小中学生が家族のもとを離れて自然豊かな場所に暮らし、地元の学校に通いながら野外活動や地域交流などを体験する「山村留学」の取り組み。上野村の「かじかの里学園」で働く小金井 菜都さんは現在、山村留学中の10人の子どもたちと一緒に暮らしている。
小金井 菜都さん
島根県→上野村(2023年移住)
千葉県出身。大学卒業後、会社員を経て23歳の時に島根県の離島で離島留学の子どもたちと暮らす指導員の仕事につく。山に近い場所で暮らしたいと27歳で上野村へ移住し、山村留学の子どもたちと生活を共にするように。
午前11時。
学園の子どもたちとサツマイモを収穫。
どうやって食べようか?
作戦会議は今日もにぎやか。
子どもたちには「ナツさん」と呼ばれています。私はいわゆる“先生”ではなくて、都会から上野村へ山村留学に来た子どもたちが生活する「かじかの里学園」で、指導員として一緒に生活しています。今は小学4年生から中学2年生までの子どもたちとのにぎやかな日々。川遊びをしたり、畑で収穫した野菜をみんなで食べたり、村祭りに向けて太鼓を練習したり……。ここでしかできないことを一緒に体験しています。

離島留学や山村留学の指導員として7年目。卒業生がはるばる会いに来てくれることもある。
――山村留学の子どもたちと、どんなふうに暮らしていますか?
小金井さん|朝は子どもたちを学校へ送り出してから、事務作業や掃除、洗濯などを済ませます。夕方、子どもたちが帰ってきたら宿題を見たり、みんなで夕食を食べたり。週に1回程度、宿直もあります。
週末は、私たち指導員がレクリエーションを企画して遊ぶんです。登山が趣味の私はアウトドア担当。みんなで山に登ったり、サイクリングをしたり、夏は川遊びにも。近くを流れる神流川がすごくきれいで、天然のウォータースライダーや飛び込み台は子どもたちに大人気です。

学園の近くを流れる神流川は最高の遊び場。川底が見えるぐらい透明度が高く、魚が泳ぐ姿も見えるほど。

子どもたちと登山。山野草の名前を教えたり、動物の足跡やフンを観察したり、自然の豊かさと厳しさを学んでいる。
小金井さん|学園の畑で子どもたちと育てたナスやジャガイモで料理をし、みんなで食べるのも楽しみの一つ。庭ではニワトリを飼っていて、この間ヒヨコが生まれたので、子どもたちと世話をしています。かわいいですよ。

学園の庭で子どもたちが育てているニワトリの小屋。卵をもらうほか、子どもたちは生きた学びとして雄鶏をさばいて料理するところまで体験する。
――どうしてこの職業を選んだのですか?
小金井さん|大学時代に島旅をした時、自然の壮大さと、都会では当たり前のことが当たり前ではない生活に衝撃を受けました。一度は就職しましたが、「人生で一回は離島で暮らしてみたい」と移住を考えるようになりました。とはいえ、こうした地域の求人は医療などの専門職がほとんどなので、自分には難しいかなと思っていたところ、島根の離島で山村留学ならぬ「島留学」の取り組みを知って。子どもたちと一緒に暮らす指導員の仕事を知り、これだ!と思ったのがきっかけです。
この仕事の面白さは、子どもに教えたり、叱ったりする場面で自分の素の姿が表れるところ。人として試されているような気がして、いつも本気で向き合っています。

子どもたちが過ごすリビングルーム。工作に夢中になったり、読書会やうどんづくりを楽しんだり、いつも活気にあふれている。

リビングルームの入り口に飾られているのは、野生のアナグマのなめし皮。学園の庭で亡くなっていたアナグマを子どもたちと一緒になめしたのだそう。
――離島から、なぜ上野村へ?
小金井さん|離島で暮らして、田舎暮らしがすごく肌に合うなと感じたんです。もともと小さい頃から山が好きだったこともあり、次は山のそばで暮らしてみたいと思うようになったんです。そんな時に「かじかの里学園」の求人を見つけ、移住を決めました。
ここは群馬県内だけでなく、長野の山にも行きやすいので、休みの日は山登りによく出かけます。日帰りできる谷川岳はすごく景色がきれいで、車で2時間弱の距離であの絶景を楽しめるなんて贅沢だなと実感しますね。この夏は「八ヶ岳を全部歩く」をテーマに、山小屋を利用しながら何日も山で過ごして、すごく楽しかったです。



谷川岳に登った時の写真。母の影響で子どもの頃から山が好きで、日常的に登山を楽しんでいる。
――上野村で暮らすなかで、「ここが好きだな」と思うところは?
小金井さん|ご近所付き合いが多いのは好きなところですね。道でばったり会って話したり、「これ持っていきな」と野菜をもらったり、何気ないけれどあたたかいやり取りが日常的にあるんですよね。今年結婚したのですが、仲の良いご近所さんがサプライズで食事会を開いて、クラッカーを鳴らしてお祝いしてくれて。親戚とも友達とも違う関係だけど、外から来た私を気さくに受け入れてくれる空気は、都会にはないものですね。上野村は昔から林業が盛んで外から働きに来る人が多かったので、おおらかに受け入れる気質があるのかもしれません。
それから、“あるものでつくる”という暮らし方に触れて、これこそが本当の豊かさなんだと感じました。村に商店はありますが、スーパーまで車で40分かかります。昔はもっと不便だったと思います。だから村では自分で野菜をつくったり、野菜を干したり、漬け物にしたりして保存食にすることが当たり前。身の回りにある物を生かして暮らしを楽しむ知恵や工夫が残っているのは、田舎ならではの魅力だと思います。
――村の人はどんな雰囲気ですか?
小金井さん|先ほどの話にも通じますが、「自分たちでなんとかする」という気持ちを持っている人が多いと思います。都会だと地域のことにあまり関わらなくても暮らせますが、上野村ではみんなが地域のことを自分ごととして考えているんです。
例えば、昔から受け継がれている獅子舞の行事をどうやって守っていくかを、30代や40代の移住者も一緒になって話し合ったりします。私もお祭りに参加していて、今年の獅子舞では笛を吹くことになりました。村の歴史の中でも女性が笛を担当するのは久しぶりだそうで、伝統を受け継ぎながら時代に合わせて変化していると感じます。
――住まいはどうやって見つけましたか?
小金井さん|村にアパートはないので、村役場に相談して村営住宅を紹介してもらいました。当時は一人暮らしでしたが、なんと2階建ての庭付き戸建て。村営住宅なので選ぶことはできませんが、築20年ほどで住みやすく、家賃も手頃なのがうれしかったです。ただ、民間の不動産会社と違ってやり取りがスローペースなので、洗濯機や冷蔵庫を買おうにも設置場所のサイズが直前まで分からず、ちょっと大変でした(笑)。

食堂に飾られているのは、子どもたちが卒業制作でつくった木彫りのカレンダー。
――地域の行事を通して、人とのつながりも生まれますか?
小金井さん|毎年、村民体育祭やバレーボール大会があって、区対抗で盛り上がります。メンバーが少ないと負けちゃうから村民ほぼ全員参加で、みんな本気なんですよ(笑)。徒競走で自分たちの区の子が走ると、わーっと歓声が上がったりして。
行事の後は何かにつけて打ち上げがあるので、人と知り合う機会は意外と都会より多いかもしれません。夫も登山友達も、みんなそうした行事をきっかけに知り合いました。

村民体育祭の様子。子どもから大人までほぼ全村民が参加し、区のチーム対抗で盛り上がる。
――山へと暮らしの場が変わって、新しくできた趣味や日課はありますか?
小金井さん|朝や仕事終わりの夕方に、家の周りを散歩する時間が好きなんです。畑に実る野菜や山菜、道ばたの花に春を感じたり、木の実がコツンと落ちる音で秋の訪れを知ったり。四季の移り変わりを色濃く感じるようになりましたね。
この間は林道の山椒の木の実が赤く色づいていて。「取っていいよ」と言われたのでもらって帰りました。すりつぶして麻婆豆腐にかけたら、とてもおいしかったです!

小金井さんの散歩コースからの眺め。山々の色や花、山菜から季節の訪れを実感している。
――これから取り組みたいことはありますか?
小金井さん|いま私は、教育委員会で村民の意見を聞くプロジェクトに委員として参加しています。村の方々と向き合って話すと、「こんなことをやってみたい」と面白いアイデアを持っている人が本当に多いんですよね。ただ、役場も手一杯で、ひとつひとつを形にするのは個人が立ち上がらない限り難しいと感じています。それでも、村民同士がつながり、アイデアや技術を持ち寄ることができれば、実現の可能性はもっと広がるはずだと思っています。自分の「やりたいこと」を形にできれば、「ここは自分の村だ」という思いも自然と強くなり、暮らしがもっと楽しくなるはずです。そんな未来をつくりたくて、任された役割の中で精一杯できることをやっていきたいと思っています。
編集後記
小金井さんの話には、どの場面にも“人とのつながり”がふとした形で表れていました。子どもたちとの日常、ご近所さんとのやりとり、村のこれからを語り合う仲間たち――そうした関係性のひとつひとつが生活と地続きになり、村の未来を思う力へと結びついているように感じられました。
一方で、小金井さんは「地域には、大なり小なり独特のルールがあるものの100%受け入れなくてもいい。新しい環境に適応することと、自分らしさを大切にすること、その線引きも大事」とも語ってくれました。そうしたしなやかな姿勢こそが、新しい風となってこの村に眠る可能性をそっと押し広げていくのだと思います。
村民の声を聞くプロジェクトを通して見えてきた、村の人々の「やってみたい」という小さな芽が、これからどのように育っていくのか、その続きが楽しみです。
ぐんまトリビア
回覧板について
「村の回覧板は情報量がすごいんです」と小金井さん。地区の掃除の日程や行事のお弁当の申し込み方法など、地域のあれこれが詳しく書かれた回覧板は、生活に欠かせない重要メディア。そんなアナログな部分も、田舎暮らしの魅力なのだそう。
神流川について
学園の近くを流れる神流川は「平成の名水百選」に選ばれ、清らかな水で育ったアユは香り高く美味しいと評判。夏には「川の駅上野」で獲れたてのアユの塩焼きを味わうことができ、来場者に人気だ。