【林業就業支援講習ルポ】
森を育み、暮らしを守る
香川の森から踏み出す第一歩

静かな森にチェーンソーのモーター音が響く。

木に伐倒用の切り口を入れる作業を見つめるのは、県外から集まった9人の受講生だ。

香川県高松市で開かれた「林業就業支援講習」。林業の魅力を知ってもらおうと、全国森林組合連合会が厚生労働省から委託を受け、全国各地で実施している。

人手不足や高齢化が叫ばれる中、彼ら彼女らはいわば未来を託された〝若木〟たち。それぞれの想いを胸に、森の担い手としての一歩を踏み出そうとしていた。

技術習得の場を無償で提供

林業就業支援講習には、就業相談会を兼ねた「1日コース」、3日間の「体験コース」、2週間程度でチェーンソーなどの資格も取得できる「実践コース」の3つがあり、いずれも受講料は無料。この日開かれていたのは「実践コース」の実地講習。年齢も居住地もばらばらな受講生らが、市内の森で伐倒、植え付け、下刈りを体験した。


苗木を生育を妨げないよう草を刈る「下刈り」も林業における大事な仕事の一つ。炎天下の中、受講生らは流れる汗を拭いながら、安全かつ効率的な刈払機の使い方を学んだ

日本の国土の約7割が森林である一方、林業従事者の数は約4万人とされる。私たちの暮らしを支える森を、少ない人数でなんとか守っているというのが実情だ。さらに、森林の四割は人工林。戦後に需要拡大を見越して杉などの単一の樹種が植えられたところも多く、それらの森は人が手入れをしなければ荒廃が進む。こうした状況を乗り越えていくためには、林業従事者の増加が不可欠だ。

受講生らの就業先はおおむね民間の林業会社か全国各地の森林組合。組合では民間所有の森林をまとめて管理するなど、より公的な役割を担う。

全国森林組合連合会の担い手雇用対策部部長、淡田和宏さんは「就職という点で林業は完全な売り手市場。自然の中で働けることは大きな魅力ですし、移住先で新しい仕事を探している人にも検討してほしいですよね」と話した。


講師を務めた陶山芳伸さん、熊野義助さんは元林野庁職員。ともに70代とは思えない、軽やかな身のこなし。現在は林業・木材製造業労働災害防止協会(林災防)の香川支部に所属し、講習での後進の育成にも尽力している。苗木の植付を実演し、落ち葉などをよけたうえで根が広がるように話して植樹した

(一財)香川県森林林業協会 大西智也さんからメッセージ

香川は林業が際立って盛んな県ではありませんが、それでも47%が森林。雨量が少なく木の成長が遅い半面、年輪の幅の狭い、密度の高い木が育つのが特徴です。現在は戦後に植えた木がどんどん搬出の時期に達していて、あと10年ほどでピークを迎えますが、それを担う人材が足りていません。県では香川の檜をブランド化し、全国流通させることで、林業を活性化させる試みに着手しています。相続した山を管理しきれず手放す人も少なくない中、香川県でも林業従事者の需要がますます高まっていくのは必至です。

 

きれいな空気と水をつくる

この日は講師として、同講習OGが来ていた。2024年四月から香川県森林組合連合会で働く森杏華さんは、高松市生まれの20歳。前年実施の講習を経て林業の道に進んだ期待の星だ。

「祖父母が農家で、人の生活の根底を支える一次産業は大切だと子ども心に感じていました。そして高校生の頃、森林公園で見た女性の作業員がかっこよくて、憧れを抱いたんです」。とはいえ、都会への進学を考えた時期もあったそうだ。「でも、自分はそもそも地元のことを何も知らないなと気付いたんです。そんな頃に講習の存在を知って、『とりあえず試してみよう』という気持ちで参加しました。初めて手にしたチェーンソーの重み、力強さが鮮烈で。林業についてもっと知りたくなりました」

現在は素材生産をする班に所属し、主に伐倒作業や造材作業を担当する。この日は受講生らの前で、意図した方向に檜を倒す作業を実演した。その姿からは、日々成長できることへの喜びと、仕事への誇りが感じられた。

「林業の仕事はただ木を切るだけではなく、植えもする。友だちから林業について聞かれると、きれいな空気と水をつくる大切な仕事だと説明します。今はどんどん技術を身につけて、もっと仕事を任せてもらえるようになりたいですね


全国的に多いのは杉の人工林だが、香川県では雨量の少ない気候に合う檜が最も多く植えられている。この小さな木が順調に育てば、40年ほどで伐採に適した主伐期を迎える。長い時間軸の中で、脈々とバトンが受け継がれていく

\受講生の声/

林由行さん

岐阜県から来た林由行さんは不動産賃貸業を営んでいたが、趣味の渓流釣りで訪れた山中で運命的な出会いをしたそうだ。「移動手段のバイクを山奥で動かせなくなってしまって。しばらく歩き、たまたま通りかかったトラックに助けを求めたら、その方が林業の会社をされていたんです」。同乗させてもらい、話を聞くうちに林業に興味を引かれた。「まずは刈払機とチェーンソーの資格を取ろうと思い、この講習を知りました。実際に受けると、傾斜地での草刈りが難しかったり、磨くべき技術が多いですね。それを70歳ぐらいの講師の方が、洗練された動きで軽々とやってのける。自分もあんな風に生きたいと心から思いました」

村上智子さん
村上智子さんは元ファッションデザイナーで、現在は愛媛県四国中央市の市議会議員。夫が出身地の四国中央で就業することになり、東京から移住。昨年11月の市議選で初当選した。「四国中央の面積の76%は森林。以前から登山イベントを企画するボランティア活動をしているのですが、その中で、山林の価値をどう活かすかが地域にとって重要だと感じてきました」。土砂災害の防止、鳥獣被害の軽減、アクティビティへの活用、災害対応力の向上……林業従事者を始めとした山と関わる人を増やすことに、多くの利点があると指摘する。「まずは自分が山のことをもっと知ろうと思い、この講習を受けました。得るものは想像以上に多かったです」

 

受講料無料! 林業就業支援講習(厚生労働省委託事業)

全国森林組合連合会では、林業への就職を希望する方を対象に、全国各地で林業就業支援講習を随時開催しています。受講期間の異なる3つのコースがあり、講義、体験、資格講習、施設見学を通じて林業の基礎を学ぶことができます。

※現時点での予定となります(今後変更になる場合があります)
※詳細については、各都道府県の【相談窓口】にお問合せを

 

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TURNS特別編集『林業就業支援講習ガイドブック』では、林業従事者インタビューのほか、各コースの講習内容や受講生の声などを詳しくご紹介。林業の世界に一歩踏み出したい人に向けて、現場のリアルと可能性をわかりやすくまとめた内容になっています。

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取材・文:瀬木 広哉 写真:上野 加代子 イラスト:伊藤 健介

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