群馬県南西部に位置する南牧村は、山あいを流れる清流のほとりに古民家が点在し、昔懐かしい風景が広がる山村だ。かつては養蚕やこんにゃく栽培で栄え、今も地域のあたたかいつながりが息づく。この地に移住し、自然農園「まほらま」を営みながら、音楽イベントやアート活動を通して地域を盛り上げる五十嵐亮さんを訪ねた。
五十嵐 亮さん
神奈川県→南牧村(2013年移住)
神奈川県横浜市出身。29歳の時に自転車で日本一周の旅に出発。4年かけて各地の農家を巡り、32歳で南牧村に移住し、地元の女性と結婚。「百姓学」という考え方の下、農業だけでなく多様な創造活動を通じて、生産者としての生き方を追求中。
午前6時。
土間に差し込む朝の光。
コーヒーの湯気とともに、一日が目を覚ます。
住んでみると、村の中には、農業について知りたいことが驚くほどたくさん詰まっていると気づきました。土地に合った作物を育てたいので、村の人たちから「これがうまい」、「あそこの土はこれがよく育つ」といった話を聞きながら作付けをしてきました。
冬場の仕事の干し芋づくりも、気づけば10年続けてきました。今では地域の方々から多くの予約をいただき、毎年全量が完売するほどになっています。つくり方を教わって試行錯誤しながら続けてきた中で、特に心に残っているのは、何十年も干し芋を食べ続けているおばあちゃんに「今まで食べた中でいちばんおいしい」と言ってもらえたこと。地元の人に喜んでもらえることが何よりうれしく、農業を続ける大きな励みになっています。

荒れた畑を耕し、農業に真摯に取り組むうちに、村の人から「ここも使ってみないか」と声がかかり、農園は始めた当初の約3倍に広がった。
――移住のきっかけを教えていただけますか?
五十嵐さん|農家になるために、自転車で日本一周をしながら、北海道から沖縄まで全国各地の農家を訪ねて農業を学ぶ旅を4年間続けていました。旅を終えた後、都心から遠すぎない場所で農地とDIYができる古民家を探して見つかったのが南牧村だったんです。
古民家は南牧村が運営する「古民家バンク」で探しました。内見しに行くと、機械を置いたり、作業したりするのに便利そうな土間があり、家の裏手には長らく使われていない傾斜地の畑もありました。


――どんな環境の畑を理想として探していたのですか?
五十嵐さん|地元の横浜で、同級生が自然栽培の野菜を扱う八百屋を営んでいて、飲食店の知り合いもいたので、そうしたところに卸して生計を立てようと考えていました。そのためには、自分なりのブランドをつくる必要があると思い、100%南牧村の山の土だけを循環させて育てる野菜づくりができる土地を探していたんです。
ここの畑は何十年も放置されていたおかげで、農薬や肥料が抜け、ニュートラルな状態に戻っていました。「100%南牧村の土で育てた野菜」というブランドで勝負できると思い、ここに決めました。実際に栽培してみると、1年目から野菜がよく育ち、「これはいける」と思いました。


――そもそも、なぜ農業や自然農に興味を持ったのでしょうか?
五十嵐さん|もともと手に職を付けたくて、建築系や造園業など職人の仕事に就いていました。最後に勤めたエスニック雑貨の会社では、天然の素材に触れる機会が多く、次第に自然や第一次産業への関心が芽生えていきました。
そんな折、一人旅で訪れたタイで出会ったバックパッカーや農業経験者の方々から、「日本では文化や産業から人が離れ、食や伝統工芸が衰退している。日本の課題は地方にある」という話を聞き、深く胸に響きました。そこから消費する側ではなく、生産する側に回りたいと思うようになりました。



南牧村の自然に包まれながら一人黙々と作業に打ち込む時間が大好きだと話す五十嵐さん。
五十嵐さん|自然農との出会いは日本一周の旅の途中でした。北海道で1年間、自然農法や有機農法を実践する農家に住み込みで働かせていただく機会があり、農薬や化学肥料を使わず自然の力だけで作物を育てる農業の奥深さに惹かれたんです。
私が育った横浜の郊外では、子どもの頃はまだ田んぼや水路が残っていて、ザリガニやドジョウ、ホタルもいましたが、開発が進むにつれてそれらは姿を消し、市街地に変わってしまいました。幼い頃から「壊れた自然は元に戻らない」と聞いて育ちましたが、自然農法によって生態系が蘇ると知り、面白い!と思いました。
それ以来、食を生産しながら生態系も良くしていく農業をやりたいと思うようになったんです。

「自然農園まほらま」では、東京・代々木上原のカネタベーカリーのみなさんとともにオリジナルの小麦を栽培している。
――日本各地の農家を巡る中で得たという「百姓学」とは、どんな考え方なのでしょう?
五十嵐さん|「百姓学」とは、昔の百姓の生き方に学ぶ考え方です。
かつての百姓たちは、野菜を育てるだけでなく、農閑期には物をつくったり、直して売ったりして、さまざまな技術を持って生活を成り立たせていました。彼らは自然や環境から得た恵みを上手に生かして地域に還元することで、持続的な循環を生み出していたんです。そうやって暮らしと環境の調和を保ちながら、より良い地域社会をつくり出していくことも、百姓の大切な役割だと思います。これが私の考える「百姓学」です。
――百姓のように、農業以外にもいろいろなことをされているのですね。具体的にはどんなことを?
五十嵐さん|今は野菜づくりで目一杯ですが、旅をしていた時にはちぎり絵をつくってお礼に渡していましたし、音楽やイベントを企画することも好きです。
南牧村は過疎地で同世代や若い人が少ない。人が増えるためには、若い人たちが集まって暮らし、新しいカルチャーが生まれ、居心地の良い場所になることが必要だと思っています。だからこそ、音楽イベントやアート活動を通して、若い世代がこの村に関心を持ち、訪れてくれるきっかけをつくってみようと思いました。


五十嵐さん|音楽イベントはこれまでに2回実施しました。旅先で知り合ったミュージシャンや環境系などの舞台装飾も手がけているアーティストを呼び、竹で舞台を演出したりして、コンセプトを持って開催しました。お客さんも総勢120人くらい来てくれましたよ。


――奥さまとは移住後に知り合ったとか。
五十嵐さん|はい。移住してしばらくした頃、私がテレビに取り上げられたことがあったんです。ある日、歯医者に行ったら歯科医師をしていた彼女のお母さんから、「あなた、どこかで見たことがある。テレビに出ていた農家の人ね」と。
その後、ご縁があって彼女が働く歯医者に卵を配達するようになり、お母さんから「娘に畑を手伝わせて、光合成させてやって」と言われ、畑に来てもらううちに仲良くなって結婚しました。

休日には、家族と川遊びに出かける。3歳の娘さんは自然の中を駆け巡りながらすくすくと成長中。
――南牧村での暮らしを通して、ご自身の中で変わったと感じることはありますか?
五十嵐さん|たくさんありますが、一つ挙げるなら両親との関係の変化ですね。大人になって家を出てからは、親のことはあまり考えていませんでした。でも、この村では親子のつながりが濃くて、父親や母親と息子がよく話していたり、一緒に仕事をしたりする姿をよく見かけ、はっとさせられることがあります。特に結婚してからは、親を気にかけるようになりましたね。
実は、12月に私の両親が南牧村に移住してきました。私が音楽や自然を好きになったのは、母が花一筋でやってきた人で、父が音楽のレコーディング・エンジニアだったことが大きいと思います。南牧村での生活を話したら、「そっちの環境でレコーディングできたら面白そうだ」と父が言い出して、スタジオを作る計画が進んでいます。父は70歳になりますが、「これからは思い切り好きなことをやりたい。これまで培ってきたものを若いミュージシャンに伝えて、村のために何かできるなら本望だ」と言っています。


――いろいろな活動をされていますが、次に考えていることはありますか?
五十嵐さん|南牧村でジビエ事業を始めた友人がいて、猟をして鹿肉を加工・販売しています。彼らと連携して何か新しい取り組みができたら面白いと思っているんです。
この村には、野菜も果物も肉も卵も小麦粉も揃っています。そこに泊まる場所や、アート、イベントといった文化的な要素が加われば、この村に興味を持ってくれる人も増えるかなと思っています。人生をかけて、そんな循環をつくっていきたいですね。
それから最近、古いお茶工場と稚蚕飼育場の跡地を借りました。とても趣のある建物で、オーナーから「若者が集う文化的な場所にしてほしい」と言われていて、ギャラリーや音楽イベントができる文化拠点にしようと計画しています。父が音楽機材のセッティングができるので、アーティストとシェフを招き、音楽と食を楽しめるイベントを構想中です。
木造トラス構造が残る旧稚蚕飼育場。音楽と食、そして人が交わる新たな文化の舞台へ。
五十嵐さん|今までは農家になるために無我夢中でしたが、これからは農業の合間に「いつかやりたい」と思っていたことを少しずつ形にしていきたいと思っています。年を取ってからでは遅いかもしれませんからね。できることを広げていきたいです。
編集後記
五十嵐さんが実践する「百姓」という営みは、まさに創造の連続。自然農や干し芋づくりにとどまらず、音楽イベントやアート活動など、多彩な表現を通して地域の人や自然と深くつながりながら、次々と新しい価値を生み出しています。
もし、そんな生き方に少しでも心が動いたなら、まずは五十嵐さんのイベントに参加してみることから、移住の一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
ぐんまトリビア
南牧山村ぐらし支援協議会
村内の空き家活用による移住促進に取り組む協議会で、五十嵐さんもメンバーの一人。「古民家バンク」をはじめ、仕事や暮らしの情報、地域の民話までをアーカイブ。南牧の魅力を知るうえで欠かせないウェブサイトだ。
大日向のひとぼし
南牧村に残る、群馬県内でも最大級の火祭り。毎年お盆頃に開催され、大日向橋に掛かる大迫力の炎の輪が夏の夜を彩る。火とぼしの麦わらには、「自然農園まほらま」で栽培した小麦のわらが使用されている。