茨城県常陸太田市で果樹園「晴陽(せいよう)」を営む堀口剛さん。福岡県出身で、歯科技工士、バーテンダー、ダイビングインストラクターなど、さまざまな職業を経験したのち、妻の故郷である茨城県に移住しました。
2016年から2年間、常陸太田市の地域おこし協力隊として梨の栽培を一から学び、任期終了後に就農。常陸太田市の特産品である梨と向き合い、県内外へ積極的に足を運んで栽培技術を磨きながら、独自の栽培方法を確立していきました。
終始笑顔を絶やさず、軽妙な語り口が印象的な堀口さん。移住を決めた理由や就農までの道のり、梨づくりへのこだわり、そして地域での暮らしについて語ってくれました。

果樹園「晴陽」の園主、堀口剛さん。
福岡、沖縄、そして常陸太田へ。家族と育てる、1ヘクタールの梨園
市内5か所に点在する堀口さんの梨畑は、合計1ヘクタール(約3000坪)。いずれも知人から借り受けた農地です。
「私と妻と、小学校6年生の息子と4年生の娘。家族4人だけで梨を育てるには、このくらいの規模がちょうどいいんです」と堀口さん。
子どもたちも両親の手伝いをするうちにひと通りの作業を身に付け、今では頼もしい農園の担い手です。
「そうは言っても、無理に農家を継がなくてもいいんです。自分のやりたいことをやるのがいちばん。私もそうでしたから」。
堀口さんは子どもたちを眺めながらこう言って、からからと笑います。

ちょうど農園では、梨が小さく実をつけ始めたところ。この時期に行うのが「摘果」という作業。生育の良い実を選んで残し、生育が不十分な実を摘み取ることで、一つひとつの実に栄養や水分が十分に行き渡るようにします。
堀口さんは1973年生まれ。手に職をつけようと歯科技工士の道へ進みましたが、仕事に追われる日々が続いたといいます。
「私は中学生の頃からバンドを組んで音楽漬けの毎日を送っていました。でも、就職してからは、楽器を演奏する時間もすっかりなくなってしまって。これは自分らしくないなあ、と思ったんです」
そこで心機一転、バーテンダーに転職。シェーカーを振る合間に、店のステージでサクソフォンを吹いてジャズを演奏するようになりました。「福岡でトップになる」という意気込みで取り組み、やがて5店舗のバーを経営するまでに。その後は、海に魅了されて、ダイビングインストラクターとして福岡から沖縄に移住。6年ほど暮らした頃、第二子の妊娠をきっかけに妻の「地元に帰りたい」という思いに応えて、一家4人で茨城県へ移り住みました。
「どこで何をやっても生きていける。大事なのは、自分の人生を楽しむこと。そして、新しいことに挑戦する気持ちです。まあ、うまくいかなかったら、また福岡に戻ってやり直せばいい」
そんな思いを胸に、初めての東日本での生活が始まりました。

ふたりの子どもたちも幼い頃から梨とともに育ってきました。両親とともに手塩にかけて育ててきた梨を前に笑顔がこぼれます。
移住から始まった、理想の梨を追い求める日々
茨城県への移住を決めた堀口さんが、たまたま目にしたのが、常陸太田市の「地域おこし協力隊」の募集でした。
「仕事は何でもよかったんです。でも、農業には以前から憧れがありました。米でも果樹でもいいと思っていました」
そうして出会ったのが、常陸太田市の特産品である梨でした。
地域おこし協力隊として活動した2年間は、地元の梨農家に弟子入りし、栽培を一から学ぶ日々。師匠の勧めもあり、県外の梨農園にも何度も出向き、多様な栽培方法や考え方に触れました。
「果樹栽培には、ちゃんと理論があるんだと実感しました」と堀口さん。
地域の風土や気象条件を考慮しながら、肥料を与えるタイミングや量を調整し、枝木の剪定や摘果を行う。そうした一つひとつの作業の積み重ねが、自分のイメージ通りの梨づくりにつながっていくと堀口さんは言います。
地域おこし協力隊を1年早く退任し、自らの梨農園を始めることを決意した堀口さんは、常陸太田市からの紹介もあり、国の「新規就農者等育成総合対策経営開始資金」の制度を活用。農機具の購入など初期投資がかさみ、「貯金を使い果たした」と言いますが、就農支援の制度があったことで、借金をすることなく農業を始めることができたそうです。

堀口さんの梨畑は、枝を整理しているため、陽がよく差し込みます。風通しも良く、病気が発生しにくい環境が保たれるため、木への負担が少なく、長く実を付け続けられる健全な樹に育ちます。
現在も、堀口さんは学んできた理論をもとに、試行錯誤を重ねながら梨づくりに向き合っています。
「うまくいくときも、いかないときも、必ず理由があります。1年うまくいったからといって、翌年も同じやり方で通用するわけではありません。ただなんとなく育てるのではなく、理論に基づいて管理し、結果を検証して、次につなげる。そのためにも、毎日じっくり梨の様子を観察することを大切にしています」(堀口さん)
堀口さんが目指すのは、木に過度な負担をかけない栽培です。枝木をすっきりと剪定し、実の付き具合を見ながら肥料も必要最小限に抑え、一つひとつの梨をおいしく育てています。
「収穫量を無理に増やさないので、パートさんを雇わなくても家族だけで手が回ります。肥料も、おそらく一般的な梨農家の10分の1くらいしか使っていません。枝木が込み合わないので木も健康ですし、病気や害虫の被害も少なく、農薬も最低限で済みます。その分、コストも抑えられるんです」
施肥のタイミングを工夫することで、実のえぐみをなくすことにも成功。その味わいは年々評判を呼び、今では収穫量の約9割が直売で売れる人気ぶり。道の駅などに出荷するのは、ごく一部だといいます。
「うちの梨をおいしいと思ってくださるお客さまに買っていただけるのが一番です。そのうえで、きちんと利益が出るような農業を続けていきたいと思っています」

茨城県のオリジナル品種「恵水」。大玉で糖度が高く、豊かな香りと酸味が少ない深い甘みが特徴。
持ち前の人懐っこさと行動力で、地域に根を張る
生粋の九州人を自認する堀口さんは、常陸太田市に移住した当初、地元の人との気質の違いに戸惑うこともあったといいます。
「こちらの方は穏やかで、のんびりとしていますよね。私は前職がダイビングインストラクターだったので、日焼けもしていて、少しチャラチャラしているように見えたかもしれません(笑)」
そんな堀口さんが移住後に意識したのは、自分から積極的に地元の人と関わることでした。
「すぐに距離を詰めるのは得意なんです。博多弁も気にせず使います。見た目はこの通りですが、やるときはちゃんとやる。まずは自分の人間性を知ってもらうことが大事だと思っています」
地域おこし協力隊の2年間で、堀口さんのキャラクターは少しずつ地域に浸透していきました。そして任期を終えるころには、「梨畑を任せたい」と声をかけてくれる人も、自然と現れるようになったそうです。
「地元のみなさんに、本当にお世話になったからこそ、ここまでやってこられました。私は運がいいんです」
そう語る堀口さんですが、その「運」を引き寄せた背景には、自ら地域に飛び込み、人とのつながりを大切にしてきた積極的な姿勢がありました。飾らない人柄と行動力が、地域との信頼関係を築き、新たな挑戦への道を開いていったのです。

現在、梨畑では「恵水」を含めて4品種を栽培。品種を絞ることで手間を最小限に抑えています。
無理なく続ける農業と、家族で楽しむ常陸太田の暮らし
移住から10年を経て、堀口さんは梨農家としての暮らしをすっかり確立しています。平日の作業は午後4時まで。土曜日はお昼まで。日曜日はお休み。自分たちが無理なくこなせる面積や方法をきちんと定めることで、プライベートの時間もしっかりと確保しています。
「この仕事は、働き方を自分で決められるのがいいですね。農家というと、朝から晩まで働くストイックな仕事というイメージがあるかもしれません。でも、やり方次第でこういう生き方もできるんです」
常陸太田市で音楽仲間もでき、夜な夜なセッションを楽しんだり、ときには子どもたちと一緒にステージに立つことも。
「娘はボーカル、息子はドラム、私はサクソフォン。お小遣い程度ですが、ギャラももらっています(笑)」。
家族そろってアウトドアも大好き。休日には茨城の海で泳いだり、サイクリングを楽しんだり。冬には福島県の磐梯山周辺へスノーボードへ。那珂湊マリーナから友人と船で釣りに出かけることもあるそうです。
「常陸太田は周辺の地域も含めて自然に恵まれているので、遊びがいがありますね。暮らしていて本当に楽しい場所です」
常陸太田ライフを満喫している堀口さんの当面の目標は、65歳まで畑を頑張ること。
「まだまだ梨づくりは奥が深いです。納得のいくまで研究を続けて、もっといい梨を作っていきたいですね」
本気の仕事、夢中になれる趣味、そして大切な家族との時間。常陸太田市で咲かせた堀口さんの豊かな人生は、これからも深みを増していきそうです。

ゴールを決めて突っ走るのが堀口さんのスタイル。「農家って、やればやるほど果てしない。どこかで線を引いたほうが自分は頑張れる。いまは梨が面白くてしょうがないです」。
常陸太田市の就農支援制度
常陸太田市では、市内で新たに農業を始める方を対象に、さまざまな支援制度を用意しています。就農準備から経営開始、設備導入まで、活用できる最新の支援制度をご紹介します。
新規就農者等育成総合対策経営開始資金
独立・自営での就農を目指す認定新規就農者のうち、45歳未満の方を対象とした支援制度です。次世代を担う農業者として意欲的に就農する方に対し、年間165万円(夫婦で就農する場合は年間247.5万円)を最長3年間交付します。
就農者等家賃助成金
常陸太田市外から移住し、市内で就農する方、または就農を目指して市内農家で研修を受ける方を対象に、家賃の一部を助成します。
・助成額:月額2万円(家賃が2万円未満の場合は実費)
・助成期間:最長24か月
UIJターン就農奨励金
常陸太田市外から転入し、市内で就農するにあたり就農認定(認定農業者・新規認定就農者)を受けられる方を対象に、奨励金を交付します。
・奨励金額:1人あたり20万円
・交付方法:交付決定時と6か月経過後に、10万円ずつ交付
中古農機具購入事業費補助金
市内で就農する方が中古農機具を購入する際、その費用の一部を補助します。
・補助率:購入費の2分の1以内
・補助上限額:50万円(千円未満切り捨て)
軽貨物車両購入事業費補助金
市内で就農する方が、軽トラックなどの軽貨物車両を購入する際、その費用の一部を補助します。
・補助率:購入費の2分の1以内
・補助上限額:50万円(千円未満切り捨て)
農耕用免許取得補助金
市内で就農する方で農作業に必要な免許を取得する際、その費用の一部を補助します。
・補助率:費用の4分の1
・補助上限額:大型特殊免許2万円、けん引免許2.5万円
就農相談窓口
・常陸太田市(農政課 農業振興係)
就農相談、青年等就農計画の申請窓口、各種補助金等の情報提供など
TEL:0294-72-3111(内線:615)
・茨城県常陸太田地域農業改良普及センター
就農相談、就農計画作成支援など
TEL:0294-80-3340/0294-80-3341
▶️ 常陸太田市の就農支援についての詳細はこちらのページをご覧ください。
◆関連情報
観光果樹園検索アプリ『KAJUAL』

梨やぶどうの生産が盛んな常陸太田市では、便利な観光果樹園検索アプリ「KAJUAL(カジュアル)」を配信しています!
市内の果樹園の営業状況や在庫状況をリアルタイムで確認でき、マップアプリと連動したルート案内機能も付いているため、初めて訪れる方でも安心です。
KAJUALのダウンロードページは、下記のURLほかスマートフォンや市ホームページからも案内しています。スマートフォンをお持ちでない方も、市ホームページから果樹園情報を確認できます。
▶️『KAJUAL(カジュアル)』ダウンロードページはこちら

常陸太田市地域おこし協力隊
常陸太田市では、地域おこし協力隊員を受入れ、地域の皆さんと連携を図りながら、各々のミッションを通じて、地域の活性化を目指す取組みを進めています。
▶️ 詳細はこちら
取材・文:渡辺圭彦 撮影:内田麻美