大小の島々が連なる長崎県五島列島。その北部に位置する上五島(新上五島町)は、青く澄んだ海の美しさはもちろん、数多くの教会堂と神社仏閣が日常に溶け込む“祈りの島”だ。上五島神楽や弁財天祭(メーザイデン)といった伝統行事も、島の暮らしと深く結びつきながら受け継がれている。
2026年1月に開催された「上五島をよりよく暮らす〜トーク&寿司交流会〜」には、上五島の今を盛り上げる若手がずらり。ゲストと参加者、地元住民と移住者の垣根をこえて語られたのは、観光だけでは見えにくい、島暮らしの面白さだった。
「上五島をよりよく暮らす〜トーク&寿司交流会〜」とは
上五島での暮らしを、もっと心地よく、楽しくするヒントを分かち合う交流イベント。移住者、地域の人、短期滞在者が集まり、気軽に語り合えるオープンな場が設けられた。主催は離島引越し便のアイランデクス株式会社。会場は同社のシェアハウスBAY上五島。
[シェアハウスBAY上五島]
https://bay-sharehouse.com

登壇者

<モデレーター>
池田和法(いけだ かずのり)さん|アイランデクス株式会社 代表
愛媛県内子町出身。東日本大震災を機に「目の前の人の役に立ちたい」と思い立つ。奄美大島にUターンする夫婦の引越しを手伝ったことがきっかけで、離島と深く関わるように。現在は8つの島に営業所をかまえ、離島引越し便を軸にさまざまな事業を展開。離島引越し便は有人離島の80%をカバー。累計4万組、3200人以上の引越しを実現。

<トークゲスト>
和氣幸佑(わけ こうすけ)さん|訪問看護ステーション ルーラル・ケア 看護師
兵庫県西宮市出身。神戸市の救命救急センターを経て地域医療の道を志し、医療と生活・医療と地域の距離が近い上五島へ移住。訪問看護事業をベースに、上五島に住むすべての人に必要な医療ケアを届け、その人らしい人生を過ごせる地域づくりを目指して活動中。

<トークゲスト>
舛田侑祐(ますだ ゆうすけ)さん|株式会社マルマス 取締役・工場長
舛田愛美(ますだ まなみ)さん|株式会社マルマス 営業・広報
昭和33年に島のアイス屋さんから始まり、特産の五島手延うどんを製造する株式会社マルマス。五島うどんの伝統と技術を受け継ぐ夫の侑祐さん、アイデアと企画力で商品の可能性を引き出す妻の愛美さんが、互いに力を合わせて老舗の味を島内外へ発信。
同じ上五島に暮らす“人”として語り合うフラットな交流の場を
「人生に離島を」をビジョンに掲げて離島暮らしをサポートするアイランデクス。離島専門の引越し便から始まり、島のさまざまな困りごとに向き合ううちに、車両輸送、シェアハウス、宿泊事業、工務店、学生寮運営などへとサービスが広がっていった。北海道から沖縄まで全国の離島を行き来する代表の池田和法さんは、二拠点ならぬ“離”拠点生活を送っている。
「島には心豊かな日常があり、そこには僕らが立ち戻るべき未来がある。島で暮らしたいという人の選択肢や思いに、どう応えていけるのか。引越しは、ただモノを運ぶだけじゃなくて、人生の転機そのものに関わる仕事だと思うんです」
この70年間でおよそ60万人減少しているといわれる離島人口。しかし、島が抱える課題は人口減少だけではない。環境、文化、医療、物流、さまざまな問題が複雑にからみ合うからこそ、「これだ!」という答えを導き出すのは容易ではない。池田さんは今回のイベントでもあえて「答えを出さない」ことをポイントに据えた。
「課題を解決するのではなく、まず自分たちの島がどう見えているのかを知って、語り合い、分かち合う。それだけでも島の見え方が変わると思います」
会場は、アイランデクスが空き家となった元整骨院をリノベーションして受け継いだ「シェアハウスBAY上五島」のコワーキングスペース。仕事や立場の違いを超えて、同じ上五島に関わる人たちが集う。そんな交流の場が幕を開けた。
一人ひとりがつながるために「大切にしたいこと」
イベント冒頭で池田さんが共有したのは、この場で「大切にしたいこと」。ルールではなく、この時間をどう過ごしてほしいかという“お誘い”に近いものだ。
「大切にしたいのは、人としてつながり合うこと。肩書きでつながるというより、人間として話ができたらいいなと思います」と池田さん。
ゲストの顔ぶれは医療や食文化・産業に関わる人たち。彼らを前にすると、つい「自分に何ができるだろうか」と考えがちになる。しかし、今回は「その人が何をどう考えているか」「どんな気持ちで現場に立っているか」という視点を大事にしたいという池田さんの意図が伝わってくる。
続いて挙げたのは「固定観念で否定しない」「話を遮らない」ことだ。
「“島だからこうだよね”という言葉は、前向きな意味で使うときはいいけれど、ネガティブな意味合いでは少し避けてみたい。そして、話はうまくまとめなくてもいいし、正解は出さなくてもいい。ただ、みなさんのお話を聞かせていただきたいと思っています」
テーブルを囲むような席の配置も、一人ひとりの声にお互いが耳を傾けてほしいという思いから。池田さんが目指したのは、上五島での普通の暮らしを、もっと心地よく、もっと楽しくするためのヒントを、みんなで持ち寄ること。「ひとつでも持ち帰ってもらえたら、それで十分だと思います」という池田さんの言葉とともに、トークセッションは始まった。
ほかの離島とはちょっと違う?上五島の“今”を語るクロストーク
トークセッション・テーマ①
「この島で働いていて、思わず嬉しくなったこと」
トークセッションでは、2つのテーマを軸にゲストと参加者がグループに分かれ、熱いトークで盛り上がった。
最初のテーマでは「働く」ことから島を語る。
五島手延うどんを製造するマルマスの舛田侑祐さん・愛美さんが挙げたのは、ポケモン社とのコラボ商品の誕生だ。島の伝統的な製麺業を守りながらも、アイスクリームで培った技術を活かして冷凍うどんを販売するなど、新しい挑戦を重ねてきたその先に快挙を成し遂げた。
「孫の代まで自慢できる仕事になりました」と、笑顔で語る愛美さん。上五島は五島手延うどん発祥の地。島に根差した仕事でありながら、国内外に通じるビジネスチャンスを掴み取れる。その実感が確かな自信につながったようだ。
テーブルに広げられたコラボ商品のパッケージには、上五島の地図が8ビットで描かれ、参加者全員から歓声があがる。上五島の魅力を詰め込んだデザインには、舛田さん夫妻のふるさとへの思いがあふれていた。
訪問看護の現場で働く和氣幸佑さんは、移住10年目。上五島の病院で看護師として8年勤めたあと、訪問看護ステーション「ルーラル・ケア」を立ち上げた。
「患者さんが病院に来るのを待つのではなく、僕らが地域に出て健康を支える、生活を支える。自分のスキルで上五島のために何かできたらと思っています」と語る和氣さんの言葉にうなずく参加者も。
そんな和氣さんが嬉しいと思ったのは、日々の活動を通して感じる“距離の近さ”だ。
「僕は上五島に縁もゆかりもなかった移住者だけど、関西弁のお兄ちゃん(笑)って声かけてもらったのが嬉しかった。僕の活動やケアが良い感じに受け入れてもらってるんだと感じました」
利用者やその家族と“顔の見える”関わり合いの中で、「この人がこの島でどう生きてきたか」を知りながら活動ができる。その一つひとつが、和氣さんの働く喜びにつながっている。
また、潜伏キリシタンの集落で村おこしに取り組む参加者からは、「地域の価値が再認識され、住む人たちの意識が変わった」という言葉も。世界文化遺産にも登録された“祈りの島”、上五島ならではのエピソードが印象的だった。
トークセッション・テーマ②
「この島で生きる面白さを、子どもに話すなら」
2つ目のテーマは島で生きる面白さ。
「上五島には都会にないものがすべてある。海も山もすごく豊かで、人も温かい。子どもたちが今の感性でしか楽しめないことを思いきり楽しめる。そこが面白いと思います」と、和氣さんは自然と人のあり方に目を向ける。
結婚を機に上五島へ移住した参加者も「いろいろな海に行ったけれど、この島の海は本当にきれい。上五島の景色は私にとって人生のごほうびです」と目を輝かせる。自然の中で遊び、季節の移ろいを肌で感じながら過ごす日常は、子どもたちはもちろん、大人にとってもこの上なく贅沢なものかもしれない。
愛美さんが子どもたちに伝えたいのは“人の近さ”だ。
「まわりは知り合いばかりで思春期の頃は正直うっとおしかったけれど、大人になると気軽に会って話せる人が近くにいるのは、この島で得られる財産かなと思います」
こうした人の近さを実感したのが、地元出身の19歳の参加者。
「たまたま島を歩いていたら知り合いが仕事を紹介してくれました(笑)。たくさん外に出て、いろいろな年代の人と喋って、関わりを増やすと、夢につながるチャンスがいっぱいあります」
ほかにも、漫画家兼カフェ経営者は「一番じゃなくても、喜ばれるものはつくれる」と語り、釣り好きの移住者は「興味を持ったら、何でもチャレンジできる」と、島の懐の深さを挙げる。野球コーチとして地域の子どもたちと関わる参加者は、「島を出た子たちにも『帰ってきたい』『島は楽しい』と思ってもらえるように頑張りたい」と力強く締めくくった。
ゲストと参加者の中にはよく顔を合わせている“イツメン”も多かったが、普段は聞けない話がいくつも飛び出し、お互いに驚く場面も。語りつくせないほどの言葉が交わされる中で、上五島の魅力がだんだん浮かび上がっていった。
海の幸と熱々の五島手延うどん。島の恵みに笑顔ひろがる交流会
トークセッションの熱気冷めやらぬまま「寿司交流会」へ。
会場の一角に設けられたのは、シェアハウスの住人による握り寿司の実演コーナー。上五島の料理人に弟子入りして、握り寿司のスキルを会得したそう。まぐろ、ひらす、鯛。鮮度の違いはひと口で分かり、魚の名前が自然と会話にのぼるのも、豊かな海に囲まれた上五島ならでは。釣り人たちも磯や釣具の話題で盛り上がる。
また、会場のスクリーンでは、以前シェアハウスに住んでいたクリエイターによる寿司のWEBサイト&テーマソングが披露された。
「寿司を学んで感動したシェアハウスの住人が、自発的にこんなにすごい動画と曲を作成してしまって(笑)。『感動がコラボを生む』んですね」と、池田さんが補足する。一同も寿司に舌鼓を打ちながら「このクオリティはすごい」と歓声が沸く。
話がはずむ中、マルマスこだわりの五島手延うどん「七椿」を、侑祐さん自ら茹でて振る舞うサプライズも。熱々の茹でたてをあご出汁やたまご醤油にからめて食べるのが五島名物の「地獄だき」。熱く交わされていた言葉は、箸を動かすうちに日常の何気ない話題へと移っていく。仕事や子育て、島でのできごと。イベントの核はこうした暮らしの話の延長線上にあることが、あらためて感じられた。
この日はおりしも上五島有川地区の伝統行事「弁財天(メーザイデン)」の開催日。6つの地区の若者たちが揃いの法被や着流しをまとって民家や商店を巡り歩き、鯨歌と太鼓を叩いて、豊漁や家内安全、商売繁盛を願う。祭装束でイベントに馳せ参じていた参加者の姿も。町には深夜まで勇壮な祭の音が響きわたっていた。
上五島をよりよく暮らす。たくさんの言葉を交わし、笑顔がひろがったその先に、未来への道しるべとなるヒントが見つかったかもしれない。島で暮らしたい人も、ゆるく関わりたい人も。上五島で流れる時間の豊かさをぜひ一度味わってほしい。
取材・文:山田美穂 撮影:松本治樹

















