日本百名山のひとつである谷川岳や利根川がつくり出す渓谷など、豊かな自然に恵まれたみなかみ町。多彩なアクティビティが楽しめるほか、県内最多となる18ヶ所の温泉地が点在し、年間を通じて多くの観光客が訪れる。
その中心地にある水上温泉郷で「ゲストハウス&コワーキングほとり」(以下、ほとり)を管理・運営する田宮幸子さんは、この宿を通じて観光客と地元民がつながる場づくりに取り組んでいる。今回は田宮さんの先輩移住者で移住支援にも携わる鈴木雄一さんを交え、これまでの歩みについて話を伺った。

- フリーランスエンジニア/ゲストハウス・コワーキング「ほとり」共同経営者
神奈川県生まれ。東京の企業でITエンジニアの経験を積んだ後、独立。フリーランスとして働きながら、国内やアジアの国々でアドレスホッパーの暮らしを経て、2020年にみなかみ町へ移住。「ITと地域を掛け合わせた面白い暮らし」を模索しながら、水上温泉街の中心部にある「ほとり」の立ち上げに参画。現在は同施設の管理・運営を担っている。

- 一般社団法人FLAP代表理事
大阪府生まれ。広告代理店に勤務し、大阪・東京で地方プロモーションのプロジェクトなどに携わった後、長野県に移住。その後、2019年4月からみなかみ町地域おこし協力隊として活動し、受け入れ先のみなかみ町観光協会でDMO推進などを担う。任期後もみなかみ町に残り、移住・企業支援を行う「一般社団法人FLAP」を設立。「ほとり」立ち上げメンバーの一人。
みなかみ町に生きる人たちの面白さに触れ、勢いそのままに移住
地域おこし協力隊の活動を経て、長い時間をかけてこのまちに定住を決めた鈴木さんからすると、田宮さんの“フットワーク軽め”な移住は、まさに青天の霹靂といえる出来事だった。
鈴木さん「初めてオンラインで話したのが11月の終わり頃で、12月の半ばには住む場所を決めてたよね。『寒いからすぐに来ないほうがいいよ』って話していたのに、え、もう来ちゃったのって(笑)」
田宮さん「コロナ禍で海外に出られなくなったことがきっかけで田舎暮らしに興味を持ち始めた頃、鈴木さんたちが移住情報サイトに出していたテレワーク関連の記事に『いいね!』を押したら、すごく丁寧なスカウトが来たんです。話してみたら、やっぱり印象の良い人たちで。『ITと地域を掛け合わせて面白い暮らしをしたい』っていう、当時は他の地域の人に話しても理解してもらえなかった妄想みたいな話も受け入れてくれた感じがありました。最初に紹介してくださった先輩移住者の方もとても面白い方だったので、そういう人がたくさんいるなら、とりあえず住んじゃおうって思ったんです」

持ち前の行動力で、みなかみ移住を即決した田宮さんと、協力隊時代を経て、みなかみに定住を決めた鈴木さん。「地元の人たちの寛容さに暮らしやすさと新しいチャレンジができそうな気風を感じて、みなかみに来ることを決めました」(鈴木さん)
鈴木さん「ちょうど冬本番を迎える直前で、『こんな時期に来たらすぐに出ていっちゃうんじゃない』って役場の人と心配したのを思い出します」
田宮さん「正直、みなかみの冬を甘く考えていました。最初は灯油ストーブも雪かきの道具もなくて、これじゃ生きていけないって。一度は伊豆の方まで逃げましたし(笑)」
鈴木さん「初めて雪が降った日、心配して電話したら『大丈夫です』って軽い感じで言うから、本当に大丈夫か? と翌朝駆けつけたら家の中に本当に何も無くて…。部屋にテントを張って寒さに耐えていたのは本当に衝撃でした」
田宮さん「就寝時は暖房を消さないといけないので、寒すぎてテントを張って寝ていたんです。最初の冬は、鈴木さんたちが絶妙な距離を取りながら温かく見守ってくれたからこそ何とか乗り越えられました。そこから春がやってきた時の喜びはとても大きくて、都会では感じられない感動でした」
鈴木さんたちが構想した「ほとり」に魂を吹き込んだ田宮さん
みなかみ町の良いところとして二人が口を揃えるのは、「ここに生きる人たちの個性的な人柄」だ。鈴木さんの分析によると、この地域の地理的特徴が群馬県内でも特徴的な気質を生んでいるそうで。
鈴木さん「このあたりは旧街道筋ですし、今も観光で成り立っているまちなので、外からの情報が入ってきやすい環境にあります。しかし、それでいて前橋から車で1時間くらい離れた山間地ゆえ、地理的、心理的に都市との隔たりがある地域でもあるので、新しいものを受け入れつつも自分のポリシーを持っている方が多いと思うんです」

以前は各地を転々としていた田宮さんだが、「友だちがいっぱいできて応援したい人がたくさんいる」という人との縁も、みなかみに留まる要因になった。
田宮さん「確かに、自分の世界観を持っている人がたくさんいますよね。だからこそ新しいチャレンジを歓迎してくれる雰囲気もあって、私たちの上の世代の方たちも『どんどんやれ』って応援してくれますし」
移住後もフリーでITエンジニアの仕事を続けていた田宮さん。そんな折、温泉街の古い建物を利活用する公募プロジェクトに、鈴木さんたちのゲストハウス再生案が採用された。管理人を探す中で、ちょうど宿の運営に関心を抱いていた田宮さんに白羽の矢が立ち、その役割を担うことになった。




鈴木さん「管理を誰にお願いするかを考えた時、施設を回していくだけなら他にも誰か見つかりそうだけど、それだと魂が入らないだろうなと。やはり地域づくりにコミットしている人の存在がすごく重要だと思って田宮さんにお願いしました」
田宮さん「自分の目標を叶えるためには、まずは地域の人とつながる場所が必要だと考えていた時に、ちょうど自分の狙いとマッチしたお誘いだったので、ぜひやらせてくださいって二つ返事で返したのを覚えています」
地元の人が熱意をぶつけ合う「活動Share!会」
「ほとり」のコンセプトは「新しく訪れる人と地域の人の交差点」。コワーキングスペースを併設することで地元の人も行き交い、旅行者、長期滞在者、生活者の交流が生まれる施設とした。イベントスペースとしても機能し、さまざまな交流イベントを実施。なかでも田宮さんがヒット企画と自負するのは、定期的に開催されている「活動Share!会」だ。
田宮さん「地域の人たちが集まって、自分がやりたいことをシェアするイベントです。お堅いプレゼンイベントみたいな雰囲気にはしたくないので、『乾杯』から始まって、長い時には夜7時から深夜12時近くまで盛り上がることもあります」
鈴木さん「やりたいことはそれぞれ違っても、チャレンジャー同士、みなかみを盛り上げたいという気持ちは一緒。アイデアが組み合わさって化学反応が生まれる場にもなっています」




田宮さん「顔は知っている仲だけど、何をやっている人かはよく知らないという関係は割と多くて。こういうイベントをやることで、その境界が解け、新しい交流が生まれるのが面白いところです。この場所をきっかけに私たちの知らないところで継続的な関係が生まれていたり、仕事関係につながったり、さらには結婚する人も出てきたり。時には宿泊客の方も混じって、まちづくりに興味のある方から鋭い意見が飛んでくることもありますね」
「村構想アプリ」で、さらなる夢の実現を目指す
一方で、みなかみ町に来て5年以上が経ち、最初は妄想レベルだった「ITと地域を掛け合わせた面白い暮らし」も「村構想アプリ」という確固たる形に変わりつつある。
田宮さん「簡単に例えると『クラウドファンディングのローカル版』みたいなアプリで、人出が足りないから募集するとか、何かを始める時に足りないものを募るなど、お金だけじゃなくて人や物も集められる仕組みをつくっています。日常の中にクラウドファンディングが溶け込んで、そこに外から来た人たちも参加できる形が作れたらいいなと」

田宮さんの夢が詰まった「村構想アプリ」。地域の人と関係人口がつながる新たな一歩に。
鈴木さん「まったく新しいものなので社会実験に近いですけど、田宮さんがいるからこそ、まちの人もとっつきやすいのかなと。アプリそのものの性能も重要ですが、そのサービスを誰がどういう思いでつくっているかという文脈みたいなものがもっと大切で、その点で田宮さん自体の存在がものすごく大きいと思います」
最後に「思い描いていたものがやっと動き出せる」と感慨深げに語ってくれた田宮さん。「これからは村構想アプリを通じて、外の人がみなかみ町の地域活動を応援したり、気軽に手伝える場を用意したい」とも話し、今後の関係人口拡大に期待を膨らませている。

「ほとり」からほど近い湯原温泉公園では、源泉掛け流しの足湯を無料で楽しむことができる。
みなかみ町に興味を持つ方へのメッセージ
田宮さん みなかみ町は観光地なので、来る目的をつくりやすい反面、実は目的を持たずに来ても魅力がいっぱい見つかるまちです。個性的な食堂だったり、面白い人との出会いだったり、いろいろ楽しいことがあると思うので、まずはふらっと遊びに来てもらえたら嬉しいです。
鈴木さん 地域の盛り上げのために頑張っているプレーヤーが各地区にいるので、新しいチャレンジをしたい方には刺激の多い環境だと思います。まずは関係人口として継続的な関わりを持っていただいて、その先で移住に興味を持った際には、ぜひ私のところに相談に来てください。
ゲストハウス&コワーキング ほとり
かつて山岳資料館として使われていた建物を再生した「ゲストハウス&コワーキング ほとり」。商店街沿いの便利な立地にあり、コワーキングスペースを利用する地元の人たちも多いため、みなかみに住んでみる体験をするのにぴったりな宿。お風呂は近くの共同浴場を利用して温泉三昧。客室は全室ドミトリーで1泊3,600円から宿泊可。
群馬県利根郡みなかみ町湯原809-6
電話:050-1808-2381
ホームページ:https://hotori-minakami.com/
インスタグラム:@hotori_minakami
