神奈川県藤沢市での暮らしを経て、香川県観音寺市へ移り住んで10年。大西やえ子さんは、豊かな自然に囲まれたこの土地で、音楽を楽しむ喫茶の場をひらきながら、地域の魅力を伝える活動にも力を注いできた。夫の故郷へのUターン移住をきっかけに始まった新しい暮らしは、単なる移住にとどまらず、人と人がつながる場を育て、地域の価値を外へ発信する日々へとつながっている。
自然の美しさに惹かれてこの地へ来たという大西さん。移住者だからこそ見える地域の魅力や、人とのつながりの大切さ、そして「ないなら作ればいい」という前向きな発想が、その暮らしのあちこちに息づいている。TURNSプロデューサーの堀口正裕がお話を伺った。
堀口 まず、こちらに移住された経緯から教えてください。
大西さん もともと夫が高校時代までこちらにいたんです。大学で知り合って結婚し、その後はずっと神奈川県で暮らしていました。夫は次男なので、最初はここへ戻る予定はないと思っていたんですが、定年退職したら故郷に戻りたいという気持ちが強くあったんですね。親が元気なうちに親孝行をしたい、そばで過ごしたいという思いがあったからです。
私は神奈川で長く暮らして、子どもも育てて、生活の拠点も完全にそちらにありましたから、最初はやはり抵抗がありました。友達も兄弟もいますし、人間関係も一からになりますからね。でも、それでも来る気になったのは、自然が本当にきれいで、空気もよく、住む場所としてとても魅力的だと思えたからです。人間関係の不安はありましたが、それ以上に自然や住環境の良さが大きかったんです。
堀口 神奈川はどちらだったんですか。
大西さん 藤沢です。江の島にも近くて、休日は鎌倉へ遊びに行ったり、山のほうへ釣りに行ったりもしていました。藤沢の生活に大きな不満があったわけではないんです。横浜にも行けるし、電車も本当に多いですからね。だから、こちらへ来て最初は電車の本数の違いに驚きました。でも、退職後は考え方を変えて、のんびり次の電車を待つのもいいんじゃないかなと思うようになりました。
堀口 移住して、一番大きく変わったことは何ですか。
大西さん やっぱり自然ですね。近くに自然があって、少し車を走らせるだけで、まるで旅行に来たような景色に出会える。その環境の良さは本当に大きいです。藤沢も住みやすい場所でしたが、こちらはまた別の豊かさがあります。
それに、人とのつながりのあたたかさも感じます。神奈川でもご近所付き合いはありましたが、こちらでは自治会で女性部が集まって手芸をしたり、お茶を飲んだり、地域の中で顔を合わせる機会が自然にあるんです。そういうつながりは安心感につながっていますね。
堀口 移住されてから何年になるんでしたっけ。
大西さん ちょうど10年になりました。でも、子どもの頃から住んでいるのとは違いますから、まだまだ知らないことも多いですし、気持ちとしてはあっという間でしたね。
移住後に感じた地域の魅力と、活動のはじまり
堀口 仕事や活動も含めて、どうやって気持ちを切り替えていかれたんですか。
大西さん 移住してきて最初に思ったのは、「こんなに素敵な場所なのに、なんでもっと知られていないんだろう」ということでした。自然もあるし、公園もあるし、もっと魅力を発信できるんじゃないかと思ったんです。それで市の商工観光関係の募集に応募してみたら、同じような思いを持った人たちに出会いました。そこからボランティアを結成して、今はいろいろな活動につながっています。
堀口 移住者だからこそ見えることもありますか。
大西さん あると思います。ずっと住んでいると、その場所の良さが当たり前になって見えなくなることがありますよね。外から来たからこそ、「こんなにいいのにもったいない」と感じるのかもしれません。公園のことを調べて発信すると、地元の方に「逆に教わった」と言われることもあります。
若い世代との出会いと、場の必要性
堀口 最近、若い移住者の方とも話されたそうですね。
大西さん ええ。公園の散歩道にあるカフェで、4年ほど前に移住してきた若いご家族とお話ししたんです。子育てするなら自然のいいところがいいということで、いろいろ見た結果ここを選んだそうなんですが、「若い人同士がつながれるコミュニティが少ない」と話していました。移住者同士に限らず、地元の若い人たちも含めて、つながれる場がもっとあったらいいんでしょうね。
でも、ここはまさに人が集まる場所なんです。音楽を聴きたいという方もいれば、人とつながりたいという気持ちで来られる方もいます。友達同士で来てくれる方もいますし、「こういう場所を作ってくれてありがとう」と言ってくださる方もいます。同じ音楽を一緒に聴くだけでも、心はつながるんですよね。
堀口 場所があること自体が大事なんですね。
大西さん そうなんです。場がないと、「そこで何かしたい」という発想も生まれにくいですからね。
音楽喫茶のはじまり
堀口 このお店を始めたきっかけは、どういうものだったんですか。
大西さん もともとは夫の音楽の趣味です。機材や音そのものが好きで、この部屋も音がきれいに響くように工夫して作っているんです。最初からお店をやろうと思っていたわけではなくて、一人だけで楽しむにはもったいないから、いろんな人に楽しんでもらえたらいいんじゃないか、という話になったんですね。
私は私で、飲み物のほうを勉強しました。コーヒーや紅茶を教わって、せっかく来ていただくなら飲み物もおいしくなくてはと思ったんです。私は飲み物、夫は音楽。それぞれの役割が合わさって、今のお店の形になりました。
堀口 音楽と飲み物に絞っているのも特徴ですね。
大西さん あまり欲張らないようにしているんです。ここで食事まで出すようになると、私自身が無理になってしまう。週3日の営業ですが、休みの日には福祉の活動や自治会のこともありますから、お店以外のことも自分の生きがいなんです。
だから、お店では飲み物とちょっとした甘いものを出して、音楽を楽しみながらゆっくり過ごしてもらう場にしています。続けるには、無理をしないことが大事だと思っています。
音を楽しむ文化を育てたい
堀口 この地域は「音を見る」と書く地名でもありますし、音楽文化とのつながりを感じることはありますか。
大西さん そういうふうになるといいな、という願望はありますね。今はスマホで気軽に音楽が聴ける時代ですが、スマホで聴く音楽と、こういう場所でじっくり聴く音楽は全然違うと思うんです。癒やしにもなるし、健康にもつながると思います。だからもっと、市民の方に「音をじっくり楽しむ」良さを知ってもらえたら嬉しいですね。
若い人たちの中には、音楽フェスのようなことをやりたいと言っている方もいるそうですし、音楽で人を幸せにしたいという思いを持っている人もいると思います。そういう人たちがつながって、音楽や音をキーワードに何か発信できたら面白いですよね。
自治会、公園清掃、そして通信づくり
堀口 こちらでの地域のつながりについてはどう感じていますか。
大西さん うちの場合は夫が自治会長を何年もやっていて、役員会があったり、女性の集まりがあったりします。手芸をしたり、お茶を飲んだり、そういう時間があることで人と人がつながるんです。特に高齢の方にとっては、みんなと会えること自体が大切なんですよね。
堀口 公園清掃の活動についても教えてください。
大西さん 毎月、公園の清掃をしています。第1月曜日の朝に1時間ほどやって、そのあと少し集まっておしゃべりしたりもします。無理やり集めているわけではなくて、来たい人が来るという形なんですが、「今日も楽しかった」と言ってくださる方が多いんです。公園が少しきれいになることと、人と会って話せること、その両方が喜びになっているんだと思います。
この活動はもう7年くらい続いていて、毎月通信も出しています。公園のことや参加者の声などを載せて、市内のいろいろな場所に置いてもらっています。続けるのは大変ですが、無理なく続けることが大事だと思っています。
この町の可能性と、若い人たちの課題
堀口 この町の可能性については、どんなふうに感じていますか。
大西さん いろいろ可能性がある町だと思います。都会には優れた人がたくさんいて、何かを始めようとしても埋もれてしまいやすい。でもここには、自分が前に出てやれる余地があるんです。何かやろうとすると歓迎してくれる空気もある。ないものは作ればいいし、場がなければ自分で作ればいい。そう思える町なんです。
堀口 一方で、若い人にとっては経済的な不安もありますよね。
大西さん それは本当に大きいと思います。私たちは子育ても終わっていて、自分たちが楽しみながらやれているからこそ成り立っている面もあります。でも若い人には、生活や子育てや経済の問題があります。そこをどう支えていくかは大きな課題ですよね。
ただ、この町にはお金だけでは測れない豊かさもあります。景色に癒やされたり、人とつながれたり、そういうことも暮らしの大事な価値だと思うんです。
自然の力と、「ないなら作る」という姿勢
大西さん 東京のような場所では、満員電車に乗って、コンクリートばかり見て暮らすことになりがちですが、こちらは違います。朝起きて外へ出れば自然がある。公園まで歩くだけで、季節や天気によって見える景色が違って、毎日がちょっとした旅行みたいな感覚になるんです。自然の力は本当に大きいですよ。
都会の便利さにしがみついてしまう人も多いと思いますが、地域にはそれ以上の価値があると思います。違う環境に身を置くことで、新しい可能性に気づけることもある。不安があっても、ないものは自分で作り出す。その面白さがあるんですよね。
やっぱり仲間がいるのは心強いです。一人でもできることはありますが、もう一人でも力になってくれる人がいると全然違う。若い人たちの中にも、何か新しいことを始めたいと思っている人はいますし、「やればいいじゃん」と一言背中を押されるだけで進めることもある。だから、仲間づくりも含めて、こういう場所でできることは大きいと思います。
これからの課題
堀口 今後の課題として感じていることはありますか。
大西さん やっぱり後継者ですね。私たちの活動もお店も、ずっと続けられるわけではありません。できれば引き継いでやってくれる人がいたらいいなと思っています。
ただ、私は「絶対来てね」「やってね」と強く言えるタイプではないんです。来たい人が来て、やりたい人がやる。そんな自然な流れの中で受け継がれていけば理想ですね。お店も、もし安心して任せられる人がいたら、この建物も活かしていけるのにと思うことがあります。
話を通して印象的だったのは、大西さんが特別な理想を大きく掲げるよりも、目の前のご縁や偶然を前向きに受けとめながら、自分にできる形で一つずつ動いてきたことだった。夫の趣味から始まった音楽喫茶も、地域の魅力をもっと伝えたいという思いから始まった活動も、無理をせず、けれど手を止めずに続けてきたからこそ、今のかたちになっているのだろう。
便利さや効率では測れない豊かさが、この町にはある。景色に癒やされること、人と自然につながれること、ないものを嘆くのではなく、自分たちで場をつくっていけること。大西さんの言葉には、移住を考える人だけでなく、いまの暮らしの中で少し立ち止まっている人の背中をそっと押す力があった。
観音寺市移住サイト
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