北海道下川町。人口3400人の小さな町には、1991年から少しずつ移住者が移り住み、自分らしい生き方を模索し、実践している人たちがいます。仕事と生活を循環(リンク)させるワーク・ライフ・リンク。下川町らしいライフスタイルを実践する人々を紹介します。
「あ、雪が降って来たね。外に行ってみようか?」
和也さんの声に、待っていましたとばかりに「うん!」と答える娘さん。肩車をしながらゲレンデに向かうと、スキーを終えた中学生たちや、仕事終わりにボードを抱えてリフトに向かう男性がいた。
多くの著名なスキー選手を育ててきた下川町に移住し、スポーツと健康を軸に「ひとの幸せ」にアプローチをしている竹本夫妻に、仕事やライフスタイルについて伺った。
どうしてこんなに
人があたたかいのだろう
高校時代、和寒町に住んでいた夫の和也さんが下川町を訪れたのは、スキー留学だった。
「はじめて下川町にきたのは、スキー留学をした高校生の時。よいコーチが揃い、世界で活躍する選手を輩出している下川町でトレーニングを積むためでした。卒業後は滋賀県の実業団に入り、コンバインドというジャンプとクロスカントリーの複合競技のプロ選手として6年間活動。引退後、当初は千歳に移住する予定でしたが、2008年に下川町に戻ったんです」(和也さん)
当時、スキージャンプやノルディックコンバインドを指導できるコーチを募集しており、和也さんがコーチへ就任。現在は、高校生7人、中学生5人、小学生2人、幼児1人を教えている。
奥様の礼子さんは、下川町に移住するとは想像もしていなかったと話す。
「私たちは神奈川の病院で出会いました。プロ選手だった夫がケガで入院した病院で、トレーナーとして働いていたんです。夫の引退後、北海道に嫁ぐことは承知していましたが、いつの間にか移住先が下川町に変わっていて。全然知らない街だったので、インターネットでたくさん調べましたね」(礼子さん)
下川町のウィンタースポーツ環境は世界を比較しても優れており、街の近くにジャンプ台、スキー場、クロスカントリーコースがまとまっているので、ジュニア選手の育成にはうってつけという。下川町からは、ジャンプでは嶋宏大さん、岡部孝信コーチ、葛西紀明選手、伊東大貴選手、伊藤謙司郎選手、伊藤有希選手。ノルディックコンバインドでは加藤大平選手ら、多くのオリンピック選手が輩出されている。
「彼らをはじめとするOBの方々たちのサポートが素晴らしいんです。例えば、スキー道具はとても高価ですが、彼らが使っていたものを子供達に提供いただいています。葛西選手が身につけていたジャンプスーツはいまも現役。葛西選手本人も定期的に下川を訪れてくれますし、彼らの地元愛は強いです。子どもたちにとっても励みになります」(和也さん)
礼子さんは、子育てにおいても、下川町の人のよさを実感するという。
「下川の人はあたたかいですよね。子どもが産まれるときも、近所のおじさんおばさんが、本当に親身になってくれました。娘は冬生まれで、その時期夫はハイシーズンだったので不在のときも多かったけれど『陣痛が始まったら、車出すから夜中でもいつでも電話してね!』と何人もの町内の人に言われましたた。けれど、不思議と押しつけがましくないんです」。(礼子さん)
スポーツと健康と医療が
もっとつながる街にしたい
礼子さんは、社会福祉協議会で経理事務をしながら、休日には、子どもの体操教室や大人向けのエアロビクス、地元や近隣町村の老人クラブなどでエクササイズを教えたりしている。
「大学時代に管理栄養士になり、卒業後は病院に勤務しました。終末医療で、末期がんの患者さんに最後に食べたいものを聞いたこともきっかけとなり、患者さんに、食事や運動の選択肢をもっと増やしたいと思うように。視野を広げるため、病院やリハビリ施設、スポーツクラブなどで経験を積み、現在は医療・栄養・運動を連携するため、模索をしているところです」(礼子さん)
和也さんの目標は、「下川ジャンプ少年団・下川商業高校スキー部から、またスキージャンプやノルディックコンバインドでオリンピックに出場させる」こと。そのためには、子どもの基礎体力の底上げが欠かせないと礼子さんが話す。
「北海道の子どもの体力・運動能力の低下はよく言われますが、下川も同じ。昔は運動が得意な子がスキージャンプをしていたけれど、今は外遊びや運動する機会が減り、少年団の子でもできないことが多い。基本的な運動神経や体力がついていない状態で、ジャンプやサッカーや野球を始めてしまうと、ケガにもつながります。それを解消するため、子ども向けの運動教室を始めたんです」(礼子さん)
「小さいころから運動や競技スポーツをしたほうが伸びしろが大きく、さまざまな運動をすることでバランス感覚や、瞬時の判断力を養えます。競技スポーツは、日々の生活習慣や大会に向けての準備、目標に向かう過程など、自分で考え・整えていくことが多くある。だからこそ、人としての成長の伸びしろが大きくなり、将来社会でも柔軟に対応して活躍できる人になれる。さまざまなスポーツがある中、さまざまな地域の子供が下川町のスキージャンプやノルディックコンバインド競技を選び活躍してくれたらうれしいですね。」(和也さん)
「活動していると、手を差し伸べたいところがたくさんあってやりがいを感じています。私が資格を持つ『健康運動指導士』は道北にはまだまだ少ないですし、ネットワークも作っていきたい。最近はスポーツ指導者交流会に呼んでいただいたりして、少しずつ動きが出てきました。神奈川や静岡にいたころと違って、下川は小さな町なので、町民の顔も役場の仕事や動き方もよく見えるので、おもしろさがありますね。」(礼子さん)
■竹本夫婦のある日の一日
ONの日
6:00 和也さん・娘が起床、除雪をしながら雪遊び
7:00 礼子さん起床&朝食の準備。家族で朝食
8:30 和也さん出勤。スキー遠征の計画書の作成
9:00 娘を幼児センターへ届けて礼子さん出勤
地元の老人クラブで「運動と栄養」をテーマに講演会
12:00 家に戻って夫婦で昼食
13:00 和也さん:町内で開催するスキー大会等の準備、受付、資料作成など
礼子さん:社会福祉協議会で事務作業
16:00 礼子さん:退社、娘を迎えに行き、スキー場で娘と雪遊び
和也さん:スキー場で下川ジャンプ少年団の指導
19:00 夫婦で帰宅、夕食、入浴など
21:00 娘が寝る前に家族でストレッチ
22:00 就寝
■OFFの日
3:00 遠征の日。和也さんが起床して朝食
4:00 少年団の子どもたちを連れて遠征先へ出発
8:00 起床。朝食、掃除
10:30 礼子さん:子どもの体操教室へ
12:00 昼食
14:00 礼子さん:公民館でのゴスペルの練習へ
18:00 夕食
19:00 礼子さん:娘と外遊びなど
21:00 就寝
仕事も趣味も同じ。
好きなことをやらせてもらう
竹本夫妻は、オンもオフも、運動が中心。
下川町では、身体を動かす施設やフィールドが多く、子育てもしやすいという。
和也さん、礼子さん夫妻は、いつも身体や健康、運動の話をしている。
「休日は、本やインターネットで運動について勉強していることが多く、札幌や旭川へレッスンしに行くことも。下川では、週末も子どもを預ける施設があって、お母さん同士のつながりも濃く顔も見えるので、サポートしあえるんです。自分の体調が悪いとき子どもの面倒を見てくれたり、代わりに迎えに行ってくれたり。田舎って、人と人のつながりが密すぎて面倒なイメージがありましたが、下川はその距離感がよいですね」(礼子さん)
「2人ともとにかく運動が好きなので、いつも身体を動かしていたいんです。下川には自転車で気軽に散歩するポタリングの会があり、時間が合えば参加しています。この会、なぜか馬もいて一緒に移動するんですよ。」(和也さん)
最後に、スポーツを教える喜びについて、和也さんはこう話す。
「スポーツもスキーも、仕事であり趣味でもある。子どもたちが成長して、応援いただいている子供達の家族や周りの方々の喜ぶ姿を見ることが、私の一番のやりがいと喜びです。」(和也さん)
「好きなことをやらせてもらって、自然があって、おいしいものを食べれています。本州にいたときには、忙しくなるとストレスにつながっていましたが、いまはそういうことがないですね。オンでもオフでも、身体を動かしてリフレッシュできるんです」(礼子さん)
暮らしに運動や健康を取り入れている竹本夫妻。これからも、下川町のフィールドで、思いきり身体を動かし活動していく。
<関連記事>
<下川便り01>世界中旅をしても、また下川町に帰ってくる
<下川便り02>森とともにある暮らしを求めて
<参考サイト>
下川町移住交流サポートWEB タノシモ
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