北海道のほぼまん中、緑の田園が広がる当麻町
190万都市・札幌からクルマで約2時間。北海道第2の都市・旭川に隣接する当麻町では、田植えの季節になると、大雪山系の清冽な水を湛えた水田に陽光が美しくきらめく。
良質のお米だけではなく、全国区の人気を誇る大きな「でんすけすいか」をはじめ、豊かな農作物が自慢だ。
初めて訪れた瞬間に「ここがいい!」と夫婦の想いが一致
「初めて当麻に来たとき、絶対ここがいい!とふたりの意見が一致したんです」
このまちで毎日美味しいパンを焼く『ブーランジュリー 廻りみち』の會津 貴史さん・めぐみさんご夫婦は、5年前の冬に当麻を訪れた際の印象をいまも鮮明に覚えている。
北海道のほぼ中央に位置する当麻町の人口は約6,500人。整然と広がる田畑は、冬になると一面銀世界に
札幌エリアで店舗を展開する、同じパン会社に勤務していたふたり。
「手ざわりとか……とにかく小麦粉そのものが本当に好きなんです」(貴史さん)
「趣味は美味しいパンを食べること」(めぐみさん)
小麦粉、そしてパンを愛するご夫婦の夢は、自分たちのお店をもち、パンの魅力を多くの皆さんに知ってもらうこと。
開店に向けて道内で候補地をいろいろ検討し、実際に一つずつまちを訪れてみたという。
「実際に行ってみると、そこで暮らすイメージも、店を出すイメージもわかなくて、気持ちが動かないことがありました」と貴史さん。
そんな中、真冬の当麻町を訪れた際のインパクトは強烈だった。
「山も雪もキレイで……とても寒い日だったのでダイヤモンドダストがキラキラしていました」(貴史さん)
「決めた理由?フィーリングです(笑)絶対ここでお店を出そう、暮らそうとその場で思いました」(めぐみさん)
土地探し、事業計画書作成を地元商工会がサポート
それにしても、なぜ雪深く寒さがキビしい季節に訪れたのだろう。
「商売をするにしても、生活という視点でも、冬は大変な時期。冬に楽しく出来そうかどうか確認したかったんです」と貴史さん。
とはいえ、ふたりともそれまで当麻町には全く縁がなく、移住して開店するためにはあまりにも情報不足。手探り状態でのスタートだった。
空いている土地に店舗を建てるのか、古民家を改装して活用するのかさえ決まっていない。
地元の不動産業者をはじめいろいろな方を介して、力になってくれる人がいる、と教えてもらったのが、当麻町商工会の職員だった。
「一緒に土地を探してもらったり、開業に向けた事業計画書をチェックしてもらったり」
親身になって相談にのってくれる人の存在が、ふたりの夢を後押ししてくれた。
当麻駅前に建つ店舗はシンプルでおしゃれな外観。構造材は当麻町産木材で、町の補助金交付対象となっている
念願のオープン。町内や近郊はもちろん、遠方からも来店
2017年夏。
当麻町の市街地、JR当麻駅の近くに念願のお店を開業。
実は、「それほど町の方は来てくれないのでは……」と思っていたという貴史さん。
めぐみさんも「根付くまでもっと時間がかかると思っていました」。
パンに関する情報や当麻町の魅力について、お客様との会話も楽しみながら販売するのがふたりのスタイル。
『ブーランジュリー 廻りみち』の小さな店内に並ぶのは当麻町ではなじみの薄い、シンプルなハード系のパン。
「具材を上にのせたり、パン中に混ぜ込んだりするだけではなく、小麦のみで作ってもこんなに味や食感の違うパンがあることを知ってほしい」というふたりの願いは、想像以上に早く町の皆さんに受け入れられた。
木のぬくもりを感じる棚に、その日に焼いたハード系のパンが並ぶ。朝8時にオープンして「なくなり次第終了」
お店を訪れるのは、町の人々だけではない。
旭川市、東川町、比布町など近隣のまちはもちろん、広大な北海道の様々なエリアから、高速道路を利用して多くの方がドライブの途中で立ち寄ってくれる。
自分たちのパンをきっかけに、当麻に遊びに来る人が増えれば
開店からこの夏で2年を迎え、お店は軌道にのっているが、まだご夫婦に当麻での暮らしをゆっくり楽しむ余裕はないという。
毎日夜11時に起床してお店へ。ふたりで午前3時まで仕込みをして朝8時にお店を開けている。
こよなくパンを、そしてパン作りを愛するふたり。
はた目にはハードに思えるそんな1日のスケジュールも苦にはならないのかもしれないが、「もう少しゆとりが出来たら、もっと当麻の四季を感じてみたい。自然を体感してみたいですね」とめぐみさんは苦笑する。
移住した直後に、まちの郊外に広がる自然の中をただ歩くだけで心がはずんだという。
緑豊かな「くるみなの森」をぐるりと回る「くるみなの散歩道」。一周約3kmの散策路を歩きながら、澄んだ空気と鳥のさえずりに心が和む。
ふたりの目標は「自分たちのパンをきっかけとして、もっと当麻町に遊びに来てくれる人を増やしていきたい」。
当麻町には、1億5千年前から形作られた「当麻鍾乳洞」という観光スポットもあるが、おふたりのおすすめは近年整備が進み、町民憩いの空間として親しまれている「くるみなの森」。
北海道らしいスケールでのびやかに広がる緑の空間は、おふたりがまだ移住の準備に奔走していた頃、ちょっと頭の中を整理したり、ゆったりとくつろいだ場所。
「お店で買ったパンを持って、くるみなの森でゆっくり味わう時間を楽しんでほしいですね」(貴史さん)
ひと口サイズの可愛らしいビスケットや、全粒粉入りのクッキー、海外産のドライフルーツも人気
近道ではなく遠回り。店名の「廻りみち」にこめた想い
「廻りみち」というネーミングには、自分たちの人生を見つめて感じた想いがこめられている。
「いつかは独立したい」という気持ちはあっても、全く現実的ではなかった会社員時代。
何もわからない手探りの状態で当麻を訪れ、近道は出来なかった開業までの日々。
「大変なことはたくさんあったけれど、気持ちがぐらついたり、ブレたりすることはなかった」と貴史さん。
そんな時間の積み重ねが決してムダではなく、自分たちの夢をかなえるために必要な時間だったと、いまなら実感できるのかもしれない。
町内の皆さんとの交流はもちろん、近隣のまちに移住してきた方と食事を楽しむ機会もあるという。人と人のつながりも広がっている
「廻りみち」には、もう一つ意味がこめられている。
来店する方に、当麻のまちをいろいろ回ってほしい、という願い。
緑あざやかな水田、雪化粧が美しい冬の山……「静かなまちだけど、心が豊かになります」というめぐみさんの言葉には実感がこもっていた。
移住して、この夏でまだ2年。
緑の田園が広がるまちで、ふたりの「みち」は未来へ歩み始めたばかりだ。
【お店情報】
ブーランジュリー 廻りみち
H P : https://www.mawarimichi-tohma.com/
所在地 : 〒078-1324 北海道上川郡当麻町四条南3丁目4-10
営業時間 : 8:00〜15:00(なくなり次第終了)
定休日 : 不定休
お問い合わせ : コンタクトフォームよりお問合せください