美濃和紙とうだつのあがる町並み、岐阜県美濃市
岐阜県美濃市は、江戸時代より、和紙を中心とした商業都市として栄えてきた。「うだつの上がる町並み」として知られる市街地は当時の趣を残し、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。すぐ近くに緑深い山々と清流・長良川があり、文化や歴史と自然を感じられるまちだ。
そんな美濃市が、今年度の地域おこし協力隊の募集を開始。
募集するポストは、ミッション型の「空き家コンシェルジュ」と「観光プロデューサー」を1名ずつと、フリーミッション型1名。「空き家」「観光」と分野に特化した募集をすることから、美濃和紙やうだつの上がる町並みなど豊富な地域資源を持っている美濃市が、その資源を活かしたまちづくりに本格的に力を入れ始めた証だと言えるかもしれない。
本記事では、今回の募集に至った背景や想いを市の担当者や観光協会に聞くとともに、実際に美濃市に移住して該当分野で事業を行っている民間事業者にも、美濃市で活動する魅力を聞いた。
多くの地域資源が眠る「穴場」
2018年に総務省が行った「平成30年住宅・土地統計調査」によると、美濃市には1,280戸もの空き家があり、その数は年々増え続けているという。美濃市総務部総合政策課課長補佐の篠田啓介さんは、「これだけたくさんある空き家を、どう利活用すればいいのか」と頭を悩ませる。
「市内には空き家のマッチングを行うNPO法人もありますが、それだけでは手が回らず、移住希望者からの問い合わせにも適切なご案内ができていない状態です。もっと戦略的に、空き家を利活用したいんですが……」
左:渡邊貴彦さん(美濃市産業振興部美濃和紙推進課係長)、中:坂口あゆみさん(一般社団法人美濃市観光協会事業推進係長)、右:篠田啓介さん(美濃市総務部総合政策課課長補佐)
空き家と聞くと、田舎にぽつんとある一軒家を想像されるかもしれない。もちろん美濃市にも集落に点在する空き家はいくつかあるが、目立つのは、市内の中心部である「うだつの上がる町並み」の中にある空き家たち。かつて繁栄を競った商人たちが使っていた広くて奥行きのある物件は、「家」というよりは「屋敷」という言葉の方が似合う。
東西に2筋、南北に4筋の横町からなる町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定され、今でも江戸時代から続く歴史的景観が残る。その区画に、酒屋や紙屋、史料館などの他、リノベーションされたホテルやカフェ、さらには民家が並んでいる。
江戸時代から続く「小坂酒造場」の中。この奥に蔵がある。国の指定重要文化財
築150年の古民家をリノベーションした「はっぱすたんど」は、日本の伝統文化である「おちゃとうつわ」を現代のライフスタイルに落とし込んだブランドHAPPA STANDの旗艦店
「博物館的な古い町並みではなく、そこに人が住んでいて、生活感がある町並みです」
そう篠田さんが言う通り、商業や観光に振り切った区画ではなく、それらと人の住処が混在しているのが美濃のまちの最大の特徴だ。その合間あいまに空き家がある。そうした空き家をどのように使うのか。住宅なのか、商業施設なのか、そのための改修費はどれくらいなのか。そういったことを、行政や地元のNPO、建設業者等とともに考え、推進することが、「空き家コンシェルジュ」には求められる。すでにある地域資源をどう有効利用するかが求められるポストだとも言えるだろう。
その点では、「観光プロデューサー」にも似た部分があるかもしれない。
美濃市には「うだつの上がる町並み」に加え、ユネスコ無形文化遺産に登録された「本美濃紙」の手すき和紙技術、世界かんがい施設遺産である「曽代用水」、世界農業遺産である「清流×長良川の鮎」といった3つの世界遺産がある。また、春には「花みこし」で有名な「美濃まつり」が、秋には和紙とうだつの上がる町並みがコラボした「美濃和紙あかりアート展」があり、どちらも市の人口を超える集客がある。
美濃和紙あかりアート展(岐阜県美濃市提供)
さらには、清流・長良川ではカヌーやサップなどの川遊び、BBQなどが楽しめ、近くには日本を代表するボルダリングエリアである瓢ヶ岳と片知渓谷(通称:フクベ)があり、市全体が自転車ロードレースの世界大会「ツアー・オブ・ジャパン」のステージになるなど、さまざまなアクティビティが楽しめ、観光資源が豊富だと言える。
長良川にて、SUPなどを楽しむ人々
美濃市観光協会事業推進係長の坂口あゆみさんは、「美濃市の観光を強化していくためには、マーケティングやデータ分析が必要になると感じています。」と語り、美濃市産業振興部和紙推進課係長の渡邊貴彦さんは「美濃和紙をはじめ素晴らしい地域資源た多くあるので、プロモーションやブランディングができれば、更なる可能性があるのでは」と語る。
「正直に言うと、他の市町村の観光施策と比べると対応できていない領域も少なくありません。そこをチャンスと思って、手伝ってもらえたら」
歴史的風致維持向上計画の重点地域に認定される平成24年(2012年)以前、美濃市は商業地だった。歴史的に観光地ではなかったことが、市の観光施策を遅らせているのかもしれない。逆に言えば、地域おこし協力隊の観光プロデューサーとしてはやれることがたくさんある、ということでもあるだろう。
「一緒に楽しみましょう!」
美濃市の地域おこし協力隊に求めるスキルは、コミュニケーション能力とフットワークの軽さだという。「同じ岐阜県でも、高山や郡上、下呂などにはすでにたくさんのプレイヤーが活躍されています」と渡邊さんは続ける。
「そうしたまちに比べ、美濃はまだこれからなので、活躍の場が豊富で、自己実現しやすいと思います。それでいて、うだつのあがる町並みや和紙など、地域資源があって個性がある。穴場だと思います」
\募集中の仕事内容/
その①:空き家コンシェルジュ
美濃市の空き家コンシェルジュとして、以下の空き家利活用・移住促進業務に従事して頂きます。・空き家所有者との調整による物件の掘り起し
・空き家所有者と移住希望者のマッチング
・移住希望者と地域を繋ぐ機会の創出
・空き家の利活用や移住を推進する施策の企画・運営
・空き家・移住のポータルサイトの運営
・SNS等を通じた地域の魅力・情報の発信等
その②:観光プロデューサー
美濃市の観光コーディネーターとして、以下の様な観光活性化業務に従事頂きます・地域内観光事業者の連携強化
・和紙漉き等の体験型観光コンテンツの造成・集客
・新たな観光プロモーション施策の企画・運営
・美濃和紙あかりアート等、既存の観光イベントの集客強化・提供価値向上
・SNS等を通じた地域の魅力・情報の発信
・観光の目玉になる地域産品の開発等
▼美濃市 地域おこし協力隊募集ページ
http://www.city.mino.gifu.jp/pages/54975
「美濃はやれることが多い」その理由は?
「穴場」という感覚は、実際に美濃市で事業に携わる民間事業者も感じているようだ。
「みのシェアリング株式会社」の橋元麻美さんは、「美濃には、やれることが山ほどあります」と言う。
橋元麻美さん(みのシェアリング株式会社)
橋元さんは、東京で貿易関係の仕事をしながら地方暮らしに興味を持ち、複数の移住体験ツアーに参加。岐阜県郡上市に惹かれるようになるも、なかなかやりたい仕事が見つからず、移住に踏み切れないでいるうちに、美濃市でシェアオフィス「WASITA MINO」がオープンすることを知り、「みのシェアリング株式会社」に入社。2021年に美濃に移住した。会員だけでなく地域の方々にもシェアオフィスを活用頂く為、お茶会やヨガ、ビアガーデン、1日限定図書館イベントなどを行うことによって、地域とのつながりを生む役割を担っている。
「郡上はすでにいろんなことを起こしているプレイヤーが多いので、今さら突出したスキルのない自分が入っても役割は少なさそうだなと思いました。でも美濃にはまだそういったプレイヤーはあまりいないから、いろいろやれることがありそうだなと感じて。実際に移住してからも、やれることだらけだと感じています」
まちごとシェアオフィス「WASITA MINO」は、築150年の長屋を改修し2021年夏にオープンした。うだつの上がる町並みの片隅に位置し、通り向かいには民家が並んでいる。
「美濃は家とお店が混在していて、店の裏に住んでいる人も多いんです。そこが、高山のように店と住む場所が分かれている場所との違いですね。だからこそ、美濃では住民とお店両方の意見を汲み取る調整スキルが必要とされます。まちなかには魅力的なお店と共に空き家も集合しているから、空き家に関する仕事も、点ではなく面で勝負できる。ゼロからのスタートではないと思います」
また、古民家をリノベーションした分散型宿泊施設「NIPPONIA美濃商家町」の運営をはじめとした美濃のまちづくりを行う「みのまちや株式会社」で広報をつとめる平山朝美さんも、「美濃には若い人が少ない背景もあるのか、何でもやらせてもらえる環境があって、それがすごくありがたかった」と言う。
「良い意味で『都会から来た』という色眼鏡で見てもらえるんです。『それが都会の感性か』みたいな感じで、提案も通りやすかったり」
平山朝美さん(みのまちや株式会社)
平山さんは東京でアパレル関係の仕事をしていたが、森林文化アカデミー(美濃にある、森と木に関するスペシャリストを養成する専門学校)に夫が入学することになり、夫婦で移住。当初は2年間だけ滞在する予定だったが、仕事が楽しかったこともあり、定住することになった。
今年で4年目になる「NIPPONIA美濃商家町」での仕事は、自分を成長させてくれるものだという。
「仕事は大変だけれど、それを越えるやりがいや楽しさがあるので、息が詰まることがないんです」
「NIPPONIA美濃商家町」では、年に一度、まちなかの空き家を期間限定で借りてお店としてオープンする「みのまちやマーケット」を開催している。昨年は3日間で68店舗が出店し、メディアからも注目され、県内外から約3,000人が来場するなど賑わいを見せた。空き家の持ち主も喜び、出店を希望する声も増えており、空き家をうまく使った観光プロデュースの好例と言えるだろう。
みのまちやマーケットの様子(みのまちや株式会社提供)
田舎暮らしも、まち暮らしもできる
このように、すでに資源がたくさんあり、地域にライバルが少ないことなどから、野心的な試みをしたい人にとって美濃市の地域おこし協力隊は魅力であるに違いない。空き家と観光に特化したポストであることから、望むならば、任期後のキャリアプランも具体的に描けるのではないか。少なくとも、「便利に使われるだけでその後にはつながらない」といった事態にはなりにくいのが、今回の募集だと言えるかもしれない。
歴史と文化のある建物と、山や川などの自然。美濃和紙をはじめとした文化など、さまざまな魅力がある美濃市だが、平山さんは、美濃のいちばんの魅力は「人」だという。
「NIPPONIA美濃商家町をリピートしてくれるお客さんに聞くと、『あのパン屋のお姉さんに会いたいから』とか『うちのスタッフに会いたいから』という理由が多くて、結局、人に魅力を感じて来てくれているんだなと感じます。わたしの実感としても、美濃にはまた会いたくなる人がたくさんいるんです」
また、橋元さんは、まちのコンパクトさと生活のしやすさを指摘する。
「まちなかに住めば、車がなくても生活できます。スーパーもすぐ近くにあって便利です。それでいて少し離れると田舎暮らしもできる。子どものいるわたしにとっては森林文化アカデミーの存在も大きくて、morinosにはよく、子どもを連れて遊びに行っています。保育園の環境も東京と比べるとすごくのびのびしていて、とっても住みやすいです」
森林文化アカデミー内にある森林教育総合センター「morinos」。人と森をつなぐ入口として、子どもから高齢者まで全世代が楽しめる場として2020年にオープン。建築家の隈研吾が監修した。
これまでの話を総括すると、美濃市の地域おこし協力隊募集は、チャレンジしたい人、田舎暮らしをしたい人、田舎と都会の両方で暮らしたい人、文化を感じたい人など、多くの人の要望に応えられる募集だと言えそうだ。
興味を持った人はぜひ応募してみては。
▼美濃市 地域おこし協力隊の募集詳細
http://www.city.mino.gifu.jp/pages/54975
文/山田宗太朗 写真/河合莉子