よんでみる{ レポート }
Update on 2017.07.07

温泉を活かした暮らしをつくる。秋の宮温泉郷での挑戦。

取材レポート【秋田県湯沢市】

食であれば稲庭うどん、きりたんぽ鍋、いぶりがっこ。比内地鶏やハタハタも有名だ。
なまはげ、秋田美人、秋田犬とまで聞けば、そこがどこだか分かるだろう。

秋田県は古くから鉱山資源や農作物に恵まれ、東北地方の中でも豊かなお国柄である。とはいえ秋田県は南北にも東西にも広い。食文化が違えば、生活様式も多種多様。

そんな秋田県で今、「移住者の受け皿をつくる民間の取り組み」が県全体に広がっている。
県内で話を聞くと、「秋田県のどこかに住んでくれればいい」と皆が口を揃えて言うのである。

各地の市町村が移住者獲得に情熱を燃やす中、懐の深さを見せる秋田県では何が起きているのだろう。今回は内陸の県南から県北、そして最後は日本海側と、秋田県内に大きな三角形を描いた旅路の一端をご紹介していこう。まずは、県南に位置する秋田県湯沢市は秋の宮温泉郷の「温泉資源を活かし、生かされる暮らし」である。


この地のキーパーソンを訪ねる

宮城県の鳴子温泉から山と田に囲まれた道を小一時間ほど走る。途中で対向車線に犬とすれ違い、トンビの影が道路を横切ったと思ったら、自分はもう秋田県に足を踏み入れていた。まだ見ぬ秋田美人との出会いに心を踊らせながら、一般社団法人 地域力ワークスやまもりの事務所を訪ねた。


迎え入れてくれたのは、事務局長を務める柴田裕(しばた ゆたか)さんだ。平成22年に市役所職員を退職後、秋の宮温泉郷を中心に数々の体験プログラムを実施。平成25年に地域力ワークスやまもりを法人化し、小・中学生だけではなく大人向けにも自然を楽しむ秘密基地としてツアーの受け入れや体験交流事業を行っている。


秋の宮温泉郷を歩きながら、この町を語る柴田裕さん

「私が自治体職員になったのは、自分がこの地で生まれ育った人間でこの町が好きだったからです。ただ、12年前に4市町村が合併をして少しだけ地域との関係が希薄になった気がしました。地域に住む方々に色々やってもらったけど、行政が変わってしまうと関係が切れてしまう。それが『もったいない』『いかがなものか』と思ってしまったんですよ。」

秋の宮温泉郷を有する湯沢市は平成17年に雄勝町・稲川町・皆瀬村と合併して現在の湯沢市になった。旧雄勝町に生まれ育った柴田さんは本庁勤務や県庁勤務を経ていく中で、地域と行政との関わり方に思うところがあった。

「公務員を辞めて法人を立ち上げたのにも理由があります。この場所には数多くの任意団体や協議会が関わっているんですけど、それらを代表する法人格がない。法人格がないと本格的な地域づくり活動がやりにくい。そこで『やまもり』が契約主体や他団体との架け橋としての役割を持っていけたらと考えたんです。」

柴田さんが「せっかくなので、まずは周りを案内しましょうか」と言ったので、私は後ろをついていった。


湯治場で盛えた町、秋の宮温泉郷での生活


この集落の特徴とも言える温泉ボーリングの井戸

秋の宮温泉郷は7集落・100世帯で300人ほどが住む地域一帯の総称だ。
山に囲まれた集落の中に三角に組み上げられた鉄柱やタンクが所々に立っている。場所によって4〜5mから80mほど掘削すると源泉に到達してコンプレッサーで温水を汲みあげるのだ。繋がれたパイプが各家庭へ続いている。

「この辺りの民家は7割くらいが自家源泉のある生活をしています。そういった家はボイラーがなく、温水は全て『温泉』です。掘れば温泉が出るので昔は湯治場として人の往来がありました。今は国民保養温泉地に指定されています。特別豪雪地帯に指定されているような雪国なのですが、温泉熱を利用して除雪が出来るので助かってますね。他の地域では雪が大変で町場に降りていく人もいますが、ここの人達は温泉に生かされて住み続けています。」


自家源泉を10〜15軒の民家で管理している

温泉が生まれた時から家にある。日本人として感じる豊かさの最高域ではないだろうか。温泉が身体に染み付いていると言っても良いだろう。それを象徴する場所が集落を降りていった場所に流れる「温泉が湧く川」である。


手で掘ると温泉が湧く不思議な川


集落を流れる役内川。昔は子供の遊び場にもなっていた。

写真では伝わりにくいかもしれないが、川の手前側、流れのない水の溜まっている部分は70℃の源泉が湧く温泉だ。対岸側の半分は断層の関係で冷たい水が流れている普通の川である。砂地を手で掘ればコンコンと湧く熱い湯で満たされた。足を入れると足の裏全体で地球の熱と湧き出る源泉の熱さが感じられる。ただ、そこに3秒も入っていると我慢できずに飛び跳ねる事にはなる。

「昔は一日中この場所にいられました。川でキュウリを冷やしておいて、潜って魚を獲る。唇が青くなったら手前の温泉に入る。川の水を引き入れて温度を調整して、体があたたまったらまた川に潜る。子供の頃はそんな生活をしていました。今でもバーベキューをしたり、日陰で足湯に浸かりながら本を読む人もいます。温泉が生活の中心にあるんです、この地域は。」

愛おしそうな目で集落をまわりながら話す柴田さん。途中で昔ながらの酒屋によって休憩をする。奥から出てきたじいちゃんに、ここはどんな所なのか聞いてみる。

「昔は丸一日、川にいれたんでな…」と流暢な秋田弁で、先ほど川辺で柴田さんが話していた事を教えてくれた。
遊び方はずっと変わらず受け継がれていたのだなと胸にきた。


バリバリの秋田弁で語りかけてくる愛すべき地元のおじいちゃんである


移住希望者が秋の宮温泉郷の生活を体験できるモデルハウスをつくる


地域力ワークスやまもりの事務所は小学校の合宿所がリノベーションされた場所だ。
市から一般財産として借り受けて、コミュニティカフェや地元の交流空間として利用されている。事務所の中に掲げられた「仕事の成果=考え方×熱意×能力」という言葉に結果にコミットしようとする熱い心構えが伺えた。柴田さんは、地域力ワークスやまもりを設立した想いを語る。

「町は行政だけが頑張っても良くならない。民間や地元住民や移住者といった多種多様な立場の人が入り混じって地域をつくっていくことで『地域力』を育てられると思うのです。そのために、町役場、市役所、県庁と経験してきた事を『地域力ワークスやまもり』の事務局長として活かしつつ、実施するプログラムの中で『腕に覚えのある人達』に地域インストラクターとして活躍してもらっています。薪割りの達人だったり、火おこしの達人だったりする人が体験プログラムを通して交流してもらう。コンテンツをつくってプログラムを組むことで人も含めた地域資源を活用して、この場所でしかできない体験をつくっています」


事務所内にはスノーシューやトレッキングの道具が用意されている

柴田さんはこれらのことを「ソフト戦略」と概して話をしていた。長年、地域の人を巻き込んでつくるプログラムを実践していき、新しいことも積極的に挑戦するという「前向きな力」を感じる地域力ワークスやまもりの活動だったが、柴田さんは社会的、地域的な危機感も感じているという。

「自然で遊ぶという事が少なくなっているんですよ。オール電化の家で育った子供が『火を見たことがない』と話すんです。『火って、どのくらい熱いの?』と話しながら火に手をいれようとすることもありました。親世代も、もしかしたら自然の中で遊ぶ経験というのが少なくなっているのかもしれません。これからの環境教育や自然教育の必要性も感じます。それをこの場所で出来ればとも思いますが、温泉や自然はどこにでもあるものですからね。秋の宮や湯沢市に来る目的をつくらなくてはなりません。『移住者を増やす』ということに関しても、まずは交流人口を増やしてコミュニティをつくっていくこと、来訪者の窓口になって地域と繋げることを丁寧にやっていって、足しげく通ってもらえる地域『ドライブを2時間延ばして来ちゃった』と言ってもらえるような場所にしていく必要があります』

そう話す柴田さんの目は、今しがた集落を歩いていた時に見た町を愛しむ目から起業家としての熱い目へと変わっていた。
体験を重ねるだけでは、その先の移住へと続いていかない。さらに「長く住み続けてもらう」ためにも体験コンテンツだけではなく、「暮らしの見える」取り組みも必要になってくる。

「今、ここでの生活を知りたいと思ってもモデルハウスになるような施設がありません。温泉のあるライフスタイルが素晴らしいという事を口で説明は出来ても、実体験できる場所がないのです。温泉熱を利用して雪を融かすだけではなく、調理をしたり、発電に使ったりすることができれば『エコな暮らし』を押し出していく事もできる。なので今、空き家を改修して移住希望者を受け入れる移住体験施設を整備しています。」

現在、温泉を活かして暮らす試住ハウスを2軒リノベ中

「温泉はライフスタイルを豊かにするだけではありません。農家民泊や観光としての温泉地をつくっていくことで『新しい仕事』になる可能性があります。エコな暮らしをつくるだけではなく、温泉を観光業に活用することで経済的な恩恵も受けることができます。温泉によって生活をつくり、温泉の恩恵を受けて仕事をする。そんな人が増えていけばと思います。」

地方への移住者は年々増えている。しかし、「その地で長く住み、子供を育てて次世代へと引き継いでいく」ためには暮らしの豊かさだけでは成り立たない。

「自分の子供が『将来もここに住んでもいいかもな』と思ってもらえるような地域をつくっていきたい」と語る柴田さん。この熱い心が地域を動かしていくだろう。結果的に秋田美人には出会えなかったが、再訪を約束して私は県北を目指した。


(写真・文 大塚 眞)


\イベント開催/

柴田さんをゲストにお招きして、秋田の暮らしに触れながら、移住に対するモヤモヤに答えるイベント、「アキタライフ”アンサー”カフェ」を開催します!

「アキタライフ”アンサー”カフェ」
開催日:2017年11月12日(日)14:00〜17:30
会場:LEAGUE有楽町


\関連記事/

▷「食」が「職」になる。移住希望者が絶えない鹿角市のイマを探る


▷地域の空白がナリワイの種。五城目町で創る働き方

  • Share on
このページのTopへ