森で子を育てる 母の喜びから生まれた園
面積の93%が森林のまち、智頭町は日本の十指に入る林業地。森と人の関係が深く、町民の森への思いも強い。そんな森のまちは今、子育て世代の移住者が急増している。
その要因のひとつが「森のようちえん まるたんぼう」だ。
“森のようちえん”とは、園舎を持たず、春夏秋冬、晴れの日も雨の日も子どもたちの活動拠点は森。遊び道具は自然。自然の中で過ごすことを重視する保育は、デンマークが発祥で、最近は日本でも広まりつつある。
智頭町の美しい自然に魅せられて、森のようちえんを運営しているのが、西村早栄子さんだ。彼女自身、夫の故郷である鳥取県にやってきたIターン者だ。
「林業技師として、赴任先でもあった智頭町に来たのが15年前です。田舎で子育てがしたいと思っていましたが、予想以上にここの子育てが素晴らしかった。衣食住すべて、母親として満たされました」
そして何よりも四季の移ろいを感じさせてくれる森が、子育ての大変さを癒してくれた、と西村さんは目を細める。
全国有数の林業地だった智頭町に移住したことで西村さんの夢が広がった。田舎の環境を子育てに使わないなんて、もったいない。
「自然とともにある子育てがしたいひと、全国にいっぱいいるだろうし、そんな方々に情報発信がしたい。私自身も森の豊かさを存分に活かして子供の自主性を伸ばすような園が欲しくて、まるたんぼうを立ち上げました」
そんな母の願いから生まれた森のようちえんは、移住してでも通わせたいという親たちの間で評判に。車で40分のところにある鳥取市からも多くの園児が通う。現在、完全預かり制の「まるたんぼう」、親参加型のアットホームな「すぎぼっくり」、そして、幼稚園の先を見据えた「新田サドベリースクール」が智頭町の森をフィールドに活動している。
△まるたんぼうのフィールド
森のようちえんには決まったプログラムはほぼない。西村さんが「見守る保育」と呼ぶそれは、大人のペースで子どもに「こうしなさい」と指示しないこと。智頭町の森のようちえんでは「大人のペース」を全く排除しているのだ。 子どもがそのときやりたいと思うことを存分にやらせてあげるのが最良だと考えている。
主な日課は「散歩」。森を歩くのが目的なのではなく、その過程をどれだけ楽しめるかということを大事にしている。子どもがやりたいことを徹底的にやらせてあげるのだ。
「小さい頃に大人が介入しない『子どもの世界』を子ども自身がしっかり味わっていると、仲間同士の気持ちの譲り合いや、生きていくためのベースになることを、学びます」
親に必要なことはなんですか?と伺うと、「見守る忍耐力」と西村さん。愛ゆえに口を出したくなる気持ちをぐっと抑えて、子どもが自身でどう学ぶかを見守るのだ。
「子どもはあるがままでいるのが当たり前。あるがままでいるうちに子どもに本当の個性が出てくるのです。最初は、お母さんに誘導されてここに来た子も、あるがままでいることで自分の個性が花開いてきます。私が森のようちえんをやっていて、それが一番素敵だなと思うところです」
子どもを信じて、森の中で自由にさせる。それは途方もなく難しいことのような気がする。
「だから、森のようちえんをつくりました。自分でやろうと思ったら難しいので」。
このようちえんのために智頭町を目指す価値は十分にある。
文:アサイアサミ 写真:片岡杏子
※記事全文は、本誌(vol.25 2017年10月号)に掲載