やりたいことよりできること
一歩ずつ積み重ねる八郷の町おこし

茨城県で活動を起こしたい人を支援するプログラム「STAND IBARAKI」。2020年8月から2021年2月にかけて、茨城県庁主催・茨城移住計画の企画運営で行われました。応募のなかから活動を評価された7組には活動資金が提供され、MVPを獲得した3組は複数のメディアで紹介されます。この記事では、最終プレゼンテーションで審査員6名と視聴者から支持され、見事STAND IBARAKI賞を受賞した「八郷留学(やさとりゅうがく)」をご紹介。代表の原部さんにお話を伺います。


(左から)神生さん、原部さん、綿引さん、井上さん。現在は7名のメンバーと地元のクリエイターで活動をしている

『八郷留学』プロフィール
“暮らしも遊びも物語も、作るのは全部きみだ” をコンセプトに、茨城県石岡市(旧八郷町)で活動中。週末の1泊2日、夏休みの1週間を中心に、里山での自然体験を提供。地元の有機農家やきこり、作家の協力を仰ぎながら、子どもたちに自然とともに生きる術を伝えている。今後はゲストハウスの立ち上げなどを予定。型にとらわれず、八郷の関係人口を増やす取り組みをおこなっていく。

 

何もないと思っていた地元は、豊かさに溢れていた

都会で暮らす子どもやファミリーを対象に、里山での自然体験を提供する『八郷留学』。代表の原部さんを発起人とし、2020年8月にスタートしたプロジェクトです。

拠点は茨城県石岡市。旧八郷町に位置する、『きこりの森』を中心に活動しています。


きこりの森へは車が便利だが、バスでもアクセスが可能。バス停「小塙台」から徒歩1分

入り口にある『こんこんギャラリー』は、八郷の里山に関わる有志作家によって、2002年に作られた施設。地元民や移住者の協力によって運営され、地元作家さんの作品展示場所として使われています。


こんこんギャラリー。約2週間に1回、展示の内容が変わる

八郷近辺は「にほんの里100選」に選ばれ、筑波山麓に茅ぶきの民家が立ちならぶ風情ある地域。しかし、一帯にある里山や森はうまく活用されていないといいます。

「昔のように里山に人が入らなくなり、耕作放棄地が増えてるんです。きこりの森も、10年以上放置されている場所でした。現状はこうした場所にソーラーパネルや分譲住宅が作られてしまうばかりで……」

長い目でみて、自然に反した使われ方をしてしまっているのが現状。豊かな里山を残しながら、もっとおもしろく活用する方法はないかと、原部さんは感じていたそうです。


代表の原部さん

代表の原部さんは、八郷生まれ八郷育ち。東京の大学に進学し、イタリア留学、メーカー、商社での勤務を経てUターンをしました。

しかし、地元に特別な想いはなく、“むしろ何もない地元が嫌いだった”と話します。自然に関する仕事がしたかったわけでも、地元の八郷にUターンするつもりもなかったといいますが、どんなきっかけで八郷留学の立ち上げに至ったのでしょうか。

「勤めていた東京の会社を辞めることになり、会社の寮を出て、一時的に実家に戻ったんです。また東京で職を探す予定だったんですが、せっかく八郷に帰ってきたので地元の今を知ってみようと思い、八郷のキーマンが集まってそうな『ブックカフェ えんじゅ』に行ってみたんです」

そこで、八郷にUターンをしたという熱心な市役所職員との出会いが。この縁が転機となります。

「その市役所の方は、八郷在住の作家さんや魅力的な人たちを紹介してくれたんです。それだけでなく、話のなかで生き方や考え方を考え直させられるほどの影響をもらいました。一度『やりたいことよりできることだよ』と言われたことがあって。その瞬間は腹落ちしなかったんですが、結局そこから、“地元の八郷でできることをやってみよう”と思い、今に至ります」


メインの活動場所であるきこりの森。子どもたちが安心して遊べるよう、自分たちでフィールドを作り上げた

以降、こんこんギャラリーのオーナー、きこりや林業関係の方、後にワークショップで教えてくれることになる様々な作家さんたちと、どんどん縁が広がっていきます。

「そのなかで、八郷の里山と出会った方々ができることを組み合わせて、自然体験を提供したらいいんじゃないかと思ったんです。遊びに来たくなるようなコンテンツを作って、子どもたちが心躍る“ワクワク”でラッピングして。僕自身は自然のプロでもないし、そういった暮らしをしてきたわけでもない。僕がやっていいのかと葛藤もあったんですが、市役所の方や出会いに背中を押された感覚です」

やると決めてからは、あれよあれよと事が進みました。

同時期にたまたまUターンを検討していた友人や、地元の仲間、元地域おこし協力隊員を集めます。きこりの森を開拓して遊べるフィールドを作り、良いタイミングで募集をしていたSTAND IBARAKIに申し込みました。

予期せぬ形で、しかし、たくさんの偶然やタイミングが重なり、八郷留学は始まったのです。

 

誰のものでもない森で、自由に遊ぶ楽しさを伝える

活動を始めて8ヶ月。これまで訪れたゲストは60名以上。受け入れメンバーや、ワークショップで教えてくれる作家さんなど、運営に関わった人は40名近くにもなります。

絵本・ぐりとぐらに出てくる大きなカステラを作ったり、自分たちで木を切って箸やコップを作ったり。『暮らしも遊びも物語も、作るのは全部きみだ』のコンセプト通り、主体性や、子どもたち自らが手を動かすことを大事に、毎回異なる留学内容を準備しているそう。


 取材日、みんなで鉄の板から作った大きなフライパンでタコスを振る舞ってくれた


箸を作るための木を切っているところ。留学でも、危ない作業は大人が手伝いながら、極力子どもたち自身で作業をする

「毎回来てくれている小学四年生の男の子が、『キャンプとかいっぱい行ったことあるけど、ここは自由だから良かった!』と言ってくれて。わかってるね〜と嬉しくなりました(笑)」

自然のなかで一から作りあげるワクワク感と、何をしてもいい自由さ。子どもが子どもらしくあれる自然な風景に、思わず周りの大人たちもリラックス。温かい目で見守ります。


提供写真:撮影 三浦奈央


提供写真:撮影 三浦奈央

「例えばヨガ講師の方がいたら森でヨガをやるのもいいですし、今後もいろんな形が作れると思います。近々開催予定で準備を進めているのは、子どもたちだけで参加してもらう留学体験。木と落ち葉で作った寝床で寝てもらうんですが、夜は真っ暗だし泣き出しちゃう子もいるかもしれないですね(笑)。仲良しの女の子4人組の申し込みもあり、僕たちも楽しみです」


木を切り、きこりの森内に新しい小屋を立てるそうだ

森スタッフとして関わる井上さんは愛知県出身。学生時代、アートイベントで八郷に訪れたことを機に、そのままきこりに弟子入り。現在は製材業に関わる一方、八郷留学の活動に参加しています。

「木を切ってお金にするにも、森の開拓や運搬などの経費がかかり、赤字になるケースが多いんです。そうした課題もあり、僕の親方は森の新しい活用法をずっと考えていました。きこりの森も、開拓して名前をつけて運営しているけれど、僕らは場所をお借りしているだけ。自然の森は、誰のものでもありません」


本業は広報PRの仕事をする綿引さん。原部さんと同じ中学で、同時期にUターンをしたこともあり、八郷留学の広報を担っている


農業高校の教員として働く神生さんも、中学の同級生。一度留学を手伝ってもらった際の俊敏な動きを見て、原部さんからコアメンバー入りを依頼した

 

柔軟に、その時にとってのベストで動きたい

「今は自然体験をメインにやっていますが、あくまで第一歩です。元々自然事業がやりたかったというよりも、地元・八郷の関係人口を増やして盛り上げたいという、町づくりの思いが根底にあるので。今後も形に捉われずにやっていきたいです」

未来の構想を持ちながらも、できる範囲のことから始まった八郷留学。始めてみてから、自然体験でスタートして良かったと思えたんだそうです。

「森のなかで子どもたちが楽しそうにしている姿って、誰が見ても良いなと思えるんです。都会の人から見ても良い光景だし、地元の人もすごく応援してくれている。みんなに共感してもらいやすい自然体験から初めてよかったと思っています」

直近で準備しているゲストハウスも、まずは一般開放をせず、八郷留学に来てくれた子どもたちが泊まれる場所として営業を始める予定だそう。

今後の夢や目標はあるのでしょうか。

「決して思い付きでやっているわけではないのですが、確固たる一本の道筋を信じているわけでもありません。現状を把握し、課題を見つけて、計画を立てて実行する。それを繰り返しながら、その場の最適解を見つけていくしかないと思っています。そのために、いろんな可能性を視野に入れながらやっていきたい。教育、観光、農林業、人材など、いろんな側面を絡めて総合的にできることを考えたいですし、今後関わってくれる人によっても変わっていくと思いますね」

八郷の未来にとっての最善策が何なのか、ちょっとやそっとでわかるものではないといいます。緻密な計画や明確な目標を立てるよりも、柔軟に、常に“八郷の現状”を見つめながら、意味のあることを行っていきたいと話してくれました。

 

“やりたいことよりできること”

 

八郷の未来を見据えながら、ゆっくりと一歩を進めていく彼ら。

移住への関心が高まる今、自然と近い暮らしを求める人も多いでしょう。自然豊かな里山を味わいに、一度八郷に足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

ーーー取材後記

「世の中では、目標に対して計画を立て、それに向かってコツコツと積み上げることが良しとされているよね。でも、目の前の現実を見ながら行き当たりばったりで進んでいくほうがよっぽど地に足ついてない?」

これは、きこりの森に関わる人に原部さんが言われた言葉。この言葉を聞いて、自分のなかの何かがひっくり返されたといいます。

何かを始めるにあたり、夢とか目標、思想は大事。でも、まずは自分にできることをやってみる。やりながら考え、目の前の人や縁を大切にしていく。

影響を受けたことや教えをすぐさま吸収し、ていねいに、かつパワフルに実行に移していく原部さんと八郷留学のみなさん。その姿はリラックスしていて無理がなく、自然という言葉がとてもよく似合っていました。

 

STAND IBARAKIhttps://standibaraki.jp/
八郷留学https://www.yasatoryugaku.com/
└ Instagramhttps://www.instagram.com/yasatoryugaku/

 

文章:古矢 美歌
写真:黒崎 健一

                   

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