「とやまWEST」は、富山県西部に広がる個性豊かな6つの市
移住者インタビューPart.5【氷見市に移住】
日本一周のバイク旅から富山へ。
ライダーハウス開業を目指して
柴田 美空さん
2025年7月に富山県庁初の地域おこし協力隊に着任した柴田美空さん。SNS発信力を生かした「移住促進」をミッションに活動している。また、中型バイクで全国を旅する様子をYouTubeなどで発信する人気インフルエンサーとしての顔も持つ。柴田さんが暮らす氷見市の魅力や、移住に至るまでの背景について話を聞いた。

バイクがつないだ富山との出会い
柴田さんは愛知県で生まれ育ち、県内の教育大学に進学。卒業後は趣味が高じてバイクショップに就職し、広報担当としてYouTubeでバイク動画の発信をしていた。
バイクに目覚めたのは学生時代。大学が駅から遠く、通学手段として原付スクーターに乗り始めたのがきっかけだった。その後はバイクにのめり込み、大型車種へとステップアップ。学生時代には愛知県を出発し、北は北海道、南は九州まで、1カ月半かけてバイクで日本一周を達成した。旅の途中で訪れた富山県について、柴田さんはこう振り返る。
「それまで富山は観光のイメージがあまりありませんでした。でも来てみたら、雨晴海岸はあるし、五箇山集落もある。実はめちゃくちゃ魅力が詰まっている場所なんだと知りました。数日の滞在ではとても回り切れず、また来たいと思いました」

柴田さんが移住先に富山県を選んだ理由は、他にもある。
「バイク乗りが泊まるライダーハウスを開きたいという思いがありました。自分も旅先でライダーハウスに宿泊し、そこでいろいろなライダーとの出会いがありました。今度は自分が迎え入れる側になりたいと思ったんです。富山県にはまだライダーハウスがあまりなかったので可能性を感じました」
さらに、2024年の能登半島地震を受け、宿を開くことで県外から人を呼び込み、地域を応援したいという気持ちも後押しになった。宿を「地域に受け入れられる場所」にしたいと考えていた時、地域おこし協力隊の制度を知る。ちょうど富山県庁で「#富山移住 をバズらせろ! 富山県庁、“バズらせ屋さん”募集」という隊員募集があり、前職でのSNS運用経験を生かせると考え応募した。

SNSで“富山のリアル”を発信
協力隊としての活動は、SNS運用が中心。移住者ならではの視点で富山の暮らしの魅力を発信している。「地方移住の情報発信【富山県公式】」のアカウントをあらたに立ち上げ、柴田さんが主体となって運用している。週1日は県庁での会議に出席し、それ以外は地域での撮影や在宅での動画編集を行う。発信内容は地域ニュース、空き家紹介、移住支援制度、イベント情報など多岐にわたる。なかでも、富山県の住まい事情を紹介したショート動画は200万回再生を突破し、“バズ”に成功。
「富山県の家の延べ床面積は全国1位で、家賃相場は全国46位。家が広いのに、めちゃくちゃ安いんです。だから、お店を開きたいとか、何かやりたいことがある人には大きなメリット。こうした知られていない情報をもっと発信して、富山県への移住に興味を持つ人を増やしていきたいです」

“氷見でライダーハウスを開きたい”
柴田さんは、協力隊に着任した当初は県庁のある富山市に住んでいたが、氷見市に絞って住まいを探し、念願かなって2025年12月に引っ越した。居住地に氷見市を選んだのは、ライダーハウスを開く場合に、能登半島の入口としてツーリングの行き帰りに寄りやすいと考えたからだ。借りた物件は、山間の集落にある2階建ての住居。現在は、2026年4月のライダーハウスのオープンを目指してDIYに取り組んでいる。
「もともと工作が好きで、DIYをやってみたかったんです。1階を共有リビングにして、2階を客室にするために、いまは壁の漆喰塗りやクロス貼りをしています。父が建築士なので、スマホで家の写真を送ってアドバイスもらっています」
ライダーハウスの最新情報は、今後Instagramで発信していく予定だ。

氷見市に移り住んだのは冬の真っ只中。初めて過ごす雪国での生活について尋ねると、
「移住する前は、周りの人から『雪国での暮らしは大変だよ』と言われていました。市内でも場所によりますが、私の家の前には融雪装置があり、雪かきをしなくてもすぐに車で道路に出られます。なので生活に支障はありません。雪景色がきれいだったり雪遊びができたり、私にとってはポジティブな面の方が多く、雪国生活を楽しんでいます」と柴田さん。

広い家ならではの富山県のホームパーティー文化
移住後の暮らしについて柴田さんは、地域の人との距離が近く、フラットに接してもらえることが心地良いと話す。地域に溶け込むため、地元のイベントには積極的に参加し、人とのつながりを広げている。移住後は心境にも変化があった。以前は仕事に追われて慌ただしかったが、今は生活のペースがゆっくりになり、心にゆとりが生まれたという。ライフスタイルにも変化があった。
「富山県に移住してからは外食が減って、毎日家で自炊しています。お魚がめっちゃ好きで、近所のお店で新鮮なものが手に入るので、ほぼ毎日お刺身を食べています(笑)。富山県にはホームパーティー文化があり、家が広いので人を呼べるし、お酒を飲んでも泊まれるから困らないんです。ご近所さんと仲良くなって、よく家で一緒にご飯を食べています」

氷見市に住んで3カ月。最後に、これからの展望を聞いた。
「まずはライダーハウスをオープンさせて、軌道に乗せることが目標です。また、富山県でバイクイベントも開きたいと思っています。さらに、協力隊の任期中に温泉宿の継業も実現させたいです。コロナ禍や後継者不足で廃業になった宿を復活させて、地域に人を呼べるような場所にしたいです」
移住してまだ1年目ながら、すでに次々と構想を形にし始めている。柴田さんなら、きっと富山をもっと“バズらせて”くれそうだ。

氷見市ってどんなところ?
富山県西北部、能登半島の付け根に位置する氷見市。海と里山に囲まれた自然豊かな環境の中、全国的に名高い「ひみ寒ぶり」をはじめ、新鮮な魚介や氷見牛、農作物など多彩な食の恵みにあふれています。四季折々の味覚が日常を豊かに彩る、食と暮らしの魅力が詰まったまちです。
【人口】41,057人
【世帯数】18,367世帯
【主な移住・定住支援制度】
定住マイホーム取得支援補助金、移住世帯生活応援金 他
【移住に関するお問い合わせ先】
未来戦略課 TEL:0766-74-8190
【氷見市ホームページ】
https://himi-iju.net/
(写真提供:氷見市)
(写真提供:氷見市)
(写真提供:氷見市)
移住者インタビューPart.6【高岡市に移住】
高岡の“重伝建”で暮らす
第二の故郷で始めたセカンドライフ
柴田 健太朗さん・馨子さん
重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に指定されている高岡市・吉久(よしひさ)地区。その一角に佇む築100年の民家でカフェを営んでいるのが、柴田健太朗さんと馨子さん夫婦だ。健太朗さんの定年退職を機に、東京都から両親とともに移住し、充実した第二の人生を歩んでいる。

叔母の一言から始まった移住計画
高岡市は健太朗さんの両親の出身地で、自身も高岡生まれ。生後間もなく、父親の転勤で徳島県に移り住み、中学以降はずっと東京で暮らしてきた。移住のきっかけは、高岡に住む叔母からの何気ない一言だった。
「ここは元々母の実家で、叔父が家を受け継いで住んでいました。叔父の家族とは仲が良く、毎年のようにお互いの家を行き来していたんです。ある時、叔母が『これから新築して家が空くから、こっちに来たら?』と。本人は冗談半分で言ったようですが、それを私たちは真に受けたんです(笑)」(健太朗さん)
「高岡は自然が豊かで、まちから見える立山連峰と富山湾の景色が大好きでした。山と海がある風景は私の故郷の神戸にも少し似ていて、親しみを感じたんです。夫の定年退職を待ちきれず、夫の両親と一緒に半年早く移住しました」(馨子さん)

健太朗さんは大手コーヒーメーカーで35年間勤務。世界の主要生産地を訪れ、買い付けや焙煎、品質管理に携わった。4人の子どもは自立して、それぞれの生活を送っている。「愛着のある高岡で第二の人生を過ごすのもいいかもしれない」。そう考えた柴田さん夫婦は、定年退職後の暮らしを見据え、健太朗さんのキャリアを生かしたカフェの開業を決めた。

祖父の家を受け継ぎ、カフェへと再生
暮らすだけであれば問題はなかったが、カフェを開くためには改装が必要だった。北陸らしい広い仏間と玄関部分を店舗スペースへとつくり替えることにした。
「ここは祖父が自分で建てた家なんです。叔父も大工で、すでに引退していたのですが、お願いすると高齢の職人仲間に声をかけて、改修を引き受けてくれました。ちょうど真夏だったので、暑くて大丈夫かなと気が気でなかったですね」(健太朗さん)

「義叔父にとっても思い入れのある家だったので、職人魂で本当にステキに仕上げてくれました。開店後には、改修に関わった職人さんが奥さんを連れて来てくれたりもして。みなさんの思いが詰まったとても居心地の良い空間になりました」(馨子さん)
2023年10月1日の“コーヒーの日”に合わせて、「よっさ柴屋」をオープン。獅子舞を呼び、高岡ならではの伝統的な形で開店を祝った。店名の「よっさ」は「よしひさ(吉久)」の地元での愛称で、「柴屋」は屋号。看板メニューは、健太朗さんこだわりのブレンドコーヒーと、馨子さんと母親が作るもちもちの米粉パンケーキ。地元住民から観光客まで訪れる人気の店になっている。

東京との違いを楽しむ、新しい生活スタイル
家族で何度も訪れていたとはいえ、実際に高岡で暮らすのは初めての二人。地域になじむまでに不安はなかったのだろうか。
「義母が結婚するまで住んでいた場所なので、その知り合いもいて地域には溶け込みやすかったです。ゴミ出しなど、自治会の決まりごとは何も分からなかったので、『教えていただく』という姿勢で、地域の方たちとコミュニケーションを取りました。すると、みなさんとても優しく丁寧に接してくれました」(馨子さん)
長年住んでいた東京との暮らしの違いについてはこう話す。
「東京では徒歩や自転車で生活できたので車を持っていませんでした。高岡に移住して半年間は車なしで生活しましたが、義父母の通院や買い物のことを考えて、いまでは車に乗るようになりました。道路は混んでいないので、東京よりも運転はしやすいです」(馨子さん)

近くに走る路面電車の万葉線は、日中約15分間隔で運行しており、市民の生活の足になっている。さらに、市内には北陸新幹線が通り、新高岡駅から東京駅までは直通で約2時間半。柴田さん夫婦は東京に家を残しており、子どもや孫たちに会いに行く際は新幹線を利用している。
また、生活インフラについても、高岡市急患医療センターがあり、もしもの時にも待ち時間なく受診できるため、医療面でも安心感が増したという。
気になる雪国での暮らしについては?
「冬の間の雪かきは日常茶飯事です。店の前の道路は除雪車が通るのですが、かいた雪がうちの店先に積み上がってしまう。だからスノーダンプを使って数十メートル先の雪捨て場まで運んでいるんです。こればかりは雪国に住む宿命ですね」(健太朗さん)

高岡の魅力を伝える地域の拠点として
柴田さん夫婦は、地域での活動にも積極的に参加している。吉久連合自治会と吉久まちづくり推進協議会(富山大学芸術文化学部薮谷研究室の学生も参加)との連携による「NPO吉久みらいプロジェクト」に夫婦で参加し、空き家・空き地の利活用など、まちづくりにも関わっている。こうした活動を通して地域とのつながりも広がっている。
最近は高岡での暮らしに魅力を感じて移住する人も増えている。柴田さんの店には県外から移住相談に訪れる人もおり、先輩移住者として高岡の暮らしの魅力を伝えている。実際に相談を経て移住を実現した人もいるという。店内には高岡の観光情報や飲食店のパンフレットを置き、訪れた人にまち歩きを勧めている。

「高岡は水がいいし、米も野菜もおいしい。スーパーに行くと、近くの漁港で水揚げされた新鮮な魚が手に入ります。食の豊かさに加えて、重伝建の空気感も気に入っています。近くには国宝の勝興寺もあり、歴史あるまちなみを歩くのも楽しくて新しい発見の連続です」(馨子さん)

「長年、会社勤めだったので、定年後は悠々自適に過ごそうと思っていましたが、カフェや地域の活動などで、思いのほか忙しい毎日を送っています。もう少し余裕ができたら趣味の時間を増やしたいですね」(健太朗さん)
二人の笑顔からは、いまの暮らしへの満足感がにじみ出ていた。
高岡市ってどんなところ?
富山県北西部に位置し、県内第2の人口を有する中核都市です。新幹線や路面電車など交通利便性に優れ、中心部から海や山へも車で約20分と、都市機能と豊かな自然が身近に共存しています。国宝瑞龍寺や高岡銅器・漆器などの伝統工芸が受け継がれ、歴史と文化が日常に息づく、魅力あふれる暮らしが広がっています。
【人口】160,909人
【世帯数】71,182世帯
【主な移住・定住支援制度】
たかおか暮らし支援事業、たかおかウェルカム移住支援金 他
【移住に関するお問い合わせ先】
チェンジ推進課 TEL:0766-20-1101
【高岡市ホームページ】
https://takaokalife.jp/
(写真提供:高岡市)
(写真提供:高岡市)
(写真提供:高岡市)
文・鈴木俊輔 写真・中西 優
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