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Update on 2017.07.19

「食」が「職」になる。移住希望者が絶えない鹿角市のイマを探る

秋田の暮らしを巡る旅は続く。県北に行けば、まだ見ぬ秋田美人がいるだろうか。次こそ出会えることを夢みて、秋の宮温泉郷を発ち、県内を縦断して辿り着いたのはきりたんぽ発祥の地「鹿角市」だった。
 
鹿角市は青森県と岩手県の県境にある。十和田八幡平国立公園に抱かれたこのエリアは、豊かな農畜産品と独自の食文化に恵まれ、秋田の「食」の集積地とも評される。

今、鹿角市には移住相談が絶えないという。その数は年間600件を超え、市外からの移住者は2年間で40組75名を数える。例年の約2.5倍だ。今、このまちに何が起きているのか。どうやら「地域おこし協力隊」がこの怒涛の人の流れの中心にいるらしい。

数字を見ているだけでは、現場のことは分からない。今回は彼らの取り組みを入り口に、鹿角に広がる移住者ネットワークと人を惹きつける鹿角の食文化を紹介したい。


 秋田に住みたい。そんなあなたに「鹿角の移住コンシェルジュ」


(左から)移住コンシェルジュの木村芳兼さん、早川航さん、松村託磨さん


鹿角市役所を拠点とする3人は移住者希望者のサポートをする移住コンシェルジュだ。彼らを含む地域おこし協力隊6名は、全員が移住コンシェルジュとして移住相談や移住者のアテンドをしている。全員が移住コンシェルジュとして移住相談や移住者のサポートをしているが、彼らもまた「移住者」である。なぜ、彼らは鹿角市で仕事をすることを選んだのだろう。

地域おこし協力隊:都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住⺠票を移動し、⽣活の拠点を移した者を、地⽅公共団体が「地域おこし協⼒隊員」として委嘱。隊員は、⼀定期間、地域に居住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこしの⽀援や、農林⽔産業への従事、住⺠の⽣活⽀援などの「地域協⼒活動」を⾏いながら、その地域への定住・定着を図る取組。”
-総務省(http://www.soumu.go.jp/main_content/000405085.pdf)より引用


「私は、最後まで鹿角かもう一つの候補地域か悩んだのですが、決め手は鹿角の人達の対応と移住を親身に考えてくれる姿勢でした。実は私達の活動時間は16時までなんです。16時以降の時間は自分が鹿角に定着するための時間に使うようにと。そうやって職員の皆さんが移住を応援してくれたことや定住を見据えたワークスタイルが自分の中でしっくりきて、鹿角への移住を決めました。」

そう話すのは、移住コンシェルジュの松村託磨さん。大阪生まれ大阪育ちの松村さんは、“地方を舞台に自分でビジネスを始めたい”と考え、移住場所を探す中で鹿角に出会った。もう1人の移住コンシェルジュの早川さんも続けて語る。

「私は宮城県仙台市でサラリーマンをやっていて、独立を考えているタイミングでした。実は妻が鹿角出身でいわゆる“嫁ターン”なんです。移住する前から何度も訪れていて、おとぎ話に出てくるような集落、人より熊が多そうな生きた自然、春には桃の花とリンゴの花でお花見をする風流さ。そんな季節ごとの鹿角を知っていく中で『色々な意味で、ここで仕事するのが楽しそうだな』と思ったんですよ。」
 
自分達も同じ鹿角市への移住希望者だったから、「今、移住を考えている人」の気持ちや知りたいことが分かり、移住コンシェルジュの仕事に活かせるのだという。自分が受けた優しさを次の移住者へ渡していく姿に、鹿角の地域性が見えた。

鹿角市では移住サポート用LINEアカウントも整備されている


鹿角に広がる移住者ネットワーク「かづのclassy(クラッシィ)」


かづのclassyのメンバー。秋田美人、いるではないですか。

移住コンシェルジュの取り組みは、地域に大きな変化を与え始めた。移住者の受け皿となるネットワークが形となって現れたのである。それが2016年12月に設立したNPO法人かづのclassyという鹿角を中心とした秋田への移住をサポートをする組織だ。「classy=上質な、洗練された」という意味と「暮らし」の掛詞(かけことば)になっているこの団体は、移住コンシェルジュの他、地域内外の移住者や地元住民、団体が所属している。

移住コンシェルジュとかづのclassyの代表を兼任している木村さん

「私たちの役割は、地域と移住希望者を繋ぐこと。その人のライフスタイルに合わせて家や仕事を紹介することです。『農業で稼いでいきたい』という人もいれば、『自然と寄り添いながら暮らしたい』という人もいると思うんですよね。だから、気の合いそうな地域の人や先輩移住者を取り次いで、人間関係をつくるサポートもしています。私達も移住者なので、移住を考えている人の気持ちがよく分かる。それに『移住をしたい』という気持ちにも段階があるので、検討度に応じた情報提供をしたり、場合によっては別の地域の情報を伝えたりもしています。」

かづのclassyの代表も務める木村さんは、早川さんと同じ「嫁ターン組」だ。移住前から鹿角の市民エネルギー利用を考える団体で活動していく中で、『いつか住めたらいいな』という思いを募らせていた。その背中を押してくれたのが地域おこし協力隊の制度だった。着任後にこれまでの鹿角のネットワークを活かして移住者の受け入れ体制を整備、かづのclassyを立ち上げたキーマンである。

「『移住したいと思っているなら、鹿角に行ってみなよ。色々と相談に乗ってくれるから』と言ってもらえるようになってきて、それが数字にも出てきています。そう言ってもらえるために、僕らは常に移住希望者のトレンドを追っているんです。最近の傾向で言えば、移住希望者は『移住に慎重になってきている』ということを感じています。移住促進を掲げる地域が増えて選択肢が色々あるからですね。だから私たちは地域全体、秋田県全体で移住者を受け入れているということをしっかり見せて、安心して移住できるネットワークをつくっているんです。」

お披露目会には、移住者・地元民問わず多くの方が出席した。

鹿角に移住者が増えているのも納得だった。単純に移住希望者の相談窓口を設置するだけで終わらずに時代の変化、移住希望者が必要としていること、不安に思っていることの変化を敏感に追い、それらに合わせた受け入れ体制や情報発信をしているのだ。柔軟な動き方が成果に繋がっているのである。


鹿角の「食」は「職」になる


移住してきた人達の多くが鹿角の魅力に「食」を挙げる。話題にあがる移住者の中には、湯治宿で起きた偶然の出会いから始まって、農園を継ぐこととなった奈良県からの移住者や、4人のお子さんを抱えながら自然農に取り組むパワフルな母ちゃん等々、食に向かい合う気概を持つ人が多い印象だ。1人1人に移住に至ったストーリーがあるのだろう。

先代に弟子入りして4年目に移住者が跡を継いだ農園。

今回取材をした移住コンシェルジュの松村さんも「鹿角の食と燻製を掛け合わせたビジネス」を展開し、早川さんも「稼げる農家をプロデュースすること」を生業としていくそうだ。鹿角の「食」が移住者によって「職」になろうとしている瞬間に立ち会っている。

「仕事にしていきたい」と思わせる何かが鹿角市の食にはあるのではないか。移住コンシェルジュの方々に連れていっていただいたのは、「鹿角の食のキーパーソン」とも呼べる人だった。


鹿角の持つ食文化と鉱山の関係 


店内に入ると可愛らしい女の子のキャラクター「みのりん」で溢れている。有限会社安保金太郎商店の5代目となる安保大輔さんは、平成13年にUターンをして家業を継ぎ、稲作の指導やお米の販売をしている昔ながらの米の集荷会社である。鹿角市のためにお米の擬人化や都内で秋田の食が食べられるマップ作り等もしている。

お米の擬人化によって生まれた“みのりん”

鹿角の食文化に精通している安保大輔さん

全体的にサブカル要素が増してしまったが、安保さんの話す鹿角の食文化は興味深いものだった。

「鹿角は廃藩置県前、盛岡藩(南部藩)に属していて、地理的には金銀鉱山を巡って領地を取った取られたと繰り返していた特殊な地域でした。そのために青森でよく食べられているサメやエイを食べたり、岩手県の遠野で食べられている「味噌漬け大根」が食べられていたりと鉱山を起点に独特の食文化が根付いているようです。」

より詳しく聞いてみると、鹿角は魅力的な食材と食文化の宝庫だということが分かる。

幻の牛肉と呼ばれている「かづの牛」。自然放牧・自然交配・自然分娩をしている肉質の締まった「赤肉」は全国の和牛のわずか0.5%しかない。「松館しぼり大根」というこの地域でしか採れない辛味大根の絞り汁を醤油に垂らして海産物と食べると最高の風味が味わえる。リンゴに桃にブルーベリー、上質な山菜、八幡平ポークと桃豚、米、鶏肉と、栽培・畜産されている種類も豊富である。

「地形は盆地になっており、育ちは遅いが味がしっかりつく「良食味栽培」に適しているために食材の品質が高い。加えて、昔から「やませ」という北東から吹く冷たい風による冷害にも悩まされてきた背景があるので、昔から多種品目栽培の工夫がされてきたんです。」

鹿角には品質の高い食材だけではなく、ストーリーのある食材に溢れている。それらが地域資源・文化資源となって、奥深さが増して人は惹かれるのだろう。その中心には鉱山を中心に営まれた生活があり、地域の特性と人の生活が独特の食文化をつくっていったのだ。そして、今も移住者と地元の人の手によって新しい食文化がつくられているのである。地域に連綿と流れる文脈の一つに触れられた気がして、私もグッと心が惹きつけられた。聞くと安保さんも「かづのclassy」のメンバーだという。なるほど、これが彼らのやり方である。

取材後、道の駅でばったり会った早川さんに連れていってもらった鉱山


鹿角は「胃袋」と「心」を掴んでくるまち


尾去沢鉱山(おさりざわこうざん)への出稼ぎ労働者によって賑わっていた鹿角。そこで好んで食べられていたのが「鹿角ホルモン」である。この地のソウルフードで、甘辛ダレが食欲をそそり白米が必須となるスタミナ料理で地元の人に愛されている。

取材を終えた後、移住コンシェルジュの方々と共に男4人で鹿角ホルモンを食べて談笑した。このどことなく気軽な感じと親しみやすさが移住への不安を覚える人の心をほぐすのだろう。

門外不出秘伝のタレとジンギスカン鍋で蒸し焼く、鹿角ホルモン

秋田の食はきりたんぽ鍋や稲庭うどんだけじゃない。秋田の食を深くまで知るなら、鹿角を訪ねてみてはどうだろうか。
 
豊かな自然はもちろんのこと、ここには温泉や国立公園もあって観光地としての魅力がある。ここでは書ききれなかったのだが縄文時代の遺跡があり歴史的な土壌もあった。地形と文化によって育まれた「食の魅力」が加わって、鹿角は秋田県内でも独特の雰囲気をまとっている。

「住み続けると旨味が増してくる鹿角ライフ」は日々の暮らしの中にこそ、その魅力が息づいているのだ。この短い滞在時間の中で鹿角の魅力に近づけたのは、地域の間に入ってくれる移住コンシェルジュや、かづのclassyという存在が私と鹿角の距離を縮めてくれたからだろう。
 
秋田県での暮らしに興味があれば、ひとまず鹿角の移住コンシェルジュを頼ってみてもいいかもしれない。よそ者が安心して飛び込める人の繋がりは、着々と広がっている。


次に向かうのは最後の目的地、秋田県五城目町である。


(写真・文 大塚 眞)


\アキタライフカフェ開催/

かづのclassyの方々をゲストにお招きして、秋田の暮らしに触れるイベント、「アキタライフカフェ」を開催します!ぜひお越しください!

「アキタライフカフェ」
開催日:2017年7月22日(土)14:00〜17:30
会場:いいオフィス


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