福島県南相馬市小高区。東日本大震災と原子力災害で、一時は人口ゼロになってしまった街ですが、ここに今、若者や起業家の移住が増えています。
今年10月「靴職人」として移住した安藤文也さんに、この土地の魅力と自身の想いを聞きました。
実際に会って感じた小高の情熱とエネルギー
福島県南相馬市小高区。阿武隈山の自然に抱かれた街で、今、新しい動きが沸き起こっている。その渦の中心になっているのが「Next Commons Lab 南相馬(以下NCL南相馬)」。地域に根付いた起業家や移住を支援する団体で、安藤さんが移住を決めたのもNCL南相馬の人々に出会ったのがきっかけだった。
「情報収集をしていたら偶然、NCL南相馬の人とつながって。彼らの紹介で、すでに南相馬で起業している先輩たちに会うことがでました。最初は、県外の人がはるばる南相馬に移住してきているなんてすごいな、と思いましたが、実際に会ってみるとみんなから情熱やエネルギーみたいなものを感じて。同世代の人が頑張っている姿を見て、自分がこれからここで暮らすイメージが湧いてきました」
安藤さんは南相馬市の出身。高校卒業後、美術系の大学を目指して勉強していた時に「ハンドソーン(手縫い)」の靴に出合い、靴職人の道に入った。オーダーメイドの紳士靴をつくる工房は首都圏に集中している。安藤さんも、靴職人の学校を卒業したあと数年間、東京のメーカーに勤務していたが、徐々に東北で工房を開きたい、という想いが強くなってきた。
「東北には本格的な手縫い靴の工房がないんです。東北の人は、靴をオーダーしたいと思ったら東京まで足を運ばないといけない。手縫いの靴は、フルオーダーでつくろうとすると、2回程はフィッティングに来てもらうことになります。ぼくが東北で工房を開けば、東北にお住まいの方にも気軽に足をはこんでいただけるのではないかと思いました」
思いやりが助けた理想の工房探し
都会とは違った人と人との距離感に魅力を感じたという。
「都会では、コミュニケーションに一定の距離感が生じてしまうことがあります。それはある種の察しではありますが、少し寂しい面でもあります。南相馬に帰ってくると、この土地のひとたちの温かさを感じます。初対面でも気さくに話してくれるひとが多く安堵感がありますね」
住む場所を探す過程でも、人のあたたかさを感じたという。安藤さんは2022年10月の初旬に「起業型地域おこし協力隊」として南相馬市に着任したが、最初は工房兼住居にできる物件がなかなか見つからず、実家で過ごしていた。「場所がなくて庭先で作業していた」と安藤さんは言う。そんなとき、安藤さんの希望に合う物件が出てきたと、移住をサポートしてくれている区役所の方から連絡があった。
家は畑と緑に囲まれている。庭に面した1階を工房とした
「ぼくが困ってるのを見て、いろいろ聞いてくれていたようで、『ここの家、前に住んでいた人が退去したばかり』と情報をくれました。家主さんとも直接お話することができて、工房にしてもいいと許可をいただけたんです。とても有難いと思いましたし、これでやっと工房としてスタートを切れるなとホッとしました」
オーダーメイドシューズの本場、イギリスのコンペで入賞経験もある安藤さん
靴職人にとって、工房を開く場所は重要なポイントだ。まず一つ目は音の問題。革の加工には「ハンマーで叩く」という工程があり、作業音が出るため、家が密集した場所だと、音が近隣の家に聞こえてしまう。その点、安藤さんの家は山のすぐそばにあるので、「気兼ねなく思い切った作業ができる」そうだ。そしてもうひとつ重要なのは、集中できる環境づくり。
「手縫い靴には、100以上の工程があります。型をつくるところから革の加工まで、どれも集中して作業する必要があります。靴づくりに向き合える環境はすごく大事ですね。靴には自分が出るんです。自分を見つめながら、妥協のない仕事をしていきたいと思っています」
上)美しさを追求した型紙を 下)安藤さんの靴づくりの道具
伝統的な手縫い靴の製法は、100以上の工程がある
手縫い靴の技術を活かし、この土地に新たな産業を
今年は環境整備と準備期間にあて、靴の受注をスタートするのは来年の予定。すでに問い合わせが毎月何件かあり、「早く要望に応えたい」と話す。安藤さんの目標は、南相馬を「東北の手縫い靴の中心地」にすることだ。
「まずはこの工房にお客さんが来てくれるようにすること。そしてゆくゆくは、手縫い靴をつくりたいという志を持った職人が集まる場にしたいですね。南相馬で長く暮らし、靴をつくりながら、この地方に新しい産業を生み出せたら良いなと思っています」
歴史ある製法で美しく仕立てられた靴
文・沼田佐和子 写真・早坂 正信
Next Commons Lab(NCL)南相馬で募集している採用情報
Next Commons Lab南相馬とは「予測不能な未来を楽しもう」をテーマに、それぞれのメンバーが地域課題や資源に焦点をあてたプロジェクトを推進する、南相馬市の起業型地域おこし協力隊事業です。
アグリプレナー / 農と食の未来
自身で栽培した有機作物をそのままレストランでお客様にお届けする飲食店事業など、農や食をテーマに、既存の概念に捕らわれず新たなチャレンジをしたい起業家。
自由提案型
今回ご紹介した安藤さんのような、南相馬の資源を活かしながら、自身で企画、設計した事業プランに基づいて、起業に向けた計画的な活動をしていただきます。
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