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アメリカヤ51年目の再生の物語
山梨・韮崎の名物ビルをリノベーション

※本記事は、雑誌『LiVES』vol.108より抜粋しております。

特急電車で甲府から一駅。山梨・韮崎駅ホームから山側に目をやると、レトロ文字の看板を掲げた不思議なビルが目に入る。1967年から半世紀以上この街を見守ってきた名物ビル「アメリカヤ」だ。長い休眠期間を経て、 2018年にリノベーションで再生。個性豊かな入居者が集う新たな拠点が、韮崎の街に変化をもたらしつつある。

ビルの前身はハイカラなみやげ屋。オーナーが敷地の湧水を使って発案した「アイスボンボンキャンデー」をピンクのフォードで売り歩き、成功してアメリカヤが建ったとの逸話も。(写真提供:アメリカヤ)

地域に愛されたビルを 再び人が集まる拠点へ

古くて価値を感じるものが好きだったこともあり、建築家になってからは、 ますます建築物としてのポテンシャルの高さを感じるように。ある時ふと「あのビルをもう一度、人が集まる場所にしたらおもしろそう」と知人に話したことが、プロジェクトのきっかけになった。

「その知人が、ビルを相続した息子さんを紹介してくれたんです。そこで建物の管理に困っていて取り壊すつもりだと聞き、『もったいない!』 と一念発起して。建物をリノベーションし、私たちが管理運営することを提案しました」(千葉さん)

メンテナンスの手間や費用がネックで経営に踏み切れないでいたオーナーにとってはうれしい申し出。千葉さんが県内の古民家リノベーションの実績が豊富だったことも後押しとなり、快諾してくれたという。

「ここを手掛けて、作り手の顔の見えるところで食事や買い物をしたいと思うようになりました」と千葉健司さん。ネオンサインだった屋上の看板は残し、夜間にライトアップ。

人が集い文化を発信する場へ

改めてビルを見たときはもう、『良すぎてやばいな』と(笑)。ドアやサッシには職人の手仕事を感じるし、 幾何学的ならせん階段はアートのよう。決め手は屋上で見た光景でした。富士山や八ヶ岳、茅ヶ岳を一望する 眺めと、夕陽に照らされた古いネオン看板のコントラストに圧倒されて、『ここには人を引き寄せる力がある』 と確信したんです」(千葉さん)

ビル誕生の背景にも心をつかまれた。異彩を放つデザインは、貢さんが戦争中シンガポールで見た文化と、帰還した兄から聞いたアメリカの話にヒントを得ていたことが分かる。ゆえに取り違えた部分があり、独特の趣ある姿になっていたのだ。

1 階のレストラン「ボンシイク」から2階に上がれる。壁や床、階段の手すりはあえて塗装し直さず、元の風合いを生かしている。照明は元のデザインになじむものを選んだ。

前オーナーも「地域の拠点にしたい」との思い入れが強かった建物。再生のテーマとしたのは建物の持ち味を生かし、街の人に愛される場にすること。老朽化した設備は交換したが、躯体は汚れを落として一部を手直しする程度に。
なかでも廊下と階段まわりは、すべて昔のまま。タイムスリップしたかのように胸が躍る空間だ。

テナント入居者も、地域のつながりを生かしてコンセプトに共感する最良のメンバーが集まった。街を一望する5階はコミュニティスペースとして開放。普段は誰でも自由に使うことができ、スーツ姿の会社員がパソコンを開いたり、学生が電車を待つ間におしゃべりをしたり。建物隣の屋外スペースでは、地元の有志が実行委員となって「にらさき夜市」を不定期で開催中だ。

ビルから街へ変化が広がる

ビル再生以降、以前は閑散としていた界隈も変化が起きつつある。これまで韮崎は甲府なとど都市への通過点だったが、県内外からアメリカヤに訪れる人が増加。かつてのビルを知る世代の人が「懐かしい」と足を運び、昔話を聞かせてくれることも。

「思いを行動に移すことで協力者が現れ、建物だけでなく街全体が元気になっていく。こうしたことをもっと企てたくなりました。誇れるものをつくる大人を見れば、街に愛着を持つ若者も増えるはず」(千葉さん)

同じ通りの空き店舗をゲストハウスにリノベする計画も進行中だ。

左上・1階に残る旧食堂の配膳用エレベーター。左下・古いドアやサッシはスチール製。右・街の人も一休みできるベンチ。植栽は山梨のYard Worksが担当。

もう一つの物語 アメリカヤ横丁

日が暮れる頃、アメリカヤから道路を挟んだ細い路地に温かな光が灯り始める。昭和初期建造の長屋と住居が、リノベーションによって飲食店が集う「アメリカヤ横丁」へと再生した。

アメリカヤの窓からも横丁のにぎわいが見える。入り口には、アメリカヤと同じく小幡彩貴さんのイラストとBEEKの土屋誠さんによるロゴをあしらったサインが。

アメリカヤが再生して間もないある日、建築家の千葉健司さんは、道を挟んだ路地に立つ築70年ほどの木造長屋が取り壊されるとの噂を耳にした。1階が小料理屋、2階が住居として使われていたその建物を訪ねてみると、昭和情緒が残る唯一無二の佇まい。

アメリカヤ同様「絶対に残さなければ」と直感した千葉さんは、オーナーを訪ねて直談判した。「老朽化が進んだ建物は耐震性や漏水など不安が多く、汲み取り式トイレも交換が必要だから」と断られたが諦めきれず、「建物の管理を含めて任せてほしい」と交渉。裏にある元貸し家と共に10年の賃貸契約を結び、飲食店街「アメリカヤ横丁」への再生をスタートさせた。

ワラ焼き鰹の名店、日本酒がおいしい創作料理店、ラーメン酒場に和食バルなど個性豊かな店舗をハシゴするのも楽しい。かつて店主の住居だった2階も客席に活用。

店舗間の壁に構造用合板を入れて耐震補強を施し、水まわり設備も一新。聚楽壁や木製建具、状態のいい木製カウンターなどはメンテナンスを加えて残し、元の空気感を生かした。日本酒の店やラーメン店など地域のつながりを生かした個性豊かな入居者に、オーナーも喜んだという。

長屋の裏側は、元住居スペースの入り口。異国の路地のような雰囲気が楽しい。左手のかつて貸し家だった建物も店舗で、廊下がつながっているため行き来できる。


右・カウンターに立つリツコさんが、目の前で絶妙な温度で燗をつけてくれる。左・ベルギービールに合う「はじめのお皿とお出汁のもの」(1,300円+税)

韮崎駅から徒歩2分の立地は「ちょっと一杯」にぴったり。ハシゴするのも楽しく、甲府から電車で飲みに来る人も多い。アメリカヤの「にらさき夜市」後にオールナイトイベントを企画するなど、点から面への楽しみ方も生まれている。「すぐ近くでゲストハウスのリノベも進行中。韮崎が泊まって遊べる街になるのが楽しみです」(千葉さん)

古い建物・街並みに込められた人々の想いが人をつなぎ、街に新たな変化をもたらしている。

edit_Taeko Ishii
photograph_Makoto Tsuchiya(BEEK)
text_Makiko Hoshino(P110-115)、Taeko Ishii(P116- 119)


アメリカヤ
山梨県韮崎市中央町 10-17
americaya1967.jp
https://www.atelier-iroha.com/