ヘルスツーリズムに合った
新しい食のあり方とは?
自然、景観、温泉、アウトドアアクティビティといった“心身をリフレッシュできる資源”が豊富な群馬県みなかみ町。こうした町の魅力を人々の健康に生かす「ヘルスツーリズム」プロジェクトが、着々と進行している。
その一環として、宿泊する宿をはじめ、アクティビティの前後に提供される食事やお弁当を想定し、みなかみ町の素材を生かした「食の開発」が行われている。めざすのはグルメでもダイエットでもなく、“本質的においしいもの”。カロリーを減らす、血糖値を下げるといった数値だけに捉われず、身体の内側から健康になるものを形にしようと、今年7月からワークショップ「みなかみフードラボ」がスタート。地元で飲食店を営む人や温泉宿の料理長など食の担い手となる事業者と、アドバイザーとして参画した首都圏のシェフや料理研究家が一緒になって、試行錯誤を重ねてきた。
ワークショップの1回目は、地元で食に関わる人たちがアイデアを出し合いながら、情報や知恵を交換。アイデアを整理する中で、健康によい「発酵食品」、新鮮で栄養豊富な「地元の素材」、心身を整える「デトックス食材」という3つのワードが浮かび上がった。そこで2回目は、この3つのワードごとに関心のある人が集まってチームとなり、健康になる食に「ヘルスツーリズム」を掛け合わせた具体的なアイデアを練っていった。
2回目のワークショップ終了後は、それぞれがアイデアの実現に向けて動き出し、試食品づくりを開始した。
都市の専門家と連携して
アイデアを形にする
今回のフードラボ事業で大きな役割を果たしたのが、自然食や発酵食品を生かした食に見識の深い3人の食の専門家だ。
料理研究家、管理栄養士として多方面で活躍中の舘野真知子さん。玄米を中心にできるだけ無農薬・減農薬の野菜を使った料理を提供する「3552食堂」オーナーシェフの成田大治郎さん。そして素材が持つ自然のおいしさを伝えたいと、白砂糖を使わず、甘酒でお菓子作りに挑戦する「T.sweets.Labo」代表、パティシエの柘植孝之さん。3人ともメガネをかけていることから「メガネ3(スリー)」というユニット名で活動している。今回は強力なアドバイザーとして地元の人をサポートし、密なやり取りを重ねながら、アイデアを形にしていった。
「メガネ3の存在はとても大きかったですね。ワークショップの時以外にも町に足を運び、みなさんがやりたいことを気軽に相談できる環境を作ってくれました。地元の人たちの高いモチベーションの源は、間違いなくこの3人です」
ワークショップの企画とファシリテーターを担った(社)リリースの桜井肖典さんはこう話す。同じ時代に食に携わっているもの同士、一緒に自然や身体によりよい方向をめざそう。そんな仲間のようなスタンスが、地元の人の心を動かした。
3回目のワークショップでは、完成した試作品の試食会を行い、そこで出された意見をもとに改良したものを4回目に提示。多くのフィードバックやアイデアが飛び交い、みなかみらしいヘルスツーリズムの食の完成形が見えてきた。
新しいメニュー開発が、
足元を見つめ直すきっかけに
4つの試作品とその開発の舞台裏を紹介していこう。
◯みなかみバーガー
1つ目は、地元の主婦たちが運営する手作りパン工房「気ママ屋」による「みなかみバーガー」。地元の豆腐屋の湯葉をカラッと揚げた“湯葉ベーコン”と自家製の鶏ハムを地元産の卵で包み、グリルした玉ねぎとフレッシュなトマトを重ねた。バンズの生地にはかぼちゃを練り込み、バターの代わりにオリーブオイルを使用。バーガーの既成概念を覆す、一貫したヘルシーさがポイントだ。
「気ママ屋さんとつながりのある地元の生産者に協力してもらい、みなかみでしか作れないものができました」とレシピ開発を手がけた成田さんは話す。代表の佐々木玲子さんは、「成田さんには何から何まで教えていただきました」と感謝してもしきれない様子。そのアドバイスはレシピ開発だけにとどまらず、原料の仕入れルートにまで及んだという。これまで使用する調味料は市販のもので特別なこだわりはなかった。そんな中、成田さんに仕入れ業者を紹介してもらったことをきっかけに、調味料をオーガニックのものに変え始めた。
「安心できる仕入れ先を紹介してもらったことで、間違いのないものを仕入れることができるようになり、さらには余計なものを入れなくても十分おいしくなりました」(佐々木さん)
新メニューの開発をきっかけに、パンの原料まで見直すことができた背景には、「何でもオープンに伝えよう」というメガネ3の姿勢がある。
「信頼できる生産者や仕入先をオープンにすることで、オーガニックが当たり前の世の中につなげていきたい。隠すことなくお伝えして、仲間を増やしていくことが大事だと思っています」(成田さん)
◯エナジーバー KajiRaw
2つ目が、町内で人気のオーガニックカフェ「スミカリビング」の山口長士郎さんによるエナジーバー「kajiRaw(カジロウ)」。高温で加熱せず、食材の生きた栄養素をたっぷりと体内に取り入れる「ローフード」の考え方を基本に、アクティビティで手軽に食べられる健康的なおやつをめざした。白砂糖不使用でグルテンフリーと、身体のことを考えた素材選びに徹している。
「デトックスは、汗と一緒に老廃物を出すというイメージがありますが、それ以前に良くないものを体内に入れないことが大事。そういう意味でデトックスにつながるものを考えました」(山口さん)
舘野さんのアドバイスを受けながら試作を重ね、難しい工程は実演してもらうことで、実践的な技を習得した。今、形になっているのは、有機ナッツとナツメヤシに地元産のプルーンを組み合わせたもの。プルーンの代わりに、ラズベリーやりんごなど、さまざまな味を研究している。
「町内産のフルーツはバラエティが豊富で、珍しいものがたくさんある。そんな町の魅力を掘り起こしながら、みなかみならではの味を作っていきたいですね」(山口さん)
◯地元野菜の麹カレー
3つ目は、焼きカレーが名物のカレー店「Asima」による「地元野菜の麹カレー」。オーナーの稲田由美子さんは、店のメニューについてある悩みを抱えていた。
「焼きカレーはアクティビティ後、エネルギーを消耗した人にがっつり食べてもらうことを想定した看板メニュー。でも自分が歳を重ねるごとにヘルシーなものを求めるようになり、メニューとのギャップが生まれてきました。そこから抜け出したかったのですが、なかなか答えが見つからなくて」(稲田さん)
そこで健康志向な人に向けた新メニューとして、成田さん考案の抗酸化作用があるスパイスを駆使した「ベジカレー」をアレンジ。発酵食を取り入れた副菜をプラスしたセットメニューを考えている。
「スパイスや発酵食品がどれだけ身体に良いかという栄養学の知識が身につき、もう少し勉強すれば、自分で一からメニュー開発ができるかもしれないという手応えを得ています。惜しげもなくいろんなことを教えてくださったメガネ3のみなさんに、今度は自分がお返ししていきたい。新たな道筋を与えてくれた確かな人たちに出会えたことが、一番の収穫です」(稲田さん)
◯焼きりんごドレッシング
そして4つ目が、上牧温泉にある老舗宿「辰巳館」の料理長、田山敦詩さんによる地元産りんごを使った「焼きりんごドレッシング」だ。田山さんは6年前に兵庫県からみなかみ町に移住した。
「みなかみに来て、りんごを食べた時に『なんておいしいんだろう』と驚きました。いつかりんごを何かに使えたらと思っていました」(田山さん)
最初はすりおろしたりんごを使ったが、ワークショップの中で「味のインパクトが薄い」という意見が出たことから、焼きりんごというアイデアを思いついた。りんごを焼くことでコクが生まれ、サラダだけでなく、魚や肉にも合うような味わいに仕上がった。
「新しい商品を考えるのは楽しかったですね。ドレッシングの販売に向けて、今後もメガネ3のみなさんにはまだまだ勉強させてもらいたいと思っています」(田山さん)
豊富な食資源と意識の高い人々が
この町のポテンシャル
このほかにも、パティシエの柘植さんは、猿ヶ京温泉「猿ヶ京ホテル」で提供されていた豆腐ジェラートと桑の葉ジェラートのレシピを改良。「よりヘルシーでおいしくなった」と高い評価を得ている。
「今回の開発を通して、自分たちのやっていることを見直し、よりよいものを作っていこうという地元の人たちの気概をものすごく感じました。僕たちの目線で、地域のよいものをよりよく見せるアイデアをお伝えすると、すごく受け入れてくださったのがよかったですね。その甲斐あって、“少し変えただけで目に見えてよくなる”ということがたくさん起こりました」(柘植さん)
今回サポートにあたったメガネ3と桜井さんは、「みなかみの食のポテンシャルは想像以上に大きい」と口をそろえる。
「何と言っても、おいしい水ときれいな空気。どちらも健康な食にとって重要な要素です。本当にうらやましくて、何度もジェラシーを感じましたよ(笑)」(舘野さん)
「みなかみの食の一番の魅力は水ですね。水がきれいなところで作られる野菜や料理は、それだけで惹きつけるものがあります。また、今回参加してくれた地元の人たちはオーガニックや発酵にこだわることが、よりよい食につながることを認識されていました。こうした意識の高い人たちの存在も、みなかみの食のポテンシャルだと思います」(桜井さん)
大自然に育まれた食資源だけでなく、食を担う人たちの意識の高さも大きなポテンシャル。みなかみの食と人が掛け合わさって、ここからどんな進化を見せるのか、注目していきたい。
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