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Update on 2017.01.31
【番外編・北本】埼玉を楽しみ、盛り上げる人々を訪ねる。
埼玉をおもしろくする人々と出会う1日。[Report 2016.11.26]
都会と田舎のほどよいバランスで、埼玉を楽しむ
1泊2日で訪れた埼玉の農ある暮らしをめぐる旅では、今まであまり意識していなかった自然溢れる埼玉の魅力を肌で感じることができた。
ただひとつ気になるとすれば、そもそも埼玉に抱いていたベッドタウンのような、いわゆる「まち暮らし」はどうなんだろうって。なんとなく “埼玉に暮らす” をイメージして浮かぶのは、そんなベッドタウンのまちであって、東京のような都会とか田舎の農村ではなく、郊外にあるふつうのまちかもしれない。
そんな今回は、埼玉のまちなかで暮らし、活動している人々を訪ねたTURNSツアーを巡りながら、番外編として “まち暮らし” についても探ってみたいと思う。
楽しみながら参加できる、住民にとっての拠り所
前日まで続いていた雨を忘れるような快晴に恵まれ、「埼玉をおもしろくする人々と出会う1日。」は始まった。集合場所である北本駅に降り立つと、広々とした青空が見上げられた。高いビルはなく住宅街が広がる埼玉らしい風景に、真新しい駅前広場が街に溶け込むようにデザインされていて、思っていたよりも田舎っぽさもなかった。
最初に向かったのは、埼玉県が保全管理する北本自然観察公園。バスを降りると、“きたもとアトリエハウス” の渡部勇介さんが迎えてくれた。
「ここから少し公園の中を歩いて向かいます」
渡部さんアテンドのもと自然観察公園のなかへ入っていくと、公園の中には枝の折れた木があったり、きれいには舗装されていない遊歩道がある。渡部さんに聞くと「できるだけ自然のままの形を残している公園なんです」と教えてくれた。
この公園は、 “里地里山” と呼ばれる、武蔵野の昔ながらの自然環境を残していくために作られた。最低限の手入れは行われているが、できる限り自然の状態を保ち、野生の生き物が暮らしやすい環境保全を目指している。住宅街からもそんなに離れていない場所なのに、夏には野生のヘイケボタルも見られるというのには驚いた。
そんな秋の自然を楽しみながら、ふかふか落ち葉の遊歩道を歩いていくと、少し開けたところに、“きたもとアトリエハウス” が見えてきた。この日は、「OUR MARKET」という定期的にここで開催されているフリーマーケットの日で、周辺のお店や農家さん・アーティストなどが集まり、思い思いにブースを出している。
「都内に作品を卸してる作家さんもいれば、制作活動を趣味でやっている人もいたりしますよ。みんな、好きなことができる表現の場として、この場所を使ってくれてるんだと思います。なので、出店者には特に制限もないですし、みんなそれぞれ個性的なお店になっていますね。」
かわいい雑貨やアクセサリーもあるし、無農薬の野菜も安く売っている。お客さんの似顔絵を最後に付け足して完成させた絵本を売ってくれるお店もあった。 “石の上にも3年” と名付けられた庭石の上に作られたステージでは、こどもたちがワイワイと絵の具でワークショップを楽しんでいた。
「きたもとアトリエハウスは、メンバーたちが会費を払って、部活動のようにこの場所を活用しながら、やりたいことを叶える場所として運営しています。僕は一応、運営代表として管理をしていますが、ここの活動は仕事ではないし、趣味の延長みたいな感じですかね。」
一通り敷地内を見学した後に、改装された納屋の2階にあるギャラリースペースで、渡部さんからお話を伺った。
「ここは、市内で行われていたアートプロジェクトの一環で招聘されたアーティスト “LPACK” が中心になり、もともと空き家だった1軒家を改装することで生まれました。地域の人たちやアーティストが集まってきて、それぞれがやりたいことを叶えるスペースとして使っています。
今、関わっているメンバーはだいたい12人くらいいて、近隣農家さんのお米や野菜を使った週末カフェを開いている人もいれば、畑部として向かいにある畑で作物を育ててプチ家庭菜園のように楽しんでいる人もいます。あとは、アーティスト主催でワークショップを開催したり、各自の打ち合わせとかにも使っていますかね。特に活動内容とかを決めているわけではないので、結構自由ですよ(笑)
僕は本業がカメラマンなので、たまに撮影のためのスペースとして使ったりもしています。」
ゆるゆるとした渡部さんの雰囲気から、きたもとアトリエハウスの様子は伝わってきた。ただ、会社でも団体でもない個人の集まりで、自主的に関わり続けていくのは大変そうに見えた。
「もちろん楽ではないですよ。ここの活動自体は別に収入を得られる仕事になるわけじゃないですからね(笑)でも、なんていうか、僕が楽しいんです。面白いと思えるものを実験できる場になっているというか。
僕は、北本生まれの北本育ちなので、それこそ、つい最近までは典型的な郊外のベッドタウンで、本当になにもないまちだって思っていたし。まあ、今でもなにもないことには変わりないんですけどね。生活には困らないし基本的なものは揃っています。でも、特別なまちではないというか。特に連れて行きたいところもないし、友達を呼べるまちではなかったですね。」
そんな渡部さんは、“きたもとアトリエハウス” に出会ったことで、まちに対する考え方も変わっていったそう。
「きたもとアトリエハウスが出来てからは、何もないことの贅沢さが分かりましたね。朝起きてすぐに散歩できる森があるとか、海辺に住んでるみたいな贅沢さがあるんじゃないか、とか。集まってくる人たちも、同じようにその贅沢さを実感してくれて、ここで何かやりたいと思ってくれて。その視点というか新しい切り口を共有できたことは、すごく新鮮でした。
都内に出なくても同じ感覚で面白さを共有出来る人がいるんだ、って。それなら、ここには可能性があるんじゃないかと思えたし。気付いたら、代表として運営する立場になっていて、かれこれ4年くらい経っちゃいましたね。」
何もないふつうの郊外のまちだからこそ、“きたもとアトリエハウス” という拠点が触媒になって、周りにいた面白い人たちが次々に集まってきたと話す。
「たぶん、もっと良くしよう、もっと広げようって思わないのがいいのかもしれません。いい意味で、適当さがあるというか。あんまりルールも決めていないし、何かあるときはメンバーたちと相談しながら、いいんじゃないって。
それくらいの感覚が心地いいんですよ。たぶん、ガチガチに固めていたらここまで続いてなかったと思うし、僕も関われていないと思います(笑)
趣味でやるモノと仕事のあいだみたいな。色に表すと、真っ白だと思うんですよね。でも、その色の付いていない活動だからこそ、面白さが広がっていますね。」
きたもとアトリエハウスという拠点がまちの余白になって、少しずつゆるやかなコミュニティが繋がり、住む人々がやりたいことを試して、まちの暮らしを自らが楽しんでいく。北本は、そんな町になりつつありますと語る渡部さんの表情からは、楽しさが込み上げてくるようだった。
暮らしの中に寄り添う、雑木林の可能性
続いてバスが到着したのは、よく見慣れた住宅街の中にある雑木林だった。
北本市内には、こういった雑木林がいくつも点在していて、まるで公園のようにまちの中に溶け込んでいる。訪れた雑木林の向かいには保育園や小学校もあり、ここに通うこどもたちを羨ましく感じた。
雑木林の中に入っていくと、この日だけ特別に用意された “森のレストラン” がオープンしていた。まるで軽井沢の高原に来たかのような雰囲気に、一同からは歓声があがった。今回、この雑木林でのアウトドアランチを準備してくれたのが、NPO法人北本市観光協会だ。
「都心からそんなに離れていないのに、この辺りは意外と自然が多く残っているんですよ。高崎線に乗っているとわかるのですが、線路沿いにもいくつか雑木林が残っていて。緑のトンネルの中を電車が抜けていく感じなんですよね。この辺りに住んでいる人たちは、案外、自然を身近に感じながら暮らしている人が多いと思います。」
北本市観光協会の時田隆佑さんは、前職の建築設計事務所で北本駅周辺のまちづくりプロジェクトに関わったことをきっかけに北本に惹かれはじめ、2012年に観光協会がNPO法人化するタイミングで事務局として転身。以来、観光を切り口に北本のまちづくりに関わってきたそう。
「うちの観光協会って、少し特殊なんですよ。なんとなく一般的な観光協会のイメージって行政要素が強いというか、なんとなくステレオタイプに観光を扱っているというか(笑)
でも、うちは僕も含めて若い職員が主体的にまちに関わろうと動いていて、観光や地域振興という側面も持ちつつ、まちの中で行政と市民のあいだを繋ぐ役割が多くて。協会のテーマも『暮らしと場の習慣を観光に』を前面に出して、まさに日常の暮らしの中にある魅力を引き出していく感じですかね。埼玉で、まして北本って観光のまちというイメージがないじゃないですか。それを少しでも面白い方向に持って行きたくて。」
今回、用意してくれた森のレストランも、観光協会が主催している市民参加型のワークショップから生まれた “旅するピザ窯” というプロジェクトのひとつだ。
「観光協会では、“北本の観光のこと考えちゃわナイト(略して、かんちゃわナイト)” という市民参加型のワークショップを定期的に開催しています。いろんな人たちが混ざって北本のまちづくりに関わることで、自発的なアイデアがたくさん生まれるし、ここで得た情報や繋がりがいろんな活動にも生かされています。
その話し合いの中で、北本の雑木林にもっと興味をもってもらえる方法はないかとアイデアを募ったところ、雑木林の薪を燃料に北本特産のトマトを使って、食べながら楽しんでもらえる “旅するピザ窯” に行き着いたんです。 “旅する” っていうのは、一つの雑木林だけでなく北本市内のいろんな場所で活用できるように移動式にしようってことになって。そんなわけで、2016年3月にクラウドファウンディングでの資金集めにも成功し、旅するピザ窯は完成しました。」
クラウドファウンディングで資金を呼びかけたことで、より多くの人が雑木林に興味をもってくれるきっかけにも繋がったようだ。このプロジェクトには北本市観光協会だけでなく、NPO法人北本雑木林の会のメンバーたちも携わっている。
「もともと北本に点在する雑木林を25年にわたり維持・管理してきたのが、北本雑木林の会です。雑木林って基本的に私有地なので管理がしにくいんですが、団体のメンバーが定期的に草刈りや間伐などを請け負うことで遊休地にならずに済み、また市民にとっての憩いの場としても解放してもらっています。
メンバーは60〜70代が中心なんですが、本当に皆さんパワフルで。ただ、もっと僕らくらいの若い世代の人たちにも参加してほしい、雑木林を次の世代へも残していきたいという思いがあって。そこで僕たちにも何かできないかと考え、旅するピザ窯プロジェクトを進めることになりました。燃料に使う薪を資金に変えて保全活動に充てていきたいとも思っています。」
ランチには北本雑木林の会・会長の白川學さんも来てくれて、活動の話や雑木林に対する思いのほか、いつかはここに拠点となるようなログハウスも作りたいといった今後の夢まで聞かせてくれた。
「体力仕事ばかりなので大変なことも多いけど、お金にならないから出来ることもたくさんあって。気の知れた仲間で集まって、お茶しながらあーだこーだって活動できる場所があるのは、とにかく楽しいですよ。
イベントを通して地域の子どもや中学生とも交流できるし、もっと色んな人に雑木林の面白さとか楽しみを知ってもらいたいですね。まだまだ雑木林でやりたいことがたくさんありますよ。」(白川さん)
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北本では世代を越えたまちづくりの輪が生まれている。いろんな人が自主的に関わりはじめることで、北本市内に点在していた人やモノ・資源が、次々と繋がっていくようだった。
それは、ベッドタウンといった外見的なまちの姿ではなく、そのまちの本質にある楽しさを見いだしている人々との出会いがあったからこそ、見えてきたことだと思う。
毎年春と夏に開催している『春の森めぐり』『夏のMORIMATSURI』では、北本市観光協会が主体となりながら、雑木林の会が管理する雑木林や北本自然観察公園、きたもとアトリエハウスなど、市内に点在する自然や拠点を周遊しながら楽しめるイベントとして行われている。
郊外に住みながら、まちの中にある自然を存分に楽しみ、みんなで活用していく。その暮らしの延長に、まちづくりがある。そんなことが楽しめるまちは、ここ北本にしかない面白さなのかもしれないし、どこのまちでも楽しみ方を見いだすことができるんだと感じさせてくれる気がした。
(文・写真:須井直子)
>>【番外編・川越】につづく
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