高知県長岡郡大豊町は、愛媛県と徳島県に接し、四国のほぼ真ん中に位置する中山間地域。四国山地の中央部にあたり、平地が少なく、標高200~1,400メートルの山あいに田畑や集落が点在しています。
人口は約3,000人。高齢化率は50%を超え、全国で最初に「限界自治体」になった町とも言われています。しかし、近年は移住施策に力を入れた甲斐もあって、2024年の1年間で移住者が26組を数えました。
四国三郎と呼ばれる吉野川でのラフィティングや古民家ゲストハウス、ゆずや生姜の栽培など、大豊町の豊かな自然環境やのんびりした田舎暮らしに魅力を感じて移住してくる人たちが増えています。さらに、高知市や南国市といった都市部まで車で約30分、JR土讃線も通り、都市部と大豊町を行き来する二拠点生活という新しいライフスタイルも広がっています。
そんな大豊町の田舎暮らしと地元に伝わる食や農を体験してもらおうと、11月29日~30日の2日間、移住体験ツアーが開催されました。関東や中国地方などから集まった参加者と一緒に、大豊町を丸ごと体験してきました!
【1日目】
移住夫婦が作る本格カレーを味わう
参加者を乗せたバスが最初に訪れたのは、永渕(ながぶち)集落。国道32号から細く曲がりくねった道を登った急傾斜地に約30世帯、約60人が暮らしています。眼下には吉野川が流れ、風光明媚な景色の中にゆず畑が点在しています。
集落の中心部にバスを停めて徒歩で向かったのは、古民家カレー店「永渕食堂Shanti(シャンティ)」。インド出身のビノさんと妻の窪田文(あや)さんが営むレストランで、ビノさん自ら空き家をDIYして、アジア風のオリエンタルな内装に仕上げました。
ビノさんが一つ一つ丁寧に作る無加水カレーは、トマトや玉ねぎの水分だけで仕込み、自宅の畑で取れた野菜などを加えます。全員にカレープレートが運ばれてくると、部屋中がスパイスの香りに包まれました。この日、参加者が味わったのは、大豊町で獲れた猪肉を使ったジビエカレー。しっかりと血抜きされた猪肉は臭みもまったくなく、口の中で溶けるほどの柔らかさでした。
夫妻は移住前、埼玉県狭山市で暮らしていました。なぜ大豊町にやって来たのでしょうか?
「草木が芽吹く最も美しい3月の終わりにこの場所を訪れたこと、すぐに大家さんに会えたこと、そして山々に囲まれた風景が、故郷の北インドに似ていて美しかったこと。すべてのタイミングがぴたりと重なって移住を決めました」とビノさんは振り返ります。
開業資金はほとんどなく、頼りは格安の家賃と自分たちの手。自力で古民家を改築して2018年にお店をオープンしました。
「最初はこんな山奥まで本当にお客さんが来てくれるのか心配でした」と文さん。そんな不安をよそに、地域の人たちが家族を温かく支えてくれたといいます。
店の軒先には誰かが置いて行った野菜があったり、子どもが近所でお菓子をもらって帰ってきたり。「高知の人は、なんでも受け入れてくれるんです」とビノさんは笑顔で話します。
移住して意外だったのは、「田舎暮らしは忙しい」ということ。「草引き、薪割りなど、日々やることは尽きません。集落の人数は多くないから、みんながお互いに助け合って生きています」
お店を開業して7年。今だからこそ言えるのは、「頑張ったらステップバイステップで良くなっていく」とビノさん。「嬉しいことも、もちろん苦しいこともある。でも、続けていけば少しずつ信頼が生まれ、できることも増えていく。だから途中で投げ出さず、やり続けることが大切なんです」
別れ際には、夫妻が店の外まで出てきて、穏やかな表情で手を振りながら見送ってくれました。
開店から半世紀。地域の食を支える老舗スーパー
続いて向かったのは、地域の食を支えてもうじき60年、「こんどうストアー」。手作りのお寿司は大人気で、開店早々に売り切れてしまうことも。最近では店内に飲食スペースが設けられ、うどんなどが食べられるようになりました。お刺身や煮物、揚げ物など旬の食材を豪快に盛り付けた高知の郷土料理「皿鉢(さわち)料理」も評判です。
ここでしかなかなか出会えないのが、大豊町の郷土菓子「半夏(はんげ)だんご」。小麦粉で練った生地に餡子を詰め、茗荷の葉で巻いた素朴な味わいは、地元の人たちに長く親しまれてきました。今では観光客にも人気の一品となっています。
高知の山の恵み、ゆず収穫体験
急峻な地形の大豊町では、代掻きや田植え、除草、稲刈りなど多くの手間を要する棚田での稲作よりも、収穫までの労力が比較的少ないゆず栽培に転作する人が増え、大豊町やJAも転作を後押ししています。
株式会社 大豊ゆとりファームは、耕作放棄された棚田での稲作のほか、高齢化で管理が難しくなったゆず畑の収穫作業などを請け負う第三セクターです。この日は、ゆず収穫のピークでお忙しい中、収穫作業を体験させていただきました。
案内していただいたゆず畑も、高齢のため手入れが難しくなった地主から受託しているものだそうです。
収穫方法はいたってシンプルで、片手でゆずを持ち、実を傷つけないよう注意しながらハサミで枝を切ります。ただし……
「トゲには十分気をつけてください!」
担当職員がまず注意を促したのは、ゆずの枝に付いている鋭いトゲ。車のタイヤをパンクさせるほどの鋭さで、収穫作業中は傷が絶えないそうです。
「香りがすごい!」
初めての体験に、子どもも大人も大喜び! あっという間にコンテナはゆずでいっぱいに。収穫したゆずは、2日目のゆず絞り体験で使用しました。
標高1,400メートルの梶ケ森へ
山の頂上が赤く染まり、ゆず畑が日に陰るころ、標高約1,400メートルの梶ケ森を目指しました。山頂から南を望めば、晴れた日には遠く土佐湾まで見渡せます。
宿泊先は、山頂手前にある「山荘梶ヶ森」。2023年7月にリニューアルしたばかりの山岳観光の拠点施設です。エントランスでは手書きのウエルカムボードがお出迎え。子どもたちはハンモックで揺られたり、こたつに入ったりしながら、思い思いにくつろいでいました。
先輩移住者と夕食タイム
夕食の席には、先輩移住者として、古民家を改築した1日1組のゲストハウス「boro-ya」を営むパトリックさん・梓さんご家族、元看護師で現在は大豊町役場に勤める森本さんご家族が参加しました。
元看護師の森本さんは、移住前の暮らしについて、「当時は夜中に病院から呼び出されることも多く、ゆっくりと子育てをする余裕がありませんでした」と当時を振り返ります。その話を聞き、総合病院に勤務しているという参加者の女性は大きくうなずきながら、「今は毎日が必死で人生を楽しむ余裕もなく、子育ても十分にできていないと感じます」と率直な思いを語りました。
森本さんが大豊町に移住して6年。「いまはほとんど定時で仕事が終わります。たまに帰りが遅くなっても、子どもがスーパーのイートインスペースにいると、店員さんが見守ってくれるんです。こんな環境、都会では考えられませんでした」
その話を聞いた参加者は、「都会では、知らない人に話しかけられたら無視するように娘に教えています。地域のみなさんに囲まれて子育てできるなんて、うらやましいです」と驚きを隠せない様子でした。
さらに森本さんは、「大豊町では子育てにかかるお金も本当に少ないんです。制服や体操服も町から支給されます」と、経済的な支援の手厚さについても紹介してくれました。
一方、「陶芸工房を構えながら、古民家ゲストハウスを開いてみたいと思っているのですが、不安もあって……」と参加者の一人が打ち明けると、ゲストハウスを営む梓さんがすかさず、「全然心配いりませんよ。大豊町は宿泊施設が圧倒的に足りていません。良い物件さえ見つかれば、すぐにでも始められると思います」と力強く背中を押しました。
会話は尽きることなく、大豊町での暮らしがぐっと身近に感じられる夕食交流会となりました。
星降る夜、四国最大級の反射望遠鏡で天体観測
夕食の後は、四国最大級の反射望遠鏡が設置された天文台へ。スタッフのガイドを聞いたあと、順番に望遠鏡をのぞいてみると、
「うわ、月がこんなに大きい!」「土星って、本当に輪があるんだ!」と一同大興奮。
梶ヶ森の周辺には街灯も民家もありません。山荘の外へ出て夜空を見上げると、数えきれないほどの満天の星。しばしうっとりと眺めていました。
【2日目】
雲海に迎えられる、大豊町の朝
高い山々に囲まれた大豊町では、湿度が高く冷え込んだ朝に、しばしば雲海が姿を現します。山荘を後にして山道を下り、林を抜け、幾つものカーブを越えたその先で、白く輝く壮大な雲海が目の前に広がりました。
北海道から大豊町へ。雲海の上で農家になった夫妻
雲海の余韻を胸に、一行は生姜を有機栽培するラッキー農園へと向かいました。
迎えてくれたのは、北海道から移住してきた酒井寿緒さん・笑子さん夫妻。圃場の目の前には、先ほど目にした雲海が、また違った表情で広がっていました。
「サーフィンがしたくて高知に来たのに、気がつけば山奥で農家になっていました」と笑う寿緒さん。
農業を始めたきっかけは、農業法人の求人だったそうです。隣町で働きながら基礎を学び、その後、高知県内各地で農地を探すなかで出会ったのが、大豊町のこの風景でした。
「あまりにもきれいで、もうズキュンときてしまって」と、二人は明るく語ってくれました。
「せっかく新規就農するなら、他の人と同じことはしたくない」。そう考え、山林を切り開き、有機農法による栽培を始めたそうです。2012年に農園を開いてから苦労も多かったそうですが、「限界突破ショウガ」と名付けた有機生姜は徐々に評判を呼び、今では全国へ出荷されるまでに。念願のマイホームも新築し、農園の経営も安定してきたといいます。
参加者から、子育て環境について質問が出ると、笑子さんはこう話してくれました。
「子どもが少ないので、もう地域のアイドルですね。お隣の家にはお子さんが3人いらっしゃるのですが、“地域の宝物”、そんな感覚があります」
雲海に包まれた風景の中で、日々の暮らしを楽しそうに語る夫妻。そのいきいきとした表情が印象に残る、心温まるひとときでした。
地域の救世主!末広おおとよ店
地元の人たちが普段から通うスーパーマーケット「末広おおとよ店」に立ち寄りました。かつて大豊町にはJAが運営するスーパーがありましたが、撤退することが決まり、町から日常の買い物の場が失われかねない危機が訪れました。その際、地域を救ったのが、高知県嶺北地域でスーパーマーケットを展開する株式会社末広です。末広おおとよ店は、2014年に同社の2号店としてオープンしました。
高知の山の幸をふんだんに使った郷土料理「田舎寿司」や鯖の姿寿司、手作りのお惣菜、大きな蒸しパン「はいからケーキ」などのオリジナル商品はいずれも大人気。また、店内に設けられたイートインスペースは、学校帰りの子どもたちが安心して過ごせる居場所にもなっています。
単なる買い物の場にとどまらず、地域の暮らしを支える拠点として、末広おおとよ店は今日も町の人々に寄り添い続けています。
そばの里・立川地区でそば打ち体験
続いて訪れたのは、愛媛県・徳島県との県境に位置する集落「立川地区」。読み方は「たぢかわ」と濁ります。江戸時代、参勤交代の際に土佐藩主が最後に宿泊した場所として知られ、地区のシンボルである「旧立川番所書院」は国の重要文化財にも指定されています。現在は日曜・祝日に内部を見学することができます。
高知県では、集落での活動を推進していこうと、各地にさまざまな形態の集落活動センターが設置されています。「そばの里 立川」もその一つ。この日は会長の吉川定雄さん迎えてくださり、かつて紙幣の原料となるミツマタの栽培が盛んだったことや、地区で栽培されたそばのブランド化を進めていることなど、立川地区の歴史や現在の取り組みについてお話を伺いました。
そして、いよいよ参加者が楽しみにしていたそば打ち体験がスタート。吉川さんからそば打ちの方法などを教わり、見よう見まねでチャレンジ。生地をこねる工程は想像以上に力が必要で、参加者たちは真剣な面持ちで作業に取り組みます。製麺には手動のパスタマシンを使用し、少しずつそばの形になっていく様子に、自然と笑みがこぼれました。
たっぷりのお湯で茹で上げたそばには、高知独自の蒲鉾「すまき」をトッピング。紅白の練り物は、うどんやそば、おでんの具としても親しまれ、高知の食卓に欠かせない存在です。完成したかけそばは、噛むほどに風味が広がる、素朴で味わい深い一杯でした。
さらに、前日に収穫したゆずを使ったゆず絞り体験も行いました。ゆずの生産量日本一を誇る高知県では、各農家に当たり前のようにあるゆず絞り器。ゆず玉を台に置いて上からレバーを押すと、ゆず果汁と種と皮に分かれて上手に落ちていきます。
手作りのそばとゆずの香りに包まれながら、立川地区の歴史や食文化に触れ、心もお腹も満たされるとても有意義な時間となりました。
ツアーを終えて
体験メニュー満載の2日間のツアーは、これにて終了です。最後に、参加者のみなさんから感想を一言ずつもらいました。
「自分のフィルターで調べるのではなく、現地で直接話を聞くことで、通常では知ることができない暮らしが見えた充実の2日間でした。こんな暮らしもありかもしれませんね」(東京都から参加したGさん)
「中山間地域の暮らしや営み、地域の関わり方など、会社勤めとは異なる生き方があることが新鮮でした。永渕食堂shantiやラッキー農園のご夫婦の話を聞き、移住は計画だけでなく、そのときの直感も大切なのかもしれないと思いました」(神奈川県から参加したTさん)
「先輩移住者の森本さんが私と状況が似ていて、自分の立場に近い方から経験談やアドバイスを聞くことができて、とても参考になりました」(岡山県から参加したNさん)
「田舎で宿をやるなんて夢物語と思っていたけれど、少し現実に近づいた気がします。外国人のお客さんも多いと聞いたので、英会話を勉強してみようかな」(高知市から参加したNさん)
参加者みなさんが思い思いの気づきや学びを持ち帰り、実りある2日間となったようです。
大豊町には、今回訪れた場所以外にもは魅力的なスポットがたくさんあります。豊かな自然に囲まれた暮らしに関心のある方は、今回のツアー内容を参考に、ぜひ一度足を運び、生活環境や地域ならではの味覚、子育て環境などを実際に体感してみてください。
写真・文:高橋正徳
大豊町への移住をお考えの方へ
本記事を通じて大豊町での暮らしに興味を持たれた方は、大豊町役場 産業建設課までお気軽にお問い合わせください。それぞれの地区の特色や、移住・子育て支援制度、住まいの情報などについて、詳しくご案内します。
大豊町公式サイト
https://www.town.otoyo.kochi.jp/



































