ドクターヘリが待機し、高度な救急医療に対応できる「佐久医療センター」があることはいざというときに心強い限りですが、それ以上にこの医療従事者人口の多さは、訪問診療の手厚さにも直結しているのです。
これは「農民とともに」という信念の元、戦後この地域の無医村への出張診療などを行ってきた医師・若月俊一氏の影響によるもの。佐久市の地域包括センターには専門の職員がおり、高齢者への見回り体制などシステムが完成されていると言われています。そのため高齢化過疎化の問題を抱える全国の自治体からも視察が相次いでいるのです。
バス一行はその地域包括の好例でもある「うすだ健康館」へ向かいました。ドアが開くと、アロマのいい香りが! この日はセラピストによるアロマトリートメントが行われていました。1階はカフェや包括支援センター、市民が自由に憩うことができるスペースが用意されており、2階には運動ルームや、保育士が常駐して育児相談などで未就学児の親子をサポートしています。子供からお年寄りまで地域で支え合う環境が整っていました。
▲「うすだ健康館」には、高齢者だけでなく子育て世代にも心強いスタッフが常駐。
健康館では先輩移住者を囲んでの懇親タイム。参加者からは、浅間山の噴火リスクや寒冷地ならではの光熱費問題、空き家バンクの実態、地域社会への溶け込み方など、質問が続々。時に厳しい答えが返されるなど“リアルな移住後”の話を聞けたことで、移住先に求めるだけではなく、どう暮らすかは自分次第だという気づきを得たようでした。
▲高度医療の先端基地「佐久医療センター」も見学。一刻を争う事態に備えドクターヘリなど万全の体制が敷かれています。
アイデア次第で可能性は無限。レトロ建築の宝庫・小諸市。
降雪の少ない佐久地域ですが、このツアー開催日は小雪が舞う2日間となりました。2日目は午前中に小諸市へと向かいましたが、町歩きとあって信州の底冷えを体感した参加者のみなさん。
小諸市は江戸時代は小諸藩の城下町、そして北国街道の宿場町として栄えてきました。その名残りが今も駅周辺の町並みに色濃く残っています。最初に訪れたのは、大正時代に建てられた「山崎長兵衛商店」。装飾がほどこされた木造モルタルの建築は当時の栄華を伝えてきましたが、取り壊しの危機に瀕していました。それを救ったのは、地域おこし協力隊として着任した石川実さん。何と自ら建物を買い取ってしまったのです!
▲「山崎長兵衛商店」を案内する石川さん。宿泊施設など再活用への夢が膨らみます。
5棟からなる建築群は、中庭あり和室ありモダンな洋室あり。障子や欄間などいずれも現代では造ることが難しいであろう凝ったものばかり。石川さんはここを観光交流の拠点とし、宿泊・飲食・ミニ博物館など、複合的な施設として再生させるために奮闘しています。
▲新しい図書館はサインシステムもわかりやすく、自習学習も快適にできる空間になっていました。
▲「小諸動物園」ではポニーなど触れ合える動物も。子供たちもその近さにびっくり!
その後は小諸城址の「懐古園」やフレンドリーな動物たちがいる「小諸動物園」を散策。2015年に建てられた小諸市庁舎と図書館を巡りました。これらすべてが徒歩圏内にあり、レトロな建物を活かした移住後の暮らしと仕事ーーアトリエやカフェ、ショップとしての活用ーーをイメージした参加者もいたようです。昼食を兼ねた地域おこし協力隊との懇親会では、1808年創業の歴史を誇る「丁子庵」で蕎麦を堪能しました。
▲やはり長野と言えば蕎麦!先輩移住者の話を聞きながら、美味しくいただきました。
何もないけど、便利な隣町がある御代田町。
最後に訪れた御代田町を案内してくれたのは、地域おこし協力隊で名古屋から移住した20代女性。車内のプレゼンで「御代田は静かでいい町だけど何もないです!」といきなりカミングアウト。「軽井沢に行けばアウトレットでショッピングができて温泉もあるし、佐久に行けば医療には困らない」と言い、車で30分圏内の近隣市町の力を借りるという戦略(!)を披露しました。
▲移動中のバス車内で町のことを紹介。車窓からの見学は町の規模感はつかみやすい。
これには思わず、参加者からも笑いがもれつつ、その手があったか!と膝を打った模様。ひとつの市町村ですべての条件を満たそうとするのは困難ですが、移住先選びを「エリア」として捉えることで、ぐっと移住へのハードルが下がる可能性が高くなるのです。
最初に訪問したのは「浅間縄文ミュージアム」。縄文時代には長野が日本でいちばん人口が多かったという話など、発掘された土器や展示などを見ながら、縄文時代の研究家として著名な館長の堤 隆さんに案内してもらいました。
▲縄文人と弥生人の顔の違いについて、子供にもわかりやすく解説する堤さん。
その後は地域住民と都市部に住む人との交流の場として造られた「信州みよたクラインガルテン大星の杜・面替」へ移動してのプレゼンテーションタイム。先の「何もない御代田」についての思いを語りました。本当は町内に大きな公園やスーパーマーケットもあり、何もないわけではありません。ただ「暮らすのにちょうどいい町」ということを表現したかったそう。その結果として、人口は増加しており、19歳以下の割合が多く、2045年の予想では長野県で最も人口減が少ない地域というデータが出ているとのこと。こういった一見分かりづらいポイントも、長く暮らす移住先を見極める上で大切かもしれません。
▲浅間山を望む「信州みよたクラインガルテン大星の杜・面替」。冬なので畑はさみしかったですが、夏は新鮮な野菜が育てられています。
夏だけではわからない、冬の佐久地域を体感。
午後には雪もやみ、浅間山の山頂も姿を現して、普段の佐久地域の冬景色に。
「涼やかさが快適な夏だけでなく、雪の少ない佐久エリアの良さを知ってもらおうと思ったのですが……」と各市町の担当者がちょっと困り顔になってしまった、まさかの小雪が舞う中でのツアー。でも子供たちは大喜びし、大人も佐久地域の魅力だけでなく、冬の厳しさも体感できたよう。
各市町のナビゲーターがすべて移住者ということで、目線も参加者に近く、ざっくばらんな話を聞くにはよかった模様。移住者に大人気の某地元スーパーマーケットもツアーに組み込まれるなど、短い時間でしたが“移住後のリアルライフ”を感じ取ってもらえたようでした。
文・写真:村岡利恵
お問い合わせ先
【小諸市】 商工観光課 0267-22-1700
【佐久市】 移住交流推進課 0267-62-4139
【御代田町】企画財政課 0267-32-3112
【立科町】 企画課 0267-88-8403