よんでみる{ magazine Vol.15 }
Update on 2016.03.03
反対されても決意した 島で働くこと、暮らすこと
特集レポート1[晋弘舎・横山桃子さん]長崎県北松浦郡小値賀町
「小値賀で活版をやりたい」
一度は東京で就職するも、地元にUターンし、
父の経営する活版所「晋弘舎」で働く横山桃子さん。
活版を通して、小値賀の魅力を発信中。
「暮らし」と「仕事」の両方を小値賀の島で実現したい。
晋弘舎活版印刷所は、人口3000人ほどの小さな島の印刷所。長崎県佐世保市からフェリーで約3時間、高速船で90分の小値賀島にある。
島の商店街の近くにたたずむ築百年を超す古民家。玄関をくぐると、ふわりとインクの香りに包まれる。右手が住居、左手が晋弘舎。住まいと活版所が玄関の土間を挟み、向かい合っている。
晋弘舎を営む二人の活版職人は、 横山弘藏さんと桃子さんの父娘。 桃子さんは大学進学を機に一度は 島を離れたが、2011年、Uターンした。
幼い頃、父の弘藏さんは、よくドライブに連れて行ってくれた。そして「こがんよか島、ほかになかぞ」と何度も桃子さんに語りかけた。海。空。海岸線の斜面を柔 らかに覆う緑。波がつくった岩場は映画に出てくる秘密基地のよう。 父の言葉に素直に共感し、小値賀 島を愛して成長した。
しかし、大好きな故郷は、いつかは出て行く場所。多くの仲間が「こがんところにおっても仕方なか」と親に言われ、島を出て行く姿を見てきた。
大学もないし仕事も少ない。高校を卒業すると、ほとんどの人が島の外に進学、就職していました。ずっと島に暮らしたいと願っていたけれど、ここは暮らす場所であって、働く場所ではないと諦めていたんです」
桃子さんも、デザインを学ぶために、岡山県の大学へ進学した。
その大学で印刷の基礎を学び、はじめて活版の歴史や価値を知ることになった。
「技術の希少価値も、活版の味わいも、家を離れて初めて知ったんです。外から見た活版は、衰退していくものではなく、これからもっと輝けるものでした」
4年生になる頃には卒業論文に取り上げるほどに、その魅力にほれ込んでいた。
「それでも、活版を仕事にするなんて考えられませんでした。ただ島に帰りたくて……。恩師に相談したところ、そんなに小値賀が好きなら島で活版を仕事にすればいいじゃないかと言われ、それもありなんだと気持ちが動きました」
文:村川マルチノ佑子 写真:繁延あづさ
全文は本誌(vol.15 2016年冬号)に掲載
- Share on
- ツイート