朝の港が教えてくれる、海沿いのまち「玉野市」の日常
岡山県の南端、瀬戸内海沿岸に位置する玉野市は温暖な気候に恵まれ、四季折々の自然に彩られた港町。JR宇野みなと線の終着地「宇野駅」は瀬戸内海の島々への玄関口「宇野港」へと続いており、3年に1度開催される現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭」の際には、約100万人もの国内外の来訪者でにぎわう。
フェリーが行き交う宇野港に隣接した芝生公園では、毎月第2・4土曜日の朝7:30から「宇野港ラジオ体操」が行われている。出身地も年齢も、趣味も異なる人たちが集い、瀬戸内海から昇る朝日を浴びながらのびのびと気持ちのよい時間を過ごしている。
ラジオ体操を主催するのは、「岡山県玉野市の宇野港界隈を楽しく暮らすまちにする」ことを目的に立ち上がった移住プロジェクト「うのずくり」だ。国内外のクリエイターの玉野市への移住を「職・住・遊」全てにおいてサポートし、地域に新たな活気をもたらしている。
移住コンシェルジュ、森さんに聞く玉野市での暮らし
玉野市移住コンシェルジュであり、「うのずくり」の実行委員長も務める森さんもまた、移住者のひとり。広島県出身の森さんは、ガラス工芸を学ぶため大学進学と同時に岡山県倉敷市へ。大学卒業後も「倉敷ガラス」や「備前焼」、刀剣など、クラフトの文化が根付く岡山でガラス作品の制作を続けたいと考えていた。
そんな折、玉野市で文化活動のナビゲーションをしていた大学の先輩から「宇野駅の近くに、共同アトリエ(駅東創庫)ができるよ」との情報が舞い込んできた。
「以前にも直島を訪れたことはあったけれど、玉野市や宇野のまちをちゃんと見たことはなかったんです。一度、まちなかや共同アトリエを案内してもらって、穏やかな雰囲気が気に入って移住を決めました」と話す森さん。
「まずは住む家を」と不動産屋に問い合わせたところ、仕事がないと物件を紹介してもらえない現実を知り、ガラス作家としての活動と並行してできるアルバイトを探した。その時、大学の先輩を通じて知り合った地元の人たちが「森さんが宇野に来る。ならば、彼女の住まいと仕事を探さなくては」と周囲に働きかけ、住み込みのアルバイトを紹介してくれたのだ。
「その時に痛感したのは、仕事も何もなく思いつきレベルで移住(物件探し)するというのは、そこにひとつハードルがあるという現実。同時に、地元の方々の温かさや人を受け入れる柔軟な空気を感じることもできました」と、移住当時のことを振り返る。
この経験が、今の森さんの移住者支援活動と、その根底にある想いの入り口に。
2007年に玉野市に住みはじめた森さんは、文化活動の手伝いや作品を出展したりしながら、アルバイトとガラス作家の活動を両立。
「地元の人たちは、付かず離れずで程よい距離を持って接してくれますし、ゆっくりと緩やかな空気が流れるこの場所は、自分の創作活動にも良い影響を与えてくれています」
自然豊かでコンパクトにまとまった玉野市での暮らしは、生活するうえでは何不自由なかったが、当時はまだ、友達と食事やお茶を楽しむ場所が少なく寂しいと感じていたという。移住から2〜3年経った頃、玉野市中心市街地活性化基本計画が立ち上がり、森さんはその時にできたアート部会に出席。「まちのお手伝いを」とさまざまな話し合いをするなかで生まれたのが、クリエイターの移住支援をする「うのずくり」(2011年6月発足)だった。
つながる場、きっかけの場をつくる森さんの挑戦
「宇野港ラジオ体操」が始まったのは2021年11月。きっかけは、誰でも参加できる「うのずくりミーティング」での話し合いだった。「この先、まちにどんなことがあったらいいか」をテーマに参加者同士でアイデアを出し合うなかで、すぐに始められて費用もかからない取り組みとして、ラジオ体操が提案された。
「当時はコロナ禍の真っ只中。屋外で体操するというアイデアはタイミング的にもぴったりだったんです」
最初は10人にも満たない少人数でスタート。今では毎回30人を超える人たちが集うまでになった。
「初めて参加する人の自己紹介の時間があったり、地域のイベントをPRする時間があったりします。2週間に1度、定期的に顔を合わせる機会があるので、自然と声をかけ合ったり交流が生まれやすい雰囲気です。知り合いもできやすく、とても居心地の良い場なんですよ。もちろん、体操だけしてすぐに帰ってもOK。その自由さも、気軽に参加できる理由の一つです」ラジオ体操のあとは、参加者同士で「モーニング」を楽しむのが定番の流れになっている。これは、宇野港周辺で朝営業を始める飲食店が増えてきたことも背景にあり、お店を紹介しながら、参加者に朝のひとときを楽しんでもらいたいという森さんの想いが込められている。
「以前は、月に1度、魚市場で『朝市ごはん会』を行っていたこともあるんです。その流れで、最初からラジオ体操とモーニングはセットで考えていました。早起きのご褒美としてもうれしいですし」
モーニングには、移住者だけでなく地元の方や、時には移住を検討されている方も参加し、情報交換や交流の場となっている。ラジオ体操の開催情報は地域の会報にも掲載されており、まち全体へと少しずつ広まりつつある。
移住者を迎え入れるさまざまな取り組み
森さんはこのほかにも、空き家に関するワークショップの開催や移住希望者への市内案内、年に一度、ショッピングモール内のスペースで「うのずくり」の活動を紹介する報告展も開いている。主な目的は、新しく来た移住者や新しくオープンしたお店を紹介して、玉野市民に知ってもらうことだ。
また、まち歩きに活用してもらえたらと、マップも作成。玉野市(特に宇野港エリア、玉エリア)には、ここ数年で宿泊施設や飲食店、コワーキングスペースなど多種多様な場所が増えており、老若男女が楽しめるエリアが広がっている。
新しくできた店の多くは移住者やUターン者によるもので、「うのずくり」には、開業を希望する人たちからの相談も増えているという。
その背景には、玉野市という地域の特性がある。
「玉野市は、古くは塩業や造船など、もともと外から来る人が多かったという土地柄もあり、新しく来る人や新しい試みに対して、寛容な土壌があるんだと思います」
「うのずくり」では、そうした人たちに空き物件や市の支援制度などを紹介し、「人と制度をつなぐ」役割を担っている。現在は月に20組ほどが相談に訪れ、年間で10組ほどが実際に移住に至っているという。
「まずは一度この場所に来てみて、触れてみて、自分に合うかどうかを感じてみてほしい。玉野の空気が肌に合えば、ちょっと滞在してみようか、住んでみようか、住み続けようか――そんなふうに、その人にとっての自然な“延長線”で関わっていけばいいのではないかと思います。住みたい、住み続けたいと思ってもらうために、空気のよさ、環境を保つのが、私たちの役割。植物だって、土や水や空気がよければ、自然と育つでしょう? それと同じで、人も風通しのいい場所でのびのびといられることが大切なんです」
玉野でのこれからの暮らしと、まちの未来図
「玉野に来て15年。活動を続けるなかで感じるのは、気さくで親しみやすいまちのみんながいてくれる安心感と、ほどよい距離感を持って接してくれる受け入れる側の懐の深さです。何かあったら声をかけられるところにいてくれる。だからこそ『うのずくり』も、いつでも声をかけられる存在であり続けたいと心がけています。人との程よい距離感や無理をしない自然体での暮らしは、玉野市の規模感だからできるものではないでしょうか」
宇野港周辺では、今後も「うのずくり」によるローカルなイベントの開催が予定されている。近年は小売店や飲食店といった新たなスポットも増えており、森さんは、「まちを周遊して新しい店や施設を知ってもらうひとつのきっかけとして、移住者とともに育てていけるイベントにしていきたいと考えています」と話す。また、「何かしたいと思った時に、そうできる懐と余白がある玉野市の環境はありがたいです」とも。
こうした新たな動きが見られるエリアがある一方、空き家が増えている現状も。しかしながら、実際に借りられる空き家はごくわずか。「住む家を探している人・店舗を探している人はいても、なかなかマッチングできないもどかしさはすごく感じます」と言う森さん。空き家調査をしたり、相談窓口を開設したりと、今後も移住希望者や移住者のサポート活動に尽力していく。
旅でも、暮らしでも、玉野市へ
玉野市は「晴れの国」といわれる岡山県のなかでも、特に穏やかな気候に恵まれた地域で、海も山も近くにあって自然豊か。それでいて岡山市中心部からは、車や電車で40〜50分ほど。倉敷や関西方面へもアクセスしやすく、本州と四国をつなぐ“玄関口”としての役割も担っている。
移住を考えて県外から下見に来る人には、宿泊費やレンタカー代の一部補助、就職活動に伴う交通費の一部補助、首都圏からの移住者向けの支援金など、市のサポートも充実。
市内には、「日本のボルダリングの聖地」といわれる王子が岳や、「日本の渚百選」にも選ばれた渋川海岸、玉野市のほぼ中心にある自然豊かな道の駅・みやま公園、宿泊施設を併設する玉野競輪場など、歴史や文化、アート、レジャーなど幅広い魅力が詰まっている。
「気になったら一度気軽に遊びに来てみてください。実際に見て、感じてもらうのがいちばん早いと思います。このまちを楽しんでもらえたら、それで十分です」(森さん)
玉野市を訪れたらぜひ立ち寄ってほしい、おすすめスポット
玉野市には、海・山・アートといった多彩な魅力が詰まったスポットがたくさんあります。ここでは、訪れた際にぜひ足を運んでいただきたい、おすすめの場所をご紹介します!
王子が岳
王子が岳は標高234mの小高い山で、瀬戸内海を一望できる絶景スポット。ユニークな形の「にこにこ岩」や、夕焼けに染まる海と空が人気です。初心者でも登りやすく、散策やハイキングにぴったり。四季折々の自然も魅力で、週末のリフレッシュにも最適です。
宇野港
直島や豊島への玄関口である宇野港は、現代アートがまちなかに点在するおしゃれな港町。瀬戸内国際芸術祭で制作・展示された作品をはじめ、写真映えするスポットが多数あります。カフェやマルシェもあり、海風を感じながらのんびり過ごせるのが魅力です。
渋川海岸
全長約1kmの白浜のビーチは「日本の渚百選」や「快水浴場百選」にも選ばれており、海と空が近く感じられる、開放的で穏やかなロケーションが魅力。夏には海水浴やマリンスポーツ、夕方にはロマンチックなサンセットも楽しめます。
渋川マリン水族館
渋川海岸のすぐそばにある「渋川マリン水族館」では、約180種類の海の生き物が飼育・展示されており、瀬戸内海を中心とした水辺の生態系を楽しく学べます。また、館内では玉野の漁業や海に関する貴重な資料も見ることができます。家族とのお出かけや自然学習の場としても活躍してくれるスポットです。
深山公園
自然豊かな深山公園は、広大な敷地に遊具、散策路、ドッグランなどが揃う総合公園。春には桜、秋には紅葉が楽しめ、季節ごとの風景が魅力です。地元の新鮮な野菜が手に入る「道の駅みやま公園」も隣接。家族連れやペットとのお出かけにも最適です。
玉野競輪場
市街地にある玉野競輪場は、初心者でも気軽に観戦できる開放的な雰囲気が魅力です。近年はグルメイベントやナイトレースも開催され、世代を問わず楽しめる場所になっています。移住後の休日の新しい楽しみにも。
取材・文:井上友子 撮影:菅野 亮 撮影協力:四国汽船株式会社