「とやまWEST」は、富山県西部に広がる個性豊かな6つの市
移住者インタビューPart.3【小矢部市に移住】
台湾から故郷へUターン移住。
地元食材でつくる一皿に想いを込めて
新井 博子さん
小矢部(おやべ)市内でフレンチレストランを営む新井博子さんは、2016年に故郷の小矢部にUターン移住。地元食材にこだわった料理で、地域の人や観光客をもてなしている。開業から今年で9年目。これまでの歩みや故郷で店を続ける思いを聞いた。

京都と台湾で料理修行
小矢部市で生まれ育った新井さんは、金沢市の高校を卒業後、シェフを目指して京都の調理師専門学校に進学。卒業後は同校に就職し、実習助手として3年間勤務。その後、祇園近くのワインダイニングで、和の要素を取り入れた京フレンチの腕を磨いた。
「年数回の長い休みに、度々旅行していたのが台湾でした。何度も訪れるうちに住んでみたくなり、30歳になるのを前に台湾の語学学校に入学しました。滞在中に、知り合いからの紹介で、カフェの立ち上げに関わり、雇われシェフに。その後は独立して、友人と一緒に飲食店を開きました」

台湾に約4年間滞在し、料理人として充実した日々を送っていた新井さんだが、日本でフレンチレストランを開きたいという思いは常にあった。そんな折に転機が訪れた。
「実家がある駅前の商店街で、道路の拡幅工事が決まり、家を建て替えることになったんです。京都か金沢か、縁のある場所での開業も考えていましたが、これも良いタイミングと思い、実家の土地で開業することに決めました」
小矢部には年数回は帰省していたが、住むのは15年ぶり。帰郷後は店舗の構想を練りながら、朝市でのサンドイッチ販売や市主催の料理教室の講師など、地域とのつながりを少しずつ広げていった。
市内で唯一のフレンチレストラン開業
約2年間の準備期間を経て、2018年1月、「おやべの小さなビストロ マルカッサン」がオープンした。新井さんに店名の由来を聞いた。
「マルカッサンはフランス語で、“ウリ坊”という意味なんです。私の干支がイノシシで、これから成長していきたいという思いを込めて名付けました。お店のイラストは妹に描いてもらったものです。開店準備には家族総出で助けてもらいました」

陶芸家の妹はカナダから駆け付け、器の制作や店内装飾を担当。両親も長年の自営業の経験を生かしてサポート。開店当初は、両親の知り合いや、料理教室・マルシェで出会った人たちが来店してくれたという。
「周りの人からは小矢部にフレンチレストランを出すのは難しいと言われましたが、ライバルがいないので、一度根付いたら強いと考えました。京都での経験を生かして、日本人でもなじみやすいスタイルと味付けに工夫しました。最初は敷居が高いと思われたようですが、一度来た方がまた来てくれるように。金沢からも近いので、県外のお客さんにも来ていただいています」

故郷で地元食材の豊かさを再発見
料理人として故郷に戻ってきた新井さんは、地元の食材の豊かさにあらためて魅力を感じている。
「お店で使用している肉は、同級生が稲葉山牧場で飼育している黒毛和牛です。コース料理とワンプレートに付くポタージュには、サトイモやサツマイモなど、小矢部産の野菜を使っています。肉も野菜もこれだけ良い食材が揃うのは、小矢部でお店をやる大きな強みです」
野菜や肉、魚は地元の生産者や店から仕入れている。父親やその仲間から野菜をもらうこともあり、地域の人たちの応援を感じている。新井さんが地元食材にこだわるのには、地域の魅力を知ってほしいという思いもある。

小矢部市は、日本有数のハトムギの生産地。新井さんは「小矢部ならではのクラフトビールがあったらいい」と考え、特産のハトムギを使った「しあわせ運ぶはと麦ビール」を考案。金沢市のブルワリーに醸造を依頼し、店のオープンに合わせて完成させた。ハトムギの香ばしさが感じられるビールは、飲みやすくておいしいと評判だ。
「ハトムギが小矢部の特産品だと知らない人も多くて、『なんでビールにハトムギ?』と聞かれることもあります。料理やビールを通して、小矢部の特産品を知ってもらえるのがうれしいですね」

子どもたちに地域の食を伝える活動
学校からの依頼で、石動(いするぎ)中学校の総合的な学習の時間で料理をレクチャー。地元の食材について学ぶ生徒と一緒にカレー作りを行った。
「母校の生徒と料理ができるのはうれしいです。この授業が良い思い出になったり、料理の仕事に興味を持つきっかけになったりするといいです」
さらに、石動高校の商業科では、特産野菜を使った加工品づくりにも協力。サトイモを使ったプリンの企画ではレシピ開発に協力し、生徒の思いを形にしてマルシェで販売している。

住んでいる人がお互いを大切にするまち
「京都も台北も人が多くて忙しく、店と家を往復する毎日で気持ちに余裕が持てませんでした。それに比べて、小矢部はのんびりしていて心にゆとりが生まれる場所。いまでも生活の中心はお店ですが、ここに戻ってきて仕事と趣味のバランスがうまく取れるようになりました」

新井さんの趣味はウィンタースポーツ。家から車で30分以内の距離にスキー場があり、気が向いたらすぐに滑りに行ける環境も魅力だという。
「子どもの頃から、冬は一番好きな季節。レストランの窓から眺める雪景色もいいし、稲葉山から見下ろす雪のまちも大好きです。近所の人が『よく降ったね~』と言いながら、雪かき棒を手に一斉に外へ出てくるのも雪国らしさ。そんな日常のやり取りをしながら、お互いを大切にしているのがこのまちの良さなんです」

小矢部市ってどんなところ?
豊かな自然と歴史が息づく小矢部市は、金沢市へのアクセスにも優れた暮らしやすいまちです。アウトレットモールをはじめとした買い物環境も充実。有効求人倍率は県内トップレベルを誇り、グローバル企業から老舗メーカーまで多様な企業が集積しています。キャリアも日常も大切にしたい方に最適な環境が整っています。
【人口】27,330人
【世帯数】10,775世帯
【主な移住・定住支援制度】
住宅取得助成制度、おやべ暮らし体験ツアー 他
【移住に関するお問い合わせ先】
定住支援課 TEL:0766-67-1760
【小矢部市ホームページ】
https://www.city.oyabe.toyama.jp/ijyu/
(写真提供:小矢部市)
(写真提供:小矢部市)
移住者インタビューPart.4【南砺市に移住】
日本の伝統文化が息づくまち
あたらしい自分を求めてJターン移住
越後 佑子さん

富山県南砺(なんと)市は、井波彫刻などの伝統産業が残り、民藝(みんげい)運動とも関わりの深い土地。そんな手仕事の美しさと精神性が宿る文化に魅了されて、このまちを訪れる人は少なくない。2022年9月に南砺市に移住した越後佑子さんもその一人だ。
転職を機に見つめ直した“これからの生き方”
富山県高岡市出身の越後さんは、石川県の大学を卒業後、三重県の市役所に就職。そこで約20年間、行政職員として働いていた。移住のきっかけは転職を考えたこと。
「長年、同じ仕事を続けてきましたが、職業が自分のパーソナリティに与える影響の大きさに気づきました。このままでは同じ価値観の中で人生が終わってしまう。転職を考えたのは、これまでとは違う価値観に触れることで、自分がどう変わるかを試してみたかったからです。チャレンジするなら、気力も体力もある今のうち。やりがいを持って一生涯続けられる仕事を見つけて、新たな場所で暮らしの基盤をつくりたいと思いました」

伝統文化が息づく南砺市との出会い
新天地に選んだのは、自分が生まれ育った富山県だった。しかし実家のあるまちではなく、今の自分が心地よいと感じる場所に住みたいと考えた。越後さんは公務員時代に茶道を始め、日本の伝統文化に強い関心があった。情報収集をする中で、伝統産業が残り、暮らしに文化が根付く南砺市に強く惹かれたという。

行動の第一歩として、南砺市役所を訪れ、そこで移住担当の地域おこし協力隊員に相談。自身の興味や移住後の暮らしに望むことを話したところ、市内の古刹「光徳寺」を紹介された。そこでの出会いが、南砺への移住を決める大きなきっかけになったと、越後さんは振り返る。
「500年以上の歴史を持つお寺で、版画家の棟方志功とも縁の深い場所です。となみ民藝協会の事務局を担当していて、ちょうど開かれていたお寺での民藝のイベントに連れて行ってもらいました。そこで住職の奥さまと出会い、共通の趣味で意気投合。民藝の集まりに度々呼んでもらうようになり、それから2カ月に1回くらいの頻度で南砺市に通うようになりました」

葛藤を越えて踏み出した地域おこし協力隊という選択
南砺を訪れるたびに、まちの奥深さに惹かれ、地域とのつながりが生まれていった。しかし移住に踏み切るまでには時間がかかったという。安定した公務員の職と生活基盤を手放すことへのためらいや単身での移住への不安、そうした葛藤を抱えたまま数年が過ぎた。仕事探しに悩んでいた頃、南砺市の移住担当課から地域おこし協力隊の募集を紹介された。
「地域おこし協力隊は特別なスキルがあって、任期後は起業するような人がなるものだと思っていました。でも募集内容は小規模多機能自治に関わる活動で、以前市役所で担当したこともあり、これならできる!と思えたんです」

南砺市では旧小学校区単位で、住民や団体が地域の課題に取り組みながらまちづくりを行っている。隊員活動は、地域づくりの中間支援組織を拠点に、市内31カ所の地域づくり協議会を回って話を聞き、課題解決の支援をするというものだった。
地域おこし協力隊は、任期中は仕事と住まいが保証されるため、移住のハードルが低かった。起業に踏み出す考えはなかったが、就職という選択肢もある。協力隊活動を通して地域を知り、地域にも自分を知ってもらう3年間にしようと決めた。
「隊員活動を始めて印象的だったのは、市の職員ではない方々がまちの課題や未来について熱く語っていたことです。地域のことは地域でやろうと、主体的に議論されていることに、南砺市の底力を感じました。山間部の地域では、協議会が大学に働きかけ、大手衣料品店を呼んでマルシェを開くなど、行動力に驚かされました」
市役所で多くの住民と向き合ってきた経験は、地域での信頼関係づくりにも生きたという。越後さんは住民の思いに耳を傾け、市と住民、県や他市町、大学などの橋渡し役を担った。

南砺で育まれる感性と、新たな暮らしの基盤づくり
隊員任期後は、市内に拠点を置く観光法人「富山県西部観光社 水と匠」に就職。現在は総務や広報を担当している。入社のきっかけは、となみ民藝協会でのつながりから声をかけられたことだった。同社は民藝運動の創始者・柳宗悦が唱えた地域の精神風土「土徳(どとく)」の継承をミッションに、とやまWESTを中心に地域資源を生かしたまちづくりを行っている。また、城端(じょうはな)地区の善徳寺敷地内にある複合施設「杜人舎(もりとしゃ)」も運営しており、宿泊を中心に、カフェやテレワークスペースなどを備えた滞在型の拠点となっている。

「南砺市は文化度がとても高い地域。住んでいる人が民藝の器を当たり前のように使っていて、それについて語る素養もある。日常の会話の中で器や民藝の話ができることに喜びを感じています」
越後さんが暮らす城端地区は、“越中の小京都”と呼ばれる情緒ある町並みと田園風景が同居するエリアだ。暮らし始めてからの心境の変化を尋ねた。
「冬は長いですが、今では雪も寒さも嫌いではなくなりました。陰と陽のどちらがよいかではなく、自然の一部としてどちらも受け入れる。雪の日に家の中でゆっくり過ごす時間も豊かで満たされるひとときです。春夏秋冬すべてに美しさがあり、小さなことに感動しています。ここに移り住んでから、自然のリズムで暮らせるようになり、感覚が磨かれたように思います」

お寺との出会いから始まった南砺市での暮らし。季節の移ろいを感じながら、自分のペースで丁寧に日々を重ねている。越後さんの新しい人生の章は、南砺という土地で静かに、しかし力強く開かれている。
南砺市ってどんなところ?
世界遺産・五箇山の合掌造り集落や散居村など、日本の原風景が今も息づく南砺市。山間部と平野部の豊かな自然に恵まれ、スキーやアウトドアなど四季を通じたアクティビティも楽しめます。地域には助け合いの精神「結(ゆい)」が根付き、除雪や日常生活でも支え合う、温かな人のつながりが育まれています。
【人口】45,061人
【世帯数】17,435世帯
【主な移住・定住支援制度】
住みたい南砺応援金、「なんとに住んでみられ」住宅 他
【移住に関するお問い合わせ先】
南砺で暮らしません課 TEL:0763-23-2037
【南砺市ホームページ】
https://kurashi.city.nanto.toyama.jp/
(写真提供:南砺市)
(写真提供:南砺市)
文・鈴木俊輔 写真・中西 優
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